朝焼けのセイジとリョウ
PLEASURE TREASURE
#4
プレジャー・トレジャー



 リョウは本部との通信を終えた後、すぐに気持良い眠気を感じてベッドに入ってしまった。
 その前にシンには、明日の午前中には施設に戻るよう伝えて、今日は控えの間のカウチで寝るように伝えていた。上質な部屋だけあり、寝室、ダイニング、リビング、控え室と部屋が別れている為、他にも子供が寝られそうな家具は設置されていたが、寝室のすぐ隣に当たるのが控え室だったので、安全を考えてそうさせたようだ。
 そうしてリョウが完全に眠ってしまった頃、セイジは工作の済んだライフル弾を持って、ベランダに持ち出した席へと移動していた。明日、早朝の作業に出てしまった後は、もうライフルを弄る暇は無いかも知れないので、眠る前に全ての徹甲弾を銃倉にセットして、スコープの水準を最終確認することにした。場合に拠っては自分以外の者が使うかも知れない。誰もがすぐに使える状態にするのが望ましかった。
 席に着いて暫くの間は、ライフルの薬室に最初から入っていたマグナム弾を、取り出す作業をセイジはしていた。その途中で、
「それなあに?」
 と、いつの間にか傍に立っていたシンが話し掛けた。しかしセイジは口に徹甲弾を銜えていたこともあり、何も返さなかった。
「・・・・・・・・」
 黙っていると、いつまでもセイジのする事をシンは見続けている。それ自体が良くない事と思えたが、何か言いたそうにしているのを覚ると、
「何だ?」
 と、丁度弾を手に取ったタイミングでセイジは問い掛けた。するとシンは、リョウと話していた時とは違う様子で言った。
「僕役に立った?」
 何処か心細そうな瞳が、それなりの評価を与えられることを望んでいた。何故彼はそれにこだわっているのだろう?。彼はそれを通して何を訴えたいのだろう?。と、セイジにもリョウにも未だ掴めないシンの希望。否、子供は己の本心が何処に在るかを知らずに、行動し体現している存在だから、悩んでいるのは大人ばかりかも知れないけれど。
 とにかく、対象物を破壊する道具などに関わってほしくないと、セイジは変わらない心情でシンには言った。
「子供はそんな事を考える必要はない。それより、こんな時間まで起きていて平気なのか?。長く出歩いて来て疲れただろう?」
「うん…」
 結局セイジは、求められている言葉を一切返さなかったが、シンは大人しく返事をしてその場を下がって行った。これで良かったのだろうか?、とリョウのように己の行いに迷うことはないが、シンが何を感じ取りながら生きているのか、セイジはその点についてだけは気に掛けている。
 持ち込まれた珍しい花のように、苦痛を感じずに居られる生命ではない。
 何かに拠って素直さを奪われているとしたら、それは子供に取って最大の悲劇だと。



 翌朝、まだ全く陽が出ていない内から、ふたりの捜査官は動き出していた。
 宿泊しているホテルから、児童園とは逆の方向に五分程歩くとそのドラッグストアは在る。注目してみれば原色使いの看板など、派手さもある五階建ての店鋪だが、賑やかな繁華街に在っては大して目立たなかった。殆どの店が閉まっている午前三時の町、看板を照らすライトも消され、店は完全に夜の闇に溶け込んでいる。但し、店の裏から見れば、各階の窓に煌々と灯る明かりが浮いている。酒場や一部の飲食店の他は、人気が絶えてもぬけの殻となった店鋪が並ぶ中、やはり異色と言える店に違いない場所だった。
 その周囲を、捜査官達は怪しまれない程度に遠巻きに観察して、また彼等にしか判らない暗号的なマークを、道や周囲の建物に付けて行った。これは後から来て店の周りを取り囲む捜査官が、周辺の何処までを守れば万全か判るようにするものだ。それ自体は無色透明の、光を偏光させる塗料で書いて行く。特殊な眼鏡かアクリル板を通してだけ、マークが見える仕組みになっていた。
 午前三時からそれらの作業を始め、午前四時過ぎには予定通り終了していた。
「マーキングもこれで終りだ」
 と、リョウが最後に店の非常口から続く道路の上に、三角の印を入れると立ち上がって言った。幸い店鋪が立つ通りには他に歩く者も無く、見張りに立っていたセイジは些か暇そうにも見えた。否、勿論本当に暇だった訳ではないが。
「しかし報告通り、やり難そうな入口だな」
 ホテルの方向に歩き出したリョウに、セイジが一言そんな感想を言うと、
「普通のドラッグストアを辞めてからこうなったらしいが…」
 リョウも多少、強行突破の難しさを思いながらそう答えた。
 大型で派手な看板を掲げている割には、店の入口は一部凹んで奥まった場所にあり、新たに塗られたらしいグレーのペンキが、入口をより目立たなくしている印象だった。また本来は四面あるガラスのドアの内、二面は陳列棚で塞ぎ、更に一面は飲料の自動販売機で塞いでいる為、実際出入りに使われるのはたった一枚のドアのみだった。成程これでは、大人数で一挙に奇襲を掛けるような作戦は不可能だ。ドアから入る者を次々狙い撃ちされてしまう。
 その他には、二階以上の階に直接入れる非常口と非常階段があるが、銀行の金庫を思わせる重厚な防火扉は、開閉速度が鈍(のろ)いと言う欠点があり、素早い行動を求められる者には危険な入口だった。また一階と地下には他に窓らしきものは無く、二階から四階の窓には頑丈な飾り格子が付いていた。そんな、大いな警戒心を感じさせる犯罪組織のアジトだから、正攻法なやり方では通用しないと踏んでいる。
「まあ、通勤ラッシュの頃を過ぎれば、侵入の邪魔になる程人通りは無いと思う。この辺りは夜に賑わう店が殆どだし、プランが狂う可能性は低いだろう」
 後はただ、作戦の元々の難易度以上にならないよう願う、とリョウは現状について纏めた。まあ、彼の良く知る鬼部長のプランに限って、そこまで大幅に予定が狂うとも思えなかったが。
 到着した頃は黒々としていたドームの透明な天蓋が、既にその半分を曙色に染めていた。
「陽が出て来たな…」
「ああ、人目に付く前に早く戻ろう」
 道行く人に怪しまれる心配と、己の目への懸念を同時に言葉にしたセイジに、リョウは答えてすぐに歩き出した。彼の後を一、二歩遅れて歩き始めたセイジは、周囲に聞く者が居ないことを確かめると、確認するようにこの後の行動を話し始めた。
「…では予定通り九時、私が開店と同時に入って客の振りをする間に、地下への階段に走ってくれ。向こうが武器を向けたら援護する。一階に居る者は私が食い止めるから、後は頼んだぞ」
「了解。うまく行くことを祈ろう」
 地下室へと降りる階段は、店の正面入口から入って真直ぐ奥の位置になる。入口から階段までのフロアは開けていて、店員が立つレジカウンターと、薬剤師の居るブースからほぼ全て見渡せてしまう。如何にセイジが店員の気を引き付け、如何にリョウが素早く階段へ移動するかがキーとなる。
「後は非常階段から侵入する予定の、二階以上を押さえるチームがうまくやってくれれば、私も追っ付け地下へ向かえるが…」
 そしてリョウが地下へ降りると同時に、上階に居るであろう組織の幹部達を押さえる、別の捜査官チームも動き出すことになる。六人で構成されている彼等が、侵入後の行動を確実にやれている場合は、セイジはその応援はせず、リョウの応援に回ることを優先できる。捜査官全体の動きと、リョウとセイジの間で決定した行動計画は、大体そんなところだった。
 ただ、地下へ行く階段も二階へ上がる階段も同じ一ケ所のみ、その他の階段は非常口のみ、と言う限定された環境は、行動の上で常に注意しなければならなかった。敵から言えば、一ケ所に集中して守り易い構造と言えるだろう。こんな時、昨日耳にした『通路』がもし使えたなら、どれ程役に立ったかと考えてしまう。
「昨日聞いた換気孔はどうなった?」
 セイジが思い付いた話題を尋ねると、リョウは本部からの回答を彼に話してくれた。
「ああ、この後六時に現場に向かうチームが、早い内にある程度調べるとは言ってた。…だがまあ、本部の話じゃ敵は恐らく、故意に大人が通れないサイズにしてるんだろうってな。換気以外の目的がないなら当然だ。だから、あんまり気にしなくていいって話だった」
「だろうな」
 子供サイズでないと入れないと言うのは、非常に残念な現実だった。それと同時にリョウはある事にも気付いている。
「でも、あんな所まで換気孔が伸びてるなら、隠し部屋は店の相当奥にあるんだよな…。厄介なこった」
 リョウが言うのはつまり、店の地下から隠し部屋への距離が長ければ長い程、捕らえられている者の危険が増すと言う意味だ。昨日シンが見付けた入口は、店の裏から四百メートル程離れているが、子供が視界も利かない細いトンネルに耐えられる距離は、そこまで長くないと想像できる。半分と考えても、部屋は店から二百メートルは離れている可能性が高かった。
 侵入騒ぎに気付いた者が、リョウより早くそこへ向かってしまったら。
「下手をすると、辿り着く前に学者が口封じされるかも知れない」
 とセイジは失敗の一例を語った。但しシンの報告が無ければ、新たに作られた地下が存在することも知らなかった訳で、危倶点を考えられるだけマシな状況、と言う意識も充分に持ち得ているようだ。なのでセイジの口調は何処か他人事のように聞こえた。
「ああ。そうなる前に入り込むか、敵が動き出す前に足を止めるか、どっちかになるだろう。戦力的にひとりじゃ不安な作戦だが、狭い屋内で身動きし難いことを考えたら、これしかねぇな」
 リョウも悩む程ではない様子でそう答えていた。不安は幾つも有れど、セイジが同じ点を同じ様に見ていて、その上で最良の結果の為に努力すると言う、共通の意識を確認したことに充分に満足していた。ならば必要以上に失敗を恐れなくて良い、万一己が倒れても、代わって遂行する者が必ずひとりは居ると知れば、任務に於ける責任の負荷も軽減するだろう。後はただ己の力量で可能な努力をするのみ、と、決心が重い割にリョウの心は軽くなっていた。
「幸運を祈る」
 そう結んだセイジに対して、リョウも誠実な微笑みを以って返した。口を開いても恐らく、セイジと同じ言葉をおうむ返しにするだけだった。

 午前四時半になろうと言う頃は、ホテルの周辺にもぼちぼち人の姿が見られ始めた。新聞配達員のバイク、ペットの散歩がてらにジョギングをする者、杖を片手に散歩をする老人など。セイジとリョウはたまに擦れ違うそれらの、一般市民が滞りなく一日を始めた様子を見ながら、予定通り今日と言う日が終るイメージを思い描いていた。
 地球は今日も正しく自転しているのだから、正しい行いが結果として残るべきだ、とリョウは昇り行く朝日を見ながら考えていた。そうは言っても、人間の罪がこの世から無くなることもない。善も悪も人の持ち物だから仕方がないが、大切なのは、正しさを諦めないことだと彼は考えている。その上で捜査官としての職務を行っているのだけれど。
 時には失意の結果に至ることもある。常にその覚悟はしなければならなかった。果たして今日は、自分に取って良き日になるだろうか…?。
「あっ、捜査官!」
 考えながらホテルのロビーに踏み込んだリョウに、カウンターから走り出たシュウが声を掛けた。
「まだ勤務中なのか?、御苦労様だな」
「五時までさ、あと三十分の辛抱!」
 事件が起きた為にシフトに変更があったらしいが、リョウが出掛けた午前三時前も今も、シュウは眠そうな仕種を見せず話し掛けてくれた。彼もシンが戻るまでは心労が絶えなかった筈だが、決められた仕事は最後まできちんとこなす、プロのホテルマンらしさを感じさせていた。そして、呼び止めた用件を早速リョウに話し伝えた。
「俺のことはいいとして、さっきあの子、『施設に戻る』って出てったぜ?」
「え、シンが?」
「ああ。四時ちょっと前だった。あっさり引き上げようとしてたから、『もう気が済んだのか?』って聞いたら、『うん、ありがとうお兄さん』って笑ってたけどな」
 淡々と話してはいたが、一度まんまと騙された経験のあるシュウだ、今度もやはり考えあっての行動ではないか?、と困ったような彼の表情が如実に示していた。無論リョウも彼の心情は理解できた。否、この場に居る誰もが同じ心境だったに違いない。
「うう〜ん…。また何にも言わないで…」
 リョウは途端に腕組みをして唸った。幾つかの理由は考えられなくもない、恐らく自分とセイジが起きた際に、眠りが浅くなって起きてしまったのだろう。そして自分達がもうここには暫く戻らないと考え、早々に引き上げたのかも知れない。或いは本当に気が済んだのかも知れない。何れにせよ、行動が唐突なことだけが引っ掛かっていた。
 するとそれについてセイジは、
「早い内に施設に問い合わせるのだな、その後の事は本部に依頼すれば良いだろう」
 とリョウに助言した。割り切れない様子で腕組みを続けながらも、リョウはそれに頷いている。
「そうだな。本当に戻ったなら問題ない」
 彼等が第一の仕事から歩いてここに戻る際、町中でシンらしき子供の姿など見ていない。シュウが言う時間にホテルを出たならば、確かにもう児童園に着いている筈だった。早朝ではあるが、昨日行方不明になっていた子供の件である、今すぐ連絡を入れても構わないだろうと、リョウはそこまで考えを進めると、漸く腕を解いて楽な姿勢に戻した。何が起こったとしても、手を打てる時間さえあれば良いのだと。
 場の空気がやや弛んだところで、シュウは何気なくこんなことを言った。
「しっかしまぁ、変わった子だよな?。何がしたいのか知らんが、変に頭が冴えてるっつーか…」
 シュウの感覚は、まだシンに出会って間も無いセイジには、よくよく解るものだったけれど。
「う〜ん、普段はあんな謎めいた感じじゃないんだが。ここに来てから、いや保安局に行ってからかな、妙な行動をするようになったのは」
 と、リョウはまたシンに対する弁護をしていた。勿論本来そうとは思えない者を、無理に美化して話す訳でもない。ただシンが誤解されている、誤解される行動を昨日からし始めたことを伝えたかった。自分もそれで困惑しているのだと。
 だが真面目過ぎるリョウの思考とは違う、もっと砕けた理解の仕方も存在するようだ。
「捜査官の仕事に憧れる気持は解るけどなぁ」
 シュウがリョウの顔を覗き込みながら言うと、リョウは彼の意外な態度に思わず笑った。恐らくそれはシュウ自身の気持と判るからだ。しかしセイジは不思議そうに尋ねていた。
「…そうか?」
「そりゃそうだろ、男の子が捜査官に憧れるのは万国共通だぜ?」
 まず、大人の仕事をしたがる子供は珍しくない。それがまして、社会の害となる者を捕える仕事なら、純粋な心を持つ子供の理想像として、理解し易い職業であるのも確かだろう。シュウが言う通りで、過去にそんな思いを持っていた経験は、地域を問わず多くの少年が有する筈だった。セイジだけは成り行きで捜査官になったので、他のふたりとは懐かしさを共有できないでいた。
 そもそもセイジは人の役に立ちたいとも、社会の為に働きたいとも思っていなかったのだ。武術を習っていた為、それを極めようと言う志はあったが、あくまで自分と周囲の者の利益になる事だった。それが何故捜査官となったのかは、彼に言わせれば不本意な結果かも知れないが、一般の武道家としては優れ過ぎていた為に、公職を押し付けられた形だった。
 まあそれも、今となってはどうでも良い話だったが、セイジは捜査官に憧れる理由が解らないので、ひとりで引き続き考えていた。その間にシュウがまた別の意見を口にしていた。
「そう言や、あの子は仕種もちょっと変なんだよな、何処見てんのかわかんねー時がある。あんたもちょっとそんな感じだけど」
 思考する途中で話し掛けられたセイジは、しかしそれについてはすぐに返答できた。
「目の色の所為で?」
「多分な」
 そしてシュウが悪気無くそう返すと、リョウは深く頷きながらこう呟いた。
「うん、だから解りにくいのかも知れないな…。シンは何を考えてるのか解らない時が、しばしばある子供なんだ実際。悪い意味じゃなくて、何て言うか、意思を伝えるのが下手なのかな…」
 稀に幼い頃から、周囲を気遣って本心を押さえる者も居れば、傷付くことを恐れて己を見せない者も居る。それを個性としてしまうのは簡単だが、子供らしい個性と言い難いのがリョウには辛かった。否、彼が胸の痛む事実に気付く前に、セイジがそれを気にしていた訳で、シンが普通の子供とは言えないことは、最早誰の目にも判ると理解しなければならなかった。
 凡人ほど特異な存在に憧れるものだが、実際普通でない生き方は苦悩の連続だと、変わり者の父親を見てリョウは知っていた。それだけに、まだ小さいシンの未来が困難に満ちているなどと、微塵にも考えたくはなかった。ただでさえ途中で親を亡くす不幸に遭っているのに、と。
 ロビーでの何気ない立ち話で、様々な人生について考えさせられていたリョウとセイジだが、男ばかりで議論するその場所に、一際華やかさを感じさせる声が響いた。
「おはようございます」
 本来のフロント業務担当であるカユラが、普段より一時間早く出勤していた。それもまた昨日からの変則シフトのようだった。
「おっと、そろそろ交代の時間だ。それじゃ!」
「昨晩はバタバタしておりましたが、充分にお休みになられましたか?」
 シュウが慌ててカウンターに戻るのを気に留めもせず、彼女はまず宿泊客であるふたりに、礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。朝が気持良くスタートするイメージを、それだけの行動で見せてくれるのは大したものだと、捜査官達は改めて感心してしまった。
「ああ、お陰様で。どうもありがとう」
 リョウはそう答えると、それが頭を切り替える合図なのだと思うことにした。とにかく今すべき事は、児童園に連絡を入れて確認をするだけだと。その他の事は仕事の後で考えれば良い。と、リョウが気持を新たにしているのにも関わらず、
「…解りにくいか?」
 珍しくセイジは先程の話題を引き摺っている様子だった。
「うーん、あんたはそうでもないな」
「そうか。なら良いのだ。ボンヤリしていると見られては、相手に圧力を掛けられないからな」
「あー、そう言う意味では心配ないだろ」
 どんな話題だろうと、結局一番に仕事の事を考えている彼を知って、今はそれで正しい、とリョウも仕事への意欲を取り戻していた。まず目先の事件を首尾良く片付けることが、延(ひ)いてはシンの為にもなるのだから。

 その後、五時になると同時にメルクレオ児童園へ連絡すると、用務係の男性が電話に出て、ひとりで戻って来たシンを中に入れたと話してくれた。取り敢えず現在の心配事は解消されたのだった。
 ふたりの捜査官はそれから早めの朝食を摂って、捜査に向かう為の身支度を始める。防弾チョッキの上にガンベルトを締め、更に厚手の上着を着るのは、慣れているリョウにも厳しいこのドームの気温。そこに大口径の拳銃と護身用拳銃、それぞれに使用する弾を仕込む。多目的銃とガス弾はリョウだけが持つことになったので、セイジはマシンピストルシステムを携帯することにした。それぞれガンベルトの背中側に装着して、隠し持って行くことになる。
 その他、ペンライト、ナイフ、工具等の小物類、全てを合わせると十五キロ程の重量になるが、まあ、その程度で動きが鈍くなることはない。彼等に取ってはこれでいつもの仕事だ。後はただ、以上の装備で用が足りることを願うばかりだった。



 午前八時五十八分。調剤薬局ドメーニカの看板で陰になった、ガラスのドア越しに白衣の女性が見えた。開店の為に鍵を開けようとしていた。
 向こうから見えない場所から、店の様子を窺っていたふたりの捜査官は、間もなく実行時間であるとの緊張感に、自ずと気を引き締めていた。腕時計の針が九時を差すと、セイジはリョウにひとつ合図をして、その場から何気なく歩く振りをして出て行った。彼等を含め、保安局全体の計画がスタートした。
「いらっしゃいませ」
 セイジがドアを潜ると、来客を知らせる電子音と同時に、レジカウンターに立つ女性が声を掛けて来た。セイジは店内をそれとなく見回して、カウンターの若い女性と、その手前のブースに居る薬剤師の男以外に、従業員は誰も居ないのを確認すると、真直ぐカウンターへと歩いて行った。
「風邪薬が欲しいのですが」
 そして予め考えていた作り話を始めるが、セイジが一言だけ話した後、返答を耳にするまで少々の間があった。場の異常な様子に気付いたのだろうか?。否、カウンターの女性はどう見ても部外者だった。彼女の様子を見ている内に、単に見慣れない人種であるセイジに対して、或いは表情が判り難いサングラスの所為で、驚いているだけだと判った。この場合はそれで都合の良い状況だった。自分に注意を集めておき易い上、数秒でも時間を稼げるとセイジは考えている。
「…はい、あ、どんなタイプのものをお探しですか?。お客様、余所のドームからいらした方ですよね」
 やや気後れするように話し始めた女性は、何とか差別的でない言葉を探すような態度で、辿々しく言葉を連ねていた。
「そうです、気候が違うせいか体調が優れないので」
「そうですか…、じゃあ、どのような症状がございますか?」
 と聞かれて、それらしい言葉を並べているセイジは、ドアのガラス越しに見ていたリョウの目にも、上手く誤魔化せていると思えた。
 店のドアが再び開く。店鋪内には電子音が谺したが、セイジは全く気にしない振りで話を続けている。彼がカウンターの前に立っているお陰で、レジの女性からは暫くリョウの姿が見えない。代わりに手前のブースの薬剤師がリョウに挨拶をして、始めはリョウも客を装って頭を下げた。そして、薬剤師の視界からレジの女性の視界へと、見える範囲が切り替わる場所に移動した途端、
「あっ!、お客様、そちらは!」
 リョウはカウンターの横を擦り抜け、奥の下り階段へと一気に駆けて行った。今度は薬剤師がセイジの陰になって、リョウの異変を見ることができなかった。女性が頓狂な声を上げると、彼は慌てて調剤ブースから飛び出し、階段の正面へと走り出ていた。しかしその時既に、リョウは下り階段の手摺に手を掛けたところだった。
「おい!、おまえ…」
 これが普通の店なら、下手に手出しをせずに保安局を呼ぶところだが。
 薬剤師の男は白衣の襟の下を探った。そこから取り出されたのは、市民はおろか保安局でも滅多に扱わない、十二ミリ超口径の銀色の銃身だった。保安局ではまず、できる限り相手を殺さずに捕える目的がある為、大口径の部類でも九ミリ以上の銃は使わない。もし十二ミリの弾丸が人間を打ち抜けば、必ず致命的なダメージを与えてしまうからだ。そしてそんな銃を店員が普通に所持している。
 ただの薬剤師ではない。男がそれを取り出して構えるまで僅か数秒。標的は店の地下に侵入しようとしている男。そして、
「キャーーーーーッ!!」
 店内に二発の銃声が響いた。
 ところが女性の切り裂くような悲鳴は、銃声のするほんの少し前に発せられていた。今女性の目の前で煙を上げている銃口は、カーボンブラックのセイジの所持品の方だった。薬剤師が引金を引く前に、セイジは彼の手と太股を狙い通りに撃っていた。
 銃を弾き飛ばされ、手と足の痛みにのたうち回る男の様子を一瞥すると、セイジはカウンターの女性に言った。
「保安局の者だ。関わりたくなければ大人しくしていろ」
 すると言った傍から、銃声を聞き付けて別の従業員がバラバラと、数人そこに姿を現す。誰もが揃いの上着を着て、一見すると単なる店員に見えなくもなかった。が、
「今の銃声は何だ!、あっ…!」
「地下へ、ひとり行ったぞ…」
 倒れている薬剤師とセイジを見て、一瞬従業員用のドアの中に戻りそうになったが、薬剤師の警告を耳にすると、そのリーダー格らしき男が手で何かの指示を与え、一斉にその場から散って行った。奥に踏み込まれると予想して、守りを固めに行ったのは目に見えている。セイジは薬剤師が手放した銃を足で、店の陳列棚の下に隠してしまうと、自分もまた単独突破の為の装備に切り替え始めた。
 その時リョウは、やや深い地下室への階段を下り切るところだったが、最後の踊り場に出たところで、突然正面に現れた大男に殴り掛かられた。この手のタイプは力はありそうだが、見るからに動きは鈍そうだと、リョウは瞬時に判断をして身を躱す。男の拳が髪を掠めて壁を打つと、素早く後ろを取って、リョウは護身用の小型銃をその脇腹に当てていた。
 鈍い音と共に、男は脇腹を押さえながらその場に崩れた。が、リョウの視界が開けると、その周囲には既に数人の者が待ち構えていた。
「ちっ、やっぱり警戒されてたか」
 ところが幸いにも、そこに居た者達は武器を持たなかった。店員ともガードマンともつかない、正式な組織の構成員とも違う、言ってみれば犯罪組織に寄り添って、おこぼれを与るハイエナのような連中だろう。それだけに彼等の様子は、威嚇の意思よりも怯えの色に傾いていた。
 リョウはそれを見て取ると、特に変わった行動も何もせず、勢いを付けて飛び込んで行った。
「退けよ!」
 そう言われて退く者は居ないだろう、と思うが、中には明らかに竦んでしまっている者も居た。どう考えても彼等は、組織の主力として危ない仕事をする面子ではなかった。難無く人垣を振り切ると、リョウはとにかく地下の最奥を目指して走った。

 最初の銃撃があり、リョウが無事地下に下りられたのを確認すると、店の壁に掛けられた時計は九時十二分を指していた。セイジが銃を変型させて、連射のできるマシンピストルにチェンジした頃には、天井の上からガタガタと忙しない震動が伝わって来た。二階の非常口をこじ開けて侵入した、六人のチームが活動を始めたのが判った。
『うまくやってくれよ』
 と、天井を見上げてセイジは思ったが、それを期に階上からの銃声が聞こえ始める。捜査官は身軽さが必要な為、あまり大型の武器は持たないが、その音はどうもライトマシンガンのようだった。通常室内で使われる銃ではないが、敵も組織を守ろうと必死なのだろう。そしてセイジは保安局の部隊が気になった。応援に行った方が良いかも知れないと。
 しかしセイジがそこへ向かう前に、二階からチンピラ風情の男が三人、一階の店内へと雪崩れ込んで来た。まずその相手をしなくてはなるまい。
「へぇ、珍しい渡航者が来たって聞いたが、やっぱりな」
「情報が早いことだ」
 店に居た店員等とは違い、隠そうともせず大型のリボルバーを手にした先頭の男。そしてセイジの入国について少なからず、悪い予感を感じ取っていたことも聞いた。つまり組織はいつ襲撃を受けても良いように、何らかの準備をしていた訳だ。
「保安局のなまくらヒットマンなんかに、殺られる俺らじゃねーよ!」
 奥に立つ巨漢が、緊張感の無い声でそう話すのを見ると、増々彼等の支度が万全であることを想像させた。ならばここで無駄な時間を消費するべきではない。とセイジは考えた途端、すぐ側の金属製の棚へと駆け寄りながら、銃の引金を引いていた。店内は俄に銃撃戦となった。
「うっ!」
 先頭の男の後ろに居たひとりに、まずセイジの連射した弾丸が三発命中していた。右の腹と胸を撃たれた男はそれだけで、その場から立ち上がれなくなっていた。またセイジが隠れた陳列棚は思いの外頑丈だった。敵の大口径マグナム弾が貫通できない、丈夫な金属板でできているのは幸いだった。勿論ライフル等を持ち出されれば危ういが、そんな暇を向こうに与えさせはしない。
 セイジは棚板の継ぎ目の隙間に銃口を差し込んで、一瞬の静寂に気を緩めている相手に、更に銃弾を打ち込んでいた。
「ぐふっ…」
 潰れたような声の後に、どすんと豪快な震動が床に響く。後方でニヤけていた大男が倒れたようだ。これで残るはあとひとり、と言う時に、丁度弾倉の二十発の弾が切れていた。セイジはそれを新しいものと取り替えながら、間を繕うように言った。
「なまくらで悪かったな」
「貴様、調子に乗るなよ…!」
「生憎だが我々も準備に抜かりは無い。これで予定通りだ」
 セイジが弾倉を取り替え終る頃、最初に倒れた男が床に伏せたまま銃を取り、その弾丸がセイジの足先を掠めた。棚の下方は四センチ程の隙間が開いていて、伏せている相手からなら狙えるようだ。折角格好の防壁を見付けたと言うのに、足許を狙われ続けるのは厄介だった。どうせまともに戦える者はひとりしか残っていない、と、セイジは思い切ってその外に飛び出す。
 同時に弾の充填されたマシンピストルの引金を、躊躇せず引き続けた。思わぬ飛び出しに驚いた敵の、構えが遅れた分セイジには有利だった。射撃体制に入る前の腕を狙い、二発が腕に、一発は掌に命中していた。その衝撃で男が持っていた銃を落とすと、カラカラと転がりながら出入口のガラス戸にぶつかった。足は傷付けられていない、取りに行くかどうするかと彼が迷っていると…
 バン!、と音を立ててそのドアは広く開け放たれた。その際銃はドアと自動販売機の間に挟まれて、回収することは不可能となっていた。ドアから入って来たのはこの作戦に於いて最も数の多い、保安局の取り囲み部隊の一部だった。市民が近付かないよう店の周辺に集まり、壁を作る役目と同時に出入口付近の戦闘を担当していた。
「くそっ、こんな人数じゃ…」
 八人は居ただろうか、次々と入って来る捜査官を見て流石に勝ち目がないと、男が逃げを打とうとした瞬間その足を撃たれた。セイジは既に伏せている男の背後に回ると、その手に蹴りを入れて、握られた銃を弾き飛ばしていた。これでひとまず一階店鋪の銃撃戦は終ったようだ。
 緊迫した静けさが解けると、それを感じ取ったシュテンがドアの外から、
「店内に居る者を全員捕らえろ!、護送車に運べ!」
 と捜査官達に指示の声を響かせていた。これで初期段階の完了、一階店鋪の安全を確保し、保安局の人間がそこを占拠した。既に非常口には別のグループが詰めていて、建物からは誰も出入りができない状態にしたのだ。この後は、セイジは次の行動に移れることになっていた。彼に取ってまず気掛かりだったのは、威力のある武器を使っていたらしき二階の様子だ。
 傍に居た地元の捜査官に、セイジは二階の様子を尋ねてみるが、残念ながら部長以下に連絡は入っていないようだった。息を殺して隠れているなど、連絡ができない状況も存在するので、いきなり全滅したとは考えなかったが、それにしても先程まで賑やかだった筈の天井から、今は何も聞こえて来ないのだ。首尾良く更に上の階へ行ったなら良いが、あまりに簡単過ぎるような気がした。
 なので、セイジは二階の様子をまず自分の目で確かめ、応援が必要なら参加することにした。リョウが下りて行った階段と隣り合う、上り階段をセイジは静かな歩みで上って行った。
「うわ」
 二階の踊り場に出るや否や、セイジの着ているシャツの裾を銃弾が掠めて行った。その軌道を辿った先には、これまでに立ち合った輩とは違う、ガードマン風の黒スーツの男がふたり立っていた。
「…ようこそプレイクへ、外国の捜査官殿」
 その落ち着き払った口調は、明らかにこの手の闘争に慣れた、プロフェッショナルの風格を匂わせていた。また彼等の背後にも、近くの部屋にも人の気配が感じられなかった。全ての者がより上の階へ移動した後なのだ、とセイジは自ずと理解していた。
「待ち伏せか…」
 と、呟いたところで何ら状況が変わる訳ではないが、セイジはこのふたりを片付けなければ、二階に侵入したチームの様子が掴めないと覚った。手練のふたりが相手なのは困難だが、まあ、他に誰も居ないのが幸い、余計な事を考えず戦うことに集中できるだろう、とも考えていた。そして、意を決して銃のグリップを握り締めた。

 その頃地下の一角では、一階に捜査官が大挙していると気付いた者が、それぞれ不安を口にしながら騒いでいた。
「何が起こってんだよ!」
「知らねぇよぉ…。なぁ、俺等ヤバいんじゃねぇのか、おい…」
「何を今更、ガサ入れならさっさと、証拠隠滅して逃げなきゃなんねぇだろ。…一階の様子見て来る」
 様子を見に行くと言って立ち上がったのは、この店の会計士の男だった。そして彼が地下の一室から廊下に出ると、そこには奇妙な出で立ちの男が立っていた。
「!」
 手には妙な形をした太い銃、のようなもの。何処かで見た憶えが…と男が思わず立ち止まると、ガスマスクをしたリョウは遠慮なくガス弾を発射していた。合計二発。ここに来るまでに既に八発を使用していたが、地下の広さから言ってもう充分だった。
 更に目の前の男には、上階へ逃げられる前に蹴り一発。
「がっ…」
 これで五分も待たぬ内に皆眠ってしまい、自由に地下を捜索することができるようになる。まずは隠し部屋への道を探すことからだった。
 意気込みを以って歩き出す前に、リョウはふと下りて来た階段に目を遣った。あれから地下へは誰も追って来ない、一階からは静かな話し声が時折聞こえ、多数の捜査官が行き来しているのが判った。計画が順調に進んでいるのを知り、
「食い止めてくれてるな。よし」
 と満足そうに呟いた。リョウはそして気を改めるように背筋を伸ばすと、人の集まっていた手前の部屋に足を踏み入れた。
『ここは普通に事務所って感じだな…』
 事務机には電話と計算機、多数のファイルが収納された書棚、ホワイトボード、壁のそこかしこに張られたグラフやメモ、どう見ても単なる事務所の風景だった。倒れている者を避けながら部屋の奥へと進み、調度品の飾られた戸棚の扉を開いて行くと、手持ち金庫らしきものが現れた。そう頑丈ではなさそうなそれを、持っていた工具でこじ開けてしまうと、中からは印章や登記書等、薬局の営業に関わる品々が出て来た。
『違うな、みんな関係なさそうだ』
 この店には大事な物だろうが、無論リョウの目的は違う。
 そうして戸棚を全て開いてみたが、特に事件に関わりのありそうな物は見付からなかった。リョウは諦めてドアの方へと戻りながら、今度は事務机の引き出しをひとつひとつ開けて行った。すると引き出しに収われていた、何の物だか判らない鍵束が目に入った。それを手に取って、
『隠し部屋に行くには鍵が必要なのかも知れない』
 とリョウは思い付く。事務机の他の引き出しを漁って更にひとつ、倒れている男の手に握られていたものがひとつ、合わせて三つの鍵束を押収することにした。そして、この部屋ではもう何も見付かりそうもないと、見切りを付けてリョウは廊下へ出て行った。廊下を少し奥へと歩くと、事務所の並びにもうひとつドアがあり、次にリョウはその部屋に入ってみる。ところが、
『ロッカールームか』
 そこには部屋一面に並んだ木製の棚があるばかりで、収められている物も、この店の従業員が着ている制服と私物、ネームバッジや出勤票の束、その他有り触れた道具類ばかりで、重要そうな物は凡そ目に映らなかった。
『組織の人間とは関係なさそうだな。チッ』
 リョウは舌打ちすると、そこはすぐに切り上げてしまった。そして結局、それ以降もめぼしい物は何ら見付からなかった。
 店の地下には他に、食堂、調理場、洗濯室、シャワールームと化粧室があって、ロッカーと同様に従業員が利用する設備だと判った。唯一商品倉庫だけはそれに当たらないが、そこは薬品の詰まった瓶や箱が並ぶばかりで、それ以外は筆記用具と温度計しか見当たらなかった。また無菌冷蔵室になっている倉庫には、三重ドアの出入口の他は、当然のように抜け道らしきものはなかった。まあ衛生上考えられないので、そこに隠し通路があるとも思えなかった。
 しかし、全ての施設とフロアを回り終えても、一向に隠し通路の入口らしきものが見出せない。もう三十分程が経過して、リョウは心情的に焦りを感じ始めていた。けれど、彼は捜査官としてのセオリー通り最初の場所に戻った。迷った時は例え時間のロスになっても、必ず最初の場所に立ち戻る事、それが鉄則だった。
 と、リョウが店の事務室の前に立った時、
『じゃないな、最初は階段の所だ』
 と記憶の誤りに気付き、殴られそうになった階段の下へ更に足を進めた。すると階段のあるフロアの先にはもう少し廊下が伸びていて、突き当たりには簡単なベンチとテーブル、くず入れと灰皿が置かれていた。見る限り従業員の休憩スペースのようだが、まだ近くで見ていないその場所を念のため、確認しようとリョウは更に進んで行った。
 休憩スペースには、目に見える物以外これと言って何も無かった。些かがっかりしながら振り返ると、その時リョウは、階段の下の暗がりに光っているある物を見付けた。消火栓の収められた扉のランプだった。商業地のビルには必ず設置が義務付けられている、特に珍しくもない防災設備のひとつ。
 だがリョウはその間違いにすぐに気付いていた。何故なら階段の下は、大人ならしゃがまなければ入れない天井の低さだ。通常消火用の設備は入って来た消防士が、すぐ発見できる場所に設置するものだ。そうでなければ意味を為さないだろう。リョウはその階段下に潜ると、逸る気持で消火栓の扉を手前に引いた。案の定扉には鍵が掛かっていた。
 先程手に入れた鍵束の中から、これに合いそうな鍵を急いで探し出す。すると倒れていた男の持っていたものから、消火栓の鍵にぴたりと嵌まるものが見付かった。回せる方向に二回程鍵を回すと、カチッと言う音がしてその扉は開いた。そしてリョウの目の前に開けたのは、単に穴を掘っただけのような雑さが感じられる、ほら穴状の地下道だった。まあ、どんな通路だろうとこれに違いないと、リョウには確信できたのだが。
『丁度いい、閉めておくか』
 地下室は催眠ガスが充満している為、リョウは気転を利かせて、その扉を内側から閉めてしまった。捕らえられている学者が眠ってしまっては厄介だった。それに彼自身も、サウナのようなガスマスクを少し外したいと考えた。歩き出した暗い地下道のひんやりした空気は、それまで必死に動き回っていたリョウには、酷く心地良く感じられていた。



つづく





コメント)3が変な所で切れたせいで、4も予定の部分が入らなかった…。話がどんどん繰り下がって伸びております、うう〜ん。でも本来のトルーパーとは種類の違うバトルが、自分で新鮮で面白く書けています(^ ^)。次はまた「え?」と言う展開もあるので、もうちょっと待って下さい!。…しかしまたコメントもこれ以上入らない程サイズギリギリ…。



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