当麻の疑問
則天去私
#1
We throw forward



 我熱を忘れ天に然う。
 戦乱や勝負事の言葉のようで、単なる文学思想であるから、誰しも考えることは大切だ。

「あらどうしたの?。もしかしてまた不測の事でも…」
 日本時間は、恐らく陽が傾き始める午後なのだろう。天気の良い、晴れ渡る空に輝く光源が、やや淡く色付き柳生邸の屋根を朱に見せていた。呼び鈴を受け玄関に現れたナスティは、酷く驚いた様子もなく彼等にこう言った。
「あったようね」
 まだ、理由も判らず雲上界から落とされ、彼女に再会してからひと月ほどである。五人は今、しばしば地球上の町でも調査の活動をしており、比較的近場に居ると知っている彼女には、特段驚きを感じる再会ではなかった。その上、誰かが怪我をしたなどと言う事態は、全く珍しくも何とも無かった。
 打ち付けた背中の痛みに、渋い顔をしながら当麻が尋ね、
「何か、湿布とかあったら…」
「はいはい、いつもの所にございます!」
 小気味良くそう返すナスティは、恐らく今も未来も、常に五人の擁護者であり、突然の事態にも対応できるよう、備えをしてくれている唯一の人だろう。将来的には純も加わってくれるかも知れないが、今のところ最も頼りになるのは彼女だ。それを思うともなく思う、伸は彼女の手を煩わせぬよう、
「じゃ僕がやっておくよ、ナスティは遼達の話を聞いてやって」
 と、自然に先回りして動き、当麻の腕を取って屋敷に上がって行った。そこまで酷い怪我と言う訳ではないが、睡眠途中で起こされたせいか、どうも当麻は覇気が感じられず大人しい。そんな様子を見送る秀も、
「タイミングが悪かったなァ?、丁度寝始めたばっかりだったのによ」
 一応彼に同情してそう声を掛けていた。



 先に屋内へ入って行ったふたり、以外の三人は、例え使い慣れた柳生邸だとしても、それなりの礼儀を持って、ナスティの促しを待ってから靴を脱ぐ。ほぼ自宅として住み込んでいた頃から、三年は経過している現在、さすがに誰も中学生の意識のままではない。
 けれどナスティから見れば、彼等はいつまでも世話の焼ける弟達、と言う感覚だっただろう。今は実家を出ている家族に却って、親しさ故の気楽な空間を提供するように、彼女はいつも以前と変わらぬ様子で、五人を受け入れていた。
 その時も、当麻を見れば「何かあった」とは判るが、事態を詮索する前に、
「でも前みたいに、狐に摘まれたような顔じゃないのね、みんな?」
 割合落ち着いている三人の、漂わせている空気に合わせそう話し掛けた。遼達の話を聞いてほしいと、伸が先に言ったように、この穏やかな精神状態こそ彼等の現在だ。急転直下の出来事とは違う、新たな事態に何かしら得心できたなら、それは彼女にも嬉しいことだった。
 突然押し付けられ、説明も無く原理も不明だった物が、少しは解明されただろうか?
 すると、最もそれを理解していてほしい遼が答えた。
「ああ、まあ…、何となく少しわかる事があったような…、わからないような」
 しかし自信の無さそうな言葉は、期待したナスティには拍子抜けで、何故か秀もその態度を突っ込むこととなった。
「何だよ遼?、それじゃ何もわかんねぇことになっちまうじゃんか」
「いや、だって、移動の仕方だけ少しコツが掴めた気がするだけだろ?。どう言う理屈か全然わからないし、色々実験した訳でもないし」
「そりゃそうだが」
 今回の出来事に当たり、遼が慎重に考えているのだけは判る。それもその筈、秀は共に連れて来られただけで、移動する意思を発揮したのは遼だからだ。彼本人がその感覚を確と得ていないなら、予想を確信として話すことはできないだろう。否、昔の彼なら感情のまま、自身の望む所を確信して話す面もあったが、逸る感情を押さえ、元来の真面目さを優先できているのは、全く素晴しい成長かも知れない。
 そして、それを見て来たナスティにも、遼の伝えたいニュアンスは理解できたようだった。
「つまり、雲上界を自在に移動できそうってことなの?」
「その可能性はあると感じた。考えたこともなかったが、今の鎧と、ここから近い空間の組合せは、それぞれ何処にも自由に行けるのかも知れない」
 遼が「考えたこともなかった」と言うのは理解できる。嘗ての鎧は阿羅醐の物、ある意味その人の体でもあった為、身に着ける者の自由にはできなかった。鎧の持つ力が阿羅醐そのものであり、それを借りて制御しているに過ぎなかった。鎧とはそう言う物だと考えるのみだった。
 だが今は違う。阿羅醐以外の存在にも鎧は作れることを知り、そこに全く別の概念を組めることも知り、更に、地球人の知り得る知識ではない、未知の力の引き出し方があるのも、新たな鎧は教えてくれた。それをどう考えるか、慎重にならざるを得ないと彼には思えるのだろう。
 またナスティも話を聞くと、彼と同様の不安を覚えてこう続けた。
「それはとても、すごく重要なことだわ」
「何が重要なんだ?」
「過去のあなた達は地球の、いいえ、ある時代の日本を救う為に集められたけど、これからは何処で何に駆り出されるかわからないってこと…」
 変わらず呑気そうに尋ねた秀にも、ナスティの言う意味は伝わった筈だが、実は三人には多少理解度の差があった。それに気付いた征士が、先に廊下に上がったふたりに背後から問い掛ける。
「話を聞かなかったのか?、秀」
 と征士が言うと、秀は突つかれたようにすぐ振り向いた。
「え?、何の話だよ、俺そんなの聞いてねぇと思うが?」
「ん?…、秀にはまだ話していないのか」
「俺も知らない、何なんだ?」
 遼にもあまりピンと来ないようなので、征士は改めて、ナテスィを含めた三人に、仲間内である程度結論の出た推理を説明した。
「例の夢の話だ。何故通り過ぎた歴史の夢など、何度も見せられるのかと思えば、心理的経験を増やす為だろうと伸が言うもので」
「心理的経験を増やす…?」
「我々がこの先、あらゆる想定しない事態に対処できるように」
 問い掛けた遼は、ここに来る直前にほんの触りだけ、夢の話は征士と伸から聞いているが、なかなか飲み込めないようだった。けれど秀の方は何故か閃きが良く、
「ああ!、何処にでも行けるってことは、新たな事が起きる可能性が高けぇもんな?」
 と、力強く手を打って見せた。また彼がそれだけで理解したように、ナスティにも征士の話した内容は正しく伝わっていた。
「そう、きっとそうなんだわ。今度の夢にはそんな意味があったのね。例え現実じゃなくても心は経験するもの」
 彼女は今のところ、秀が見た夢の一部分しか内容を知らない。彼が自ら「こんな夢だった」と話したのは、昔、不思議な夢を見た話をしたなと、その再現をして見せたからだった。無論それは迦雄須が見せた鎧の夢だが、昨日見た夢は逆のことを言っていたような?、と秀は言い、後から仲間達が、恐らく全員世界の何処かの昔の夢を見たようだ、と考察した。ナスティはそれを憶えているだけだ。
 けれどそんな片鱗のみでも、彼女には考える材料となっていた。嘗ての鎧は日本の物で、日本以外の歴史は関係なかった上、「戦おうとするな」との迦雄須のメッセージを覆した、その意味は五人に取って、重大な立場の転換を思わせると。
 勿論、迦雄須と鈴薙の求める事は違うのだから、彼等が為すべき事も違うのは当然だが、今や新たな鎧の、力の後ろ盾となる存在も変わり、更なる思考の発展が必要になったと彼女は考える。そして遼もほぼそう思ってはいるのだが、性格の違いか地頭の違いか、当事者でありながら掴み難い話のようなのだ。
「そうだな…、そう言われると確かに色んな経験をしたが」
 何故判らないんだろう?、割合易しい理屈なのに、と、秀は困惑する遼の顔を見ながら、思い付くまま助け舟を出した。
「罪人の子供だったり?、見世物の奴隷だったり?、終わりそうな国の王だったり?」
「え…?」
 ところがそれには、事態の流れを知らないナスティの方が食い付いた。それぞれが長く、個々に別の視点で見た夢なので、全てを話すことは恐らく不可能だが、さすがに不親切と考え征士はその説明も加えた。
「ああナスティ、私達はあれから五人それぞれの夢を共有したんだ。当麻の予想ではそれらは夢でなく、後から作られた過去の可能性もあるそうだ」
 秀の発言で言えば、遼は歓迎されない立場で十字軍に参加した。遣る瀬ない事情でローマの剣戦士にさせられた。不運な時代のエジプトの王として君臨した。そして太古の昔も、遼は遼の視点で各時代を見て来たのだが、
「後から作られた過去って何だよ?」
 と、初めて耳にする言葉を秀が尋ねたので、やや論点は変わるが、征士はそのSFとも神話とも取れる、超理論の説明もしなければならなかった。
「だから夢で見た内容は、今は史実として組み込まれているんじゃないかと」
「えっ、えっ、何だそれ?。それが何か鎧の力になったりすんの?」
「直接何とは言えないが、そうでなければ意味不明だな」
 そうなのだ。通常なら他人の見た夢は、客観的に見えるものだと思うが、各々が各々の夢に参加しており、それぞれ違う場面を見ているなど異常である。単なる夢ではないと言うことが、征士にも今は充分納得できていた。私は少なくとも四人分の人生を得ていると。
 ただ考えてみると遼の見た夢だけは、参加した感覚ではなかった。それが遼の思考の足枷となっている可能性があると、彼はその場で思い付いた。何故なら遼の夢は誰とも関わらないのだ。
 また廊下を歩きながらナスティは、それら、征士の話した概要に意識を巡らせている。真面目に遼の思考を助けてあげたい気持だった。何故なら彼は集団のリーダーなのだから。
「鎧の力になる新しい過去…」
 彼女がそう呟きながら、柳生邸の中央の大広間に踏み込んだ時、
「あ、ナスティ、」
 その声が聞こえていたようで、既に治療行為を終えていた伸が、すぐさま彼女に伝えたい事を話した。
「だからね、調べてくれないかと思って。迦雄須の前の迦雄須一族のことをさ」
 すると不機嫌がやや薄れた当麻も、最大の鍵である事を簡潔に続けていた。
「恐らくそれが、今は記録としてある程度辿れるようになった筈だ。俺達は例の『天つ神』の名を知ったところで」
 一族の末裔ですら知らない、迦雄須一族の神の本当の名。否、恐らく神などと言う存在は、地域や時代により、複数の名を持つ可能性が高いが、そのひとつだけでも知れば大変な手掛かりだった。
「…本当なの…?」
 信じられない面持ちでナスティは目を見開く。長く伝奇的歴史を研究する彼女には、それはあまりに興味深い事実だった。すると伸は平たく親切に、何故それを重要に思うか話した。
「あくまで夢に出て来たことだけど、みんなが同じ呼び名で認識した人なんだ。多分その時代、最古の有史時代かなぁ?、そう呼ばれてたんだと思う。過去は生き神だったと聞いたし、その通りの存在だと感じたから、僕はそれを迦遊羅に教えたいと思ってるんだけど」
 序でに当麻もその時代について、大体予想できることを付け加える。
「そうだな…、あれはメソポタミアの地形が、現在のように変わる頃のことだと思ったな」
 そう聞くと更にナスティの脳内の、あらゆる文字や言葉、イメージが激しく加速して回り始めた。
 最古の有史時代、それは文字が残る最古の時代と言えるが、確かにそれは、不完全ながら新石器時代の中東地域にある。物や部族を表すマークを使う社会で、後により複雑な象形文字が発展して行った。勿論その前に話し言葉は存在したが、記録方法の無い時代は、どうしても正確な事は調べようがない。
 けれど僅かに記録の残る、現在より一万年ほど前の世界を彼等は知り、そこに既にある人物が存在したと言えるのは、科学的、考古学的調査結果とは異なる、目に見えない人心の歴史を得たようなものだ。人の歴史の古い地域には、口伝の慣習が多く残るものだが、その発祥を確実に見たことはとても大きい。
 何故その人は、現在から過去を操るほどの力を持っているのか。そんな人物を後々神と呼んでいるなら、その好意を得ている五人には、正に計り知れない力が与えられるかも知れない。
 今はそんな様子は見えなくとも、後の彼等がどう変わって行くか、ある意味恐ろしい。
「…わかったわ。それがあなた達にどれ程大事かは、私にもわかる」
 殊に真剣な面持ちでナスティが返すと、
「頼むわ」
「ありがとう、ナスティ」
 当麻と伸は、ここに至っても彼女の能力に頼ろうとする、これまでの習慣を少し申し訳なさそうに言った。いつか遠くない内に、彼女に頼れなくなる時が来る予感もあり、甘えられる内に甘えておくのいいかも知れない。
「いいえ…!。これにはお祖父様から関わってるのよ、私に大事なことでもあるわ」
 そんな彼等の意識を知ってか知らずか、ナスティは自らの使命に燃えている。すると秀は、いつも自分達を鼓舞し支えてくれた、変わらぬ彼女の姿勢を賞讃して言った。
「ハハ!、いつも頼もしいナスティが居てくれて、俺らも安心だわな!」
 この当たり前だった形も、もうすぐ過ぎてしまうかも知れない。最初に日本の異変に気付いたナスティの祖父、柳生博士が既に亡くなっているように、関わる人の思いは引き継がれても、時と共に人は次々入れ替わって行く。そんな歴史の哀切も含め、彼等は見知らぬ時代を垣間見て来たけれど、
「…そんな事だったなんて…」
 遼は改めて事態の根深さを感じ、独り言と共に溜息を吐いていた。



 早速パソコンを弄りに、ナスティが研究室へ行ってしまったので、使い慣れたキッチンにて、伸は勝手に仲間達にお茶を出した。別段それを怒られることもないだろう。寧ろ彼女に取って今は、来客の接待など後回しにしたいところだ。
 そして彼女が知りたがっているように、五人も今はまだ、より正しい解釈を探っている最中だった。大広間に落ち着いた彼等は、まずあまり議論の内容を知らない、遼と秀に説明することから始めた。
「俺が寝る前だ。羅針盤の実験中に話したことだ」
 大体複雑な推論をするのは当麻と伸が居る時で、征士と遼は事実を淡々と重ねることが多い。秀に至っては自ら考えようともしない。ところがこの時、当麻の弁にすぐ反応したのは秀だった。
「ま、遅かれ早かれだよな。俺もいつ言い出そうかと思ってたし」
 それを意外に感じて遼が尋ねると、
「そうなのか?」
「あーだって、寝ずの番やってると寝言聞いたりして、あれっ?と思うこと無かったか?」
「あ、ああ確かに、『その言葉知ってる』って何度か思って…」
 けれども、遼には不思議に感じた程度でも、他の仲間には何らかの確信が得られていたようだった。殊に自身の夢と言えるものには、最も鮮明な記憶が伴い、他者が口にした言葉にも反応し易いだろう。ふたりの会話を受け、伸は笑いながらこう続けた。
「秀は『俺は男に生まれたかったのに!』って突然怒鳴ったよ」
 そう、それは間違い無く伸の見た夢だった。そして先程の征士の説明では、単なる夢ではなく過去の現実として、新たに作られた歴史だと聞いた。それを思えば、例え今現在は回想に過ぎなくとも、言いたいことは同じだと秀は呟いた。
「…そりゃ怒鳴るぜ」
 こんな端的な例の中にも、事の要点が見えるようである。本来なら暮らす時代や背景、家族構成も性別も違う違う存在となれば、全く違う思考で生きていそうなものだが、今現在と寸分違わぬ自分がそこに居たと思えるからだ。
 半ば冗談として征士が現在の秀に言う。
「望みが叶って良かったではないか」
「まあそうだな?」
 けれどそう返しながら、秀は些か腑に落ちない様子で首を傾げている。
「…良かったんかなぁ…?」
 不思議なことに、彼本人が疑問に思う程に、本来当たり前であった概念が揺れている。伸ならばともかく、秀は嘗て自身が女性であった方が世の役に立つ、などと考えたことがあるのだろうか?。否、ある訳がない。彼は有りの侭の現実を受け止め、余計な想像力は働かせないタイプの人間だ。
 だから単なる夢ではないと言い切れる。夢として見ただけの遠い過去が、現在の彼に変化を及ぼしているのではないか。それを確かめる為に当麻が、
「ほー、意外におまえはこの中で、女の役割が回って来てもいいと思ってるんだな?」
 からかうように問い掛けると、さすがにその言われ方は癇に触り、秀は不快そうな口調で答えた。
「あのなぁ??、前からそう思ってたみたいに言うなよ?」
「違うのか?」
「へ?、冗談だろ??」
 秀の表情は、全く心外だと怒りに傾いているのだが、実は当麻と同様に考えていた征士がもう一言、
「私もこれは潜在意識だと思っていたが」
 と続けると、拳を握り締め秀は強く否定して来た。
「いー!?、勘弁してくれよぉ〜!」
 叩き付けられたテーブルが激しく揺れ、カップの中の液体が波打つ。幸いなみなみと満たされたものは無く、机上を汚すことはなかったが、伸はその、秀の心が発した小さな地震を見ると、彼の為に少し弁明してあげる気になったようだ。勿論伸自らも誤解されないように。
「そうだったとしても、それは今とは違う視点の意識だと思うよ」
 主に当麻に向け伸が話し出すと、助け舟を出してくれることを素直に歓迎し、
「そう!、そうなんだよ、何かうまく説明してくれよ〜!」
 秀はそう言って伸の腕に縋り付いた。まあ理屈を話し合う場面で、秀が当麻達を言い負かせるとも思えない。現実に起こった事なら話は違うが…
「違う視点とは?」
 早速当麻が、多少意地悪にも感じる態度で尋ねると、伸は逆に彼をやり込める事案を持ち出し、安易な推測を止めさせた。
「君も自分で話したろ、自ら選択したんじゃない、状況に合わせて変えられたんだって」
「・・・・・・・・」
 そうだった、本当は伸や秀の感覚を理解できない、自分が未熟なのだと当麻は黙ってしまった。経験は必ずしも、即時に身に着くとは限らない。だが新たに身に着く事もあれば、始めから持っている思想の問題でもあると、伸はその成り行きを話し聞かせた。
「今だって僕らは、自分の立場を選択して生きてる訳じゃない。そう生まれたからそう生きてるだけだ。でも途中で全然違う人生に変わったら、僕は僕でも、やっぱりそれに合わせるしかないよ。それが一番平和なのは間違いないんだ」
 すると秀も強く同意し、彼なりの考えも含めこう伝えた。
「そう言う風に受け入れねぇと、多分何か、目標が達成できねぇんじゃと思うからだぜ!?」
「そうだね、何かの目的の為にだろうね」
 そう言えば秀は、鎧世界での浄化活動に於いても、役目であり仕事であることに拘りを持っていた。任された何らかの信頼に応えることが、彼の場合は一番に優先されるのだろう。故にその為なら、致命的な事でなければ、自尊心を飲み込むことも厭わないと考えるのだろう。話し合ってみればそれは、以前から変わらない秀の姿勢かも知れない。
 するとそこで意外な発言も出て来た。
「そうだ…俺もそう思ってたんだ」
「何で遼が…?」
 全く思い掛けない事だったので、目を見張り聞き返した伸だけでなく、その場の全員が彼に注目した。何故なら遼はどの夢に於いても、特に本来の姿を変えていない筈なのだ。
 ところがその認識は大きな誤りだった。彼本人にしか判らない事をここで、他の四人は初めて耳にすることとなる。
「みんな、俺がどんな夢を見たか知ってる筈だ。俺が見た夢には人の姿が無い、俺以外の誰かの言葉も無い、俺自身の存在すら出て来ない。何でか知らないが、俺だけみんなとは感じの違う夢を見ていた」
「ずーっと宇宙を見てる夢?」
 聞くと秀がすぐ尋ねた通り、遼はただ広大な宇宙を眺めていた。ゆっくり流れながら宇宙の活動を眺めていた。宇宙船のカメラの映像でも見ているようだった。その景色については、当麻にはある程度見当がついていた。
「若い宇宙を神の視界で見るような夢だったな」
「若いのか?」
「人にはな。あれは太陽系が形成される直前だ。銀河自体はもうある程度、落ち着いた時代に入っていた」
 何故そう言えるかはともかく、天体観測を趣味にする当麻の考察を何故か、遼もその通りだと続けた。
「そう思う、あれは地球の生命体の始まりなんだろう」
 遼が夢の中で何を考えていたか、彼の個人的な思いは他の四人には判らない。けれど彼の知識とは思えないことを、何か、誰かが彼の意識に触れ、それを受けて理解したことがあるのではないか。当麻はそう考え、更に注意深く話を聞いた。
「じゃあ何でそんな、人以前の時代を俺は見せられたんだと思う?。さっき聞いた経験の意味には、当て嵌まらない夢なんじゃないか?」
 遼が周囲に尋ねるように話すと、正面に居た征士は特に疑問も無く頷いた。
「確かに…」
 実際誰に取っても遼の夢は難解だった。人の世の侭ならなさ、立場に拠る理不尽さの歴史を遡り、繰り返し演じさせられた四人は、何事も思うようにはならぬと教育され、叩き込まれたような気分で居るのだが。或いは集団の中心として、最も重要な夢を見たかも知れない遼は、それとは違う意味を得た可能性があると、誰もが彼の結論に耳を峙てる。
 そして彼の話したことは、
「だが、みんなの話を聞いていて判った。いや、俺なりの考えだが、やっぱりそれも経験の内なんだと。もし何かあって体が無くなっても、生まれた場所や家族や、これまでの均等な時の流れが変わってしまっても、やっぱり俺は俺なんだ。例え人間とは呼べなくなってもさ」
「・・・・・・・・」
 確かに今この場で話されていた、流れ通りのことを遼は感じているようだった。あの、神の視界と当麻が例えた夢の映像は、本当のところ神の視界とは言えない面がある。何故なら神と言う存在が、人の目の機能で世界を見ているだろうか。元は巫女だった天つ神ならまだしも、宇宙を創造した神なら、光のみを捉える限定的な見方はしないと思うからだ。
 故に夢はあくまで人間に近い視界だ。以前伸が、新たな鎧を得ても人間以外にはなれないと、何かの折に力説した記憶があるが、つまりせいぜい天つ神の視界と言えるものだろう。遼は鎧戦士達がいつか、その程度までの経験はできるかも知れないと、夢全体の意味を理解したようだ。
 すると当麻が、
「正しい推察だと思う」
 遼の意見を充分噛み砕いた様子で返した。そしてそれならと、伸は彼に被せてこうも続けた。
「だからさぁ?、その場その場で性別が違うなんて、大したことじゃないって言ってるだろ、僕は」
「ん、う〜ん…」
 だのに、当麻はどうもその点を受け入れ難いらしい。まあ人に拠っては、性別が変わるより実体が無くなる方が、楽で自由に思えるかも知れない。だがそれは逃げの思考だと秀は言った。
「そうだぜ!、鎧世界とおんなじで、取り敢えず五人で何とかしなきゃなんねぇ、嫌でもこうするしかねぇって時に、我侭言ってられっかよ。俺はそう考えただけだ!」
 思えば有史の最も古い夢、その前の征士の見た夢でも、秀は常に「男になりたい女」として登場する。何故なのか考えてもみなかったが、それは彼の潔い決断あってのことだと知り、伸は今更ながら大いに彼を誉め称えた。
「秀は偉いねぇ?」
「だろだろ!」
 本心では嫌でも、心の底では無茶を感じていても、必要ならばそうする自己犠牲の意識が、集団の活動には必要不可欠な面がある。難しい議論は苦手な秀だが、深く考えなくとも自ずとそうできるなら、議論する必要も無いかも知れない。
 それを遼は、素直に感じるままにこう言った。
「本当だな。多分それは、秀の精神が物凄く強いってことなんだろう」
「そ、そんなに誉められても!」
 遼の大層な褒め言葉に、珍しく戸惑いを見せながら秀は喜んでいる。これが普通程度のことなら、前に伸が誉めた時のように、大喜びして浮き足立つ悪い癖も出るのだが、遼の発言は嬉しくとも些か重いと感じたようだ。真摯にそう言われれば、彼はその通りになろうと受け止めるからだ。
 是即ち自己犠牲。人の精神の強弱など正確に測れるものでもなく、置かれた環境により変化もあるだろう。けれど秀は常に強く在ろうとする。その素質を持つ確実な根拠は無くとも、多少無理をしても期待に応えようとする。
 ただ、それが理想的な成長なのだ。犠牲と言う言葉はストイックな響きだが、要は何に重きを置くかと言うことだ。これまでの鎧戦士も、これからの鎧戦士も、変わり行く状況と共にあらゆる成長をする。導く者が居た頃は、考える必要も無かったが、より良い道を選択をしようと思えば、最も重要なのは思想であり、自らそれを得るのはとても難しい。その時、最良な行動とは自然に身を任すことだろう。
 地球上に於ける無為自然の流れ。宇宙的世界に於ける絶対的な理。それら、環境しか生物は学ぶ先が無いのだから、穏やかにそれに従う意識が何より大切だと思う。
 秀の考え方は適切だと思う。思うけれどすんなりそうできない当麻は、
「どうも俺は悟りが足りないようだ」
 と、やんわり自嘲しながら顔を伏せる。そのやさぐれた様子を見た伸は、ふと何かの閃きを持って彼に話した。
「何でそんなに拒否が強く出るんだろう?、当麻は何でも知りたがる奴なのにおかしいね。今の自分が完全に無くなる訳でもないだろ?」
「無くなりはしない。だが色々とバランスが変わる筈だ」
「そう…。もしどうしても割り切れないとしたら、君は永遠に『迷える者』なのかもね」
 本人が正解と感じることを伸は指摘していた。
 賢さとは、ある意味一方に偏らないことでもある。勿論全てがそれでは立ち行かないが、孔子の教えに「中庸は徳目」とあるように、特に指導者などはそうでなくてはならない。実質五人の中で、全体の方針を決めているのは当麻であり、伸は必要な迷いもあるんだろうと思いつつあった。
 するとまた遼が、
「それが当麻らしいのかも知れないな?」
 と相手に顔を向け、ごく自然な流れで理解を示している。何とも、これが立派なリーダーの振舞いだと、今この場では神々しくさえ映った。仲間と言う身近な環境の意見すら、素直に頷けない個性は申し訳なく感じた当麻。だが、
「…どうにも見通しが悪そうだ…」
 気分の沈み切る前に、必ず誰かがフォローしてくれる、環境に恵まれたことだけは信じられている。そこに感謝しながら甘んじて考え続けるしかない。
「ハハハ!、てめぇはずっと苦労してろ!」
 まあ、素直に感謝できるとも思えない、秀の明るい言葉は寛容且つ辛辣なものだったが。

 とは言え当麻はまだ柔軟な方である。
 この一連の会話の中で、自身を最も情けなく感じていたのは、途中から会話に参加していない征士だった。実は、遼の夢の解釈を知った時点で、如何なる場合も変化しないのは自分だけだと、気付いたからに他ならない。
 そして大方のことは既に判っていた。自身が狭量なのは、心を占める大部分が子供染みた我侭だからだと。但しそれを個性と認めてくれる仲間が存在し、許されていると改めて感じたようだ。持つべき覚悟について、活発な議論をしながら誰も彼を責めなかったので。



 さて、地球人である限り、人は地球の環境に服従せざるを得ないと言う訳だ。例え未来に他の星や、人工の場所で暮らすことがあろうと、人の基準は地球に準じたものになるだろう。当然重力は1Gの近似値であり、60秒で1分、60分で1時間である。それが地球に適応した地球人には、暮らし易い基準だからである。
 けれどもし、それを根底から覆されることがあれば、時は瞬時に遺伝子レベルから、計算をやり直すことができるのだろうか?
 徐に研究室のドアが開き、やや興奮した様子でナスティが五人を呼んだ。
「ちょっと、ちょっとみんな来て!。本当に変わってるわ!、歴史のデータベースが…」
 自然に、違和感なく現在へと続くように、過去の歴史を変えられるとしたら、果たしてその経過はどう見えるだろうと、好奇心と一抹の不安とを持ちながら、呼ばれた彼等は席を立った。



つづく





コメント)まあまあ予定通り続きをupしました。まあまあと言うのは、五月の前半は創作全休の筈が、印刷テスト用に一本小説を書いてしまい、本音としてはもう少し休みたかった(´`;。自分が悪いんですが。
この後六月は、毎年恒例の伊達BDもの、その後にこの続き、その後夏コミ合わせと予定が続くので、どうしても今書かなければ!、と、必死な思いで書き始めた割に、この話の辺りは設定がはっきりしていて、かなりさらさら書けてましたw
但し後半はどう結ぶかちょっと迷ってまして…。ここから「偉大なる哲学」に飛ぶことになるので、よく思索する時間を取りたいと思ってるんですがっ;



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