見上げるリョウとシン
PLEASURE TREASURE
#6
プレジャー・トレジャー



 店鋪の地下室から、事件に関係するかしないか判らない、ありとあらゆる物品が運び出されていた。リョウ達がそこを脱出した後、保安局から詰めていた捜査官が入れ替わるように侵入し、物品の押収と現場の調査を始めていた。
 犯罪組織の主要人物は、保安局が完全に押さえた一階店鋪と地下以外の、店鋪ビルに留まったまま動きを見せていない。そしてそんな状態が一時間以上続いていた。作戦の開始から二時間程が経過して、午後十一時を過ぎた時計の針を見ながら、捜査官達は何とか緊張を維持していたけれど。
 リョウは、待つばかりで行動できない現状に、やや苛立ちながら現場をウロウロ歩き回っていた。セイジからの連絡は、自分が店鋪を脱出する少し前を境に、もう一時間近く入っていなかった。また仕事とは直接関係ないが、再びシンが姿を消してしまったことで、何もかも思うように行かないような、八方塞がりな気分を味わうに至っていた。
『隠し部屋が見付かって、上手く行きそうだと思ったのにな…』
 こうなると己の見通しの甘さにがっかりもする。リョウは溜息を吐きながら、気分転換に店鋪の周辺の路地を歩くことにした。何か、新しい考えや閃きが生まれることを願いつつ。
 そうして店の横の細い路地を歩き出すと、
「リョーウ…!」
 と、正面の方向から呼び声がした。勿論顔を見なくても判断が付く人物だった。
「だっ!、なっ!…、何で戻って来たんだっ!!」
 そう、一時現場を離れ、再びここにやって来たシンだった。相変わらず緊張感の薄い様子ではあるが、周囲の状況を見て声を潜めている様子は、最低限の配慮ができていることを感じさせた。否、だからと言って大目に見てもらえる訳でもない。
 リョウが慌てて駆け寄って行くと、
「考えてたんだよ。僕も色々大変なんだ」
「何言ってるんだ!、もういい加減にしないと本当に怒るぞ!?」
 シンはリョウの心情を解っているのか、それ以上無駄に逆撫でしないように、大人しく路地の物陰に隠れて見せた。そしてリョウがその前に到着すると、
「ねぇリョウ、ちょっとこっちに来てよ、ねぇ」
 シンはそう言いながら、スルスルと隣の店鋪の倉庫裏へ身を引き始める。体の小さい子供でなければ、窮屈そうな倉庫と塀の隙間を眺めて、遊んでるんじゃないんだぞ、とリョウは一瞬思ったが、塀に突き当たってこちらを見たシンの顔が、不思議と大人のような表情に見えてリョウは戸惑った。シンには確かな意思が感じられた。
「おいっ、何なんだ…」
 そして手招きをしながら奥へと進んで行く、倉庫の陰に見えなくなったシンを、リョウは結局追って行くことになる。
 体を横から通すようにすれば、大人でも何とか通れる隙間だった。一列に並んだ倉庫の屋根のお陰で、上手い具合にドラッグストアの店鋪ビルの、どの窓からも見えない死角となっていた。その細い通路は例の、廃棄された工場へ向かう路地の途中まで続いている。今は一般人が現場に近寄れないようになっているが、シンは工場の方から入って来たらしい、とリョウには考えられた。
 もうすぐ倉庫の列が途切れる場所まで来ると、シンは振り返って、
「見付かっちゃうから隠れてよ?」
 と話して立ち止まる。最奥に建っている倉庫の、トタン屋根が傷んでできた隙間をシンは、黙って窺いながら指差していた。リョウが姿勢を低くしながら覗くと、そこからは丁度ドラッグストアの五階の窓が見えた。更に窓辺には人影があるのも判る、相手に気付かれずに偵察できる絶好の場所だった。恐らくシンはそれを伝えたかったのだろう、とも思えた。
 店鋪ビルの裏はレストランの敷地に面している。高級な客をもてなす三ツ星レストランの庭は、都市の景観を遮る樹木が立ち並び、コンパクトな森と言った造成になっている。レストランの従業員には話を通してある為、本日の昼の営業はしていないが、保安局がその敷地に陣取ることはできなかった。レストランに危害が及びそうな場合は侵入を許可する、そうでなければ入らないと言う約束になっている。
 なので、店の裏の様子はやや離れたビルから、双眼鏡で見ている者が連絡をする形になり、己の目で様子を見て瞬時に行動、とは行かない状態が微睡こしく感じられていた。それを打開できるかも知れないこの場所を教えてくれた、シンには個人的に感謝したいリョウだった。
「あそこに人が居るでしょ?」
「…見張りらしいな。あんな窓を見張ってるってのは…、あそこにボスが居るってことか」
 そしてシンの促しを耳にしながら、リョウはより深く思考し始めていた。
 レストランに面した店の裏には、元々保安局の部隊は配置されていない。裏側には出入り口が無い上、完全に囲まれていると知れば、危険な行動に出る相手を刺激しない為でもある。つまり故意に裏側を開けているのだが、今のところ何の動きも見せず、窓辺に見える男はそこから一歩も離れず、只管窓の外に注意を払っているだけだった。余程重要なものがその部屋にあるのか、或いは裏から動くとまずい事情があるのか、そのどちらかのようだった。
 ただ、見張りの男の注意が、下方に向いていないのがリョウには引っ掛かった。ビルの一階には窓も無く、二階から四階の窓には鉄格子が付いているが、周囲の路地から鉄格子に工作するような者が在れば、窓から侵入される危険を考えて然りだ。しかし今ひとつ、守りの目的が見えないような不思議な様子だった。
 リョウがそんな状況の妙を考えていると、突然シンが彼のシャツを引っ張って、やや興奮気味に言った。
「ほら!、ほら!、見て、屋根の上にも人が居るんだよ」
 実は、シンが最も伝えたかったのはそれだったようだ。シンの目線を辿ってリョウは、ビルの屋上の一点に目を凝らした。一時は何も見えなかったが、暫くして何かを合図するように上げられた、肘から先の手だけがリョウの目に捉えられる。そして思わず口走った。
「!、あれは…」
 リョウには見覚えがあったのだ。その腕にはカメラ、盗聴器、コンパス等の機能が纏められた、特殊な複合装備が付けれられていた。このドームでそれを身に付けているのはセイジだけだった。そして同時に彼からの連絡が途絶えた理由も判る。ドーム内で一般に使われる通信機に比べ、この特殊装備の通信機は高性能で届く範囲が広い。それだけに相手に見付かり易い欠点があるからだ。
 主要な人物が居ると思える部屋の真上で、そんな器材を使うことはできない。しかし誰かに気付いてもらわなければ埒が開かないので、手で存在を示し続けているのだろう。残念ながら離れて店の裏を見ている捜査官は、窓に気を取られているのか、屋上の様子には気付かないようだ。そう思うと、
「僕が見付けたんだよ?、児童園に戻ってまた来たら見えたんだ」
 と言うシンの方が、余程よく見ているとリョウには頼もしく思えた。もしシンが子供ではなく、捜査官のひとりとしてここに居るなら、良い仕事ができていると惜しむ感情さえ生まれた。否、第三者の方が観察し易い局面も確かに存在するが。
「そうか、屋上に昇ったのか。いいアイディアだ、挟み撃ちにできるかも知れない」
 表に向いた看板以外に柵も何も無い、何処かの窓からよじ登るしか上がれない屋上の縁を、リョウは目を細めて見据えながら言った。恐らくビルの何処かに、セイジが格子を外した窓が存在するだろう、と考えていた。すると、
「リョウも行くの?」
 言葉にするまでもないリョウの意思に、反応するようにシンが問い掛ける。言葉のニュアンスからは、何を聞きたいのか正確には解らなかったけれど、まさかと言う思いがリョウの頭を過った。今度こそは、自分の行動に絶対に着いて来ないように、厳しい態度で釘を差さなければいけないと。
「俺の事はともかく!、シンは早くこの近くから離れろ!。ここはもうすぐ大変な事になるんだからな!」
 押さえた声で相手を説得するには、とにかく気迫が大切だった。表情から全身の動きまで交えて、リョウは必死の様子でアピールした。すると彼の懸命さが伝わったのか、シンは口を尖らせて、仕方なく諦めるような口調で返す。
「わかったよぅ」
「今度こそ言うこと聞いてくれよ!、頼んだぞ?」
「はぁい」
 シンについては、ここまでの行動だけでも表賞ものの働きだったのだ。もうどうあっても危険な目には遭わせられない、と、子供を思うリョウの意思は固かった。
 そして漸く己のすべき行動も見えた。助力を求めているセイジの許に行くことが、動きの無い状態を動かす切っ掛けになるかも知れない。リョウは一筋の光明を見い出したように、勇んでその場を後にした。必ず事態を上手く処理できると信じて。

 それからほんの少し経過した後のことだった。
 屋上に上り、五階の部屋の会話を盗聴していたセイジの耳に、些か気になる話題が聞こえていた。その少し前から、幹部達と同じ部屋に捉えられている捜査官のルナが、気転を利かせて彼等と会話を始めていた。無論重要な話を漏らすとも思えないが、言葉の端々から推論できる事は幾らかあるだろう。セイジは上手いと思える状況に、一字一句も聞き逃すまいと集中していた。
 組織の幹部達は今、仲間の応援が来るのを待っている様子だった。但しこの状況に仲間が駆け付けても、あまり効果的な応援ができるとは思えない。捜査官を上回る大人数で来るか、大規模破壊でも起こさなければ、周囲を取り囲まれた局面を打破できない、とセイジは考える。前者は恐らく不可能だが、後者への警戒は充分にするべきだった。その場合は現場を逃げ切っても、後の罪状の重さが跳ね上がること必至だ。
 しかし、今は待つだけの身である幹部達に、厳しさや焦りが殆ど感じられなかった。対峙する者を舐めてもいないが、何処か余裕のある口振りでの会話が聞こえ続ける。彼等は確実と思える何かを計算していた、そんな様子がセイジには窺えた。
 そしてこの事件は上辺のものだったことも。
「…芥子の取引が目的じゃないの?、じゃあんた達の目的は何?」
「ハハハ、お嬢ちゃん、保安局はそんなに甘かねぇだろ?。一から芥子を栽培すんのはなかなか難しいことでね」
「そりゃ、世界中で監視してるからね」
「俺達はそんな面倒な事はしねぇ。あの植物学者は、芥子が自生する地域を知ってんだよ」
 そこまでを聞くと、セイジは現実の結果を合わせて答を探し始める。
『だから学者を殺さなかったか。しかし、外界に自由に出掛けることができるのか?』
 そう、現在は公的に運行される航空環境しか存在しないのだ。決まったルート以外の地点に降りようと思うなら、許可を得て特別機を出してもらうか、ハイジャックでもしなければ不可能だろう。勿論許可が得られるのは、調査等の目的と認められる場合のみで、発着時には厳重な汚染チェックが義務付けられている。ヤクザな者が通れる道ではない。
 だとすれば、学者から聞き出した情報をどうするつもりなのか。
「そうか、目的は学者の方だったのか。…でも、秘密の行動にしちゃ派手過ぎるんじゃない?。余所から来た珍しい人間が雲隠れしちゃ、誰でも事件だと気付くのに」
「だろうな。だがこれで最後だから構わねぇのさ」
「最後って…?」
 ルナが訝しく問い返したのと同じに、聞いているセイジもその言葉の意味を求めていた。まさか自爆的行為を考えているとも思えない。とても嫌な予感がした。
「フフ、まあ見てろよ、あんたも驚くような事が起こるから。このドームは今日が最後の日になるかも知れねぇな。そして俺等は仲間のとこに行く」
「最後の日ってどう言うこと!?」
「ハハハハハ…!。ま、こんだけ騒ぎになっちまったし、今回は大惨事の混乱の内にトンズラってことさ」
 組織の誰かの高らかに笑う声が、聞く者を増々当惑させていた。保安局が捕捉したこの事件は失敗に終ったが、まだ己の立場は揺るぎないとの自信が感じられた。そこまで確実な方法とは何なのか?。そして嫌な予感とは当たるものだが、彼等が言う『大惨事』とは、ドームの機能を停止させる程の大それた行為なのだろうか?。
「学者様を奪われたのは失敗だったが、どの道仏じゃネタになんねぇ。また違う方法を考えるとするさ、俺達は何れ世界を牛耳る予定だからな!。じゃあな、お嬢ちゃん、また会えるといいねぇ…」
「え?、ちょっと!、待ってよ…!」
 ルナは呼び止めるように言ったが、その後会話が無くなったのを見ると、彼女の傍から人が離れてしまったようだった。恐らく彼女は不明な内容を、もう少し掘り下げてほしかったのだろう。特にドームの安全に関わる部分だけは、どうにかして聞き出したかったに違いない。けれど、セイジはそんな一部始終を聞き続けて、彼だけが思い付ける答に達していた。
『やはり繋がっている、この事件についても渡りが付いているな』
 思い出してほしい、セイジはこの事件の捜査に参加する為に、余所から派遣された特殊捜査官である。その意味は、このドームでの犯罪組織の存在と、全世界から見た犯罪組織の存在が、微妙に異なっていることを把握している、唯一の現場捜査官と言う意味なのだ。厳密に言えばここでは、保安部長以上の者が全体の事情を把握しているが、第一線に立つ捜査官ではセイジのみだった。だから彼はここにやって来た。
 恐らくドーム時代に入って最初の、世界規模での暴力抗争が起こる前触れだった。
『彼等が優位に立つ為に、学者の持つ外界の知識が狙われたとすれば…』
 静かになった階下の物音と入れ代わりに、セイジの耳に実音での息遣いが聞こえた。ふと見ると、屋上の縁に掛かった手が慎重に辺りを探って、手を掛けられるブロックを見付けると、音を立てぬようゆっくりと上って来る者が居た。
「来たぜ」
 顔が見えるなり、リョウは整わない息の中で言った。
「まだ動いていない、丁度良かった」
 するとセイジはまるで、リョウが来たのを当然のように声を掛けていた。そろそろとした足取りでリョウが、セイジの傍に辿り着く頃には、もう普通に仕事の話が継続されていた。簡単な言葉を交すだけでそうなれるのは、彼等がお互いの能力をよく信頼できている証なのだろう。
「怪我してんだって?、俺がヒットマン代わるよ」
「ああ、左腕だから大したことはないが、外は見づらい、頼むよ」
 情報を受けた通り、セイジの左腕には深い擦り傷が認められたが、後々機能に問題を残すような怪我ではなかった。しかし彼はリョウの申し出を断らず、服の中のホルスターから取り出した、徹甲弾が四発残っているリボルバーを手渡す。同じ事をするなら確実性のある方に賭ける、不利な条件を複数持った自分よりは、とセイジはそんな心境だったようだ。
 普段の仕事では持つことのない、大口径ピストルのレバー類をリョウは確かめると、借り物を大事に扱う様子を見せながら、それをズボンのポケットに差し込んで続けた。
「それで今どんな状況だ?。奴等何をする気なんだ」
 何かを起こすつもりらしい、と保安部長から聞かされた報告は、リョウを始め保安局に取って悩みの種だった。何か、と断定できない内は確実な対処もできない。場合に拠っては周辺に危害が及ぶことも考えられる。捜査官達は誰もがまずそれを知りたがっていた。
 またリョウは恐らくセイジが入手した情報だと、後に詳しく報告を聞く中で考えていた。そしてセイジはドーム内の捜査官とは違うスキルを持っている。彼なら情報からある程度の予想も、できているのではないかとリョウは考えた。
 なので最初の質問は必然的に、相手が引き起こそうとしている事態の話になったが、
「ああ、今さっき下の部屋から聞こえた話で確認できた。掴まっている捜査官が、うまく話を引き出してくれたお陰だが、」
 全く以って、セイジにもタイミングの良い再会だった。
「奴等はドームを破って逃亡するつもりだ」
「…えっ…」
 思わず言葉を詰まらせたリョウだが、セイジは特に驚いた様子でもなく、これまでと変わらない口調で話していた。それを見てリョウも、有り得ない事ではないのかも知れないと、ぼんやり考え始めてはいたけれど、凡そ現実的な話とは受け止められないでいた。何故ならドーム時代の歴史の中で、そんな事件は一度も起こったことがない。個人がドームを破る程の武器や動力を所有し、中に暮らす者全員に危害を加えるなど、聞いたことがないのだ。
「そんな事が、できるのか…?」
 信じられないと言う顔をして、ただただ目を見開いているリョウに、セイジは簡潔にまとめた背景的事情を説明する。これが理解できるなら、長く続いて来た平和的なドームの共存が今、崩壊する恐れがあることも理解するだろう。とセイジは思いながら話していた。
「できる。…近年になって国際情報局には、とある不審な取引の話が幾つか報告されていた。物は保安局と警備会社などで使用する、ドーム内の巡回用ヘリだった。通常の流通ルートを外れた取引がしばしばあるので、現物を調査をしたらただのヘリではなかった。外界を遮断する仕様になっていて、武器も搭載しているが傍目からは判らない、言ってみれば覆面戦闘機と言える物だった。
 機体を製造する企業が出荷前点検に使う、整備会社に問題があるのも判っている。その企業は地元のドームに巣食う犯罪組織に、便宜を計らなければならない体質なのだ。今は各地でそんな恐喝的癒着が起きている。そして同様の組織にヘリを横流しする犯罪集団は、今や世界的な力を持つことになった。…彼等がここの犯罪組織と繋がっていることを、私は調べに来たのだ」
 だから、下の部屋で話されていた内容とも辻褄が合う。犯罪組織など、元より平和共存を望む集団ではないないだろう。誰かが権力を手にすれば、他は更に大きな支配力を持とうとするのが彼等の常だ。正にプレイクの組織はそれをやろうとしていた。ある意味武器で脅すよりも、強力な支配力を持つ麻薬の利権を手に入れ、現在の最大勢力と取引しようとしているのだから。
 但し、そんな事情は普通に暮らしている市民には、何の関わりもない事だ。だから被害が広まらない内に、保安局が阻止しなければならない。できる事なら広く知られないまま、小さな活動に終ってほしいとさえ願っている。平和だけが残せる財産である、ドーム生活者と子供達の為に。
「ドームが壊されたら、市民はただじゃ済まない…」
 大まかな状況を把握すると、リョウは呟くように言った。彼の声のトーンが些か落ち込んでいるのが判る。だがそれも致し方ない。
「恐らく、あっと言う間に汚染が広がるだろう。私達も含め」
 セイジの言う通りに違いなかった。ドームは二重構造になっており、内殻の外を外殻が被っているが、外界との境界であるドームのガラスは、硅素とアルカリ土類の合成物質と言う、腐食や変質には強いものの、衝撃にはあまり耐性がない素材でできていた。その為僅かでも傷が見付かると、即座にドームガラスの交換をする作業が行われる。安定性と強度、硬度、透明度などの条件を同時に持つ素材は、地球上では未だ発見されていない。
 それでも自然環境の中ではその程度で、内殻と外殻が同時に傷付くことは有り得なかった。万一そんな事があっても、網目状に支える支柱が無事なら、ガラス交換の短い時間だけで外気の侵入は止まる。しかし、その範囲を超える破壊力を以って、自由に人々の運命を操る者が現れたとしたら。
「どうしても食い止めなければ。…どうしたらいい?、拳銃で歯が立つか?」
 暗い気持を振り切るように、リョウは敢えて語調を強めて言った。今ここで組織の身勝手を止めなければ、何の為に捜査官になったのかとリョウは強く念じていた。また一度前例ができてしまえば、何れ同様の事が他でも起こるだろう。生まれ育ったドームに、その始まりの汚名を着せたくはなかった。
 真に土地を守れる者は、その土地に住んでいる者だ。それを理解するセイジはリョウの、静かに憤る様子を見て適切なアドバイスをする。
「特殊な機体を撃ち抜けるかどうかは疑問だ、羽を狙った方が良い。恐らくここに着陸するだろうから、至近距離で打ち込める。後は、周囲に多少危険があるが、爆発物を直接投げ込むかだな」
「本部と相談しよう」
 そして打てば響くとばかりに、リョウは素早い動作で自分の通信機を取り出していた。いつ相手が動くか判らない今は、一刻も早く情報を伝えなければならない。それが己と全ての為だった。
「ああ、それと、ホテルのライフルを使うように言ってくれ」
「そうだ、その手があったな」
 セイジの追加を素直に受けたリョウは、不意に明るい顔をして見せた。それこそが破壊阻止の決め手になると、頭の何処かで覚ったのだろう。過去の戦争の記録には、ライフルの銃弾は装甲車の鉄板さえ撃ち抜くとされている。現時点で、これ以上に期待できるものは無かった。
 通信機の微弱な波長が合うと、リョウは密かな声ながら力強く話し始める。その間セイジは強くなる一方の日射しを感じながら、サングラスに映る涼し気な日陰を眺めていた。そろそろ太陽がドームの真上に昇ろうとしていた。この後プレイクドームが明るい未来を続けられるか、暗黒の歴史に包まれるかは紙一重だ、と、町の陰影を見ているセイジは考えていた。
 否、ひとつが始まれば、全てのドームに影が落ちるのも時間の問題だった。

「…間違いなく裏の窓から出ると思います、見張りがヘリを探してる様子でした」
 一通りの情報を伝え終えて、今作戦本部からは詳細の確認と、ふたりへの指示が伝えられていた。リョウが話すように、窓を見張る男が下方を警戒していなかったのは、遠くの空から現れるものを待っていたからだ、と今は容易に考えられた。
「はい、ここはふたりで構いません。ヘリが間近に来た時に詰めればいいと思います。こっちは何とか応戦します」
 保安部長が急いで纏めた作戦は、屋上のふたりが相手の注意を引き付けている間に、多数の捜査官を一挙にビルに潜入させ、手薄になった五階を占拠しようと言うものだった。マシンガンに対抗する防護盾も今は揃っている。後は何らかの方法でヘリを使えなくすれば、行き場を失った組織の人間を袋の鼠にできるだろう。やっつけ仕事ながら、誰もが納得できる作戦だった。
「はい、なるべく屋上にヘリが乗るのを待ちます。それから…」
 今度こそ作戦が上手く行くように願う。今度ばかりは失敗は許されない。失敗すれば正しくお終いだ。とリョウは強く心に思った。今やこのドームの未来が、屋上のふたりの行動に託されている訳だ。生半可な決心ではその場に立てない、例え自らの命と引き換えになったとしても、運を引き寄せる気持の強さが必要だと思えた。だからリョウは強く念じて、己に暗示を掛ける。決して失敗はしないと。
 命運の分かれ目で必ず良い方に拾われるように。太古からの地球史の続く中で、保安局の活動が選ばれる正義であるように…。
 しかしその時、リョウの耳は信じられない言葉を耳にしていた。
「見えたぞ…」
 サングラスを掛けていても視力は良い、と前に話していたセイジが、静かに後ずさりながら空の一点を見詰めていた。
「えっ?…そんな…」
 真昼の空の薄青い背景には、暫くはドームの外を流れる雲しか確認できなかったが、最早セイジの発言を疑うリョウではなかった。
『どうした?』
 通信機から、異変を感じ取ったシュテンが問い掛ける頃には、リョウも身を隠す為に、店の看板の後ろへと移動を始めていた。幸いなことに、改造ヘリの飛行速度はそう早くはなかったが、それでももう作戦を練っている時間は無かった。
「部長っ、通信を切ります!、ヘリが見えました、実行に移ります!」
『気を付けろ!』
 最後にシュテンが言った一言は、動作を急ぐリョウの耳には入らなかったけれど、言われなくとも、ふたりは細心の注意を以って能るだろう。無闇に手負いとなっては、救えるものも救えなくなってしまうから。
「間に合わなかったか」
 今はもう、米粒程度に確認できる機体を隠れて見ながら、セイジは手持ちの銃の確認をした。店鋪の銃撃戦で切り替えた連射システムは、対人用としては使える銃だが、元がピストルだけに収納できる弾数が少ない。少人数で多数の幹部達を相手にするには、素早く銃弾のカセットを入れ替えるしかない。それを如何に取り出し易く携帯するかが、目下のセイジの悩みとなった。
「くそっ、奴等もっと早く話してくれりゃ…」
 リョウはそう吐き捨てたが、まあ相手もそこまで間抜けではない。早くにからくりを口外して、万一のリスクを負うような事はしなかっただろう。そろそろ到着すると判っていたから、ルナに話して聞かせたに過ぎなかった。そして、話を聞いた後にはあまり時間が残されていない、と考えるべきだったのだ。
 セイジから借りたリボルバーの、重い銃身をリョウは掌に確と感じていた。リョウの携帯するオート銃とは違う、ステンレスの冷たい表面が不思議にも、頭の芯をすっきりとされてくれるようだった。何とかこれだけでヘリを飛行不能にできれば良いが、果たして遮断仕様のヘリに通用するだろうか?、との不安も感じる。考えても答は出そうにない。その間にも、犯罪組織の箱舟と化す機体は刻々と近付いている。
 近付いている、黒いヘリの姿が段々と鮮明に、細部まで細かく見えるようになって行った。隠れながら見ているふたりには、それが保安局の巡回ヘリにそっくりだと判ると、味方に攻撃を加えるような気分になって、思わず息を飲む。あろうことか、ヘリの正面には保安局のマークが付けられており、だからこそドームの住民に、怪しまれずに保管できた背景が窺い知れた。
 無論、そんな狡猾い事を企む連中は許さない。所属は違えども、その点についてはリョウもセイジも、全く同じ意識を共有できていた。相手に勝てる要素としては、意思の疎通だけがふたりの強みだった。調和を守る組織と、乱す組織の決定的な違いはそこにあるのだから。
 プロペラが起こす風が髪を乱すようになった頃、リョウはそろそろ出るタイミングだと、声にせずに表情だけで合図を送った。セイジはそれに頷くと、聞こえて来る音だけに集中して目を閉じる。もう間も無く、改造ヘリの機体がビルの縁に差し掛かる。その半分くらいが乗り上げた頃に、看板の裏から出て行くのが最良だ。完全に乗ってしまってからでは、五階の人間がここに昇って来る間を与えてしまう。
 あと一分足らず。あとほんの少し。あと僅か。
 セイジが目を開くと同時に、空いている左手をスッと上げると、リョウは殆ど遅れることなく出て行った。威圧感のある黒塗りのヘリはもう目の前に、スキー板のような足の丁度半ば程をビルに掛けて、着陸の為の垂直昇降を始めていた。
 屋上は爆風の嵐となっていた。髪や衣服が風を孕んで、滅茶苦茶な方向に暴れていたが、集中しているリョウには最早気にならなかった。それに負けることなく、しっかりとした歩みで彼は近付いて行った。
「一か八かだ!」
 彼は照準を定めた銃の引金を引いた。
 発射音は、プロペラとモーターの爆音に掻き消され、リョウには殆ど聞こえなかった。
 そして弾の行方も確認できなかった。まだ滞りなく回転を続けるプロペラの軸を狙って、リョウは冷静にもう二発を続けて撃ってみる。そして今度は確認できた。
「駄目だ、跳ね返される…!」
 その意味は銃の威力でなく、プロペラから起こる風の所為で弾の軌道が反れ、狙った場所に当たらない現象だった。迅速にこの場を離れることを目論む敵は、ヘリを完全に停止させずに、浮かせたままで待機させるつもりのようだった。それがこちらの不利を生んだと言う訳だ。
 リョウの存在にも気付かれ、頼みの武器も使えないと知ると、咄嗟にセイジは小型の手榴弾のピンを抜いて投げていた。流石にその爆発は、ヘリの発する音より勝っていたが、一瞬炎と煙に包まれた後、再び現れた機体には多少の焦げ跡と、僅かな凹みが残っただけで、機能を損傷するまでには至らなかった。
「流石に頑丈だな」
 結果を見てセイジは皮肉に笑った。彼は過去に、実際に保安局が所有する遮断仕様のヘリに、搭乗した記憶を思い返している。中途半端な威力の武器で故障を誘うのは難しいと、判っていただけに厳しい現実を味わっていた。もうこれ以上の対物装備は無いに等しい。こうなってはヘリの操縦者を始め、相手を全て動けなくするしか道は残されていなかった。
 正面勝負か、とセイジが考えを固めた矢先、階下から縄梯子を掛けて昇って来た、先程窓辺で見張りをしていた男の射撃に遭い、爆風に耐えて蹲っていたリョウの、右腕と右肩を掠めて行った。
「チィッ!」
 引かざるを得なくなった。敵の手に握られたサブマシンガンは、始めから連射銃として開発された武器だ。威力は本物のマシンガンに遥かに劣るが、防御の弾幕を張る用途には充分過ぎるものだった。敵の正面に居続ければ連続で撃ち込まれ、当然命を落とす事にもなる。
「下がれ!、次々来るぞ!」
 思わずセイジも叫んでいた。そして看板の陰から改めて男を狙おうとしたが、
「無駄なことはやめろ捜査官!、そこから一歩でも動いてみろ、掴まっている女の命はないぞ!」
 梯子を伝って次に上って来た、割腹の良い幹部が堂々とそう言い放つと、セイジは引金に掛けられた指を止めるしかなくなった。その立派な出で立ち、高級な服地のスーツに高価な鰐皮の靴、彫刻が施された洒落心のある銃を片手に、豪勢な貴金属にも負けない本人の存在感は、徒者ではないと感じられた。恐らくそれが、このドームの犯罪組織を束ねるボスなのだと、リョウとセイジは初めて見る相手を覚った。
 そして彼が悠々と歩いて、ドアの開けられたヘリの前に立つ頃には、それなりの武装と身なりをした男達が、次々と屋上に姿を現していた。更にその手前に仁王立ちになって、サブマシンガンを構えるガードの男。こいつさえ居なければ、とリョウは目前の敵を見据えながら唇を噛み締める。
「…畜生」
 今は手負いとなって、ガードの男を含めた全ての、武器を持つ者達に対抗できる自信も無かった。時を見て相手の隙を見付ける以外に、効果的な策もリョウには思い付かなかった。目の前を通り過ぎて行く犯罪組織の顔触れ。十人程が疎らな列になって、待機中のヘリの方へと歩いて行く。
『何もできないのかよ…』
 彼等の見せる薄ら笑いが、動けない自分を嘲笑うように感じて、酷く腹立たしかった。
「残念だったなぁ?。こっちの計画を潰された代わりと言っちゃ何だが、このドームには潰れてもらうにしたよ。ハッハッハ、じゃあな」
 最後尾からやって来た、それなりに地位のありそうな幹部のひとりが、御丁寧にリョウの前まで来てそう話す。火に油を注ぐような行為に、リョウの怒りは頂点に達する程だった。
『冗談じゃねぇぜ…!』
 しかしまだ動けない。最後のひとりがヘリに乗ろうとする、その後ろを狙って攻撃するのが最高のタイミングだ。ほぼ全ての者が乗り込んでしまえば、こちらを攻撃できない上に狙いも定め易くなる。ただ、もし相手が平然と仲間を見捨てて飛び立ってしまったら。盾となる人間を使い捨てるような、非道な組織だった場合はどうする…?。
 最悪の時、もしもヘリが難を逃れてしまったら、後は運を天に任せるしかない。
 情けないけれど、その時は仕方がないとリョウは落ち着いて考えられた。
 どちらに分があるかは神のみぞ知ることだ。
 今正に、構成員の最後のひとりがヘリの前へやって来た。先程まではもっと近くに居たガードが、今はヘリの傍へと徐々に下がり始めていた。これ以上ここに残る者は居ないと示す動きから、逃せない、重要なタイミングが迫っていることも判る。リョウは痛む腕の傷さえ忘れ、拳銃のグリップを握り締めながら様子を見詰めていた。どうか、最後に残されたチャンスに失敗が無いように、と願いながら。
 良心を持つ全ての者が、息を詰め一心に願っていた、その時。
「なっ…!!」
 突然の衝撃と共にヘリから炎が上がった。搭乗していた者は当然慌てただろうが、端から見ていた者にも何が起こったか理解できない、突然の出来事に驚くばかりだった。ヘリの機体の上部に出来た亀裂から、細く吹き出した炎は今のところ、直接飛行に影響しない程度のようだった。故障だろうか?。そして内部に居る者にはまだ見えないようだった。
「何だ今の衝撃は!」
「上から火が出てるぞ!?」
 ヘリの中からの怒鳴り声に、乗り込もうとしていた最後の男が、機体の天井を見て狼狽えながら答える。これに乗り込んで良いのか、消火が必要かと考えていたのかも知れない。
「グァァッ!」
 その隙を見てセイジが、看板の陰から男の両足を撃ち抜いていた。気付いて身を反転させたガードの男には、リョウがその手許を狙って射撃する。すると弾かれたサブマシンガンは、上手い具合に遠方へと転がって行った。これで形勢は逆転、徒手空拳となった相手を追い回すように、リョウは引金を引き続けた。これまで押さえられていた彼の憤りが、一気に炎と化して昇華していた。
「早く出せよ!」
「消火しなくていいのかよ!?」
 その間ヘリのドア口からは、俄に混乱した会話が聞こえ続けていた。セイジは素早く近くまで走り寄ると、彼等の注意が捜査官から逸れている間に、機内に向けて連射の銃弾を浴びせていた。身を捩るのも難しい狭い空間の中で、撃たれた数人が次々と悲鳴を上げる。迸る血液が撃たれた者と、その周囲の者とを同時に赤く染めて行った。逃げたくても逃げ場が無い、地獄で踊らされる者達の阿鼻叫喚の光景だった。
 けれどセイジはその場を見るともなく見て、ひとつの仕事を終えると冷静に元の場所に下がっていた。何処か冷淡にも感じる様子だったが、この期に及んで、ドーム市民全ての生命が引き換えになると知れば、主要な人間以外に気を払う必要もなかった。正当防衛で片付けよう、と彼は頭を切り替えていたに過ぎない。
 セイジは再び看板の陰に隠れると、使い切った銃弾のカセットを素早く交換した。今の銃撃で怪我を負わなかった敵はすぐにも、ヘリの外へと出て来る筈だった。そして形振り構わず撃って来るだろう。急を告げる展開に遅れを取らないように、準備が整うと素早く機体が見える位置に立った。
 ところが、
「ギャァァァ!!」
 再度衝撃が起こった。同時に今度は大きくヘリの機体が揺さぶられる。中で将棋倒しにでもなったのか、潰れたような悲鳴が轟いていたが、その後機体の下部で小爆発が起こり、これまでとは比較にならない炎が巻き起こった。爆発の火花が燃料に引火したのだろう。
 また、二度目の幸運な事態を目にした捜査官達は、これが何であるかに気付いていた。
「ライフルだ、間に合ったな!」
 リョウが目の覚めるような声で言った。作戦にはこの威力が必要だと考えていただけに、連絡が間に合った事実の喜びは一入(ひとしお)だった。勿論まだ手放しで喜べる状態でもないが。
「くそっ、早く外に出ろ!、蒸し焼きになるぞ!」
 リョウとセイジの耳に、ドスの利いた誰かの命令が聞こえて来た。しかしそれこそ思う壷だった。ふたりはヘリから出て来る者を次々に狙い撃つ。今や相手は炎に包まれるか、銃で撃たれるかどちらかしかなくなっていた。保安局側の完全な有利だった。
「グァッ…!、ギャッ!」
 最後に出て来たボスと思える人物、そして操縦士の男を動けなくしてしまうと、そこでひと息付けそうなものだったが、事態は更に急いで進行していた。何故なら、炎上するヘリがずっとこのままである筈もない。
「爆発するぞ!」
 セイジが再び大声を上げた。このままではビル自体が燃えてしまう。なるべくならそんな結末は避けたかった。まだ証拠となりそうな物の捜索が、済んでいないエリアを残す現状もある。また作戦通りなら五階に集まっている筈の、他の捜査官にも危険が及ぶだろう。否何より、折角生け捕りにした組織の人間を焼死させ兼ねない。だがそれも時間の問題かも知れなかった。
 だからセイジはリョウに言った。
「そいつを逃がすなよ…!」
 今、リョウの最も近くに横たわっている人物。置去りにして死なれても、逃げられても、この捜査活動の価値が失われる重要人物だ。手足の怪我以外は問題なく生きている、犯罪組織のボスを確実に連れ帰る事が、この場での最優先だとリョウも理解していた。その重要任務を託されたからには、責任を持ってやり遂げなければならなかった。
 リョウは大柄な男のシャツの襟を掴んで、力任せにその体を引き起こした。
「…何をする…」
 そして聞こえる呟きも構わず、それを安全が確保できる場所へと引き摺って行った。百キロはあるだろう男の体重が、ぐったりと脱力している所為で尚重く感じる。引っ張る両腕が引き攣るような痛みを訴えていた。だが辞める訳にも行かない。残された時間がどれだけあるかも判らない。
 漸く目指していたビルの縁に辿り着くと、レストランの庭である森の木々が、眼下に涼し気な色合いで広がっていた。植物は何食わぬ様子で事態を見守るばかりだ。またリョウが振り返ると、燃え上がるヘリの下に倒れていた、最後の男をセイジが引き摺り出して来るのが見えた。未だヘリに近い場所に居る彼を見て、リョウはこんな時ながら何故か、心が暖かくなるのを感じていた。
 何故ならセイジは、必ず危険な方を自ら買って出るからだ。こんな短い時間の間にも判る、彼は捜査官の持つべき精神に於いて、模範的に正しい思考を持っているのだと。いつかは自分も、誰にもそう思われる人物になりたいものだ。そうなる為には、この愛しくも小さな世界から、外へ目を向けなければならないのかも知れない。とリョウは心静かに考えている。
 身の回りの幸福に満足している内は、真実は何も見えて来ないのかも知れない。と。
 リョウが見ている間に、小さな爆発が続けて二回起こった。重量のあるプロペラが傾き止まると、屋上に落ちた鋼の機体が激しく歪む。リョウはもう間も無く起こる事態に備え、重要参考人の頭を腕に抱えて構えた。

 そして、炎さえ弾け飛ぶ猛烈な爆発が起こると、リョウは男をひとり抱えたまま、爆風に乗るように裏の森へと飛び降りていた。



つづく





コメント)ほんのちょっとおまけ解説が入れられそうなので書きます。文中に名前が出ない配役は、学者=凍流鬼、空港ショップの店員=アヌビス、セイジの友人=当麻、となっています。判ったかな?。尚当麻を登場させなかったのは、青い髪の人がいるとややこしいからです(笑)。そんな訳でそそくさと次へどうぞ。もうこれ以上容量がありません…。



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