回想
Passenger
#9
パッセンジャー



 同じ水曜日の朝、遼は普段より早く大学に出て来ていた。
 昨日征士に会ってからと言うもの、事件の手掛かりとなる情報を自主的に集めようと、彼は注意深く状況を考えながら過ごしていた。そして昨日の晩、いつも通り居酒屋のアルバイトを終えた後、その控え室のテレビで報じられていたニュースに、耳を疑う内容を彼は見付けていた。大学のクラブハウスから、盗まれた置き物と時計、指輪の全てが発見されたと言うのだ。
 しかもその部屋は、伸とルナが所属するサークルが使っていたとあっては。
 そのニュースが昨晩より頭から離れなかった遼。今朝は通常より二時間以上早く大学に向かい、その事実に関する情報をどうにか集めたかった。ところが登校してみれば、午前八時前だと言うのに、そこには彼より早く見知った顔が到着していた。
「よ!、今日は随分早ぇんだな?」
 まあ来ていて不思議はないが、同じ事柄に関心を持って、秀も早くからここにやって来ていた。
「ああ、お早うございます」
 するとそう答えた遼の態度が何処か、以前より前向きで意欲的な様子に感じられ、秀は、
「どうしたんだ?。あ、そういや友達とは連絡取れたのか?」
 と質問していた。クラブハウスの周囲はまだ現場の調査中で、侵入禁止のロープやシートが張られた状態だ。外観を眺めるしかなさそうだと感じた遼は、折角なのでこの待ち時間の間に、これまでに知ったことを話してみようと考えた。この秀警部補ならきっと、悪い受け取り方はしないでくれると願いながら。

「…ふーん、そんな事があったのか…」
 秀は遼の話を大方聞き終えると、まるで同年代の友人のようにそう返した。否実際秀は、彼等とは三才しか違わない年令だ。
 征士が伸を匿っていること、催眠を疑っていることは、秀は既に羽柴からの報告で知っていたので、敢えてそれを怪しく捉えはしない。友達又は恋人を助けようと、征士が積極的に動いている事情は理解できた。それより秀には、博士が伸の異常に気付いていた事実が、これで確かなものになったと確信を深めていた。恐らく異常な状態で徘徊していた彼に、博士が何処かで出会したことが想像される。
 そしてその後、博士から伸に事実が伝えられ、ふたりの間で何らかの相談をしていた、との経過を想像できる。姉のような立場だったと言う博士が、彼の異常に気付いて黙っているとは思えない。母親に家系的な病因を問い合わせるくらいだから、遅かれ早かれ本人にもそれを伝えた筈だ。
 だがしかし、だ。伸はそんな供述をしていただろうか?。博士に自身のおかしな行動を指摘されたと?。自身の行動が判らずに只管怯えていた彼の様子は、それとは繋がらない、未だ合致を見ない疑問点だった。何らかの事情で本人には、催眠暗示が為されていることを言えなかったのかも知れない。
 それから博士が催眠術の本を借りた理由として、この場合の目的は催眠暗示を封じること、或いは術を解くことだったと考えられる。伸は半年前から記憶が途切れると話していたが、博士は一月と二月の境頃にその異常に気付いた。だから二月三日に本を借り、同じ頃母親へも電話で問い合わせている。そう考えるのが妥当な線だ。しかし彼はその後も記憶が途切れることがあり、つまり何も施せなかったことになる…。
 結局彼は誰に、何をさせられていたのか。実行犯もストーカーも、今はやや可能性が薄くなったと羽柴が昨日話したばかりだ。博士が催眠を解いていたとしても、そうでないにしても、その事実を何故彼に話さなかったのだろう。伸についての謎は、今を以って殆ど明らかにならない。けれど事件に何かしら関係があるのは確かだと、誰もが口を揃えて言う。
「で、事件記事から何かわかったのか?」
 秀は様々な可能性を考えながらも、今は遼の話に集中していた。一見何でもない普通の事柄が、実は重要な鍵を示している可能性もあり、一般市民の話は常に注意深く聞く必要がある。
「うーん。全部目を通してみたが、博士に直接関係ありそうなものは見当たらなかった。ただ、伊達君が耀者会グループの記事を気にしてて、」
「!、耀者会かっ?」
 その名称には思わず反応を露にしてしまった。昨日の仮説が裏付けられる重要な存在だ。もし博士が耀者会グループについて調べ、又それに狙われていることを知っていたなら、千石迦遊羅を避け出した理由は充分だろう。三月半ば頃から過去の記事を読み始め、四月一日前後には現状を覚ったのだ。ノイローゼに陥った時期とも重なっているようだ。
「なあ刑事さん!、耀者会グループが関係あるって本当か?。俺も絶対何かあると思ってんだけど」
 遼は突然食って掛かるようにそう言った。自分ならともかく、遼の『耀者会』に対する反応としては、その様子は妙だと秀は感じる。彼からすればただの出版社ではないのか?、と。
「えっ?、何で…」
 些かたじろぐように秀が尋ね返すと、遼は訴えるように自身の考えを説明してくれた。
「この辺り、やたら耀者会のセールスマンが歩いてるからさ。俺ん家にもよく来るけど、いくら大学の近所の人が、子供の受験とかに関心があったって、そんなしょっ中売りに来る商品じゃないだろ、学習教材なんて。…やっぱおかしいぜ」
 そう、薄々気付いていた者も居るのだと、秀は目の前の学生を殊に頼もしく感じている。
「そうなんだよな、俺もおかしいと思ってんのさ」
「なあ、もしかしたらあいつら、他の目的があったんじゃないのか?。そうだ、博士のことを調べて歩いてたんだろ!」
 けれど調書にあったように、彼はやや直情径行な面もあるようだ。それについては自分と同類項なことに、非常に親近感を持った秀だった。
「おいおい、決め付けは良くないぜ?」
 そしてその弱点を克服する訓練を、秀は警察学校にて長く受けて来た身だ。
「勿論何かを探ってただろうが、大学の周辺のみで内部のことまでは調べられないだろ?。それに、周辺の調査だけならそんなに長い期間も、人数も必要ないんじゃねぇか?。そういや去年の噂話だが、セールスの奴等が流したって説もあるんだ。何か、そういう類の事をやってたんじゃねぇかと、俺は睨んでるんだが、まだはっきりしたことはわかんねんだ」
 年上の面目を保って、或いは警察学校出の一応エリートの面目を保って、秀はそんな風に解説しながら遼を宥めていた。すると彼は素直に感心した様子で返す。
「そうか…はは、流石だな!。やっぱり専門外の凡人とは分析力が違う」
「いや?、それほどでも?」
 まあ、遼がもし警察学校に入ったとしたら、恐らく自分程度になるのは簡単だと思えるので、秀は半ば落ち込みながら笑っていたが。一方、噂と言う言葉を聞いた遼は、
「去年の噂か…。確かにあいつらよく、近所の人と立ち話なんかするしな」
 再び騒がれていた当時のことを思い出していた。
「どんな風に?、親しそうな奴がいるのか?」
「多分世間話みたいなもんだろうけど、仲のいい家もあるんだと思う。みんなが迷惑してたらそんなに来れねーもんな…」
 そのひとつは犬山孝の家だろうが、彼ひとりが友好的でも意味はない…、と、秀は昨日からずっとその点に関心を向け、今も考え続けている。
 遼の言う通り、多数のセールスマンに会っていながら、住人が不快を感じないのは何故だろう?。普通なら警戒心が強くなる筈だ。又、耀者会グループを率先して擁護する人物や、擁護する団体が存在するらしき報告もない。第二次大戦時のナチスのような、敵地に支持勢力を作った上で、悠々侵略するようなやり方にも思えない。一体何を以って、住民に悪印象を与えないのだろう?。
「うーん…。迷惑する程セールスはしてねぇのかもな」
 秀が一言感想を言うと、
「じゃあ、セールスマンを装ってるだけなのか!?」
 遼はまた独自路線に突き進んでしまいそうだった。なので、
「いやいや、だけでもねぇだろうけど。あいつらの主な仕事はチラシ配りだったっつーから」
 と、秀は既に明らかになっている事実を話した。この程度のことはまあ、話しても差し支えない情報だと思う。秀の先輩である蜘蛛谷から出たこの内容は、他の社員からも多く聞かれたことだった。すると、
「チラシって言えば、あいつもチラシを気にしてたな」
 遼は再び思い出すようにそんな呟きを漏らす。
「あいつって?」
「昨日来た伊達君だよ。何か、何処かで見たことがあるって言ってたな」
 ところがそれは、秀には全く思いも拠らない話だった。
「何処かで?。この辺以外にも配られてたのか?」
 そもそも例の、消えた探偵が所属していた『鎧山探偵事務所』なるものは、事件の為に作られた架空の事務所だった可能性が高い。鎧山九十九と言う人物は実在しないと判ったのだ。恐らく我妻修羅と言う名の、耀者会に身を寄せる工作員が扮していたと想像される。
 それ故、大学周辺でしか見掛けない探偵事務所のチラシ、だった筈なのだが。
「どういう意味ですか?」
 遼の方は意外な反応をされて、途端にそれに関心を持ち始めている。つい先刻までは、それ程重要に感じていた事ではなかった。何故ならそんなチラシは、方々で配られている物と普通は思うだろう。
「あ、っと。そうか、今の言い方じゃバレちまうな」
 秀もここは少しネタを白状してみることにした。遼の知り得る情報にも、まだ何かしら警察の知らない事実がありそうな気がする。協力したがっている彼の気持を削ぐメリットもない。
「いや、実はなぁ、あの探偵事務所も耀者会絡みらしいんだ。恐らくセールスマンを使って、この辺だけに配られたチラシだろう、って考えられてんだよな」
 秀は大まかな説明をしてみせた。耀者会グループの話をしていた続きでもある、これで理屈が解らない程馬鹿な学生でもないだろうと思った。
 それにしても、この大学周辺以外の地域で同じチラシを目にするとは、一体どんな場所なのか気掛かりだった。耀者会の印刷物を手掛ける印刷所か、或いは耀者会の関連企業だろうか?。そう言えば征士の通っている大学は、耀者会出版とは深い付き合いを持っていた筈だ。もしかしたら、彼の大学にヒントがあるのかも知れない。
 秀がそう思い付いた時、突然遼は眉間に皺を寄せてこう言った。
「やっぱりあいつだ…!」
「えっ、えっ、あいつって、友達の奴?」
 一般人の聴取には、しばしば気を付けなければならないことがある。誰が「あの人」であり、「その人」であるか、人称は確と確認しなければならない。そして遼は怪訝そうな顔のまま答えた。
「違いますよ、探偵のことです」
 そして彼がそこまで嫌な印象を持っている、その理由を秀は是非とも知りたかった。
「おっ、何だ?、何か怪しいと思う事があったか?」
「昨日、ルナが大学に来て話してくれたんだ」
 それはまず喜ばしいニュースだった。何故なら彼女を宥めたのは秀だからだ。遊び友達の家に引き蘢っていたルナに、事件当日の行動が確認できたことを伝え、他に疑われている者の気持を考えてやれと伝えた。それが早速功を奏したようだ。
「ああ、下街ルナが出て来たか、そりゃ良かったぜ。それで何だって?」
 彼女は遊び歩いていた自分が疑われるのを恐れ、始めから聴取にも非協力的だった。まだ公に話していない事があっても、全く不思議な状況ではなかった。そして、
「あの探偵、校舎の中をコソコソ隠れ歩いてたらしいんだ。博士から依頼を受けたんだから、堂々と歩きゃいい筈なのに、トイレだの消火栓だのに隠れてたって、ルナは何度か見たって言ってたんだ」
 遼が語ったルナの話は、確かに秀には始めて聞く内容だった。同時に探偵が、探偵としての仕事以外の行動をしていた事実も、これで確認が取れたと言うものだ。
「今思うと、確かに全体が妙だったんだ。博士はノイローゼ気味になって、伸も何かおかしくて、雇われた探偵は大した成果も挙げてないみたいで、ただウロウロしてて…」
 遼がそう話し終えると、秀に残された私立探偵についての問題は、実際にストーカー調査をしていたのかどうか、事実が確認できないことだった。
「な、改めて尋ねるようだが、おまえは博士が探偵を雇ったのをいつ聞いたんだ?」
「え?、えーと、探偵が最初に来た日の午前中だ。大学に来たら、今日博士が雇った探偵が来るって、伸が講座のみんなに説明してたんだ。博士に頼まれたんだろう」
 秀の質問に遼は答え、更にその時の状況をもう少し詳しく続ける。
「それで『ストーカーの件か?』って聞いたら、伸が持ってたあのチラシを見せてくれて、うちのポストにも同じのが入ってたって、ふたりでしばらく探偵事務所の話をしたっけ」
「どんな話だ?」
 博士のごく身近に居た彼等が、私立探偵についてどんな印象を持っていたか、或いは博士が探偵を雇うことに何を思ったかは興味の向くところだ。そして、遼はこんな遣り取りを思い出していた。
「どんなって…。ああ、あのチラシってさ、大学の近所の家にはよく入って来るが、博士はここに住んでる訳じゃねーし、何処で貰ったんだろうなって。伸も知らなそうだったが、博士が封筒から出したからダイメじゃないか?、ってことで落ち着いたんだ…けどな」
「・・・・・・・・」
 いつも明るい態度の秀が目の前で黙り込んでいる、その重い雰囲気は流石に遼にも伝わっていた。
「今は変だと思う、俺も」
 既に遼にも、この大学が耀者会グループを嫌っている現状が見えている。恐らくそれは耀者会の方でも判っている事情だ。なのに博士にそんなダイレクトメールが届いたとすれば、故意に送ったとしか考えられないではないか。
「封筒から出したらしいのは間違いないか?」
「多分。俺は封筒から出したって聞いただけだが、きれいに折り目が付いてたからダイメで納得したんだ。ポストにはそのまま折らずに突っ込んであるから、大抵どっか傷んでたり、汚い皺があったりするだろ?。妙にきれいな状態だったんだ、それだけは」
 遼の意見は納得の行く観察だと思えた。現場から押収されたチラシは、彼の話に出て来た現物であろうことも判った。妙に状態のきれいな、博士と伸以外の指紋が検出されない物証。
 そして秀には、このやり口は正しく「鎧山」と名乗る者の仕業だと思えていた。それは伸の実家に偽の調査書が送られたように、間接的に人を操ろうとする意図が読み取れる行為だ。そう、全てが間接的に、遠巻きに遂行されて来た事件なのだと。
 そして鎧山の名前を博士が知っていた為に、多少計画が狂ったのだとしたら、その後の進行を誰がどう行ったのか、後はそれだけが疑問として残される。それだけにして最大の疑問だが。
「そうか。じゃあ、最初に探偵が来た時以外に、探偵の行動や報告に関する話を博士や、他の奴からは聞かなかったのか?」
 改めて秀がそう確認をすると、
「ああ…。聞いてないと思う。博士に経過を聞こうにも、博士自身の様子が心配な時だったし…」
 やはり羽柴の睨んだ通り、彼等は最初の段階でしか、探偵についての話を聞いていない風だった。ならば大学構内を隠れ歩いていたのは、何かから身を隠す為、とりわけ博士本人から隠れる為だったのではないか?。依頼を断られたらしき探偵は、引き続き大学に出向いて他の行動をしていた…。
「秀警部補!」
 そんな会話をしていた大学の正門付近に、敷地の奥からひとりの巡査が駆け寄って来た。
「ん?、何だ?」
 その少々慌てている様子は、無論何かが起こったと言う知らせだろう。クラブハウスの方向からではない。恐らく新たな面からの情報だと思える。
「今、ここの医学部の教授が、例の毒物に関して間違いがあったと話してるんです!。本部に連絡をしたら、警部補がこちらに来ている筈だと言うので。今すぐ医学部の方に来て下さい」
 そして案の定予想しない展開が報告されると、
「わ、わかった!」
 遼を気遣う暇もなく、彼はその現場に駆り出されて行くことになった。
 勿論その後、遼が話してくれた図書館の貸し出しデータなど、事実を確認して回る作業も残されている。まだまだやるべきことは多く残っていると、秀は駆け出しながら考えていた。



 午前九時を回った頃だった。
 自由業の人間が、普通のサイクルで生活をしないとしても、この頃にはまず在宅しているだろうと踏んで、羽柴は犬山孝のアパートへとやって来た。ここは大学の正門からは約十二分、乾門からは約四分、そして大学を囲む塀の一部までなら、一分足らずで歩ける物件だった。羽柴は己の足でそれを確認した後その前に立った。
 築三年と聞いている、まだかなり新しいアパートの二階に彼の部屋はある。オートロックではない入口を通過し、一部外に面した階段を登り切ると、その踊り場から史学部と文学部の入る西校舎が一望できた。ここに立ち寄るセールスマンや編集担当者は、この景色を来る度に眺めていただろう。夜中なら博士の部屋に明かりが点いていることさえ、確認できそうだと羽柴は感じた。
 ここに繋がるものは何かしらある。
 羽柴は確信を持って、犬山の部屋のドアの前に立っていた。その呼び鈴を押すと、思ったより早く玄関に現れた彼は、やや眠そうな顔を見せてはいたが、今先刻まで寝ていた風でもなかった。聞けば事件以来、ずっとまともに眠れないのだそうだ。それは解らなくもない、博士を誰よりも尊敬していたと言う彼が、まだ解決を見ない事件に魘されていたとしても。
 犬山は羽柴がここへやって来たことにも、特に嫌がる態度を見せず応対し、話が長くなりそうなら中へどうぞと、快く場所を提供してくれた。否、当然のことだが彼には、早く犯人を挙げてほしい気持もあるだろう。通された部屋には品数はあまり無かったが、雑然と書籍や書類が積まれている様子は、自分の部屋に多少似ていて、居心地が悪いとは全く感じない羽柴だった。

「…改めてここに来たのは、他でもない、事件の背景についての詳しい情報がほしい。特にあなた自身について」
 小さなダイニングセットの椅子に着くと、羽柴は歯に衣着せぬ様子で率直に話を切り出した。オブラートに包むような配慮は、この場に於いては必要がないと思う。犬山は事件の背後にある耀者会グループを恐らく、最も良く知る周辺人物なのだ。事件と耀者会との繋がりが決定的になりつつある今、彼には是非、淀みのないところを聞かせてほしいと言う態度の表し方だった。
「そうだろうな。大学にこれだけ近いと、疑われても仕方ないだろうな」
 そして犬山の方は、警察が来るのは当然だと言わんばかりに、構えず受け入れる態度を示していた。彼には何処かしら余裕さえ感じられた。
「だが、あんたはどうやら、この辺の住人には染まっていないらしい」
「あ?。ああ。ここに引越して来てから、まだ一年も経ってないしな。ここに知り合いが居た訳でもないし、普通の学生や家庭人とは違う生活をしてるもんで、特に近所付き合いもないのは確かだ」
 口調は何処となく暗いのだが、彼が冷静に話しているのはその仕種、目の動きなどから充分に観察できた。恐らく彼は嘘を言っていないだろう、と羽柴は判断している。
「それで、最初に聞いておきたいんだが、大学の周囲の住人が揃って、被害者の悪い噂を語り出したのは御存知かな?」
 相手の冷静さを確認した上で、彼はそう質問をしたが、
「…噂って言うと、あれか?、博士と毛利君のことか?」
「そうだ」
 雰囲気からして、犬山は単純にその状況を知らない様子だった。近所付き合いが殆どないと言うなら、それで当然の答かも知れない。
「いや…、聞いた憶えがないな。語り出したっていつのことなんだ?」
「事件のニュースが流れた直後から」
 すると犬山は尚妙な顔付きになって答えた。
「そんな馬鹿な。何で今頃になって、あんな噂を蒸し返す必要があるんだ?」
 確かに、それが普通の見方と言うものだろう。少なくとも彼は今現在も、正常な判断力を失っていないと思えた。
「俺もそう思うが、何故か大学周辺の住民の多くが、博士と聞くとあの噂を思い出すようでね。何か心当たりはありませんかね?」
 と羽柴は続けて、一応その先を追及してみる。
「さあ…。俺が博士と知り合った頃は、もうその噂があまり語られなくなった頃なんだ。俺はかなり後になって知ったからな…」
 彼の言い分に誤りはなかった。朱天童子が被害者を彼に紹介したのは、去年の十一月のことだと聞いている。噂が広まったピークは去年の六月頃だと言うから、もう随分前のことになる。
「どう言うルートでその話を聞いたんだ?」
 そこまで、何ら疑わしい点は見えなかったが、羽柴は丁寧に確認を入れながら話を進めていた。
「多分大学の学生から聞いたんだと思う。今年の頭か、いや去年の末に近い頃だったかな。そのすぐ後に博士からも話を聞いたよ」
「どんなことを?」
 そこで漸く、羽柴が注意を向ける話題が出て来たようだ。被害者本人が噂の横行をどう捉えていたか、その詳しい様子は婚約者の談と、毛利伸の母親の話しか今のところは聞かない。立場の違う話が揃ってこそ価値が出そうな話題だった。犬山はそれにこう答えた。
「ああ…、彼女、当時はかなり迷惑したらしくてな、俺が話を聞いた時もまだ怒りが収まらない様子だった。朱天の奴と婚約する直前だったらしくて、朱天がどう思うか気掛かりだったと言っていたな」
 成程、それはあっただろうと羽柴も思う。婚約者の耳には入ってほしくない類のゴシップだ。場合に拠ってはふたりの離別を狙った可能性もある。理由は判らないが。
「彼がどう思ったか聞いているか?、朱天童子は」
 その上もし、朱天が噂に流され易いような人物だったなら、今と少し事情が変わっていたかも知れない。あくまで仮説に過ぎないが。
「いや、その時のことは聞いてはいないが、あいつは博士の言うことを信じただろう。そういう奴なんだ朱天は。それで、後々毛利君や、他の学生とも話すようになって、結局下らない噂だとわかったそうだ。俺にはそう聞かされたが、失礼な噂を立てる輩は告訴してやるって、何度か言ってたから確かだろう」
 そしてその話には、羽柴は多少驚かされていた。
「そんなことを公言していたのか?」
「ああ、学生の中にも知ってる奴は居るんじゃないか」
 調書に拠ると朱天童子と言う人物は、そういった公明正大なことを好むと書かれていたが、もしその訴えを注意深く聞く者が居たなら、もっと話は判り易かったと羽柴は考える。何故なら、
「ということは…、被害者は誰かが故意に噂を流した、と知っていた訳だな?」
 警察では既に知れた事実。被害者が婚約する七月の半ば、それより少し前の七夕の日に、彼女は学生の母親に面会して、でっち上げの報告書を確認しているのだ。婚約者には当然、それが根も葉も無い噂でなく、誰かが噂と見せかけて広めていると話すだろう。嘘の報告書の存在は知らせなかったようだが、まあ当時は、著名人を狙った悪戯としか捉えなかったかも知れない。
「そういうことになるか…。俺は噂が立った頃のことを知らないから、あんまり深く考えたことはなかったんだが、言われてみればそうだな。誰かが居るって口振りだったような」
 犬山も穏やかに同意する様子で返した。けれど、羽柴が本当に聞きたいのはそこではない。
「この辺りに来るセールスマンが、噂話を吹聴していたと言う話もある」
 そう、犬山孝とセールスマン達の関係についてだ。ところが彼は途端に表情を険しくさせた。
「本当なのか?」
「ええ、この付近住民から話が出ていてね」
 そして明らかに何かを知っている態度だと、犬山について羽柴は確信する。しかしその次には、
「あいつら…」
 そう言った切り、奥歯を噛み締めるように力を込めながら、彼はすっかり押し黙ってしまった。報告されている通り、彼は至極感情が表に出易い人間らしい。良く言えば素直な性格だ。悪く言えば単純なのだろう。そして彼の深い憤りが、向かいに座っている羽柴にも確と伝わって来た。勿論彼の怒りは全て、耀者会グループと言う仇に向けられたものだろう。
 彼は今でも、こんなにも怒りを露にする程、耀者会を恨んでいるのだと判る。
「…いや、どうもありがとう、参考になる意見を聞かせて貰えた」
 このままでは話が続けられない、と覚り、羽柴はそんな言葉を掛けて場を転換させることにした。
「え?、そうか…?。ああ、いや、何でも聞いてくれ。俺もこのままじゃ堪えられない、犯人が捕まらなきゃ博士だって浮かばれないだろう?。手掛かりになりそうなことは何でも話すさ」
 すると我に返った様子で、犬山もやや狼狽えるように言葉を続けていた。彼の心配事は既に判っている。勿論この事件と直接関係のない件で、彼を追及する権限は羽柴にはない。今はただ捜査に協力すると言う彼の姿勢が、何より有り難い現状だった。
「そう言ってくれると助かります」
 一応の敬意を込めてそう返すと、羽柴はまず犬山の懸念する過去の話を先に、彼の前に明らかにしてしまおうと思った。本人が協力的な態度を示す限り、それが話を早く進められる順序だと考える。そして羽柴は隠すことなく状況を説明した。
「実は、あんたが阿羅醐帝人を襲ったことも、その前に、大学生の頃に耀者会出版とのトラブルの被害に遭ったことも、それから今は彼等の世話を受けていることも、みんな調べが着いてるんですけどね」
 ところが言い終わるか終わらない内に、犬山は大声で否定の言葉を吐いた。
「世話になんかなっていない!」
 それを否定したい気持は納得できる。ただ、
「この事件は、耀者会グループが裏で糸を引いてる。我々は彼等の行動について、とにかく詳しい情報を求めている。今回の事件を解決する為にです」
 感情的な見方でなく、拠り所のない事実を羽柴は知りたかった。犬山にはそれを理解してもらわなくてはならない。否、理解してくれる筈だと羽柴は考える。博士の死を深く悼む者ならば。
 そして犬山はやや落ち着きを取り戻しながら、独り言のように呟き始めていた。
「奴等が…。そうか、そうだったのか…」
「奴等が何か?」
 この時、聞いてみなければ判らないものだと、羽柴は改めて事実の複雑さを知ったようだ。一度ふっと薄笑いを浮かべたと思うと、犬山は含みのある様子でこう言った。
「いや、奴等が何かを企んでたとしたら、俺の理由もわかるって話さ」

 場を仕切り直すように、向かい合った彼等はそれぞれ、それまでの姿勢を何処かしら正すような仕種をして、再び会話は続けられた。
「…俺は奴等にずっと利用されているんだ。それだけは始めからわかってたことだった」
 犬山はそれに確証があるように話している。だが、
「何の為に?」
「それは知らないが、阿羅醐帝人を殺そうとした俺を助けて、御丁寧に住む所や仕事も用意されるなんて、どう考えてもおかしい話じゃないか。何かに使える駒だとでも考えたんだろ」
 それでもまだ、一方的な見方と言う疑念は晴れない。
「確かに。だが耀者会グループの幹部の話では、過去にあんたに迷惑をかけたから、その償いに面倒を見ているとのことだった」
 そう、解釈の問題だとすれば、どちらも事実であり事実でないと言える。それを凌駕する他の事実が語られなければ、結局は信用に足りる話とは言えない。犬山と耀者会の間の事実を証明できたとは言えない。
 けれど彼はそれに確と答えられたのだ。
「出鱈目だ!、そんな筈はない。迷惑をかけたって?、向こうがペテンに掛けておいて、迷惑もクソもないだろう」
 それこそ吠えるような調子で彼は訴えていた。羽柴は初めて耳にした言葉を即座に問い返す。
「ペテン?。それが過去の事件の真相か?」
 もし本当にペテンのような事実が存在したなら、なぎ子が話していたことに全て繋がるだろう。嘘を吐いているのは耀者会側であり、彼等は今も尚隠蔽工作をし続けていると。そして犬山は続けた。
「そうだとも。…当時耀者会がやっていた、『学費補助システム』と言うのを知っているか?」
「ああ聞いている」
 確かにその名前は、堕羅と言う幹部の話にも出て来た。だが、
「それがそもそもペテンだったんだ。奴等はああいう、学生の親を目当てにした詐欺紛いの行為や、怪し気な儲け話を持ち掛けるのがお得意だった。それを宣伝する成功例の学生が必ず居て、それらしく見せていただけなんだ。実態はよくわからない商売さ」
 犬山がそこまで言い切るには、無論他にも似たような事例があったと言うことだろう。しかし羽柴はそれが掴めないでいる。
「じゃあ他にも被害者がいると言うのか?。しかし、そんな事件記録は見当たらないが…」
 何故か警察には、それらの事件らしい記録が存在しないのだ。なぎ子の話を聞いた時点で、早速情報部に問い合わせてもみた。まずその前に犬山本人が被った不幸さえ、まともな事件記録が残っていなかった。その現状に意味があるとしたら、勿論放置してはおけない。情報不在に拠って警察も操られているなら大問題だった。又、更に驚くことに、
「それを不思議に思ってるんだ、俺は」
 犬山も同様の疑問を持っていると話し始めていた。
「俺は復讐を計画していた間、耀者会グループと阿羅醐帝人について、色んな所を当たって調べていたんだ。が、どういう訳か記録らしい記録が何処にも無いんだ、何処にも。当時被害を受けたと思える奴が、何故かみんな消滅しちまってるんだ」
 消滅などと言われると穏やかでない。
「死んでいたのか?」
「いやそう言う意味じゃない。耀者会から被害を被った奴は、確かに何人もいた筈なんだ。だが今は何処にも見当たらない。騙された記憶のある人間が見付からないんだ。これを、どういうことだと思う?。俺はまだペテンの続きに居るような気がするよ、いつも」
 寧ろ死亡より寝覚めの悪い状況、かも知れなかった。確かに起こった筈の事が、今は何処にも記録されていない。結果だけを残して消えてしまった数々の事件と人々。そしてこの殺人事件も同様に、葬り去ろうとしているのかも知れない。
 勿論そんなことにはさせないと、羽柴は暗に念じていたけれど。
「それらしき事実は、今警察でも懸案になっている。あんたの起こした事件にしても、詳しい調書が作成されていなかった。だから俺は過去の事件について、本件の初期段階では殆ど内容を把握できなかった。そして過去のそれらの事件は、その後の捜査も続行されていないらしい。そんな事があってはならない筈だが、似たようなケースが、本件に関連して幾つかあって…」
 すると当然疑われるべきことを犬山が告げた。
「警察に協力者が居るのか…?」
 しかしそれは難しい問題だった。
「今のところ何とも言えない。弁護するつもりはないが、調書の作成人はそれぞれ別の人物で、年代も違っている。又捜査を続けるか否かは、捜査主任で、警部である俺にも決定権はない。更に上の上、警視長クラスの裁定に任されることなんだ」
 つまり現場の刑事には、捜査を勝手に中断することはできない訳だ。警察組織を知らない者には判らない事情かも知れない。それを聞くと犬山もまた考え込んでしまう。
「そんな格上の役職じゃあな…」
「無論有り得ない。もしそんなことがあれば、国民の信用など鼻から失くしてしまう」
 羽柴はそう言い切った。最近はニュース等でもしばしば、警察官の起こした事件が報道される時勢だが、少なくとも警部補以上の者が事件を起こすことは、まず有り得ない現実なのだ。それが一般公募でなく、警察学校、防衛大学を出たエリートとして優遇される理由だ。彼等は『信用』と言う牙城を絶対に、何があろうとも崩さないよう叩き込まれている。単なる企業の組織とは比べものにならない規律、それが職務の上での誇りでもあった。
 羽柴はこの仕事を愛している。そして組織を誇りに思うひとりでもあった。但し、不鮮明な事実がそこに紛れ込んでいることは否めない。
「だからこの件をずっと内部調査させているが、今のところ俺も、狐に化かされているような状態だ」
 事件を解決する為には、これらの件もはっきりさせなくてはならない、と羽柴は思う。
「わかるのはあいつらが怪しいってことだけか…」
 犬山は多少諦めたように溜息を吐くが、羽柴には諦めると言う選択肢はなかった。
「…すいませんが、過去の事件から詳しく話して頂けませんかね?」
 確固とした資料が存在しない以上、人の話から当時を探ることが重要になる。最も恐いのは、この事件に関わる全て者と、警察までもが騙されたままに終わる結末だ。羽柴はそれを危惧していた。何としても手掛かりを拾わなければ、何れ己に降り掛かって来る災いだと気付いている。
 そして災いを齎すのは耀者会だと判っているのだ。

「俺は当時獣医になりたくて、大学では獣医学部に通っていた。実家が畜産を営んでいたから、まあ自然な成行きでもあった。家はそこまで貧しくはなかったが、俺は親に無理をさせている気がしてならなかった。人間の医者になる程じゃないにしろ、結構金のかかる学部だったもんでね。
 それで、大学で配られていたチラシを見て、例の『学費補助システム』に加入することにしたんだ。実際それで大学を卒業した奴も居たから、信用できるものだと当時は思っていた。両親に連絡を取り、耀者会出版との手続きをしてもらった。それが結局、一度も配当が来ない内に、運用会社の倒産騒ぎになっていた。
 丁度バブルが弾けた頃だったしな、よくあるニュースだとしか始めは思わなかった。その運用会社が耀者会出版の委託を受けていたとは、俺も、多分両親も知らなかったことだ。受け取った契約書面を後々確認したが、そんなことは何処にも触れてなかった。騙されたんじゃないかと気付いた時にはもう、両親は首を括っていた後だった…。
 俺は両親が自殺したと警察から連絡を受けて、その運用会社と耀者会の繋がりを初めて知った。だが、故意なのかそうでないかはともかく、奴等を許す気には到底なれなかった。『学費補助システム』に加入しただけの者を、見も知らない投資の保証人にさせる。そんないい加減な運用会社と手を組む企業が、信用できる訳がないだろう?。
 だから、後で何度も連絡を寄越して来たが、奴等とはもう一切関わりたくないと思い、大学も辞めちまったんだ。今思うと相当自暴自棄になってたな、そんなもんに手を出さなきゃ良かったって。それきり奴等とは縁を切ったつもりだった。
 ああ、そう言えばその時、すぐに復讐してやろうと考えたんだ。だが朱天に止められた。あいつは俺とは違う大学に通っていたが、当時住んでいた所が近くでな。その事件の後、暫く彼の家に住んでいたことがあるんだ。俺は耀者会出版を疑っている事情を話した。だが朱天は話を理解してくれたものの、復讐なんて真似は止めろと言った。勿論俺も、全てを棒に振りたかった訳じゃなかった…。
 それで一応、朱天の親切を裏切るのは悪いと思ってな。いつか耀者会には、ひと泡吹かせてやろうと思うに留めて、関西に在る親父の知り合いの家を訪ねたんだ。
 それから暫くの間は、耀者会がグループ企業になり、会長になった阿羅醐帝人が色んな場所に取り沙汰される様子を、テレビや新聞記事からずっと追っていたんだが。…今から丁度三年前だった。サラ金のチラシをどこかの大学で撒いたとか、そんな問題を起こしたことがあっただろう?」
 長い話の途中で初めて、犬山は向かい合う刑事に確認を求めた。無論それが大きな切っ掛けだったのだと、説明しようと言う彼の意思は伝わって来た。しかし、羽柴はそれにも答えられなかった。
「待ってくれ。確かにそんな報道があったのは憶えているが…」
 警察が介入した事件ではないにせよ、度々問題が生じる企業に関わる話なら、何かしら記録として残っている筈なのだ。けれどそれについても、確かに耳にした記憶がありながら、未だ情報として寄せられない過去だった。
「…やっぱり同じか?。記録が警察には無いのか?」
「耀者会に関連した事件は、全て拾い上げている筈なんだ…」
 やはり耀者会グループは、何らかの形で警察にも悪しき影響を及ぼしている。それを今確認できただけでも、ましだと考える他にない。
「続けるが、とにかく俺はそれを聞いて、奴等がまた似たような事をやっていると感じた。今度こそ尻尾を掴んでやろうと思い、色々調べながら一昨年上京したんだ。ところがさっき言った通りで、過去にあった筈の事件も、つい最近の事件も闇から闇って調子だった。幾ら調べたところで、奴等が上手く取り繕った後じゃどうにもならない、そう気付いてしまって…な。
 だから、他に為す術がなかった。良いやり方とは思わないが、とにかく俺は奴等を許せなかった。未だ普通の社会の中でのさばっている奴等を、どうにか切り崩してやろうと思った」
「それで、復讐を実行に移したのか」
 犬山が語る当時の心情は、芝居などではないと羽柴は覚っていた。彼は過去現在を通して、一貫して耀者会グループの在り方に疑問を持ち、憎悪の念を払拭させずに過ごしていたのだと。そして、だから彼の言い分には疑いの余地がないと思えた。彼の気迫は正にそれを物語っていた。
「そうだ、阿羅醐帝人は夜になると幹部達と共に、高級クラブや料亭によく出掛けると聞いて、俺は赤坂のある料亭の駐車場で待ち伏せていた。だがまあ、結局失敗したのは知ってるんだろう?。雇われていたSPの強いこと、その時は本当に殺されると思った…。
 それで、気付いたら千代田区の病院に居た。だが病院の医者や看護婦は、俺が何でそこに運び込まれたのか、本当の事情を誰も知らないようだった。路上に倒れていたと始めは言っていたが、後で新聞に載った記事を見せてくれて、喧嘩に巻き込まれた事件とされていた。成程、と思ったよ。こんな風に書き換えられるのかって。
 それから入院中に、耀者会グループの奴が訪ねて来るようになった。こっちが怪我で動けないのをいいことに、あいつら勝手に人の仕事や住処を決めちまってな…。まあ、俺はどうあっても奴等に、何かの形で復讐するつもりだったから、妙に親切で馴れ馴れしい態度は気に入らないが、奴等の近くに居ることは、全部がデメリットじゃないと思うことにしたんだ。
 だから今はこんな現状なんだ。俺は奴等に何かの理由で生かされている。この家はセールスに来る連中に都合のいい休憩所だ。だが俺の気持は、十年前から何も変わっていない」
 彼の現在までの過程は、ただ耀者会に対する、復讐心に支えられていたと言って過言ではない。



つづく





コメント)うわー、予想外に変な所で切れてしまいました、トホホ。ついでにこれ本当に征伸なんだろうか、自分で疑問(苦笑)。ところでやっぱり、次々書き続けてるせいか、あちこちに脱字や重複があるみたいですね…。全部アップした後でちまちま直そううと思います。取り敢えず今は先へ!。



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