大学の三人
三界の光
Overture
The Strange Trinity



 夜の帳が下りて暫くすると、昼間、騒々しかった学生寮は嘘のように静まり返る。
 窓の外で梢を揺らす風さえ今夜はなく、セキュリティシステムの低く響く唸り声だけが、まるで生物の鼓動のように廊下に響いている。眠れない、と感じ始めると、そんな微細な音までが嫌に耳につく。
 配慮の行き届いた、学生寮にしては贅沢過ぎるほどの施設の一室で、毛利伸君は先程から幾度も寝返りを打ち、溜息を吐くことを繰り返していた。時計はもう午前二時を回った、何だか今夜は静か過ぎて寝付けない。訳もなく胸騒ぎがする。こんな時は決まって家や家族の顔を思い出した。
 この科学大学校に入学し三年が過ぎたが、難関を突破して入学した喜びや、研究環境の素晴らしさに感動したことなど、目新しさに浸っていたのは最初の三ヶ月まで。それが日常となってしまうと、集中できるよう配慮された防音の部屋が徒となり、ひとりでいることを無駄に意識させされた。何処かに帰りたい意識に酷く駆られるようになった。何処とは必ずしも、実家や家族の元ではないかも知れないけれど。
 学校の中に友人は多く居る。小学校からの幼馴染みも別棟の寮に入っている。特に不足はない筈なのに、ホームシックを感じるなんて馬鹿げている…。
 今夜もきっと長い夜になるだろう。彼は眠らない頭脳に言葉を巡らせていた。

 地球に大規模な地殻変動があり、ほぼ全ての大陸が陸続きとなった後の歴史は、思い掛けずも平和なものとなった。それは既存の建築物から兵器から、莫大な数の物質が破壊し尽くされた結果だ。人々は領地や人種を云々する前に、如何に生き延びるかを考えなくてはならなくなった。
 その後、混乱の後に必死の努力で再興された、新しい地球環境に至るまで約三十年。そしてその風景は、ヨーロピアンでもありオリエンタルでもあり、過去に存在したあらゆる様式を取り混ぜた、万国民的とでも言うようなものとなっている。尤もそれは地殻変動以前から生きる人の感覚で、以後に生まれた世代にはスタンダードだ。
 そして各地域を大まかな州に割り、地球共和州連合と言う統一政府が設立されたのが、今から約四百年前である。統一政府の誕生は、やがて来る宇宙時代を予期してのことだったが、彼等の下したとある決定、既存の地名を一切使用しないと言う大胆な法案が、民族、人種間の紛争を減少させた決め手となった。
 斯くして、現在の新しい地球は成立する。
 首都はキャピタルシティ、その存在する州はキャピタルシティ州と言う。他に工業地帯のあるレイクサイド州、研究学園都市のあるキャピタルイースト州、保養地の集まるノースウッド州など、面白味に欠ける地名と言えばその通りだが、名より実とはこのことで、全体の和平を維持している面では文句の付けようがない。自然の大破壊に拠り激減した人口も、今は再び問題になる程の増加の伸びを見せていた。
 キャピタルイースト州のほぼ中心に、この科学大学校は存在する。現代、航空工学と量子物理学は花形である。地殻変動以前から人口増加に悩まされていたこの星は、当然の成り行きで宇宙開発に力を入れ始めた。しかし中々実用に足る研究成果は上がらず、上層部も研究者自身も苛立ちが募っていた。嘗ての宇宙開発も同じだったが、地球人がその重力圏を離れることには、とにかく難しい問題が付き纏う。健康で頑丈な者しか移住できないのでは意味がない。
 そこである頃から、ステーションやコロニーを建設する計画を修正し、身近な惑星を地球人向きに改造する、或いは、即時移住可能な惑星を探すことをメインに、政府が方向転換を図った。その結果宇宙船の開発や、重力制御などの技術が有用となり、現代の花形分野となったのである。
 但し、政府の切望する移住可能な星を見付けられるかは、科学力と言うより運に拠るところが大きい。とにかく多くの者を、多くの船を送り出し、近隣宙域の探索を繰り返すしかなかった。共和州連合は二年前から、この「新天地を発見する」大事業を成し遂げた者に、高額の報償金を出すことを発表し、一般有志のパイロットも募っている。丸一年の、かなりの危険を伴う探索の旅に、はいはいと手を挙げる者はそう多くなかったからだ。

 学生寮は大学の地続きに在り、寮生ではない者も、近隣の他の学校の学生も出入りが自由な為、昼の間は全く騒々しい場所だ。最高学府に匹敵する入学の難しさと比例し、この大学への憧れを持つ若者は多く居る。研究施設には入れないものの、寮くらいならと、遊びに来る人間でサロンが賑わっているのだ。
 それだけに夜間となると、酷く閑散とした雰囲気を感じてしまう。学園都市には深夜営業の娯楽は少なく、構内でバカ騒ぎしようものなら、夜通し研究を続ける学生から苦情が来る。毛利君は既に二回反省文を書かされていた。しかし、大人しくしていなければならない、と思えば思うほど爆発したくもなることもある。
 待てども待てども眠気がやって来ない。毛利君はいよいよ堪えられなくなり、誰でもいい、夜明けまで付き合ってくれる人を探そう、と、据付のベッドを下りてドアに向かった。
 その時ふと彼の頭に、ある人物の顔が浮かんだ。
 別段その人を呼ぼうと思った訳ではない。ところが彼は、ドアノブに伸ばそうとした手を寸前で止め、そして下ろしてしまう。迫り来る明らかな予感の前に、自ら出て行く必要がなくなったのだ。
 実は毛利伸君には、ごく一部の者にしか明かさない秘密が存在した。彼には一種のテレパシーのようなものがあり、自分に向けられる意志を読み取る、自分の意志を相手に伝えるなど、割に自在に操れるその能力は、こんな場面では役に立つものだった。つまり理解ある人間は、こうして向こうから用向きの意志を示し、毛利君は待っているだけで済む。
 無論これを公言すれば、便利の前に気味悪がられるだろう。親しい人間だけが使える手段だった。
『伸、起きているか?』
 彼の耳に、今ははっきりと声が聞こえた。その人物は二軒先の寮に住む幼馴染みだ。
『下りて来てくれ』
 窓の外をチラと見るが、まだその人の姿は見えなかった。上着を着て、寮の玄関に出るまでに相手は到着しているだろうか。ともかく毛利君は救われた思いで、手早く身支度をして出て行った。

「どうかしたの?、こんな時間に」
 夜中の二時に、満面の笑顔でやって来た毛利君を相手はどう思っただろう。勿論深夜の呼び出しに、不機嫌な顔をされるよりはずっといい。そして、
「でも助かっちゃった、今日は何だか眠くならなくてさ」
 続けられた言葉を聞くと、案の定、と安心したように相手の青年はひとつ息を吐いた。
 彼の名を伊達征士君と言って、子供の頃からあまり感情表現をしない人物だったが、毛利君とは長い付き合いなので、ふたりの時は少しばかり表情が多くなった。
「そんなことだろうと。伸に手伝ってほしいことがあるのだ、着いて来てくれ」
 伊達君は簡潔にそう言うと、無駄な立ち話をせず歩き出していた。これから取り留めない話をしよう、との意気込みで口を開きかけた毛利君は、面喰らった面持ちで慌てて着いて行くことになった。
「え?、何そんなに急いでんの?」
「日が昇るまでに終わらせないとマズいのだ」
「マズい…?。何かヤバいことじゃないだろうね?」
 半ば走るように歩きながら、毛利君は何とか状況を聞き出そうとする。しかし何がマズいのかは、今は答えてもらえないようだった。その前に目的地に着いてしまったのだ。
 そこは、彼等の通う大学に隣接する州立図書館だった。何処から借りて来たのか、或いは勝手に拝借したのか、伊達君は締まっている図書館の裏口を合鍵で開け、先に入るよう毛利君を促した。そして内側から鍵を掛け直すと、一般の図書室エリアを通り過ぎ、真直ぐ司書のエリアへ向かっていた。
 伊達君のそこまでの行動を見て、無論毛利君が違和感を感じない筈もない。図書館には馴染みのあるふたりだが、そもそも伊達君はこのような、隠密行動を好まない性格なのだ。何か余程の事情があり、学生には許されないことをこっそりやろうとしている。それが何なのか、今になって毛利君は大いに興味を抱いた。事は意外に重大なのかも知れないと。
 伊達君が司書室のドアを開けると、窓明かりに照らされた内部は奥深くまで続いているのが見えた。普段覗くことのないそこには、未整理の書籍や書類が雑然と積み上げられ、白い紙が薄明かりに不気味に光っていた。しかしそんなことに気を取られていると、伊達君はどんどん先へと行ってしまう。着いて歩く毛利君が漸く突き当たりまで行くと、そのドアには『高度科学技術資料』とあった。
「伸はここで、誰か来ないか、窓から覗く人間がいないか見張ってくれ」
 言いながら更に鍵を開けた伊達君は、上着のポケットから携帯ライトを出すと、それを手に更に奥へと行ってしまった。
「了解…」
 そこから先は窓が無く、足元が怪しい為、毛利君は指示された通りにするしかなかった。
 けれど何だろう?、一般資料なら学生には常に公開されている。こうして忍び込むからには、非公開の兵器の資料だの、何か危険なことに触れるつもりか…?。
 と、ひとまず壁に寄り掛かった毛利君が考えていると、暗がりから更に鍵を開ける音が聞こえた。正しく非公開資料に用があると証明されたようなもの。こんな行動は、例えば研究好きな羽柴君なら、いかにもやりそうだと思えるのだが。そう、もしかしたら合鍵は彼の持ち物かも知れないと、毛利君は今になって気付いた。
 彼等ふたりの共通の友人、羽柴当麻君はこの大学では非常に目立つ存在だった。見た目は一見普通の好男子だが、とにかく頭の切れる天才児で、教授陣にも、外部の人間からも一目置かれていた。それだけに彼は誰より自由に研究し、自由に発言する権限を与えられていた。但し非公開資料を勝手に覗くことまで、許されていたかどうかは判らない。指を銜えて見ている性格じゃないと知って、黙認していたのかも知れないが。
 とにかく、そんな変わり者の友人の行動なら、苦もなく理解できる現在の状況…。
「わからないな…」
 毛利君は一言呟くと、今度は疑問を思念波に乗せて送り出す。
『そんなにすごいことが書いてあるの?』
『すごいとも』
 即答するように返って来た、伊達君の言葉と喜びが毛利君の興味を増々惹き付ける。
『それ何の資料?』
 だがそこまでで、二度目の問い掛けには返事がなかった。答えたくないのか、返答が面倒なほど集中しているのか。ただ、毛利君は無視されたことに腹を立て、今度は確と聞き取れる声を張って言った。
「こんな夜中に呼び出されてさ〜、禁を破る友達の見張りなんかやってるんだよ?。教えてくれたっていいじゃないかぁ〜」
「うるさい!、後で話すから静かにしてくれ!」
 まあ、今が本当に危険な場面なら、毛利君も声を上げたりしなかっただろう。伊達君の態度が一方的なことを嗜めるつもりで、少し意地悪をしただけだ。当然、手伝わせておいて隠されるのも嫌だった。
『はいはい、ホントにちゃんと教えてよね』
 目論見通り「後で話す」と言わせ、毛利君は漸く相手の行動を見守る気持に到ったようだ。それからの彼は大人しく、何を話すでもなく、館内と周囲の見張りを続けていた。邪魔をしたい訳ではなかったので。
 長い夜はまだ暫く明けそうもない。
 だが、ベッドに居る間はあんなに辛かった暗闇が、今は静かな世界の安らぎに感じられる。ごく親しい友達に会って、予想外の展開に付き合っている。不思議な夜。不思議な静寂。一見賑やかに見える夜空の星も、宇宙空間の中ではこんな風に静かなんだろう…。

「寝てしまっては見張りにならないだろ?」
 そこに座り込んでどのくらい経過したのか、寝付けずに苦しんでいた筈が、毛利君はすっかり寝入っていたようだ。
「あっ!?」
 弾かれたように体を起こすと、窓から見えた空は些か白み掛かっていた。
「ごめん、何か急に眠くなっちゃった…。部屋では全然眠れなかったのに」
「そんなものかもな」
 だが伊達君は怒らなかった。結果的に見付からなかったらしきこともあるが、毛利君にはしばしばこういう時があるからだ。
 それでは見張りとして役に立たない気もするが、彼には前途の特別な能力がある。熟睡まで行かなければ、寄って来る人間の気配は概ね感じ取れるそうなので。否もしかしたら、そんな風だから不眠がちなのかも知れない、毛利君と言う人は。
「それで?、もう終わったの?」
「ああ。幸い誰も来なかったようだな」
 欠伸交じりの毛利君の問い掛けに、伊達君はそう返してまた歩き出していた。危険な用が済んだらさっさと退散するが吉である。その後、やや寝ぼけながら慌ただしく寮に戻った為、何の資料を見ていたのか、毛利君は結局聞けず終いになってしまった。まあ、約束はしたのだから、改めて尋ねれば教えてくれるだろうと、今は安心してベッドに潜り込む。
 果報は寝て待てと言うが、目覚し時計が鳴るまでの三時間ほどの間、毛利君が充分に眠れることを祈る…。



 それから数日後、
「わっ!。…すごいな」
 毛利君は、伊達君が個人的に借りた工作室に通されるなり、思わず声を上げていた。各種工作機械に囲まれた部屋の中央に、鈍く光る銀色の、人の形をした物が鎮座していた。
「もう少しと言うところだが、完成すれば並の人間より出来の良いものになるだろう」
 近寄って見ている毛利君の後ろで、伊達君は満足そうな調子でそう話す。部屋にあるのは無論ロボットである。自分達よりひと周りくらい背が高く、何故か女性型だった。
 尚、学生が工作室を借りていることは珍しくない。個人的な研究や工作をしたい者は、この大学には多くいて、理解ある機関が格安でスペースを斡旋してくれるのだ。しかし工作室が立派なことと、作られた作品が立派かどうかは別の話。
「こんなのが動くの?」
「動かなくては意味がない」
 毛利君は半信半疑のようだった。世にヒト型ロボットと言えるものは幾つかあれど、これ程洗練されたスタイルのロボットは見たことがなかった。まるでファッションショーに出て来るモデルのようだと。
 けれどそれについて、伊達君は自信を持って答えられた。
「まあ、設計者が天才だからな、図面通りやれば恐らく問題はない」
 その自信の根拠を思うと、ふとふたりの心に影が差す。大学一の覚え目出たき天才児、研究と勉強には熱心でも他はいい加減な問題児。何故か馬が合って、専攻の違う毛利君も含め三人で、よくよくつるんで遊んでいた仲間のひとり。掛け替えのない友達。
 その彼が交通事故で亡くなったのは、四ヶ月ほど前のことだった。
「これ、当麻が設計したロボットなんだね?」
「そうだ」
「どうりで、同じ物理でも君は発動機が専門だし、畑違いだから妙だと思ったよ」
 毛利君の疑問のひとつはこれで解けた。羽柴君は一応物理工学が専門だったが、関係のない分野の研究も多数参加し、それぞれで名を上げる成果を出していた。彼が天才と呼ばれた由縁である。
 そしてそんな彼なら、適当に優れたロボットを設計するくらい、訳もないことだと思う。今こうして、生前に作成されなかった作品を作ることは、彼の才能を偲び、また何らかの供養になるかも知れなかった。
 ただ、
「でもどうして君が?」
 との毛利君の問いに、伊達君はやや言葉を曇らせながら言った。
「いや、ただ、当麻の夢を叶えてやりたいと思っただけだ」
「はあ…?」
 今ひとつ質問の答えになっていない為、毛利君も拍子抜けな声を漏らす。続けて伊達君は、
「大学を卒業すれば、世の為になることもならぬことも、幾らでも自由に研究できただろうに。…あまりにも運のない奴だと思う」
 そう言って、思い出す度込み上げて来る苦さを隠すよう、手で顔を覆ってしまった。
 毛利君は前途の通り専攻が違う為、研究や講議に参加する羽柴君をあまり見ていない。その点では伊達君の方がずっと、羽柴君をよく知っている身だ。そもそも始めに親しくなったのは伊達君の方だった。なので、彼の悲しみようは自分のそれとは、質が違うのかも知れないと毛利君は感じた。
 仲の良かった友達を失った。完全な体の一部が刳り貫かれ、ポッカリ穴が開いたままになっている。そんな違和感や淋しさを感じるのは同じだと思うが、伊達君には何か他に、気に掛けていたことがあるのではないかと、今の状況を毛利君は想像する。
 どうしても、自分の手で花を手向けたい何かがあるのだと。
「そうだね…」
 明確な返事は聞けなかったけれど、毛利君は相槌を打った。それもいつか、もう少し時間が過ぎた頃に、普通に話せるようになることを願いつつ。そして、沈んでしまった場を転換させるように、話題を切り替えて続けた。
「それはそうと、こんなスリムな二足歩行ロボットが動くなんて、どんな機構になってるんだ?。天才児の考えることはわからないね。動力は充電池かい?」
 言いながら後ろに回り込んだり、具にロボットを観察し始めた毛利君が、振り返ると、その時は伊達君も一時の固い表情を戻し、ニヤと笑いながら返した。
「その為に資料室に忍び込んだんじゃないか」
 ロボットの出来の良さにすっかり感心し、図書館に行った理由を問い質すことを忘れていたが、毛利君はその返事を聞いた途端、もう何も聞かなくとも繋がってしまった。
「光子タービンか…?」
 つまり、これだけのロボットを動かすには、それ相当の電力が必要で、充電池ではせいぜい四、五時間しか持たない。充電設備のない場所では何もできないし、コンセントケーブル付きでは自由に歩くロボットの意味がない。高い電圧を長期間維持できる動力で、学生に簡単に持ち出せないものと言えば、原子力か、まだ開発段階の技術に違いなかった。それをこのロボットに搭載したかったのだと。
 光子タービンと言うのは、その名の通り光の粒子でタービンを回転させ電力を得る、未来のエネルギーシステムだ。まだ実用化はされておらず、実験を繰り返している段階だが、光を利用する発電装置としては、太陽光より遥かに効率的でエネルギー量も高く、また超小型にもできる為、商品化の期待を集める新技術なのだ。勿論宇宙開発にも有益な技術だった。
 但し、理由は判ったけれど、
『そんな高級な動力を付けて?、何をするロボットなんだ?、これ』
 毛利君の疑問は更に進んだ。羽柴君の目的が何だったかは、今となってはもう誰にも判らない。だが伊達君には彼自身の目的がある筈だった。そうでなければ、数時間動く程度で構わないのだから。
 しかしそれも、
「伸、私はガラス線を買いに行って来る。触れるのは構わないがいじるなよ?」
「ああ…うん…」
 タイミング悪く、質問する前に相手が部屋を出て行ってしまった。まあ、何かをするつもりなのは間違いないので、これについては敢えて聞かなくてもいいか、と毛利君は収めたけれど。
 そして工作室にひとり残された彼は、遠慮していた相手が居なくなったのをいいことに、先程から気になっていた物をいそいそと手に取っていた。それはロボットの剥き出しになった頭部から出ている、何本かのケーブルの繋がる先、ブラックボックスのような黒い箱だった。
 恐らくそれが頭脳で、箱の中には基盤や記録器が詰め込まれているのだろう。そこから伸びるケーブルは、部屋の隅に置かれたコンピュータに繋がっていた。
『これ…、プログラムの入力ができるみたいだな?』
 いじるなと言われた筈だが、そう言われると増々やってみたくなるのが人の性。因みに毛利君の専攻は生体工学だが、専門は違えどコンピュータの扱いは慣れていた。ましてヒト型ロボットの頭脳だ、人間を扱う研究をしている彼に、興味が湧かない筈もなかった。
 そして幸いなことに、コンピュータは大学で使い慣れた機種だった。恐らく旧型を安く払い下げてもらったのだろう。毛利君は難無くコンピュータを立ち上げると、ロボットのプログラムを開き、
『PROTOTYPE−NASTI。ナスティか。当麻らしい命名だな』
 早速、彼女には名前が付いていることを知った。元は長い名称の略だろうが、英語でナスティと言えば、「嫌な」「汚らわしい」「意地の悪い」など、凡そ良い意味ではない。恐らくそれを逆手に取ったような、面白いプログラムをしてあるんだろうと、毛利君は羽柴君の発想を思った。
 そう、彼のことだから、本当に性格の悪いロボットだとか、真の感情を持ったロボットだとか、一風変わった特徴のあるものを作っただろう。そして今、毛利君もコンピュータを前に、
『よし、力作を作ってやるぞぉー…』
 と、ちょっとしたジョークとして笑えそうな、けれど問題にならない行動プログラムをひとつ、大急ぎで書き加えていた。真面目に取組んでいる伊達君を思えば、酷い悪戯かも知れないが、毛利君は恐らくそんな形でも、自分もロボット制作に参加したかったのだろう。
 消えてしまった友人の為に。またその友人なら、このプログラムは笑って許してくれるだろうと、笑っている彼の面影を懐かしみながら。
 ただ、問題はないとしても後ろめたさは残る。毛利君はその後伊達君が戻って来ると、動力に関する質問も取り敢えず、そそくさと寮の部屋に帰ってしまった。

 するとその翌日には、
「おかしなプログラムをしたのはおまえか!、伸?」
 やはり伊達君は、笑って許してはくれなかった。テレトーク(映像電話)に映る彼の表情は、他人には気付かれない程度だが明らかに怒っている。何故ならその後ろに、ほぼ完成したと見られるプロトタイプナスティが、直立不動と言った趣で立っていて、彼女のガラスレンズの瞳がじっと伊達君を見詰めていた。
「アイシテイマス」
 と、合成ボイスが聞こえた。そう、毛利君が彼女に、挨拶代わりにそう言うようプログラムしたからだ。
「あはは!、もうバレちゃったの。ごめんごめん、でも他の機能に支障はないからさ」
 モニターの向こうで悪びれず笑っている毛利君を、伊達君がどう思ったかは定かでない。怒ってはいるが、確かに大したことじゃないとも判っていた。この金属を接ぎ合わせたヒト型の塊が、事ある毎に伊達君に愛を語ると言うだけだ。
「自分で作ったロボットにプロポーズされても嬉しくない!」
「わかってるよ、でもちょっと面白いだろ?、こんなのでも一応擬似感情プログラムだよ」
 毛利君は尚も笑いながら続けたが、
「消去するからな?」
「いや待ってよ!、明日修正に行くからさ、口に出さないようにプログラムし直すから!。自分のした事のアフターケアはちゃんとやります、勝手にいじんないでよ?」
「まったく…、早くしてくれ」
 そんな流れでも、自分の閃きの産物を消さずに残してもらう、約束を確と取り付けていた。この駆け引きに於いては毛利君の勝利だった。彼は希望通りロボットに関れたのだ。
 まあ、今は伊達君の方も、先程までの明らかに苛立つ態度を翻し、いつもの無表情に戻っている。ふたりの間に多少気まずい空気が流れはしたが、それが払拭されたと感じた毛利君は、そこで漸く昨日からの疑問を打ち明けられた。
「でもさ、何でロボットを作ったの?。当麻は他にも色んな研究をしてたのに、その中からどうしてロボットなのかなぁ?」
 すると、そんな単純な質問に、伊達君はまた答を躊躇っているようだった。真面目な性格の伊達君には、適当な嘘を吐くこともできないようだ。
「それは…」
「教えてくれないの?」
 毛利君が念を押すように言うと、伊達君の口からは、思い掛けない告白が聞かれることとなった。
「実は…、惑星探査船のクルーに志願するつもりなのだ。その助手として」
「惑星探査船って…。移住可能な星を見付けるってやつ…?」
「そうだ」
 毛利君には初耳の話題。否、彼にすら話そうとしなかったのだから、他の誰にも話していないだろう。大体伊達君がそんなことに意欲を見せるとは、今に至っても信じられなかった。
「正気かい…?。それは確かに当麻のひとつの夢だったけど、君が行ってどうすんの!?」
 その通り、惑星探査に志願したがっていたのは羽柴君だった。伊達君はどちらかと言うといつも、無駄な労働だと否定的だったのだ。
「どうするとは?。指定の任務をこなすだけだ」
「君は星のことなんか何も知らないじゃないか!」
 否定的だったが故に、伊達君は言われるように宇宙科学の知識を持たない。星の名前すらろくに知らない。そんな状態で突然宇宙の旅に出掛け、何とかなると思っているのが恐ろしい。毛利君は伊達君のそうした、決めたことは必ず成し遂げようとする性格を知っている。思わず動揺するのも無理はなかった。
 だが伊達君は今、周囲の心配など気にしていられないらしい。
「それは、このロボットがやってくれる。このロボットの頭脳は当麻が生前、自ら自分の知識を詰め込んだウェットウェアなんだ。時と共に成長し、若しくは、当麻そのものに近付いて行くかも知れない」
「馬鹿なことを…!」
「馬鹿でもいいのだ、それで私の気が済むのだから」
 伊達君のこだわることが、会話の中で少しずつ見えて来るようだった。例えロボットでも何でも、羽柴君らしき存在に居てほしい。それがこの四ヶ月の間に、伊達君が出した答なのだろうと毛利君は思った。
『君はそんなに傷付いていたの?、ひとりの友人の死に』
 思えば、自分は征士とはかなり対照的な性格で、逆に当麻は征士と似た所があった。幼馴染みである僕より距離の近い、双児のような感覚で付き合える存在だったと思う。だからこそ征士の喪失感は深いのだ。穴を埋められる他の何かを必死で、探そうとしてしまうのだ…。
 毛利君は暗にそんなことを考え、納得はしたものの、
「でも、無理だよ、そんな簡単なことじゃない。移住可能な星が見付かる可能性は、それこそ天文学的確率なんだ。これまでだって全然成果が出てないじゃないか」
 やはり賛成する気にはなれないと伝えていた。羽柴君ならまだしも、伊達君に宇宙に対する勘が働くとは思えない。正に無駄な労働と感じるからだ。
 けれどそこで、伊達君は意表を突く言葉で返して来た。
「別に見付けることが目的ではない」
「え?」
「言った通り、これは私の自己満足だ。見付かれば素晴しいが、私はただ当麻をそのミッションに連れて行ってやりたいだけだ。丸一年休学することになるが、帰還すれば成果はなくとも基本手当が貰える。悪い話ではないと思う」
 見付からなくてもいいと言う、そんなことの為に伊達君は、命の危険に晒されに行くつもりなのだ。恐らくそれでは羽柴君も喜ばないだろうに。
「本当に、そう上手く行くと思ってるんだ…?」
 言っても最早聞かないだろうと思いつつ、毛利君はそう言うしかなかった。
「馬鹿にしてるのか?」
「違うよ。そんな、夢みたいな話だと思うだけ」
 夢、と言う単語を口にして、毛利君は自ら相手の気持を理解する。
『そうか、君は当麻が語る夢が好きだったんだ…』
 そしてその後少し無口になってしまった。

 テレトークを切った後、毛利君は言いようのない感情に包まれていた。思わず無口になったのは、これ以上話してもどうにもならないと、状況を覚ったからだが、単に不満を感じていることでもあった。
 例えこれまでの、探査船の事故はせいぜい5%程度と知っていても、必ず95%の方に入れるとは限らない。またその間の一年間、伊達君のことを心配しながら待つと言うのも、毛利君には嬉しくない状況だった。伊達君はこの大学内に於いて、今は唯一の家族的な存在だ。それが自分に何の相談もなく、勝手に事を決めてしまったのでまず腹が立つ。
 そして毛利君には、伊達君と言う存在が近くに居てくれることを、どれだけ安心に思っていたか、今になって改めて認識せざるを得なくなった。つい先日の夜もそうだった。毛利君が少し普通の人間とは違うことを知りながら、伊達君は昔から彼を普通に扱っていた。毛利君がその日常を失うことを恐れ、誰より心配に思うのは当たり前のことだった。
 誰もが支え合い、繋がり合う世の中だから、時にどうにもならないことがある。誰が欠けても深い傷を残す、不幸な事故が起こってしまった後なのだ。



「毛利君!」
 それから一週間、伊達君は殆どキャンパスに姿を現さなかった。そのせいでしばしば、通り掛かりの顔見知りがその所在を尋ねて来る。
「伊達君を知らない?、ぼちぼち講議に来てると思ったら、今朝は見当たらないんだけど?」
「さあ…?、何か最近忙しそうでさ」
 無論毛利君はその理由を知っている。恐らくロボットの調整が佳境に入り、工作室に入り浸っているのだろう。行動的な彼にしては珍しいことだ、羽柴君ならそれも日常と言える程だったが、今はまるで乗り移られたかのようだった。
 そんな、毛利君に取ってあまり面白くない現況は、御丁寧に人に話したくもないようだ。どうせ大学には休学届けを出すだろうし、先に吹聴して回る必要もない。など、何処か閉鎖的な思考でいる彼のことを、「近頃の毛利君は沈んだ様子だ」と、周囲の学生達は感じ取っていた。
 そう、沈んでいた。ひとりの友人の死が、後にこんな展開をするとは思わなかったのだ。親しい人間が皆離れて行ってしまう不安、不満、その他諸々の己の自信のなさを見詰めている。
 だからと言って、誰も彼もが彼を気遣う訳でもなく、中には無神経に話し掛ける者もいた。
「毛利、おまえ女中ロボットなんて持ってんの?」
 その彼は、顔見知り程度の先輩だったが、その奇妙な問い掛けがなければ正に、全てが手後れになるところだった。気遣う人間だけでなく、世の中には気にしない人間も必要だ。
「女中ロボット…?。流石にそんな身分じゃないですよ」
「じゃあ何だろうな?、ロボットがおまえに連絡して来てるんだってよ。怪しい借金とかしてないか?」
 予期せぬ出来事に、毛利君は思わず早足で駆け出していた。自身に関係のありそうなロボットと言えば、例の羽柴君のロボットしかないだろう。そして伊達君の身に何か起きていると、嫌な予感が頭を過った。
 大学事務局のドアを開けると、事務員が保留状態にしてあるテレトークの、回線を新たに呼び出してくれた。大学としても相手がロボットとなると、一応警戒して保留にし、その間に所属などを調べるのだが、社会的にはまだ未登録のロボットの為、どうするか考えていたようだ。もしあの先輩に会わなかったら、取次ぐ前に切られていた可能性が高い。
 そして数分後、モニター画面に映し出された相手は、紛れもなく羽柴君の設計したロボット、プロトタイプナスティだった。
「…びっくりしたよ、君が連絡して来るなんて。ひとりで出歩いたりしていいの?」
 画面の彼女の居る背景は、どう見ても小さな室内ではない。何処か、広々とした公共施設のような場所だった。すると、
「セイジハ、今カラ12時間後ニ地球ヲ出発シマス」
「え…!?」
 突然の通達に、毛利君は一瞬言葉が詰まってしまう。
「今何処に居るの!?」
「キャピタルシティ宇宙港駅ヨ。ココノ管理センターデ、乗員登録ト身体検査ヲ受ケタ後、宇宙港ヘ移動シテ、第27番埠頭ヨリ出航予定デス」
 ロボットにしてはやや言葉遣いがフランクな、ナスティの所在を耳にした途端、毛利君は「信じられない」との思いで頭が一杯になった。
『何にも言わないで…!』
 事を勝手に決めただけじゃなく、出発日さえ教えてくれなかった。否、教えると煩わしいことになるとでも思ったんだろう。僕は反対したし、征士は何事もなく戻って来るつもりなんだ…。
 だが、毛利君は悔しく思いながらもこう続けた。
「わかった!、今すぐ行くよ、必ず見送りに行くからって征士に言っといて!」
 その場へ行ったところで何をするつもりもない。まして引き止めようと考える訳でもないが、毛利君は今、何かに必死に縋り付こうとする自分の気持が、走り始めたのを感じていた。何かに?、恐らくそれは機会だ。今この時を逃せば一生後悔すると、彼のよく当たる予感が囁いていた。
 その時ふと、画面の映像の違和感に毛利君は気付く。本来傍で管理する筈の人間が、ロボットの近くには居ないらしいのだ。ではナスティはどう自分に連絡を着けたのだろう?。
「でもよく僕の呼び出しナンバーわかったね?」
 と尋ねると、彼女は「成程」と思える返事で返した。
「以前セイジガ、アナタニ連絡スルノヲ見タカラヨ」
「ああ、一度見たら憶えられるんだ」
 その時特別な意識を持たなくとも、目で捉えた事を記憶する技はロボットならではだ、と、毛利君が関心すると、ナスティは更にこんな話を続けた。
「ソノ時ノ会話カラ、私ノ一部ノプログラムヲ作ッタノハ、アナタダト知ッタノヨ。アナタハ見届ケタイト思ウ筈ダカラ、私ノ判断デ連絡シタノヨ」
『何だって…?』
「ソレジャ、オ待チシテイマス」
 これと言った余韻もなくテレトークが切れた。それもまたロボットならではだ。毛利君は通信が切れた後の公告のヴィジョンを、暫し唖然として眺めていた。

『僕が見届けたいと思ってる…?』
 学生寮に戻るや否や、毛利君は隣の部屋の友人に簡単な事情を話し、急いで身支度を始めていた。外はまだ明るい午後三時頃だったが、そろそろ冷たい北風が空気を変える十二月初旬の世界は、枯れ木と枯れ草に覆われ、得体の知れない淋しさを人に感じさせる。
『その通りだよ』
 征士が居なくなろうとも、自分が天涯孤独になる訳じゃない。今は彼が唯一の理解者だとしても、当麻のような理解者が後から現れることもある。自分にはこんなに大事な友人でも、こんな時大事な事を言って貰えない立場だ。何を淋しがる必要があるものか…。
 と、理屈は幾つも思い付くけれど、結局どれひとつとして毛利君の慰めにはならない。ただモヤモヤと考える頭の外で、てきぱき着替えをする肉体が、自分を何処かに連れて行こうとしている、不思議な違和感を味わうばかりだった。
 戸惑う意識を余所に、外界の空気は何らかの運命へと流れている。
「アイシテイマス」
 初めて聞いたナスティの言葉。思惑通りの悪戯、否、今となってはそれも、単なる悪戯とは言えなくなってしまった。
『何でそんなプログラムを作ったと思ってるんだ!』
 その、本音と言える言葉が頭に纏まった時。毛利君はベッドの下に入れてあった、旅行用のボストンを徐に引き出し、手近な物を次々その中へ押し込んでいた。
「当麻は僕に取っても友達だ。君が当麻の夢を追うなら、僕は当麻の夢を追う君を追うしかないじゃないか!」
 何処までも、君の気が済むまで。それはきっと長い旅になるだろう。
 だが行かなければ後悔する。決断しなければ取り返しのつかないことになる。今、そんな予感に毛利君は背中を押されていた。普段はそれなりに落ち着いた性格の彼だが、今は後先など考えず突き進むしかなかった。何も振り返らずに。
 そして今にも張り裂けそうな面持ちで、住み慣れた寮の部屋を後にした。



 斯くして、毛利君は間に合った。
 彼が息急き切らせて宇宙港駅に辿り着いた時、伊達君は惑星探査船の搭乗手続きを終え、これから身体検査に向かおうと言うところだった。
 瞬きを止めた伊達君と、樹脂コーティングのせいで以前より、ずっと見栄えが良くなったプロトタイプナスティが、あと数メートルの場所に見えた時、
「バカヤローーーッ!」
 と、毛利君の声がロビーに谺した。既に息は上がり、足は縺れそうによろめいた。それでも目的の為に躍動する体には力があった。そしてもう一度、彼は有りったけの声と情熱を振り絞り、
「僕を置いてくことないだろ…!」
 心から言いたかった恨み言を伝えた。普段は有無を言わせず勝手に連れ回すのに、何故今回は鼻から蚊屋の外なのかと。否、勿論伊達君は惑星探査などと言う、大学の研究に関係ないミッションに、一年も付き合わせては悪いと思ったのだろうが…。

 結局、今さっき終えたばかりの搭乗手続きを、乗員二名、ロボット一体に改めることとなった。こうなると最早、どう説得しても毛利君は帰らないだろう。彼は出て来る際に、手際良く休学届けも提出してしまったのだ。覚悟さえ決まれば、意外に無情な判断で立ち回れる、それが毛利君と言う人だった。
 そして急に追加された乗員の為に、資格審査と乗員登録が猛スピードで行われたが、その間ずっと、することもなく待たされ続けた伊達君は、少しばかり不機嫌になってしまった。まあ、宇宙船でのこれからの生活を考えれば、今一時の不機嫌など取るに足らないことだ。泣いても笑ってもこの一年は、ふたりと一体の世界で過ごすしかないのだから。



 夜が明けた。
 探査船の窓から見える夜明けの星は、青白い光の瞬きで彼等を見送る。何の予想も立たない未来を、期待と不安の入り混じる気持を、そのまま空のスクリーンに投影したように弱々しい。意を決してここにやって来たのは確かだが、心細さを感じないと言えば嘘になる。
 先程からふたりの体を揺さぶるジェットエンジンの、震動が緩やかなバラードから段々に変調し、マヅルカになり、ワルツになり、嫌でも高鳴る心臓の鼓動を追い越して行った。心も体の感覚も、今は何処か遠くへ離れてしまって、座るシートの質感が判ることだけが、僅かに自分の存在を示しているようだった。
 飛び立つ時の緊張感は、このまま無となってやり過ごせるだろう。
 心の深淵から空の深淵へと、自動制御の彼等の船は走り出した。
 そしてこれが、長く辛い旅路の幕開けだったとは、ふたりには知る由もなかった。









コメント)ようやく始りました、サイト十周年企画のリメイク小説です。記念企画なのにリメイクってどうなの?、と思うけど、私にはかなり特別なことなんです、今までリメイクなんてやったことないし。
と言う訳で、この元の小説は93年3月に構想した、もう二十年近い昔の作品です。当時某ジャンルでA5版116p、100部作って完売しましたが、その某ジャンルも消滅しています。つまり誰にも見て貰えなくなった作品なので、復活させるのはそれなりに嬉しい。かなり久し振りの征当伸小説だし、この後も頑張りますっ。
ところで、「ナスティ」と言う命名の疑問を文中に入れてみたんですが、一応「頭がいい」と言う意味もあるんです。「悪魔的に」な意味ですが(^ ^;。本当に、何故ナスティなのか未だ疑問です…。




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