銃撃の中
PLEASURE TREASURE
#5
プレジャー・トレジャー



 まるで天然の洞窟のような通路を、リョウはペンライトを片手に進んで行った。ドームシティの地盤は土壌の汚染を遮る為の、セメントの厚い層の上に建設されているが、それを無許可で掘削するのは当然犯罪に当たる。何処から掘削機械を持ち込んだのかも不明だが、よくこれだけの穴を秘密裏に掘ったものだと、些か感心さえ覚える隠し通路だった。
 外部からの音は全く聞こえない。保安局と組織のやり合う騒ぎからも離れ、静まり返った別世界と言う感じだった。と、暗い通路の奥からぼんやりとした明かりが見えて来た。近付いて行くと、ドーム状に広く開けられたスペースに、プレハブのような建物がすっぽりと収まっている、リョウはそんな場所に出ていた。
「保安局だ、まだ生きてるか!?」
 プレハブの窓に映る、人影に向かってリョウは言った。そこに居るのはある人物だと見当が付いている。
「ああ…私は…」
 呼び掛けに答えた声は、やや衰弱した様子を感じさせながらも、声色の明るさを確かにリョウの耳に伝えていた。考えられていた通り、彼は救助を待っていたのだと判った。
 やや足早になって、リョウがそのプレハブの入口に駆け寄った時、水道管に括り付けられた、長い銀髪の男は萎れた草のような身を起こして、何とか顔を上げようとしていた。見るからに弱っていたが、怪我等は無い様子にリョウはひとまず安心する。
 ところがその時、
「あ!」
 学者の一声と共にリョウも気付くが、一瞬遅く何者かに背後に着かれていた。背中に当てられた銃口を感じながら、リョウは相手を刺激しない静かな口調で話す。
「何処から入って来たんだ?」
「そりゃこっちのセリフだ。保安局が訪ねて来たとなりゃ、こいつの処分をしなきゃならねぇからな、二階からすっ飛んで来たぜ。ハッハハハ…」
 相手の話からは、リョウが入って来た地下の出入口以外に、二階から直接ここに下りられるルートがあると判った。判ったとしても、今この状況を打破しなくてはならないが、リョウには始めから考えあっての会話だったようだ。
「そうか、二階から来られるとは知らなかったな」
「残念だったなぁ、一歩タイミングが遅かった」
 時間稼ぎに適当な会話をして、その間にリョウはベルトのバックルに仕込んだ、接近戦用の麻酔針に手を掛けていた。隙を狙い、それを相手の銃を持つ手に突き刺すと、一瞬の内に掌の感覚は薄れ、力が入らなくなる強力なアイテムだった。
「だが笑うにはまだ早いぜ?」
 と、リョウが麻酔針を引き抜こうとしたその時だった。
「グァアッ!!」
 まだ何もしていない内に、背後の男が突然喚き出していた。思わぬ急展開にリョウも何事かと驚くが、形勢逆転の絶好のチャンスを逃しはしない。手で顔を被っている男に賺さず蹴りを入れて、武器を手放させると、その両足を撃って足留めすることに成功した。取り敢えず窮地は脱出できた。
 しかし何が起こったのか。催眠ガスが充満している地下には、まだ暫くは保安局の部隊も入って来ない。予定外の援護があったとすれば、セイジかそれとも…。
「リョウ〜!!」
 不思議な現状をリョウが考えていると、姿は見えないが、そこに何故かシンの声が響いた。
「シンっ!?。…なっ、何してんだっ!、何処に居るっ?」
「ここだよ〜!」
 声のする方を辿って目を向けると、学者の座り込んでいるプレハブの天井、そのダクトの格子の向こうに彼の顔が見えていた。
「施設に戻ったんじゃないのかっ!」
 今朝確認した事実がもう崩れていた。彼が児童施設に戻ったと聞いて、安心して捜査に乗り出した筈だったが…。リョウが目を剥いて怒鳴るのに対し、シンは格子の隙間から出した手を振って、特に怯えた様子もなく返事をする。
「戻ったよ。それから、必要な物を持ってここに来たんだ」
「必要な物って、何を言ってるんだ!。俺達は遊びに来たんじゃないんだぞ!?」
「わかってるってば」
 しかしリョウが何を言っても、シンは悪びれもせず、自らの考えで行動したと説明するだけだった。
 その時パン!と、小さな破裂音がリョウの背後で鳴った。振り返ると銃弾の火薬とは違う、何かの煙が上がっているのが見えた。リョウが近付いてそれを確かめると、投げ易いよう重しを括り付けた鼠花火だった。成程、シンが投げたそれが偶然、敵の顔面付近に命中したことを思わせた。子供の考えにしては随分と合理的に、武器を作って来たものだとリョウは思う。そして、
「ねぇ!、僕役に立ってるでしょ?」
 と言われると、決して誉めるべきでも、許すべきでもないが、
「わかった!、今はありがとう。はぁ、まったく、これじゃ怒るに怒れないだろ!?。でももう危ないから止めるんだ、早く戻れ!!」
 リョウはそう返すことしかできなくなっていた。自分の危機的状況を助けてくれたのは、紛れもなく彼の勇気ある行動だったので。
 また更に、戻れと言われて素直に引き下がる訳もなく、シンは不満そうに答えた。
「えー…。僕おじちゃんともっと話したいよ」
「話したいって、いつからここに居たんだ!?」
 もっと、と言うからにはそれなりの会話を、既にここでしていたことを窺わせた。シンが施設に戻ったのは朝の五時頃、現在は九時半をとうに回っているので、まあ充分な時間はあっただろうけれど。
「彼を怒らないでやって下さい、あなた方に連絡を付けてくれて、さっきは水と食料を持って来てくれました。私は助かりました…」
 するとふたりの遣り取りを聞いていた学者が、弱々しい声ながら、そう言ってこれまでの様子を説明してくれた。彼がシンを庇う発言をしたのは、ただシンへの誤解を避けようとしただけで、保安局の活動への子供の参加を認める意味ではないのだろうが…。
 しかしそう聞かされれば、この場でシンを邪険に扱うこともできなくなった。捕らえられていた学者にしても、リョウにしても、子供の行動に助けられたのは同じ、大人の威厳を示す態度にも出られず、諭すにも説得力を欠く状況になってしまった。さて、シンについてはどう処理するのが最良かと、リョウは明ら様に困った顔をして見せる。
「そう言われてもな…。まあ、どの道ここまでだ」
 言いながら、学者の両腕を戒めている縄を解きに掛かった。取り敢えず暫しの間はここで待機となるので、シンと、植物学者の男を交えて話し合うのもいいだろう、とリョウは聞こえるような溜息を吐いた。当面の危機は脱したがあまりに複雑な心境だった。本当にこれで良いのだろうかと…。

 そんな地下の静寂を知らず、店鋪ビルの階上には殺伐とした空気が漂っていた。二階へと昇る階段の壁を盾に、二十分に渡る銃撃戦の末、ガードマン風の男ふたりを倒したセイジは、連射システムに切り替えた拳銃を手に、荒れた二階の様子を見て回っていた。
 ドラッグストアの二階には、接客用のフロアと会議室、そして薬品以外の商品倉庫があるが、開店際はあまり利用されない階だとして、ここから侵入するチームを用意した筈だった。その理論的な解説をセイジは思い返している。特に計画が甘いとも、やり方が間違っているとも思わなかった。なのに、何故こんな結果になったのだろうと。
『全滅ではなさそうだが、どうなっているのだ…』
 このドームに到着して、保安局で顔を合わせたばかりではあるが、見知った顔の死体が転がっている状況は、危険な仕事に慣れている彼にも辛いものだった。侵入した六人に含まれていたと思しき、捜査官の亡骸は少なくとも三体見られた。同様に倒れている犯罪組織の人間と共に、血の絨毯の上に折り重なっていた。辺りに散らばる割れたガラスや陶器の破片が、きらきらと空しく光って周囲を取り巻いていた。
 目に見える景色も悲愴なものだが、セイジはそこから更に悪い状況を感じていた。ここで半数となったチームが、果たしてその後も計画を遂行できるだろうか?。否、それは難しいと考えるのが普通だった。最悪でも敵の頭に辿り着くまでに、四人を残さなければ役目を分担できない。先陣を切って突入する者と援護する者、背後に着く者、離れて砦になる者が必要だった。三人で何とかなる場合もあるが、相手はひとりふたりと言う少数ではないのだ。
 そして、この階で三人脱落したとなれば、上の階で更に人数が減ることも考えられる。これはもう、残念だが侵入チームは失敗したと見るしかない。セイジはそう判断せざるを得なかった。また、同時にもうひとつ彼が感じたことは、
『おかしい…、何故誰も下りて来ないのだ』
 屈強なガードマンタイプを倒した後、暫く経っても、侵入者に抵抗する者の現れる気配は無いままだ。他に誰も居ないこの階の守りが手薄になったことは、音や気配で察することができる筈だった。何故敵は何も仕掛けて来ないのだろう?、一階にはすぐに数人が駆け付けたのに、とセイジは考えながら、更に上へと昇る階段口へと近付いて行く。
 そして上の階の様子を窺うが、三階も二階と同様に静まり返っているようだった。話し声、足音、衣擦れの音のひとつも聞こえない。待ち伏せている者が存在するとしても、僅かな人数だろうと予想もできた。無論そんな場合は、何が起こっているのか確認しに行かねばなるまい。
 セイジは注意深い足取りで、殆ど足音もさせずに階段を昇って行った。二階と三階の間の踊り場に出ると、まず三階への出口に人の気配が無いかを確認する。降り立った瞬間に一斉掃射を受ける、などと言う事がないよう慎重に様子を見ていた。しかし何も感じられないので、セイジはそのまま三階へと足を進める。するとやはり、拍子抜けとも言えるような無人の状態がそこに在った。
 恐らく、主要な人物の周囲を固める為に、二階からも三階からも人が引き上げたのだとセイジは思う。その場で暫し辺りを見回していたが、関わる者の気配が感じられないと覚ると、セイジは更にその上へと向かうことにした。ただ気に掛かるのは、この建て込んだ繁華街の中、階上に人を集めるのは得策とは言えないことだった。自ら逃げ道を無くしているようにセイジには思えた。
 最悪のケースは、何処かに秘密の逃げ道があり、既に階上には誰も居ない可能性だった。是非ともそうでないことを願う、と、セイジはやや逸る意識を持ちながらも、再び慎重に上の階へ歩を進めて行った。
 そして三階と四階の間の踊り場に出た時だった。
『あれは…』
 その場から臨める四階のフロア、階段の丁度正面の場所には、ほぼ黒に近い花弁を持つ花の鉢植えが置かれていた。それが何であるかは、セイジにもすぐに判別できた。
『例の花ではないか』
 植物学者がこのドームに持ち込んで来た、珍しい品種のシンビジュウム。検査の為に撮られた写真を幾度も見て、最早頭に焼き付いているその強烈な花の印象。セイジは何故それがここに置かれているのか、薄々気付いてはいたが、そこへ行かなくては始まらないのも然りと、殊に気を集中させて昇って行った。
 近付くに連れ、漂う花の香りが強く感じられるようになって行った。見た目も特異で目立つが、そんな意味では嫌と言う程に自己主張する花だった。人に拠っては、そんな艶やかな存在に惹かれるのだろうが、セイジには些か食傷気味に感じられた。もう既に、この植物については知り過ぎる程知っている。事件に関わることを思えば、美しいと言うより最早毒々しい…。
 取り留めなくそんなことを思いながら、セイジの足が階段を昇り終えた時、最大限に警戒していた彼のフェイントに吊られて、銃を握った手を先に見せる者が居た。
「…やはりな」
 それでも冷静なセイジの声を耳にすると、
「罠だと知って踏み込んで来るとは度胸があるな」
 敵も感服するような口調でそう返した。これまでの相手に比べると、やや年令を重ねた声色の男は、何となく一筋縄では行かない人物のように、セイジには感じられた。
「踏み込まない訳にも行かないだろう、こっちも仕事だ」
「御苦労なことだ、命知らずの捜査官よ」
 目印となる花は、これより先には行かせないと言う意思表示なのだ。ここを通過しようものなら、命の保障は全くできないとの意味だろう。が、例えそう暗示されても、チャレンジしなければならない時もある。仮にも数少ない特殊捜査官のメンバーとして、単身このドームに送られて来たセイジには、自らの働きで存在を示さねばならない義務があった。それが即ち保安局組織の秩序なのだから。
 セイジは構えていた銃を片手に持ち替え、上着の中に仕込んだもう一丁の銃を探りながら、時間稼ぎに話を続けていた。
「命知らずか。そう思うなら冥土の土産にひとつ教えてくれ。保安局のチームはこの階に来ているか?」
 準備の為の時間稼ぎと言っても、その内容は今最も知りたいことだった。手負いとなってもチームの行動は続行中なのか、或いは失敗に終ったのか、結果に拠って次の行動を変える必要があるだろう。すると、壁一枚を挟んだ向こうに立っているらしき男は、
「フン?、チームは来てねぇな?。ここにはリーダーの女だけ連れて来られたが?」
 と、それなりに納得できる話をしてくれたのだった。それだけ聞ければひとまず充分だとセイジは思った。
「そうか…成程な」
 充分だと、思った瞬間にセイジの指は動いていた。壁に当てられたリボルバー銃の引金を引くと、本来なら貫通しない筈のコンクリートを打ち抜き、弾は壁の向こうの人物の腹部に命中していた。
「グッゥ…!」
 そう、セイジはここまでにビルの造りを見て来て、階段の壁がそう厚くないことを知っていた。そして反響の少ない場所なら、相手の声から大体何処に敵が居るかも判断できた。それでも拳銃で壁を打ち抜くことは、如何に大口径と言えども普通は不可能だが、彼は昨晩ライフルの弾と共に、拳銃用の徹甲弾も作っていたのだ。それがこうして役に立っていた。
 しかし安心はできない。一発は撃ち込んだが、完全に足留めして大人しくさせなければならない。全てはそれからだった。
「…貴様ぁっ…」
 セイジは苦しむ相手の前へと出ると、その手許を狙って連射銃を放つ。握られていた拳銃は、敢え無く弾き飛ばされて廊下の隅に転がって行った。ところが、
「!!」
 場の音を聞き付けて、階段を下りて来た男のマシンガンがけたたましく唸った。
『やられた…!』
 背後の足音に気付かなければ、背中から一列に撃たれているところだった。セイジは振り向くより先に、反射的に階段の踊り場へと飛び下り、重傷は負わずに済んでいた。が、利き手である右腕を負傷してしまった。掠めただけでも、拳銃の弾とマシンガンの弾とでは威力が違う。セイジはもう、精密な射撃ができる状態ではなくなっていた。つまりこれ以上の単独行動は危険だった。
 そして敵は、本来室内で使用する武器ではない、大型のマシンガンを構えてこちらを窺っている。駆け付けた勢いで蜂の巣にされなかっただけ、マシな状況だと思うしかなかった。
「バラバラにされたくなきゃ出て行け!」
 と、威勢の良い怒鳴り声が階段に響く。もうあと少し、五階の様子を探れる場所まで辿り着きたかったが、セイジはその場を引くことを余儀無くされた。怪我が無くともどの道、ひとりでマシンガンに対抗することはできない。ここは得られた情報を本体に伝えて、作戦を変更するのが最善策だった。
 とにかく、四階以上は守りが固いとなれば、組織の幹部達は上に集まっていると考えられる。その一見不利に思える選択の理由を、保安局側は考えなければならなかった。

 不穏な様子の階上に比べ、地下エリアの時間は引き続き穏やかに流れていた。
 特にリョウが発見した隠し部屋は今、彼の他は武器を持たない市民しか居なかった。二階から下りて来たと言う組織の男も、リョウが学者の代わりに水道管に縛り付けた後は、眠る様に大人しく項垂れている。ここでは切迫した意識と言うものが、誰の内にも存在していなかった。
「…これからどうすればいいか?」
 身の拘束を解かれ、心情的にも落ち着きを取り戻した学者は、辺りを警戒して歩くリョウにそう声を掛けた。
「今店の地下は催眠ガスが効いてるから、処理班が来るまで、もう三十分くらいここに待機だ。その後は捜査官が詰めてる店の外に出る、そこまで行けば安全だ」
 質問に対し、リョウはこれから脱出までの行動を説明した。否、学者が聞きたがっているのは、更にその後の事だったに違いない。判ってはいたが、拘留期間中の取り調べや訊問等の、苦痛のイメージを与えてはここで自殺され兼ねない、と考えて答を選んだ結果だった。学者もリョウの心配するところが判るのか、それ以上の質問はしないでいた。
 場の空気がやや重く傾き掛けていた、そんな時に、
「僕もそっち行きたいよ〜、ねぇ〜」
 と、それまで黙って様子を見ていたシンが、換気孔から気の抜ける声を上げ始める。まあ、そう言いたくなる理由は簡単だった。これまでプレハブの中に居た学者は外に出てしまい、シンには組織の男しか見えなくなっていたので。
 流石にこの状況は可哀想だとリョウも思った。
「出られるのか?、戻るしかないかも知れないぞ?」
 言いながら換気孔の下へ移動すると、格子状のカバーは複雑なはめ込みでも溶接でもなく、ボルトを緩めれば外れそうなことが判った。リョウは手持ちの工具を選び出すと、十分程掛かったが、どうにかそれを外すことができた。
「ありがとうリョウ」
 そして屈託なく笑うシンが、飛び下りて来るのをリョウは受け止めると、これが事件捜査中の事でなければ、と恨めくも思った。子供と共に童心に戻って、ただ見知らぬ場所を探検しているなら、ドームにこれ以上面白い場所は無いだろう、と考えられたからだ。誰が繁華街の店の下に、洞窟のような空間を持っていると思うだろうか。
 地下のコンクリートに足を下ろすなり、シンはそんな珍しい環境に出られた喜びを表す様に、足早になってプレハブを出て行った。その後、
「良かった!。おじちゃんも無事で良かったね。またエルズミーアの話を聞かせてよ」
 行く先に座って居た、植物学者の男にシンがそう話し掛けるのを、リョウは些か不思議な気持で見守っていた。
 捕らえられていたとは言え、事件に関わる人物を何故シンは警戒しないのか。或いは、子供とは皆そんな風に、穏やかに見える者を警戒しないのかも知れない、と考えられた。しかしそれならば、万一手懐けられている可能性も考え、慎重に様子を見なければならないだろう。リョウがふたりの傍へと歩いて行くと、彼等は学者の住環境について話している最中だった。
「でももうあまり話すことは無いな。雪に閉ざされる期間が長いドームだ、見て楽しい物もあまり無くてね」
「ふーん?、雪って楽しくないの?」
「そうだなぁ、降って来る様子は綺麗な眺めだが、ドームがすっぽり被われてしまうと、外の物が何も見えないだろう?」
「そんなに沢山雪が降るの?。ねぇ、リョウは雪って見たことある?」
 その時丁度横にやって来たリョウに、シンがそう話を振ったので、
「山の上の雪ならここからも見えるだろ。エルズミーアは最北のドームらしいが…」
 リョウは都合良く話を切り替えて、自らの疑問を口にすることができた。
「不思議だな、植物の数がろくにない所に育ったあんたが、何で植物学者になろうと思ったんだい?」
 エルズミーアは、旧世界で言えばツンドラ気候に属している。万年姿を変えない針葉樹の林の他は、雪解けの時期だけ丈の短い草花が生える程度で、その種類もごく僅かなものに限られている。極寒の環境で生きられる生命は多くない、そんな事実を証明しているような地域だった。
 一年を通して気温は十度以上にならず、冬はドームを含む全てを雪と氷が被ってしまう為、正に色も何も見えない世界になると言う。リョウはそれを資料として読んだだけで、空虚地獄に閉じ込められるような、堪らない感覚を覚えたが、そこに暮らす植物学者は、また違った感覚を持っているようだった。
「逆ですよ。何も無いから余所の豊かさに憧れるのです。あなた方の周囲に何気なく存在するものは、私達には皆憧れの対象ですからね」
 そして彼の話を聞く程に、如何にこの世界の植物を大切に考えているか、彼の心が垣間見られるようになって行った。
「私は元々は微生物の研究をしていて、汚染された藻類の状態変化を見る仕事をしていました。それが全国的に評価されたお陰で、他のドームに行く機会もできて、様々な環境を見ることになったのです」
「『そうるい』って何?」
「植物の先祖みたいなもんさ、苔とか藻とか、石にべったりくっ付いてる緑色の、あるだろ?」
 シンの基礎的な質問には、リョウにも答えることができた。苔や藻ならこのドームにも生息しているので、学校で習った知識の中に含まれていた。但しあくまでこのドームの植物に限った知識だ。
「それが先祖なの?」
「そうだね。それすらもここでは鮮やかな緑色だ。太陽の恵みを多く受けられる場所では、そんな風に変化するんだ。エルズミーアの藻類は無色に近いものばかりで、だからあまり面白味がない。花や葉に色が無かったら詰まらないだろう?」
 そして、子供にも面倒がらずに平素に説明をする、この人物を単なる犯罪者とは考えられなくなっていた。それだけではない。リョウはあるキーワードを耳にして、俄に気持が逸り出していた。この植物学者が、己の疑問をまたひとつ明かして暮れそうな予感がした。
「なあ、あんた…。何でこんな犯罪組織との取引に応じようとしたんだ?。芥子の譲渡がバレたら立場を失うことくらい…」
 個人的な質問の前に、リョウはまずそんな話から始めると、学者は予想通りの事情を話して聞かせた。
「勿論解っていた。法に触れる取引に応じるつもりはなかった。彼等はただ『珍しい花を交換しよう』とだけ言って来たので、もしついでに別の話を持ち掛けられたら、断って逃げるつもりでした」
「だろうな」
 そこまでは、極々常識的な思考をしていると認められたが。
「始めに連絡を受けた時、彼等は植物のコレクターを名乗っていました。が、現在のところ研究者以外に、そんな人物は殆ど居ないのが現状です。研究者仲間からも聞かない名前だったので、情報センターで調べたら偽名らしいと判って。もしかしたら、と流石に警戒して来ましたが…」
「なら、危険を知りながら何故ここに来たんだ?。気付いた時点で断らなかったのは何故だ?」
 リョウを始め、捜査官達が頭を悩ませているのはそこだった。犯罪組織とは何の繋がりも無く、資産や権力を欲しがる野心家とも聞かない、付け込まれそうな条件も持たない、そんな人物が何故危ない橋を渡ろうとしたのかは、誰にも思い付けない事だったのだ。
 けれど、彼には彼の原点となる思いが存在していて、それを知れば難しい話ではなかった。
「…光に恵まれた世界が羨ましい。ここもそうだが、南国に生息する動植物は皆、色鮮やかで美しいからだ」
「それが…?」
 出だしの説明では要領を得なかったリョウも、最後には頷くことになる。何故なら彼自身の探している答に、とても近いものだったからだ。
「年中白い氷に囲まれていると、そこに住む物も同化してしまうんだろうか?。味気無い景色ばかり見ている私のような者には、美しい色彩の花や生物は生きた宝石だ。天然の配色、天然の造型、それに勝るものは存在しない。君等には、私達が色彩に憧れる気持は解らないだろうな…」
 皮肉にも『解らないだろう』と結ばれた話から、少しばかり理解できた色の秘密。
 何故様々な色の動植物がいるのか、何故同じではないのか、とリョウは長く考えて来たけれど、世界の理屈はその逆なのだと知った。皆同じではいけない、多くの色があることが大切なのだと。色とはたったそれだけで、数多くの情報を秘めている。何処でどんな生活をして来た種族なのか、何に強く何に弱いのかと言った、生命の特徴を表すものだから、この地球の多様な環境の数だけ色は必要なのだ。
 そしてドームに閉じ篭る時代ともなると、遺伝情報の拡散は止まり、それぞれの特徴は更に際立って行く。人々はいつも同じ風景、同じ種ばかり目にすることになった。学者が住んでいる地域のように、色に恵まれない環境に暮らす者には特に、情報的な魅力の欠如が感じられるのではないか。何かに渇えた心境で暮らしているのではないか、と想像もできた。
 目に見える色にはそれぞれの理由がある。だから見る者の印象にも残り易い。
 生命が発するメッセージを受取ったことになるからだ。
 未知の存在を理解して行く上で、とても大事な要素なのだと思う。
「疑われる危険があっても、魅力的な特徴を持った植物には代えられない、と言う訳か」
 植物学者の言葉を聞き終えて、リョウは何ら反論もせずにそう返していた。
「おや、思いの外解る人だな」
 と、意外そうな顔をして学者は答える。そして些か済まなそうに微笑むのを見ると、リョウは途端に照れ臭い気持を感じた。
「あ、いや…」
 解っていたのではない、今解ったばかりなので、深い知識を持つ者に対しては、感謝されるに値しないとリョウは認めるからだ。否、ずっと気付かないで生きるよりは、今の自分を誉められるような、明るい気分にもなっていた。ここでシンと植物学者に出会えたお陰だった。
 豊かな環境に生まれ育った為に、当たり前だと思われていた物事が実際は、光の作用でどうにでも変えられてしまうこと。自分はとても豊かな場所に居たと言うこと。まずそれらを知っていなければ、世界を正しく見ることもできなかった。そして新しく得た知識は必ず、今後の捜査官としての己の糧になる筈だった。
 リョウは安堵するように思った。

 そんな風に三人が穏やかに話す内に、リョウの腕時計は刻々と予定の時刻に近付いていた。
 ガス処理のチームが地下に侵入する時間を見て、リョウはシンと学者を引き連れ、入って来た消火栓の扉へと歩き出していた。入って来た時は視界が利かなかった通路も、プレハブに置かれていたランプを持って来たので、帰りは安心して歩くことができた。ただ、洞穴の外の音は全く聞こえないので、保安局の作業が行われているか、終了したかも判断できないのは同じ。リョウは再びガスマスクを被ると、あとのふたりには、外を確かめるまで扉から出ないよう伝えた。
 出口のすぐ傍にふたりを待機させると、リョウは扉の鍵を開けて、再びドラッグストアの地下に出る。扉の正面に見える休憩所には元々誰も居なかったが、階段の下を潜り抜けると、倒れていた男を担ぎ出そうとしていた、数人の捜査官がすぐに目に入った。そしてその内のひとりがリョウに気付き、
「中和剤散布終了しています!」
 と明瞭な言葉で伝えて来る。即座にマスクを取ると、
「了解、ありがとう」
 リョウは軽く力を抜くように答えた。ほぼ予定通りに作業が進んでいるなら、隠し部屋のふたりを外に連れ出すのも難しくない、と現状を見て考えられたようだ。後から来た捜査官達は、一階と地下に居た者全てを丁重に、護送車へと運ぶ作業を続けていた。
 これまでの経過を簡単に、その場に居た捜査官に説明すると、リョウは消火栓の扉を開けて言った。
「いいか?、外に脱出するから、俺の後ろから離れるんじゃないぞ?」
「うん!」
 シンはそれに元気良く答えたが、大人しくしていてほしいこの場合はむしろ、もう少し控え目な返事をしてほしかった。階上からは再び不穏な物音が聞こえ始め、地下で眠っていた者を運び出す作業が、やや難航し始めた様子だった。事件の重要参考人と、この世界に大切な子供を外へ連れ出す間に、間違いが起こらないよう願うばかりだ。
 セーフティレバーを外した銃を片手に、もう片方の手で学者とシンを後ろに制しながら、リョウは上り階段をゆっくりと昇り始めた。店鋪からは暫く聞かなかった銃声が響いて来る。一旦制圧した筈のその場所に、何故かまた敵のヒットマンが戻って来たようだ。恐らく、連れ出される仲間の口封じでも命じられたのだろう。だとすれば最も危険に思えるのは…。
 一階のフロアの様子が見える所に来ると、リョウ達に気付いた男が途端に身を返して、構えもせず銃の引金を引いていた。
「うぁっ…!」
 その弾は最も危険と思われた、植物学者の右肩を貫通していた。
「くそっ!」
 半ば押し退けるように、負傷した学者とシンを階段下に下がらせると、リョウはひとり前に出て応戦した。捜査官と犯罪組織の構成員では、武器で相手を狙う目的が異なる。扱う武器の威力も違う。相手が大口径マグナムを使用するのに対し、リョウは国際基準に定められたパラベラム弾しか使用できない。またセイジと違って国際免許を持つ捜査官ではない為、今使える銃はこの一丁のみだった。
 例え相手に殺されそうになっても、ギリギリまで捕獲を目的に戦わなければならない。拠ってひとりで応戦するのは困難を極めた。せめて相手がもう少し、店鋪の入口に近い場所に立っていたなら、外を囲んでいるチームが助けてくれるのだが。と、リョウが状況の不利を嘆いていると、
「!」
 上手い具合に相手の銃の弾が切れた。大口径の銃は弾数を多く装備できない、そんな不利が相手に生じていたのだ。その隙を見逃さずにリョウは、まず敵の手許を狙って二発、そして脹ら脛の辺りに二発を打ち込んで、どうにか場を凌ぎ切っていた。
 敵は足を抱えながら無防備に倒れた。だが幸運を喜ぶ間も無く、
「今の内に急いで出るぞ!」
 リョウは後ろのふたりに大声で言い放つ。状況を窺いながら身構えていた学者とシンは、すぐに階段を駆け上がって来た。彼等を内側に、己が盾になるようにリョウは併走した。今は店鋪に他の人影は無いが、現れればすぐ銃口を向けて来ると判り切っている。情報を流してしまう存在を抹殺したいと言う、組織の意向が理解できる以上は、とにかく学者を守らなければならなかった。
 すると間も無く店の奥から新たな構成員が現れ、リョウが想像した通りの行動に出た。
「しつこく沸いて来るな!」
 ドアから出ると即座に銃を構えた相手より、僅かに早く狙いを定めたリョウが、相手の脇腹に弾を撃ち込んでいた。但し、それで数秒の時間は稼げたものの、まだ敵は手足が使えなくなった訳ではない。三人がもうすぐ出入り口に辿り着くと言う時、場に座り込みながらも銃を構え、店のドアに狙いを定める様子がリョウの目に映る。
『このまま行かせたらまずい』
 と思った瞬間、リョウは手を伸ばして学者の肩を掴んだ。頭を狙われたら終わりなので、姿勢を低くするよう促す。その時不意に、リョウの手前にシンが走り出ていた。
「っ!、前に出るなって!!」
 咄嗟の事態に青褪めるリョウ。もうドアは目の前だと言うのに、何を思ったかシンは戻ってそこに立ったのだ。けれど、
「大丈夫だよ」
 シンは多少怯えた様子を見せながらも、普通に言葉を返していた。そして彼が意図した行動は、正に思い通りになっていた。例え法を冒して生きる者でも、世界の宝である子供を殺すことは躊躇う。シンが前に立ちはだかったことで、敵は怯んだばかりか、その後ろのリョウと学者を狙い難くもなった。シンは状況を見て自ら理解していた。今逃がさなければならないのは植物学者だと。
 そうして、シンの身を張った行動のお陰で、難無く学者がドアを通過してしまうと、舌打ちした敵の銃を狙って、リョウは残り弾を気にせず引金を引き続けた。シンがドアから外に出て行く頃には、武器を失った相手も大人しくなっていた。否、学者を逃がしてしまった時点で既に、戦意を半分失っていたようだが。
 これで、第一の仕事は終った。
 喧噪が静まった店内を肌で感じながら、リョウは漸く深い息を吐く。どんなに緻密な作戦を用意したとしても、現場では必ず誤差が生じるものだった。その上で目標を達成できれば良い。捜査官達は常にそう教え込まれている。今回も思わぬ事態に見舞われながら、結果を出せたのは喜ばしいことだった。
 ひとまず安堵を感じられた。ただひとつ腑に落ちない点はあるとしても。
「はぁ…、おかしな事になんなくて良かったぜ…」
 そんなリョウの呟きに反応したのは、事態を確認する為に、店のドアから顔を出した保安部長だった。彼に続いて、待機していた捜査官が次々と侵入する中、
「無事か?、この子はどうしたんだ??」
 シュテンは場違いなシンの両肩を囲うように、保護しながらそこへ連れて来て、リョウには事態の経緯を尋ねた。銃撃が止んだ今、シンはもうすっかり普通の様子に戻っていた。
「ああ部長…、シンは植物学者と一緒に居たんです。例の通気孔から入って来て、食料を運んだと言ってるけど、参りましたよ…」
「何とまぁ、勇気のある子だな」
 そして話を聞くと、言葉ではシンを誉めているものの、シュテンにもリョウの心労が伝わっていた。そもそも昨晩の逃走事件も、シンが捜査の情報を得てしまったことに起因する。最も関わってほしくない存在が、仕事に関わりたい意思を持っているのは、非常に困った状態だった。何故そうしたいのかは解らないが、子供の意思を焚き付けてしまった結果は、あろうことか保安局の責任でもあった。
 なのでシュテンは、多少怖い目に遭ったであろう今度こそ、確実に子供を保護しておこうと、
「果敢なのはいいが、もう無理をしたらいかんぞ?。怪我人も多く出ている、こんな所で命を落としちゃいけない、子供には沢山の未来があるんだからな」
「…はぁい」
 諭す言葉を掛け、続けて外を囲む捜査官をひとり呼び出す。
「さあ、解ったらここから離れるんだ。安全な場所へ頼む、作戦終了まで着いていてくれ」
 シュテンはシンと、やって来た捜査官にそう話すと、シンの手を取って引き継ぐように渡した。真面目そうな若い男は部長の命令通り、シンを連れてすぐに方向転換をした。
 物々しい状態は依然続いている、誰もが真の意味で緊張感を解いていない。殊に店の外は、真剣な面持ちの捜査官の垣根を、二重三重になって騒ぐ野次馬が、余計に辺りを騒然とさせている。が、シュテンとリョウは極めて穏やかな顔をして、シンが出て行くのを見送る。やや淋し気な様子で振り返る彼に、ほんの少しばかり敬意を示して。
 大人でも恐れを抱く状況に、堪えられた意味では立派だったと言いたいが、シンの行動を認めることもできないので、そんな態度になったようだ。それでシンの気が済んでくれることを願って。
 そしてシンの姿が遠く、表情も判らなくなってしまうとシュテンは、厳しい顔付きに戻ってリョウに話し始めた。
「サナダ、今の状況だが、二階から侵入したチームは失敗した」
「な…。そうですか」
 無論リョウはそれを知らなかった。地下のガス処理にやって来たチームは、その情報を得ていなかったからだ。また二階に侵入したメンバーは、捜査官の中でも接近戦の得意な者で構成され、屋内での活動には向いていた筈だけに、短時間で失敗した事実は驚きだった。人も疎らな開店時の店鋪ビルで、何のアクシデントがあったのかとリョウは思う。するとシュテンは、リョウの疑問に答えるように詳細な説明を続けた。
「幹部達は五階に集まっているようだが、そこにルナだけが掴まっている。ダテが三階に潜伏して、逐一情報を伝えてくれているが、どうやら連中、踏み込まれた場合の策を用意していたらしい。二階の非常口は鬼門だった、常に見張られていて、我々はまんまと引っ掛かったようだ」
 セイジが行動を継続しているのは、ひとつ頼もしい状況ではあったけれど。幹部達に掴まっている、侵入チームのリーダーであったルナは、リョウとは同期就職の同僚だけに気掛かりだった。どんな状態で捕らえられているのか不明だが、武闘派で優れた女性捜査官として知られる人物が、僅かな時間で活動を止められてしまうと言うのは、やはり向こうの作戦がこちらを上回っていた、と考えるしかないところだ。
 リョウもまた地下を回った様子から、おかしいと感じたことを素直に報告していた。
「やっぱり…。地下に目を付けられると知って、みんな持ち出した後なんだろうな」
「何も出なかったか」
「学者以外は何も、主要な人物も、証拠になりそうな物も見当たりませんでした」
 普通なら事務所であるフロアには、発注記録や領収書、帳簿くらいは置いている筈だが、それさえ見付からなかったのだ。単なる見落としではなかったと、ここに至ってリョウは確信する。
「そうか…、全てが後手に回ったな…」
 そしてシュテンはやや頭の痛い様子で頷くと、
「情報では、このまま立て籠ってはいないそうだ。奴等は何らかの行動を起こすと言う。こっちもあらゆる事態に対応する準備をして、相手が動くのを待つことにしたが、おまえは状況を見つつ、可能ならダテの援護に行ってくれ」
 とリョウに伝えた。恐らく今のセイジは、身動きが取れない状態で隠れているのだろう。でなければ、敵側の情報をこれ程に聞き出すことはできない。空気に同化するように身を目立たなくして、人の会話等を盗み聞いているとしたら、今すぐ援護に向かっても無意味だ。けれど、
「はい、わかりました」
 リョウはそう答えて、それでも己の最優先は援護に向かう事だと覚っていた。その為に短期間で信用を深めて来たのだから。今はまずセイジから次に入る情報を待つことだった。彼が今何処に居るのかを確かめなくては、何の行動も起こせそうになかった。
『上手く隠し部屋が見付かったまでは良かったが…。仕方が無い、様子を見ながら装備を万全にしておくとしよう』
 シュテンが持ち場に戻って行った後、リョウも気持を切り替えて、一旦店鋪の外に出ることにした。今はビル全体が静まり、保安局には膠着状態と言える状況だったが、同様に外の騒ぎもやや落ち着いた様子だった。そんな時、集う人々を押さえる顔見知りの捜査官に、リョウは「御苦労様」と声を掛けようとしてふと思い出した。そう言えばシンは何処に匿われているのだろう?。
 リョウが見回した視界に、先程シュテンに呼ばれた捜査官を見付けられたので、彼は足早になって近付いて行った。結局目の届く所に居ないとなれば、それもそれで心配の種だった。無論普通の子供ならここまで心配はしなかったが…。
「シンは何処にいる?」
「え、はい、…あれ?、今ここに…」
 周囲を幾度も見回して、途端に慌て始めた。まあ、シンの性質を予め知らない者には、彼の行動は到底予想できなかっただろう。真面目そうな捜査官の心境を察すると、リョウはむしろ哀れに思えた。
「またか…」
 とにかく、危険に近付かないでくれれば、逃げようが遊んでいようが構わないのだが。



つづく





コメント)ちっともおまけ解説ができなくて困ってます(T T)。でももう修正も入れられない程ギリギリなので次へ…。



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