柳生博士と神
Passenger
#12
パッセンジャー



「…で、結局どうなった?」
 秀は冗談口調を改めて尋ねた。柳生博士の不幸は、それなりに捜査員の気持を沈ませる出来事ではあった。けれど起こってしまった事はどうしようもない。博士の幸運を祈りつつ、後の捜査に全力を尽すしかなかった。誰もがそう理解するから、今は無駄な話も続けない。
「ああ…、耀者会の陰謀なのは確実だろう。この事件は千石大学だけの問題じゃなかったのさ、柳生博士も、場合に拠っては婚約者も一枚噛んでるようだ」
 そう、だからこそ博士は倒れたとも言える。羽柴にはそれが理解できていた。
「へえ?。祖父も婚約者も恨みを買ってるって?」
「そうだ」
 現在が、博士から聞いた通りの状況なら、周囲の誰もが間接的に被害者を追い詰めたようなものだ。
「だが、そこまでだ」
 と、羽柴はそこで話を区切る。耀者会グループ、並びに阿羅醐帝人の陰謀が、全て被害者の周囲に渦巻いていた状況が、今これ程くっきりと現れ始めていると言うのに、
「実行犯は未だ絞り込めない。誰を使ったのか見えて来ない。…どういうことなんだ」
 言いながら眉間に皺を寄せ、彼は関わる人物の顔をひとりひとり思い返していた。
 事件当日の深夜、西校舎に居た学生と教職者、研究者達は、多くの者が犯行時刻の正確なアリバイを持たない。沙嵐坊一をはじめ大学の警備員と、西校舎の一部の学生、外語学部校舎に居た教授とその秘書だけが、不完全ながらアリバイを成立させている程度だ。その他の学部に残っていた者は、西校舎に出入りした経験のない者ばかりだった。
 又人間関係の線では、既に帰宅した学生、校内パートの婦人、大学周辺に住む顔見知りの商店主、などを含めても、その時刻の確かなアリバイがあったのは下街ルナと、レストランの深夜アルバイトをしている同学科の学生のみ。大方眠っている時間帯と言うのが災いだった、それはつまり大半が実行犯になり得る可能性を持つ。耀者会関連の社員と接する機会は誰にでもあった。
 更に、大学に出入りしていた親しい人間、外部の知人筋についても、朱天童子、犬山孝、犬山宅に居た編集担当者、全て確実なアリバイがあるとは言えない。千石迦遊羅と蛇口悌一郎のふたりは、病院関係者から確かなアリバイが証明され、バーのママである鈴木凪子も全くのシロだった。消えた私立探偵については何を証明するもない。大学の外を歩いていた人物は依然不明のままだ。
 そこまでだ。そこまでの人間の中に、実行犯は必ず存在する筈だ。
 羽柴が偏に考え込んでいる様子を見兼ね、秀はその助けになるように、彼がまだ知らないだろう話を差し向けてみる。
「新しい聞き込みの報告があったぜ?。犬山の話の裏を取らせたんだろ?。朱天童子は話に間違いないと言ってるようだが、編集者の黒岩陽炎は、犬山が言うような非合法ビジネスはしてない、って言ってるそうだ。まあそう言うだろうな。事件の当日も確かに午前五時過ぎに帰ったってよ。それから医者の蛇口悌一郎が、ちょっと妙なことを言ってるそうだ」
「妙なこと?」
 蛇口については、当初から事件との関わりは少ないと見ていたが。との態度で羽柴は問い返す。
「千石迦遊羅の話では、犬山が入院する頃外科病棟は満室だったらしい。それを蛇口の口利きで無理矢理入院させたって、それは改めて確認が取れたんだ。だが本人と一部の看護婦は未だに、そんな事実はないと言ってる。千石迦遊羅はその日は当直じゃなくて、詳しい事情はわからないらしいが、犬山が入院する前までは確かに、病室は空きが無かったそうだ」
 成程妙な話だ。蛇口と犬山は、その入院以前は赤の他人だったのだから、犬山を優遇する理由は何もなかった。羽柴は考えられることを口に出してみる。
「蛇口と耀者会グループの誰かが顔見知りなのかも知れない。蛇口にはそんな噂もあったようだし、耀者会グループの専務が『知り合いのいる病院』と話していた。だが…、千石迦遊羅はこの外科医を尊敬していると言っていたな。そして犬山も今は親しく付き合っている。蛇口がふたりに故意に嘘を吐いているとしたら、余程の事情がなければ理解し難い」
「そうなんだよな。誰かに脅されてるなんて話もねぇし、それ以外は特に悪い評判はねぇ医者なんだ」
 釈然としない話題だった。否、全てがそんな具合だとも言えるが。
「他に何かあったか?」
 だからこそ、とにかく多くの情報を集めて考えるしかない。羽柴が小田原署に戻るまでの間、新しく入った情報はそれだけだったが、秀は敢えて話題を振った。
「えーと、俺の報告書は読んだか?」
「ああ。被害者は本当に知っていたようだな、毛利伸が妙な行動をしていたことも、耀者会に関係がありそうだってことも」
 しかし被害者の事実については、疑問に思うことばかり出て来ると秀は訴えた。
「でも犬山には、今の耀者会の話はしなかったみてぇだよな。って言うか、いくら千石迦遊羅に気兼ねしてたって、本気で困ってたんだぜ?。身近な人間にまで現状を黙ってるのはよ」
 確かに、それが事件を難解にした最大の原因だと羽柴も考える。個人では太刀打ちできない圧力に、協力者を募ろうともしなかった被害者。誰にも詳細は話さず、自身を恐怖に追い詰める敵に対し、ひとりで戦おうとしたのは何故だろうか。被害者が何を思っていたかが全く判らないのだ。
「ストーカーに関する相談なら、多くの人間に頻繁にしていたらしいが…。確かに柳生博士も婚約者も、周囲の学生達も『耀者会』とは知らなかった」
「犬山なんか格好の相談相手じゃねぇか、今も耀者会と繋がってんだぜ。…あ、いや、だから危険ってこともあるか」
 秀が己の意見の誤りを訂正すると、羽柴は漸く表情を崩し、
「そうだな。そこまで頭の回らない人物じゃなかっただろう、被害者は」
 と言って嗜めてみせた。秀は頭を掻きながら改めて続ける。
「大学図書館の新聞記事な、あの貸出日からすると、少なくとも三月の末には気付いてた筈なんだ。…ノイローゼになったから言わなかった、って可能性もあるか?」
 それも一理あるだろうが、羽柴はそのノイローゼにも未だ疑問を持っている。『ノイローゼ』とはストレスから来る神経症の俗称で、精神病のように、正常な思考を保てなくなることは稀だと言う。つまり少なくとも、誰かに助けを求める行動を忘れたりはしないだろう。
「何でもそれで片付けるのはどうかと思うが、その可能性も否定はできない。探偵を雇ったのもその頃だし、日記を書かなくなったのもその頃だ。被害者の日常行動が変わったのはその時期で間違いない。だが、探偵に脅された可能性も捨てられない」
 一応そう考えるしかないことには、苛立ちを覚える羽柴だった。
「そうだな。それと、薬理学教授の話なんだが…」
 前の話が一段落したと見て、秀は次に凶器についての話題を持ち掛けるが、
「殺人ついでの盗難は、撹乱が目的だな」
「やっぱりそう思うか?」
 その答だけは、羽柴は早くから見当を付けていた様子だ。
「そうでなければ、直接の死因でない毒物を置いて行く意味はないさ。盗品にしても、窃盗目的とは思えない選択だった。発見場所も安易過ぎた。捜査を遅らせる為の演出としか思えない」
 理論的に纏まらない物証は全て撹乱が目的、と彼は説明していた。
「怪しいのは探偵だな」
「さもあらん。どんな奇術を使うのか見てみたいもんだ」
 元工作員などと言う特殊な素性は、どう隠しても何かしら表に出てしまうものだ。普通の人間ではない、と見られながら逃げたのは運の尽きだ。探偵面をしている限りはそれで納得できたものを。
 その時大学に考えを巡らせていた羽柴は、ふとあることを思い出した。
「そう言えば秀、おまえ特捜に調査依頼を出してたな?。何であいつの大学なんか」
 あいつとは、そう、征士のことだったが、羽柴が秀の行動を疑問に思うのも無理はない。一度否定された仮定的推理を蒸し返す、非常に無駄な行為に映ったからだ。なので秀は多少控え目な様子で説明した。
「あ、ああ。昨日奴は千石大学に来たらしいんだが、その時、あのチラシを見たことがあるって言ったらしいんだ。だからあっちの大学周辺に何かあったかと思ってよ」
「それはないだろう」
 チラシについての調査は既に完了していた。同じ探偵事務所のチラシを他の地域、特に他の大学周辺で配った事実はなく、この事件の為に用意された物だとほぼ断定されていた。無論それが人から人へと渡り、別の人間が見る可能性ならあるだろう。だが、
「探偵じゃなくてよ、違う内容のチラシだったのかも知れねぇし、配られたんじゃなくて、どっかに置いてあったのかも知れねぇだろ?。奴の大学の前はサラ金の店鋪があるしよ」
 サラ金と聞けば、羽柴には思い出せる話があった。
「…サラ金のチラシを大学で配ったとか言う問題が」
 そう、犬山孝がそれを切っ掛けに上京して来たと言う、調査書が存在しない出来事。
「あー、そんな事あったなぁ…、警察学校にいた頃だ」
 まだたった三年前の騒動なのだ。あれは何処の大学の話だっただろう?。そう考えると、秀の行動は充分に理解できるようだった。そして羽柴は無性に彼に会いたくなった。あの鮫洲の学生の見方は筋が通っていると思う。警察内では誤魔化されている事実も、彼が知っていることは確実に話してくれるだろうと。
「あのふたりはどうしてるかな。そろそろまた様子を見に行ってみるか」
 何となく繋がりで話したようだが、羽柴は内心楽しみで仕方がなかった。そろそろ新しい展開があるのではないかと。しかし、秀はややトーンを落とした口調で言った。
「毛利伸はないと俺は思う」
 今秀の頭には、必死に彼の弁護をする学生達の顔がチラついている。彼等の真剣な気持を汲んでやりたい、と思うところも確かにあった。
「何故だ?、被害者が本を借りた二月以前から、彼は記憶が途切れ始めたって話だろう。正常でなかったにしろ、誰かに操られていたにしろ、実行者である可能性はまだ残されているが?」
 だが秀は、感情論ばかりで話したのではない。
「だけどな、その催眠術は、毛利伸に気を遣ってるんだ」
「何だそりゃ」
 羽柴は妙な顔付きのまま止まった。
「これまでに集まってる、毛利伸らしき人物の目撃談はな、みんな午前零時前後までで終わってるんだ。下街ルナが言うには、終電に乗り遅れるからだってことだ。俺は、そんなことを配慮しながらやるのは、やっぱり被害者だと思うんだ。それに、この時間帯ならまだ大学に残ってる奴も多い。毛利伸には安全だし、巡回する警備員が彼のことを、不審に思わなかった理由にもなるだろ」
 しかしそれを聞いて羽柴は、
「それじゃ辻褄が合わない。被害者が毛利伸の異変に気付く前から、催眠暗示は掛けられていたんだ」
 と言い切ったが、それもまた不可解であると認めざるを得なくなる。
「…だが、気付いて彼を観察をしていた被害者が、あっさり殺されたのは不自然だ。それと、被害者が気付いた後にも彼がストーカー行動を続けたなら、まず知識のある者に見てもらおうとした筈だが…」
 催眠と言う特殊状態について、羽柴は既に幾らかの知識を精神科医などから受けた。心理操作とはあくまで、相手の深層意識に働き掛け、気付かれずに相手を制御するものだと。拠って、本人の持たざる知識で行動させることはできない。元々大学内部を知らない者には、例え催眠状態にしても、自由に中を歩き回ることはできないと言う意味だった。
 又あまりに強い暗示を与えると、本人の正常な意識活動を混乱させることがあると言う。長期に渡り記憶が途切れる程の、強力な暗示催眠は危険との話だった。
 その上で、事件に照らし合わせて考える。毛利伸は無論大学をよく知っているが、ストーカーから始まり、周到な準備を施し、彼が警察さえ出し抜いて被害者を殺害したなら、「記憶が途切れる」などと言う、派手な催眠状態は露呈しない方が良かった。誰もが彼を怪しむのは確実な上、共謀者から見れば危険な証拠を残すことになる。利用されていただけなら、必ず彼をも消そうとするに違いない。
 だが、毛利伸の周囲には今も怪しい者は現れない。事はそう単純ではなかったのかも知れない。初動の段階では気付かなかったが、今となっては、彼を犯人に仕立てようとする意志のみに感じられる。確実そうな完全犯罪のシナリオの中、催眠と言う怪しい方法で彼が動かされていたのは恐らく事実だ。ただ誰の意志で何をしていたのか、毛利伸の立場にだけは疑問が残される…。
 催眠術に関して、同居人は既に何かしら調べ出しているだろう。彼等に会い、取り敢えず今判ったことを話してもらおう。そこから考えるしかない。と、羽柴はそう念じながら明日を待つことにした。
「どうなってんだかなぁ…」
 行き詰まる議論に、秀は欠伸をしながら返すばかりだった。



 もう間もなく日付けが変わる。
 これまではこんな夜中こそ、彼に課せられた仕事の時間だったのだ。
「『フラジール』」
 長い催眠状態から戻った伸が、最初に見たのは何故か赤い目をした征士の顔だった。
「…何かあったの?」
 何も知らない伸が、否、知っている筈のことを知り得ない催眠と言う手段が、征士にはあまりにも切なく感じたからだった。何故なら何れ専門家を頼み、伸に施された全ての心理操作は消してもらうことになる。そうして彼は正常な生活に戻れるが、催眠中に経験した出来事は恐らく永遠に、記憶として戻ることはないと思うからだ。征士にはそれが判った。
 長い苦労の末に、全ての経験を他人から聞いた話のように、伸は受け取ることになるのだろう。それが哀れでならなかった。亡くなった博士の切なる気持が征士には、今はよく解っていた。
「…いや。真実を知ることが、必ずしも幸福ではないと言うことだ」
 このような長期に渡り、呪縛的な暗示で人を操る行為を発想する者の、人間性に征士はずっと嫌悪を感じていた。しかしそれは博士の意思ではなかったのだ。否寧ろ、彼女は己と同じように感じていたのだと、征士はつい今しがた知ったところだ。それが解っただけでも、何かしら救いにはなると思う。
 こうして、博士が守りたかったものは全て残せたのだ。
「はぁ…。どうでもいいけど、何か喉が乾いた感じ」
 些か疲れた様子で伸が呟く。
「だろうな。喋りっ放しだったからな」
 と返し、征士はキッチンへと立った。
「え?、あ、何だ、もう十二時過ぎてんの」
 実験を再開したのは夜の八時半頃だったが、知らぬ間に三時間以上が経過していた。その間伸は殆ど喋り続けていたのだから、喉が乾くのは当たり前だろう。
 大体の経過を説明すると、『保存』と言った後には何も起こらなかった。伸はただぼんやり座っていただけで、これを一度解除し、改めて『履歴』と命令してから話が始まったのだ。それは長い時間に渡る全ての報告だった。聞き始めれば『保存』の意味も容易に理解ができた。
 そしてこれがどんなに、事件に取って重要な意味を持つかも、征士は即座に判断することができた。犯人が誰かではなく、博士が何の為に耀者会と戦っていたかと言うこと。その真実は恐らく、博士と催眠中の伸しか知らないのだろう。
「大変な発見だった」
 征士が冷蔵庫から出したビールの缶を放ると、やはり伸は他人事のように、
「そうか、それは良かったよ。じゃあ明日にでも警察に行ってみるかい?」
 と言って早速そのプルトップに指を掛けた。今はすっかり何も気にしていないような、その態度の変容にやや征士は戸惑っている。
「あ、ああ、そうした方がいいと思う」
「じゃ乾杯?」
 どう見ても本当に、伸は安心し切って喉を潤していた。
「ははは…」
 実は、催眠を解く前に征士はあることをしていた。つまり博士がしたのと同じように、征士は「安心するように」と暗示を掛けてみたのだ。しかし素人である彼が、ただ一度それを行ったからと言って、そこまで顕著に効果が現れるとは無論、思ってもみなかった訳だが。
『性格的な問題だろうな』
 そう理解する以外になかった。けれど今夜からは、ふたり共落ち着いてよく眠れることだろう。



 翌朝、小田原署に出勤した秀は、まだ出掛ける前の羽柴を本部室に見付けた。
「あれ?、もう行ってんのかと思ったぞ、鮫洲」
 午前九時を回っていた。今頃にはもう、彼等の住む町へ到着していなければ、大学生はそろそろ外出する時間になってしまうだろう。けれど、羽柴には出たくても出られない事情があった。
「…困った報告が来るもんで…」
「何だよ?、深刻そうだな」
 秀は羽柴の顔色を見ながらそう言った。本件に関する諸情報は、全て何れにしても貴重なものであり、また捜査員を悩ませる奇妙な情報ほど、重要な手掛かりに繋がっていたりする。そして羽柴はそれが解っていながら、この謎を解けない苛立ちを募らせている。
「警察の、内部調査を頼んでおいただろう?。その結果も問題だが…どうにも参ったな」
 それは曖昧にされている事件記録についての話だ。
「俺が依頼を出さなかったら、警察庁はずっと気付かなかっただろうさ。今情報部はてんてこ舞いだ。耀者会グループに関する記録は、殆ど全てが調査途中で放り出されていたらしい」
 羽柴は苦々しい口調で言うと、続けて、
「結果、それぞれについて新聞社等に問い合わせ、順次照合させた資料を送るからって、今朝六時からずっと待たされっ放しさ」
 と、出掛けられない理由を愚痴混じりに説明した。本来事件記録の請求には、本人がそこで待つ必要はないのだが、警察庁内の不祥事と思える事例には、できる限り少ない人間の内で片付けたい、との意識が働くのだろう。そこで警察庁から直々の命令が下り、請求された事件記録の受け取りは、捜査主任のみに限定すると言われてしまったのだ。
 立場上これを「迷惑」と言う訳にはいかなかった。
「はぁ、それは御愁傷様だ。訳はわかったけどよ、それでどうだったんだ?」
 秀も組織と言う存在は重々理解している。拠ってすぐさま、足留めの理由でなく調査書の謎について、羽柴の意見を聞こうとした。けれど、
「どうなったも何も、答えようがないな」
「そんなに深い問題なのか…?」
 この局面に来て、羽柴は最大の難問に突き当たっていた。
「知ってるだろうが、情報部には情報部独自の調査書と、各警察署から寄せられる事件記録の二種類がある。警察署は全国各地にあり、記録はそれぞれに所属する警察官がやる。情報部では情報部員がそれぞれ独自に作成する。つまり、調査書や事件記録を作成する者は、大概が横にも縦にも繋がりを持たない。顔も知らない大勢の警察官の中の、誰がそれに当たるかは予め決まっていない。
 そんな条件の中で、どうしたら耀者会グループに関する事件を、一斉に追及させないようにできる?。人も地域もまるで違う、時間的にも隔たりがある。最初の事件記録らしいものは、今から三十年も前の日付けだった。そうなると警察庁が、自ら耀者会グループを保護する命令でもしなければ不可能だ。しかし誰が三十年にも渡って隠蔽に協力できる?。そこまで長期に渡って官職を務めた者はいない…」
 記録を紛失していた、盗まれたと言うならまだ話は通るが、中途で捜査を止めてしまうと言うのは、本来は絶対に有り得ない話だった。
「作成人は何て言ってるんだよ?」
 当然秀はそう質問するが、
「これまでに入って来た情報だけだが、末端の警察官の場合は、大体が誰かに『捜査続行の必要なし』と言われたようだ。誰かは憶えていない、恐らく当時の上司警官だろうと、一様にそんな回答をするそうだ。情報部は少し様子が違うが、誰かに止められたような話をした者も居れば、忘れていたなどと言う不届き者も居たそうだ。そして結局、『誰か』と言う存在はどの場合も不明だ」
 羽柴は吐き捨てるようにそう言った。想像したくはないが、警察組織に外部のスパイが潜り込んでいるような、危機的状況さえ感じられた。例えば「我妻修羅」のような人物を使い、組織の中を自由に動き回らせ、常に煙の立ちそうな場所を監視する。事が起きれば追及させないように命令を下し、確実に火種を消して行く。否、勿論そんな事があってはならないが。
「以上の情報は、内部の協力者が居なければ不可能だと示している。官職クラスの」
「でも、交代してるんだろ?、三十年の内に」
 世代交代できる程協力者が居るとしたら、既に警察組織はガタガタになっているだろう。そこまでの状況とも考え難いと、秀が言うまでもなく羽柴は気付いている。恐らく、これには何かのトリックがあると。普通の筋道で考えても見出せない方法、そう、耀者会グループは妙な事件を起こす天才だと、犬山孝も言っていたように、予想も付かない方法でそれをやってのけているのだろう。
 本人にも気付かれず、思うように人を動かすトリックと言えば…。
「失礼します、羽柴警部」
 その時捜査本部室に、小田原署の巡査長がやって来て言った。
「今、当警察署に、警部に面会を申し出る者が来ていますが」
「誰だ?」
 彼が以前自ら言ったように、運も才能の内とはこう言うことかも知れない。今彼が会いに行きたくても行けないでいた相手が、自らここにやって来たのだから。



 警察署内の一室に運び込まれたのは、テレビドラマそのままのボイスレコーダー一台。
「へぇー、如何にも事件って感じだ」
 部屋の中央の椅子に座らされた伸は、それを見て、容疑者の取り調べの様子や、電話の逆探知をするシーンの絵が頭に浮かんでいた。正に呑気な様子を示していた。
 だが、羽柴や秀にはどうにも馴染めない態度だった。嘗て人の追及に怯えて逃げ出した人物と、今の彼の様子が結び付かなくなっていたからだ。まあ無理もない、日々変化して行く彼を見ていない刑事達には、それが急激な変わり様に思えて然りだ。否征士にしても、昨日の夜までと今日ではかなり違うと感じていた。その理由を説明するのは後で構わない、と征士は冷静に考えていたが。
 事件と直接関係のないお喋りをするより先に、警察に聞いてもらいたい話は沢山あった。
「これでいい筈だぞっ、と」
 伸の座る向かいの机で、秀はレコーダーのテストを終えて着席する。午後一時。この時間に録音が開始されることになったのは、羽柴が連絡待ちをしていた事情からだが、お陰で征士と伸は、ゆっくり食事をしてからこの場に臨むことができた。殊に三時間も話し続けることを考えれば、伸には充分な支度ができたというところだろう。
「しかしよく判ったもんだな」
 羽柴は自身の横に座る征士に、聞くともなく聞く様子で尋ねた。自由にやって良いとは言ったものの、まさか本当にこれを解明できるとは思わなかった。専門外の学生と思って、低く見積もり過ぎたと羽柴は反省もしていた。やはり部外者に対する協力依頼は、慎重にしないと痛い目に遭うのが落ちだ。警察の能力を低く見られることがあっては困る。すると征士は羽柴の評価を裏切らずに、
「亡くなった博士が、図書館の本を借りてくれたお陰ですね」
 と、彼に対して謎かけをするような調子で、核心を伏せた不親切な言い回しをした。そんな挑戦的な態度を取られると、勿論素直に教えろとは言えない羽柴だった。しかし、
「何、何、どういうことだ?、貸し出しデータは俺も確認して来たぞ?」
 羽柴には扱い難い学生も、素直に話に食い付いて来る秀には、はぐらかさずに答えていた。
「博士が借りていた催眠術の本には、『合い言葉になるようなキーワードを使う』とされていて、もし博士が催眠を行ったならと、博士の部屋に置いてあった物を、色々思い出してみた訳です」
「じゃ、やっぱり被害者がやったのか!」
 秀はその答だけでも満足した様子だったが、事実は少し違うことを征士は知っている。しかしそれは、今ここで録音される内容から判ることだった。
「電話を通じて言葉で操作する、そんな事件は過去にもあったようだが」
 羽柴が言うと、
「本にも例として載っていました。で、実際に使われた言葉は、博士の机にあった写真で、彼が着ていたシャツの文字でした」
 と征士は答えた。成程それも良い目の付け所だと羽柴は思う。普段から何気なしに見ている物は、いつの間にか頭に刷り込まれていることがある。キーワードを忘れない為にも大事なことだろう。そして催眠の内容が判ることに拠って、被害者本人に関する空白が何かしら埋まる筈だった。
「じゃあ始めてくれ」
 羽柴はボイスレコーダーのスイッチに手を掛ける。と、部屋の中は密かな緊張のしじまに覆われ、そのリールの回転する幽かな音ばかりが耳に響いた。
 征士は言った。
「『フラジール』、『履歴』だ」

「…知らない、そんな名前は知らない…、見たことがない…」
 伸は意味不明な言葉を呟いていた。
「何なんだ?」
 録音されないように、羽柴は小声なって隣に問い掛ける。それに合わせるように征士は、
「最初の方はよくわかりません。もう少ししたら整然とした部分が出て来ます」
 と掠れた声で返した。ただ、よく判らないのは内容についての話で、その頃の状況なら後の口述から判る。否、自分が判ったのだから、警察に判らない訳がないと征士は思っている。彼の態度はあくまで一貫して、捜査に当たる者の質を問うようだった。
「…何処にもない、…知らない、‥‥‥」
 そして暫くすると、短い沈黙の後に突然、伸は無機的な調子で喋り始めていた。
「二月十日。付近を暫く観察した。大学生、その他学生、教授、会社員、一般、不明、合わせて十一人を大学の周囲で見た。その内知っている人は、山上教授。顔見知りは学生二人。付近に停まっていた車は一台。白の中型車。バイクが一台停まっていた。特に怪し気な人物は居なかったので、追跡はしなかった。報告終わり。
 これで多分、今までの命令は通じなくなったと思うわ。本当はこの暗示催眠を解いてあげたいけど、私にはこれが限界みたいよ。これを行った人は余程の上級者だわ、本に書いてあることだけでは足りないのよ…」
 途中から急に女言葉になった彼を、秀はキョトンとした様子で眺めていたが、羽柴は途端にハッとするように、椅子の背凭れからその身を起こしていた。
 催眠について彼に話をする女性など、ただのひとりしか居ないだろう。
「…誰がこんなことをしたのか知らないけど、ただの悪戯じゃないわね。こんな高等な術を掛けるくらいだもの、他に何かをさせるつもりだったんだわ。何なのかしら、どうしてこんな陰湿なことをするのかしら…。とにかく、近い内に専門家に見てもらうつもりだけど、もう少し調べてからにするわね。このことはあなたの名誉の為に、誰にも口外しないと約束します。だから私を信じて、他の人の言うことは聞かないのよ?…」
 全てがこんな調子で、伸の報告の後に故人の意見が記憶されていた。それはまるで、書かれなくなった日記の代わりのようだった。

「二月二十一日。付近を暫く観察した。大学生、教授、博士、会社員、不明、合わせて十二人を大学の周囲で見た。知っている人は居なかった。顔見知りは学生二人、教授一人、博士一人。救急車が近くから出て行った。付近に停まっていた車は二台。白の軽トラック、荷台は空だった。黒の軽自動車。特に怪し気な人物は居なかったので、追跡はしなかった。報告終わり。
 どうしてこんなことになったの?、尾行する暗示は打ち消した筈なのに、また元に戻ってたじゃない…!。あなた、あれから誰かに会ったのね、そうでしょう?、そうとしか考えられない。誰なの一体…?。
 何とかもう一度やり直してみたけど、こんなことが続いたら心配だわ。人格が壊れることだってあるのよ、わかるでしょう?、あなたのことなのよ?。…私を信じなさい、信じるのよ、私はあなたの一番の味方よ?。他の人の命令を聞いては駄目、こんなことをする人の命令を聞く必要はないのよ。わかった?、わかったわね?、私を信じるのよ?。

 二月二十六日…。…知らない…、知らない…。名前…

 二月二十七日。付近を暫く観察した。大学生、助教授、会社員、一般、不明、合わせて十人を大学の周囲で見た。その内知っている人は、凍流助教授、駐車場の管理人。顔見知りは学生二人。付近に停まっていた車は一台。白のバン。黒のスクーターが一台。特に怪し気な人物は居なかったので、追跡はしなかった。報告終わり。
 危なかったわ…、あなたが外で倒れてたって聞いて、すぐにピンと来たのよ…。やっぱり誰かがこの近くまで来てるのね?。…でも、こんなことが続くとショック死することもあるって言うから、本当に無事で良かった…。もう大丈夫、向こうの命令を受け付けなくなっているわ。多分向こうにもわかったと思うけど、これ以上のことはできないと思うわ。
 だから安心して、私を信じなさい。いい?、ここでは私はあなたの本当のお姉さんよ?。私の言うことだけを聞きなさい。よく知らない人の言葉は信じなくていいの。わかったわね。

 三月五日。付近を暫く観察した。大学生、その他学生、会社員、一般、合わせて七人を大学の周囲で見た。知っている人は居なかった。顔見知りは学生一人。付近に停まっていた車は二台。白のベンツ。シルバーの四駆。
 乾門の外に怪しい人物を発見。グレーのスーツを着た、会社員のような男。中肉中背で、目立った特徴はない。年も若くはない。一時間程度の間に門の中を覗き込んだり、辺りを見回したり落ち着きがない。十一時半を過ぎて、そこから離れて歩き出したので追跡した。公園の近くに停めてあった車に乗って行ってしまった。車は白の中型車。それ以上は追えなかった。報告終わり。
 やっぱりあなただけじゃなかったのね…。いいえ、もしかしたらあなたが使えないと分かって、別の人を差し向けたのかも知れないわ。…どうして?、何のつもりなの。私をつけ回してどうだって言うの?…。
 ねえ、あなたには申し訳ないけど、もう少し追跡を続けてほしいのよ。困難から逃げないと約束したの、何でも立ち向かわなげれば解決できないわ。どうにかして尻尾を掴んで、これまでのことみんな説明してもらわなくちゃ。…頑張りましょう、ね?。私の為でも、あなたの為でもあるわ。

 三月十二日。付近を暫く観察した。大学生、研究員、会社員、一般、不明、合わせて九人を大学の周囲で見た。知っている人は居なかった。顔見知りは日本史の研究員二人、近所に住む住人一人。付近に停まっていた車は一台。紺のBMW。
 乾門側の体育館の前の柵を登って、大学に入って行く人物を発見。黒っぽい地にピンストライプの入ったスーツの、会社員のような男。長い髪を束ねていて、背が高い。三十才前後に見えた。中庭の欅の木に隠れるようにして、西校舎の方を見ていた。十二時を過ぎるとすぐ、また門を登って外に出て、停めてあった紺のBMWに乗って行ってしまった。川崎ナンバーだった。それ以上は追えなかった。報告終わり。
 前とは違う人が来てるのね、雇っているのかしら、それともあなたのように使われているのかしら…?。よくある妄想的なストーカーじゃないとしたら、私が出て来るのを待っているのは何故?。私の行動を見張ってるのかしら…わからない…。でも追跡者の様子は掴めて来たわ。もう少し頑張りましょう。

 三月十九日。付近を暫く観察した。大学生、その他学生、博士、会社員、一般、合わせて八人を大学の周囲で見た。その内知っている人は、田裏木ムカラ。顔見知りは学生一人、英文学の博士。宅配ピザのバイクが近所の家から出て行った。付近に停まっていた車は一台。黒の軽自動車。
 中庭から西校舎の間を、何度も往復する人物を発見。グレーのスーツを着た、会社員のような男。痩せていて、背は普通。髪を茶色と黒に染め分けている。三十から四十才くらい。十一時半頃になって、西校舎の裏の柵を越えて出て行ったので、追跡した。国道まで歩いて行ってタクシーに乗った。厚木の方向に向かった。後続のタクシーで更に追跡する。
 秦野中井から東名高速に乗った。そのまま首都高速に入って、芝公園で降りた。一般道に出て、その男がタクシーを降りたのは、芝園橋と言う交差点の近く。都営地下鉄の芝公園の駅が見える。高速道路の高架の道を歩いて行った。東京グランドホテルの前を通った。芝二と言う交差点を右折した。
 少し歩いてから、細い路地を左折した。企業の入ったビルが並んでいる内の、ベージュの壁の建物に入ったと思う。幾つかの窓に明かりが点いている。自動ドアの向こうに、ロビーの電気も点いている。会社の名前は出ていない。ビルの名前は…、あ…。
 三人…、三人の男。さっきの人とは違う。年はみんな同じくらいで、四十代くらい。みんなスーツを着た会社員、のような人達に見付かった。何の真似だと言って、答えないでいたら殴られた。…何かを話していた。『何かおかしいぞこいつ』と言った。頭を掴んで顔を覗き込んだ。『例の奴じゃないか。報告した方がいい』と言った。『…さんを呼んで来るんだ』と言った。
 ビルの裏側の、倉庫のような所に連れて行かれた。三人の内の一人が戻って来て、もう一人別の人が入って来た。見たことが…ない。知らない人だ。知らない…。黒っぽいスーツを着ていた。その人が僕の顔を見て言った。『あの女博士、大したもんだな』と言った。う…、わ…。
 …朝の四時半になるところ。何処かのアーケードの通路に居る、見たことがない所。酔っ払いが何人か寝そべっている。ここに置いて行かれたらしい。これ以上は追えなかった。報告終わり。
 もう、もう追跡するのは止めましょう、危険過ぎるわ。…こんなことになるなんて、本当にご免なさい…。でももう全然操られなかったのね、そうよ、そんな人達に使われては駄目よ?。怪我の心配もしなくていいわ、後は私が何とかする。私を信じて。このままにはしておかないわ…。
 芝公園の近くのビルね、今度昼間に行ってみるわ。私のことを知ってる連中だもの、私が行って話を付けて来る。何処の企業か知らないけど、こんな不愉快なことをされて黙ってられないわよ。何が目的なのか聞き出ささないとね…」

 この内容を始めて聞いた時に、怪我をしていたことがあった、と彼の友達が言っていたのを征士はすぐに思い出した。けれど羽柴は又違う話を思い出していた。被害者は確かに約束をしていた、「前向きに立ち向かいましょう」と。その意思から催眠に掛けられた彼を捕まえて、それをどうにかしようと考えたようだ。
『しかし大胆な行動に出るな』
 そこまで危険なものに繋がっているとは、考えられなかったのだろうかと羽柴は思う。或いは被害者の怒りが何より勝ったのかも知れない。自身についても、操られていた彼についても。
 だが、これを境に耀者会の動きは確実に変わっただろう。ターゲットに逆に追跡された事実を知れば、それが次の行動の引き金になってしまうと、羽柴が想像するのに時間は要らなかった。

「三月二十五日。西校舎の横の中庭で、暫く観察をした。外語学部の教授が一人、文学部の学生が二人、文学部の研究員が二人連れで通ったが、みんなそのまま通り過ぎて行った。中庭に立ち止まった人は誰も居なかった。怪しい行動をした人も居なかった。
 十時台から乾門の外を行き来している人物を発見。黒っぽいスーツを着た男。遠くて細かいことは分からない。十一時半を過ぎて、一度門の中に入ろうとしたが、門によじ登ったところで、校舎の様子を見てから戻って行った。それ以降は何もなかった。報告終わり。
 今日からは行動を変えることにしたわ。暫くこのまま続けてみましょう…。
 大変なことが分かったのよ。前にあなたのお母さんが来て、送られて来た嘘の報告書を見せてもらったの。そうしたら昨日、それと同じ名前の人を見付けたのよ。『鎧山』なんて珍しい苗字滅多に居ないわ。しかも私立探偵ですって、ああ言う報告書を書きそうな職業よね。昨日早速電話をかけたわ。明後日に来るそうだから、何でそんなことをしたのか問い質すつもりよ。場合に拠っては裁判だって起こせるわ、立派な名誉毀損だもの。
 それと昨日、芝公園の近くのビルにも行って来たわ。ベージュのビルには幾つか企業が入ってたけど、そこに『耀者会出版』と言う出版社があるの。…あなたは知ってるのかしら、犬山さんはその会社を恨んでいるのよ、過去に酷い事をされたんだって、話を聞いているの。…詳しく調べないとわからないけど、何だかとても気になるわ…。

 三月二十八日。西校舎の横の中庭で、暫く観察をした。史学部の学生が一人、文学部の学生が三人、福祉学部の学生が一人、知らない学生が一人通ったが、みんなそのまま通り過ぎて行った。その内知っている人は、ルナ。中庭に立ち止まった人は誰も居なかった。怪しい行動をした人も居なかった。報告終わり。
 昨日、鎧山九十九って名前の探偵が来たの。でもふざけてるにも程がある…!。私立探偵は警察じゃないから、頼まれれば何でもやるんですって、答になってないわよ…。他人を騙すことでも仕事として引き受けるなんて、何処の世界の商法なの?。…ヤクザだわ、犯罪組織に関わってるのよ、そういう感じだったわ…。恐い、二度と会いたくない…。
 ダイレクトメールに偶然あったチラシだけど、この辺りの住宅で配られていたらしいわ。誰か、近所の人が嫌がらせを頼んだのかしら、頼まれたって言ったのよ…。

 四月二日。西校舎の横の中庭で、暫く観察をした。史学部の学生が二人、文学部の教授が一人、知らない学生が一人通ったが、みんなそのまま通り過ぎて行った。中庭に立ち止まった人は誰も居なかった。怪しい行動をした人も居なかった。
 十一時頃、乾門の近くの柵をよじ登って入って来た人物を発見。グレーっぽい、格子のスーツを着た会社員のような男。大柄でやや太った感じ。三十から四十才くらい。中庭にやって来て、暫くうろうろしながら、西校舎の様子を見ていた。十二時より少し前に、また同じ辺りの柵を登って出て行った。それ以降は何もなかった。報告終わり。
 まだ監視を止める気がないのね、一体どういうつもりなの…!。ねえ、絶対にもう、下手に手を出したりしないでよ?、約束して。恐ろしいことになるわ、そんな気がしてならないの…。
 耀者会グループについて調べてみたけど、何だか少し変な企業なのよ。それにおかしい、耀者会出版って学術系の出版社だって聞いたけど、ここの図書館には全然本が無いの。本屋さんにはあるのよ?、どうしてなのかしら。…もっと詳しく調べなきゃいけない…」

 そして彼の口述は徐々に、叫びのような内容へと変わって行った。



つづく





コメント)こんな所で切れるとは〜〜〜。もういいから、次に行って下さいっ!!。



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