空港に出迎え
PLEASURE TREASURE
#1
プレジャー・トレジャー



 シャンパン色の太陽は空の色を白く霞ませる。
 光の降り注ぐ世界は万物が自ら色を主張している。
 黒い髪、黒い瞳、浅黒い肌を持つ、オニキスの輝きのように際立つ人々の中で、
 僕の髪は茶色く、目は緑色をしていた。



 プレイクドーム。
 そこは余所に比べ比較的平和で豊かな、熱帯に属するドームシティだった。第三次大戦以降、大気や土中に拡散した放射能など、有害な光線を避ける為に各地にドームが建設され、人々はその中だけで暮らすようになっていた。
 過去の世界戦争の時代は、今から辿ること二百年程昔になる。その間ドームシティは単なる避難施設から、ひとつの都市、或いはひとつの国へと進化して行った。その様なドームシティが世界中に点在する今は、一部の者が乗り物に乗って、ドーム間を移動することも可能になっていた。無論公の要人と職務権限のある者、あとは僅かな金持ちに限られることだ。
 だからと言って、余所への渡航に憧れる者はあまり多くない為、特に羨ましく思われる訳でもなかった。何故なら誰もがドームの外の危険を知っている、二百年程度の時間経過では、人体に影響のない環境に戻ったとは言えなかった。日々計測している外界のデータが、何よりその認識の裏付けとなっていた。乗り物はドームと同様に、完全に外界を遮断する構造になってはいるが、外に出る事自体を恐れる者がまだまだ多い、今はそんな時代だった。
 その所為か、それぞれ遠く離れた国同士には、滅多に諍いが起こることがなかった。移動するのは有識者のみで、ドームを渡る犯罪者などは殆ど見当たらなかった。否、そもそも利権を発生させるような、奪い合える土地や資材が存在しないのだ。ドームの外の汚染された土地に線を引いて、国境を定めたとしても何の意味も無かった。ドームにしか居られない人々は、ドームから近い場所でしか資源を採取できない。大型の掘削機械等は、遠距離の移動が不可能だからだ。
 そんな環境的事情、エネルギーの不足する事情があるこの世界では、仮に他のドームをミサイルで攻撃しても、自国の利益には何ら繋がらないことが想像できる。争う方が馬鹿馬鹿しく感じられる筈だ。勿論一方が恨みを持つような状況があれば別だが、今のところ不穏な事態は確認されていなかった。
 そうして、国同士が平和に共存できる世界が、悲惨な戦争の後の、荒れ果てた大地に成立したのは皮肉なことかも知れない。戦前に比べ文化水準の低下は目に見えていた。が、引き換えに得られた世界的な平和には、それ以上の価値があるかも知れない。今や世界中の人々が持てる貴重な財産として、共同で平和を守っている状態と言えるだろう。
 但し、国家間の平和は維持されていても、争いや犯罪が起こらない訳ではない。ドーム内の人の社会では相変わらず、進歩の見られない人間の生活が続いていた。
 だから彼等のような存在も必要だった。
「…と言う訳だから、今すぐ空港へ向かってくれ」
「はい、了解」
 部長から連絡を受けたリョウは、その時保安局の車で本部へ向かおうとしていた。
 これまで毎朝七時の出局に遅れたことはないが、今朝の彼はやや急ぎ気味に車を飛ばしていた。その日プレイクドームの保安局には、珍しく余所のドームから応援としてやって来る、特殊捜査官が到着することになっていた。ドーム内の捜査官として六年勤めるリョウにも、それは初めての事態だったので、普段より少し早く顔を出そうと思っていたのだ。
 ところが部長命令は残念ながら、本部に来る前に空港に迎えに行ってくれ、とのことだった。もうあと五分程で本部に到着する場所まで来ながら、仕方なく車をUターンさせると、リョウはドームで唯一の空港へ続く高速道に入る。まあ、幸いなことにドームシティは大した広さがない。そこから二十分も走れば目的地に到着する筈だった。
 緩やかに螺旋を描きながら、上昇して行くハイウェイからはドーム内の町が一望できた。ドームの特殊ガラスとセラミックの天井から、照りつける陽光がその日も街を明るく彩っていた。今日もまた頗る天気が良い。周辺の気候には雨期と乾期が存在するらしく、乾期に入ると半年以上こんな様子が続く。そして始めから計画的に作られた街は、光の陰影を考慮した非常に美しい景観となっていた。
 拠って眺めの良いこのハイウェイは、休日ともなると若者達や家族連れのドライブルートと化す。そのついでに食事や買い物をしに、空港施設へも立ち寄るのが市民行動となっている。空港内では他のドームから運ばれて来る、珍しい商品が販売されているからだ。しかし、それでも空港の外にはあまり関心を示さないドーム市民達。そう、過去はリョウもそんな有り触れた市民のひとりだった。
 ある少年に出会わなければ。

 空港の駐車場に車を停めると、リョウは半ば駆け足で到着ロビーへと向かった。部長から受けた連絡では、当初の到着時間より多少早く航空機が着くらしく、その所為で急遽彼が出迎えに行くことになった。まだ空港からのリムジンバスが、この時間は動いていない為だ。
 取り敢えず、有り難い協力者に非礼があってはいけない。急ぐ理由は公にはそんなところだったが、リョウの個人的な思いは違っていた。彼は余所のドームのことを知りたがっていた。その環境、設備、文化など、そこに住んで暮らしている者の口から、有りの侭のことを聞きたいと思っていた。何故なら…
「すいません、到着ロビーはどのエレベーター?」
「真ん中が直通です。保安局の方ですね?、今エリバレからのエアバス機が到着したところです」
「ありがとう!」
 案内嬢に声を掛けると、リョウは丁度この階に停まっていたエレベーターに、タイミング良く乗ることができた。自動扉が閉まる。次に到着ロビーで扉が開けば、来客はすぐ目の前に居ることだろう。ほんの少人数が行き来するだけの空港設備は、実にこぢんまりとしたものだからだ。そして、どんな人物かを楽しみに思い描く暇も無く、直通のエレベーターは到着ロビーに着いていた。
 自動扉が開いた。
「・・・・・・・・」
 確かにリョウの考え通り、来客は到着ロビーのシートにポツンと、ひとりで座っていた為すぐにそれと判った。が、
「本部から連絡を受けている。迎えの捜査官か?」
 エレベーターから出て来た人物を一目見るや、立ち上がってそう言った男は、一時リョウの言葉を失わせていた。エリバレドームはここからは遠い地域に属する、周辺の気候も違えば文化も違うだろう。リョウはそれらを考慮して、このドームの人間とはかなり違う人種を想像したが、想像以上の差があることに驚いていた。即ちその淡い金色の髪や眉、透けるような紫の瞳、皮膚の色から総合的に淡色で纏まった人物について。
「あ…、ああそうだ。本部所属のリョウ・サナダと言います、宜しく」
「こちらこそ御足労ありがとう、セイジ・ダテです。このドームには初めて来たので、何かと案内を頼むことになると思う。どうか宜しく」
 しかし、リョウが挨拶をして差し出した手を握り返す、彼の掌は見た目の印象を裏切って、酷くがっしりととして硬い感触を与えた。否、傍に近寄ってみれば他にも、自分よりひと回りは大きな体腔、常に己を律するような乱れのない態度、それらから捜査官らしさの片鱗は感じ取れていた。
「ああ、どうぞ、気兼ねなく。じゃ本部に向かいましょう」
 快くそう答えて、リョウは自らの先導で空港を移動しながらも、見た目と本質の相違について、まだ納得の行かない感情を持て余したままだった。
 まあそれも仕方のないことだ。リョウを始めこのドーム市民の大半は、書物に登場する画像としての白人しか知らない。それも多くが、清らかさを象徴する女性の画像か、天使のような子供の画像である。ともすれば自分より雄々しく感じる、セイジのような人物を理解し難いのは、そんな情報的欠陥が背景にあるだろう。現映像を発信する技術が廃れてしまった為、それぞれのドームでそんな状況になっているのだ。
 だから、目の前に現れた興味深い対象が、リョウには気になって仕方がない。
「…何かおかしいだろうか?」
 ついつい凝視してしまう彼の行動に気付いて、セイジがそう問い掛けた時には、
「いや、気に触ったら済まない。このドームではあんたのような人は見ないもんで…」
 割合素直にその理由を口に出していた。恐らくここの誰もが、普通にそう感じるだろうとリョウには思えた。
「見た目のことか?」
「ああ、ただ珍しがってる訳じゃないんだ。俺の知り合いに、やっぱりこのドームでは珍しい人種の子供がいてな。それが切っ掛けで、どの地域にどんな人が住んでるのか興味を持った、と言う訳さ」
 そして地域と人種に関心がある理由も、特に隠さず話してしまうと、彼の淀みの無い意識をセイジは察することができた。リョウに対して、彼が知りたがっていることを話してみよう、と言う気になったようだ。
「ふうむ…、ここは暑いな…」
 空港の駐車場へと繋がっている、地下一階のフロアに降り立つと、空調管理のされた空港内でも、ドームの大気が肌に感じられるようになった。セイジは閉じていたコートの襟を開いて、二、三度扇ぐような仕種をして見せる。
「そうかな、年中こんな感じさ」
「私の生まれ育ったドームは寒冷地にあるので、こんな暑さは誰も経験したことがないだろう。日照が充分でないから、夏期でもここまで明るくなることはない」
 リョウの返答に対し、セイジは環境の違いをそんな風に話していた。
「日照が足りない?、暗い時間が長いのか?」
「暗いと言うより、外の天気は年中薄曇りのような状態で、景色はいつも白々としているよ。時期に拠っては昼も夜も無くなる」
「えっ、どう言う事だ?」
「ハハハハ」
 世界のスタンダードな知識が現在は失われている為、リョウはセイジの話がまるで解らない様子だった。無論、余所から隔絶されたドームで暮らす人類に、世界標準の意識が必要とは思えない。そんな常識は極一部の有識者が、学問的に理解していれば構わないことだった。
 ただ、稀にセイジのような立場の者が居て、民間人でありながら各地の違いや共通点を知り、それを的確に説明できることもある。今は丁度そんな場面に至ったと言うだけだ。
「この街は美しいな。本来の地上とはこんな風に、鮮やかな色彩に溢れているのかも知れない」
 ドームのほぼ頂点に位置する空港の窓から、外を見下ろした景色をセイジがそう表現できたのも、彼が特殊な立場であると証明しているようなものだった。
「さあどうだろう…、いやそれより、昼も夜も無いって何なんだ?」
「『白夜』と言う現象で、夜になっても完全に陽が暮れないのだ。寒冷地には割とよくある事らしいが」
「へぇぇ…。夜と言えば暗いもんだと思ってたけど、場所に拠っては違うんだな」
 漸く疑問に対する答を得て、感嘆の意を表しているリョウには正に、有り難い存在になりそうな応援者だった。誰も余所のドームについての知識を持たず、これまでひとり、心の内で考えて来た謎がリョウには存在した。誰も教えてくれない、誰もが意識せずに見過ごしている秘密。だが、偶然ここに派遣されたセイジの知識に拠って、間もなくそれが解明されるのかも知れない。
 と、リョウは自らの期待にも気付きながら、足取り軽く駐車場へと向かっていた。空港の建物を出ると、暫くは屋根付きのアーケードが続き、市民も利用する空港ショップが軒を連ねている。見上げたアーケードの白い屋根には、ドームの天井を通り越した空の青が映し出されていた。まだ街は本格的な活動時間に入っていないが、抜けるような晴天の一日は既に始まっているようだ。
 今日も何ら変わらない、朝はいつも明るく清々しいこの街。
「少し待ってくれるか?」
 アーケードを抜けて行く途中で、セイジはそう言って先を行くリョウを呼び止めた。
「ん、どうかしたか?」
「この服装は流石に厳しい、ここで少し調達しようと思う」
 足を止めた事情を説明したセイジは、やや離れて立ち止まったリョウから見ても、充分に納得できる様子だったので、
「ハハ、そうだな!。経費として俺から保安局に通してもらうようにするよ」
 とリョウは気持良く返していた。因みにセイジは渡航用のコートの中にジャケット、更に捜査官が身に付けるタイプのスーツを着込んでいて、ここでは暑苦しいばかりの出で立ちだった。リョウがそれを言い出さなかったのは、セイジ自身がどう感じているか判らなかったからだ。が、今は彼の気持が見て取れた。のぼせたように赤い顔をしていたのだ。
「そうしてくれると助かる」
 戻って来るリョウに向けてセイジが言うと、
「いらっしゃいませ、遠方からようこそこのプレイクドームへ」
 立ち止まった店の奥から、早速店員が現れてそう告げた。まだこの時間、開店している店は数える程だったが、衣料品を扱う店が開いていたのは幸いだった。

 さて、セイジは店の奥の方に入ってしまったが、リョウは特に見たいものも無いので、店先を冷やかしながら待機していた。そこは大半が渡航者に向けた衣料品、アクセサリー等を置く店だったが、町中の支店はドーム市民向けの店のようだった。カウンターに置かれていたサービス券付きのチラシに、チェーン店の案内が載せてあった。
 その、会計をするカウンターは暫くの間無人だった。まだ開店準備中だろうか?、とリョウがうろうろしていると、最初にセイジに声を掛けた店員がそこへ戻って来る。折角なのでリョウは、関心を引いた店員の言葉について質問していた。
「なあ、あんたどうして彼が遠方から来たって判るんだ?」
 すると忙しなく店の準備をしながらも、その男は丁寧に答えてくれた。リョウの付けている保安局の印が目に入ったのかも知れない。
「そりゃあ、長く空港に勤めていれば、大体見当が付くようになるもんだ。このドームの人間は殆ど黒い髪、黒い目をしているが、どうもこっから距離が離れる程、違う特徴の奴が居るようだな?、なんて観察もできる訳で」
「そうか…、経験的な知識なんだな」
 顔に傷のある男の風貌は、決して博識博学な人物とは思えなかったが、同じドームで生活していても、置かれた立場に因って知識や認識の差は生まれ、人を驚かせるものだとリョウは感服する。また些か羨ましくも感じた。己に生じた疑問を解明する為の、ヒントとなる材料がここには多く存在するようだ。ならば空港職員になれば良かったか?。否、それは本末転倒だった。リョウの抱く疑問は、彼が捜査官となってから生じたのだから。
 そんな止め処ない考えに頭を巡らせている内に、セイジがめぼしい商品を一通り手にして、リョウの立つカウンターの傍に戻っていた。
「お決まりですか?」
 店員がそう声を掛けるのを見て、リョウは慌てて胸ポケットからカードを出すと、店員の目の前に差し出して言う。
「あ、支払いは本部に回してくれよ、俺の名前でいいから」
「はい保安局の捜査官殿」
 リョウの行動を気に止めもしない店員の様子は、やはり最初に会話した時点で、彼の職業に気付いたことを窺わせた。又はセイジの方で気付いたのかも知れないが、何となく、見た目に反して細かい所を見ている人物のようだ。否そもそも、見た目とは何を現しているのか判らない。セイジといい、この店員といい…。
「はいカードお返しします」
 保安局の証明カードから必要な情報を書き出すと、店員はそれを返して、てきぱきと商品の包装を始めていた。長く勤めるだけあって慣れた様子で、そこまでは実に無駄の無い動作だった。そして、畳んだ衣服を全て一纏めに積み上げると、彼は思い付いたように顔を上げて言った。
「ところでお客さん!、今うちは開店十周年のキャンペーン中でさ。まあ興味はないと思うけど、形だけくじを引いてって下さいよ」
 また言い終わるか終らない内に、カウンターの下から紙の箱を取り出していた。中には所謂スピードくじが入っている。しかしセイジはそれを一瞥すると、
「はあ…、確かに興味はないな」
 店員の予想通り気の抜けた返事をした。まあ、職務上必要に迫られての買い物で、キャンペーンをやってます、と言われてもピンと来ないのは仕方ない。ただ、言われた言葉で流すセイジの態度が、リョウには妙に面白く感じたようだ。
「ハハハハ!、何が貰えるんだい?」
 笑い声を上げると、リョウは代わりに関心を示してやろうと、店員の話を聞くことにした。店のアピールをしたがっている、店員の仕事を蔑ろにしては可哀想だ。するとリョウの問い掛けに調子を合わせるように、
「おう、笑うなかれ捜査官。今回はびっくり豪華賞品があるんだ、ほら」
 と返しながら、カウンターの後ろの壁に貼られた紙を景気良く、掌でパンと叩いて見せた。
 一目で瞬時に判る賞品ではなかった。張り紙に描かれたイラストはこのドーム周辺の景色で、今は海外旅行を楽しむ時代でもなければ、外界に別荘と言う発想も存在しない。故に身を乗り出して文字を読まなければ、それが何であるか確認できなかった。読み終えた、十周年キャンペーンの一本のみの特等とは、これから採掘を始める油田の権利であった。
「…これは珍しい、当たったら君に譲ろう」
「やぁ、嬉しいなぁ!」
 関心の無いセイジでさえ、素直に珍しいと誉められる賞品は、確かに店員が「びっくり」と称する通りだったようだ。しかしセイジがそれを当てたところで、前途の通り、資源はその付近のドームでしか使えない為、あっさり横に居たリョウに譲ると申し出た。
 それは法律等の取り決めではなく、それぞれのドームが離れていて相互扶助が難しい為、基本的に独立採算で成り立っているからだ。拠って統合的な経済構造を持たず、共通の貨幣も無く、金銭の遣り取りを全くしないので、余所者であるセイジにこの土地の油田は、財産にも何にもならない訳だ。
 またエネルギー事情が悪いこの世界に、大型の運搬船なども存在しない。燃料を輸送する為に多くの燃料を費やすのでは、枯渇寸前の地球資源に対して浪費と考えられる。風力や光エネルギーでは、そこまでの輸送が可能な動力は実現できていない。それらの理由から、現物を持ち帰ることも不可能だった。
 まあ、そんな条件が無かったとしても、実際に石油が出る確率はかなり低い土地柄、無償で権利を譲ることに、セイジが躊躇いを感じる理由はなかった。彼は差し出された箱に手を遣ると、選ぼうともせず、その上の方に乗っていたくじを一枚拾って、店員の手の上に戻していた。そもそも何かを当てようと言う意思が、鼻から無いといった様子なのだから。
 けれど、世に起こる出来事の中には、状況の妙が働いたと思える事例もあるだろう。喉から手が出る程欲する者には与えられず、無欲な者が多大な分配を得ると言うことが。
「…おお!、お客さんよ凄い強運だな!、油田じゃないが一等だぜ!おめでとう!。いや驚いたよ、ちょっとそこで待っててくれ…」
 店員はスピードくじに書かれた文字を、カウンターの前のふたりに広げて見せると、その賞品を取りに、バタバタと店の奥へと入って行った。彼の興奮気味な論調と行動はしかし、場に残されたふたりには、そこまでの高揚感を伝えなかったようだ。
「あ〜、ハハハ残念だなぁ、石油王に成り損ねたよ。一等って何だ?」
 とリョウが気の抜けた声で話すと、
「何処かに書いてあったぞ、まともに読まなかったが、向こうの通路にポスターがあった」
 セイジは全く平素な様子でそう返した。何しろそのポスターを見て、朧げに彼の記憶に残った文字は、残念賞としての『シュガーレスガム』だけだ。特等以下はろくな物ではないかも知れない。それもよくある事なので、セイジは残念賞でも一向に構わなかったのだが。
 店員が、先程の勢いとは打って変わって、のろのろとした足取りで戻って来た。
「えっ…」
 彼の左手に握られている物体を一目見て、リョウは思わず喉を詰まらせていた。そして彼等からよく見える場所に辿り着くと、店員は一際明るい声で当選を告げる。
「おめでとうございます!、一等賞品はなんと子供の親権ですよ、親権!」
「・・・・・・・・」
 セイジもリョウも絶句するしかなかった。これから捜査官としての仕事に向かおうと言う、今の状況下では非常に厄介な賞品としか言い様がない。
 世界的に子供がひとつの財産であるのは確かだった。戦後の環境汚染が原因か、或いはドーム生活に拠る近親交配が理由かも知れない。世界の出生率は、ある時著しく低下したまま横這いの状態が続き、親権争いや誘拐が多発した過去がある。そこで唯一の世界的な組織、出生する全ての子供を登録し、希望者に均等に配分する仕組みを作ることとなった。現在はそうした管理が行き届いている為、親を亡くした子供の保護と、同時にその再登録も行っている。
 店員に手を引かれて連れて来られた、分別の付く年頃の少年は恐らく後者だろうが、しかし、キャンペーンの賞品として親権が出されるのは、油田並みに奇抜なアイディアだった。店の経営者がどんな人物なのかは知らないが、人を驚かす才能はある者のようだ。
「お客さん、びっくりしただろう?。この店凄い太っ腹なんだよな、店員の俺もそう思う。そんな訳でプレイクにお出向きの際には、是非御贔屓にして下さいよっ!」
「…確かに凄いが、こんな時に子供とは…」
 滅多に取り乱すことのないセイジも、流石に狼狽えていたその横で、
「えーーーっ、嘘だろぉ!?」
 と、リョウは奇声のような声を発していた。何故だか額に汗を浮かべて、その表情は青褪めてもいた。
「嘘じゃありませんて!、こないだもうひとり当選が出てるし、何なら教えてあげましょうか?」
 店員はただ言葉を取ってそう返したが、恐らくその説明は見当違いだと、最早セイジにも気付くところだった。リョウは、大人しく立っている少年の前に片膝を折って、心配そうな様子で話し掛けた。
「どうしてこんな事になったんだ…?」
「どうしてって、先生が行けって言ったからさ」
 だが、リョウが青褪める程には、少年は悲観的に考えてはいないようだった。考えてもみよ、子供はいつか必ず誰かの元に送られるのだ。ものの判る年になっていれば尚のこと、社会のシステムと己の立場を考えられる筈だった。幸いにして物心が付く前に親が決まり、成人するまで変わらず居られたリョウには、身に憶えのない事情だとしても。
「そんな…馬鹿な…」
 つまりこの場合、特異な賞品として出て来た子供が、偶然顔見知りだったことが悲劇なのであり、これが見知らぬ子供なら、そこまで驚愕することもなかったのだろう。取り敢えず少年は落ち着いた態度で、リョウの背後に立つ初見の人物を見上げている。少年には何も問題が無い、問題があるのはむしろリョウの感情の方だった。
「知り合いなのか?」
 と、様子を見ていたセイジが一言問い掛けると、リョウはふらりと立ち上がりながら言った。
「あー、それがさっき話に出た、知り合いの子供なんだ…」
「ああ。成程、確かに君等とは違う人種のようだ」
 説明を聞けば、セイジは出会い頭の会話を瞬時に思い返す。そして幾つかのドームを訪れた経験から、少年がこの周辺を祖にした人種でないことが、考える間も無く見分けられていた。むしろ自分の住む地域に近い特徴を持っていると。
 しかし、今考えるべき問題はそこではない。リョウは頭を抱えながら呟き始めた。
「いや、でも、畜生、困ったな。あーいや…、俺が決める事じゃないんだ。なぁ、あんたはこの子を引き取るつもりがあるか?」
「…今それどころでは…」
「だよなぁ」
 セイジは特に子供が嫌いではないが、特に欲しがっている訳でもなかった。なので、まず仕事を片付けることが第一と言う時に、突然親権をくれると言われても、まともに考えられないと答えていた。リョウにもその意思は理解できた。そして店の店員もまた、彼等の立場を理解してこう申し出ていた。
「あっ、そうか、仕事で来てるんだもんな。もし今すぐ引き取れないなら、うちで暫く預かっといてあげましょうか?」
 けれどそれについては、リョウがきっぱりと断わりを入れた。既に店員の手から離れた少年の手を取っている、彼の行動が言葉より先に答えを示していた。
「いや、いい。俺の知り合いだから、取り敢えず連れて帰るよ」
「そーですか、じゃあ…、本日はお買い上げありがとうございました!。不良品があったら遠慮なくお持ち下さい〜」
 そうして、店が提供するサービスは漸く終了に至ったのだ。必要な物を揃えようとこの店に立ち寄って、まだ二十分程しか経っていない筈だが、既に疲労さえ感じていたふたりの捜査官。最後に明るく送り出そうとする店員の声に、何故だか安堵の息が漏れた。手渡された商品の袋が妙に重く感じられたセイジ。思わぬ事態を前に心が右往左往して、すっかり疲れてしまったリョウ。
 彼等にはサービスと言うより、只々人騒がせなキャンペーンとなっていた。

「どうしたものか…」
 駐車場へと歩きながら、セイジは困ったように何度も前髪を掻き上げている。
「はぁ〜…。親権はともかく、シンが賞品になってた事の方が俺はショックだ…」
 リョウはと言えば、出迎えに来た時の明るい気持は何処へやら、トボトボと言う様子で力無く歩いていた。未だ現状が腑に落ちないでいるのだろう。
「気候が良い土地は大らかだと言うが、大らか過ぎないか…」
「う〜ん…」
 そしてセイジの常識では、一般的な商品を購入した際のサービスとして、子供の親権をくれると言う感覚が、どうしても理解できないようだった。何故なら今この世界には、切望しながら子供を貰えないでいる者も多い。希望者はこぞって斡旋システムに申請をするが、後は抽選結果を待つばかりになるケースも多く、運が悪ければ何年も待つ間に、親権対象年令から外れてしまうこともあった。
 子供には保護者が必要で、家族を欲しがっている大人は大勢居る。それぞれがうまく調和するように、統一的なシステムが作られ管理している。しかしこんな風に希望してもいない者に、突然譲渡される親権もあると言うのは随分な話だ。これでは抽選が公平なのかどうかを疑いたくもなる。
 と、セイジが不信感を覚えたのも無理はなかった。実はセイジには故郷であるエリバレドームの、同じ保安局に勤める同業者の友人が、長い間抽選を待つ身になっていたのだ。親権が認められる二十才になった時、すぐに申請を出していたが、それからもう七年が経過しようとしていた。単に運が悪いのなら諦めもつくだろうが、もし抜け道のような制度があるとしたら、彼の気持が遣り切れないではないか。
 そこで友人と言う存在を思い出したセイジが、
「『知り合い』とは、友人や親類ではなかったのか」
 とリョウに尋ねた。『知り合いの子供』とだけ聞くと、確かにふたつの意味に取れてしまう。が、
「ああ、保安局に勤め始めてから通うようになった、保護施設の子なんだ」
 リョウがそう答えたことで、彼等が知り合った状況も、子供が賞品に出されていた背景も、セイジには何となく判ったような気がした。保護施設には普通、専門の教育者やベビーシッターが置かれるが、一時預りの施設には公職の者が世話に出向くことがある。そして一時預かりとなる対象は概ね、途中で親を亡くしたなどの、年齢的に育ち過ぎている子供だ。
 それでもほぼ百パーセント里親が見付かる御時世だが、その場合は子供が所属しているドームから、希望者を募るのが原則となっている。貴重な子供を求めて、国を越えての遣り取りが盛んに行われる事態になると、個人の権利や、各ドームの人口に於いて不均衡が起こり兼ねないからだ。起こりうる犯罪を未然に防ぐ為の規則は、何処の世界にも在って然りだろう。
 この世界にはドームの中に閉じ込められた国と、ドームの中で一生を過ごす人々の為の法律が在る。恐らく抜け道があるとすれば、それによる弊害を緩和する措置なのだろう、とセイジは思った。でなければ自分が当選を祝われる現実など有り得ない。誰が見てもこのドームの市民ではない捜査官が。
 そして賞品に出された子供。ふたりの後を遅れまいとしながら着いて来る、少年の様子は変わらずリョウとは対照的だった。ただ大人の買い物に付き添っているような、朗らかで楽しそうな表情を見せている。セイジがそれを振り返るまで、少年は自らは何も言い出さなかったが、
「シンです、今八才です」
 と、その時初めて挨拶をした。
「ああ、宜しく…」
 別段嫌な印象も受けなかったが、特に子供について考えたことのないセイジは、仕事中はどう扱えばいいか思案するばかりだった。保安局の車に乗り込み、車がハイウェイを下り始める頃には、もう仕事以外の事は考えていなかったけれど。



 プレイクドームの保安局は十五階建てのビルで、ドームのほぼ中心に位置する。
 リョウとセイジがそこに到着すると、案内された部屋には、リョウの直接の上司である保安部長が居て、にこやかにふたりを出迎えてくれた。
「遠路をご苦労様、私が保安部長のシュテンで…、ん?」
 だが、挨拶をしながら席を立ち上がった途端、やはり彼も戸惑うような表情を見せた。
「どうした?、近所の子供のお守でも頼まれたか?」
「いやそれが…」
 勿論部長の疑問は、慌ただしい保安局の一室には不釣合いな、リョウとシンの様子を見てのことである。リョウは未だ事態に納得できないながらも、セイジと会ってからこれまでの経過を時を追って、思い返しながら説明した。また説明しながら、この後シンをどうするべきかを考えていた。
 最終的に親権が誰のものになるとしても、事件捜査を終えるまでの間は、誰かに預かってもらうしかないだろう。いくら自分に懐いている子供だからと言って、仕事に連れて歩く訳には行かない。暫く連絡を取っていないが、ひとりで暮らす父に頼んでみようか…。などとリョウが考えていると、
「ハッハハハハ…!、何とまあ、随分気前のいい店だな」
 目の前では、話を聞き終えたシュテンが大笑いしていた。さもあらん、聞くだけなら確かに笑い話だった。しかしそこは流石にリョウの信頼する上司、考え無しに笑い飛ばした訳ではなかった。彼は事情を理解すると、部下には即座にこう提案した。
「そうか、ならこの仕事が終るまでの間、元の施設に預かってもらえばいいだろう。私が連絡を付けておく。捜査会議が終ったら君等は現場近くのホテルに移って、そこを拠点に動いてもらうことになるが、児童保護施設はホテルから近い、チェックインしてから連れて行けばいいだろう」
 成程、捜査内容を熟知しているからこその提案だ。そして元々シンの居た保護施設は、この保安局の職員が奉仕活動の一環として通う施設、連絡を通すのも容易な場所だった。
「ああ、そうします部長」
 なのでリョウは素直にその提案を受けることにした。
「御配慮ありがとうございます」
 セイジもまた、地元保安局の親切に深々と頭を下げて見せた。到着早々、予想不可能な難題を突き付けられ困っていたが、これで当面は仕事に集中できると安堵した。無論その後で、貰った親権をどうするか決断しなければならないが、幸い子供と親しい捜査官が行動を共にする。捜査の合間にも折に触れ、相談する時間を持てることだろう。そう悩まなくとも良さそうだと、セイジは先の見通しにも安堵できたようだ。
 シンに対する処置が決まると、リョウは彼の横に片膝を着いて、
「俺達はこれから仕事なんだ、何日か、そんなに長くかからないから待っててくれ。な?」
 子供の目線に合わせるようにして諭した。シンはそれに対して不満そうな顔も、反抗する様子も見せなかったが、何故だか返事だけが上の空だった。
「…うん…」
 リョウはシンの向けている目線に気付く。彼は机の向こうに立つ、シュテンの顔をじっと見詰めているのだ。そして本人もそれに気付いて言葉を掛けた。普段の歯切れの良い調子とは違い、子供に対しては穏やかに話す保安部長だった。
「何かな?」
「部長さんは何処から来た人ですか?」
「何処からと言うと?。私はこのドームの生まれだから、何処からでもないが?」
 シュテンの返答を耳にしても、シンはまだ強い関心を以って彼を見上げていた。その状況をリョウは的確に指摘してみせる。
「シンは部長の赤い髪が珍しいんだな」
「ああ、そう言う意味か。そうだな、多くは居ないようだが」
 すると確かに、シンはそこまでの話で一度納得したように、にこっと笑い返した。何を納得したのか、彼がそこから何を知りたがっているのかは、リョウにも詳しくは解らなかったが。
 否、当然シンは自分の外見が、ドーム内の多くの人と違うことに気付いているだろう。そこから来る疑問なのは間違いなかった。ただ、彼の動向がリョウにはやや不可解だった。髪の色について尋ねるなら、部長の前にセイジに尋ねてもいいんじゃないか?、と。シュテンの言う通り、赤毛の人間はこのドームでも稀に見掛けるが、金髪の住人はひとりも居ないのだ。
 そんな違和感を覚えた所為か、リョウは無意識にセイジに尋ねていた。
「この部長みたいな人種を他で見たことあるか?」
 シンが知りたがっていることを、リョウはそれで補足しようと言うつもりらしい。他のドームの様子を知っている特殊捜査官なら、自分より知識が広くて当然だと考えている。すると、
「いや。聞いた話だが、赤毛とは人種的な特徴ではないそうだ」
 セイジはリョウが予想しない内容で返した。
「え?、そうなのか」
「幼少期に病気をしたり、栄養失調などが原因で起こる現象らしい。後天的な突然変異だから、人種を問わず稀に見られるのだ」
 尚、セイジがそんな説明をできたのは、過去の事件で赤毛の人物に出会って、その説明を聞いたことがあったからだが。
「ほう、そうなのか、私も知らなかった。私自身不思議に思っていたんだ。遺伝情報はこの地域の人種と差が無いのに、何故私だけこんな髪の色なんだろうと。成程な、後天的な変異か…」
 シュテンは専門情報を初めて耳にして、考えられる過去の出来事を何かしら思い出したらしい。この場でそれなりに自己解決した様子だった。また彼がそんな様子を見せれば、周りを囲んでいた者も納得せざるを得なかった。
「残念、シンの仲間じゃないみたいだぜ?」
「クスクス…」
 晴れ晴れしたようなシュテンの態度を見て、やや苦笑しながらリョウが話し掛けると、シンも彼の心情が解るのか密かな笑い声を聞かせた。
「ハハハ、朝から興味深い話が聞けたな。さあ、そろそろ会議を始めようか。サナダ君、八階の捜査官を呼んで来てくれ」
「はい部長」
 結局リョウの振った話題は、シンの疑問を解決するには至らなかったが、部長の機嫌が良くなったならそれも良いだろう。今日は珍しく余所からの応援が来ていて、子供も居るので柔和な態度を見せているが、何しろ保安局内では『鬼』と呼ばれる部長なので…。



つづく





コメント)キリ番22222ヒット記念リクエスト小説です(^ ^)。ただ「遼と伸でバトルなもの」と言うリクエストに対して、まだ全然バトルではありません(苦笑)。取り敢えず次に進んで下さい…。



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