困るふたり
Paradise Lost
#2
大花月シリーズ7
パラダイス・ロスト



 その頃、捜索隊の戻りを待つ仮新殿には、漂うもやもやした空気を読まずに、一際楽し気な様子を見せて螺呪羅が戻っていた。
「金剛!、久し振りだな!!」
「あぁ?。半年前に会ったばっかじゃねぇかよ…」
 まあ、秀に対する彼は大体そんなテンションなので、適当な返事で済まされてしまった。勿論今重要なのは、行方不明の人物が揃うことである。秀の関心はただ、楽しみな宴の始まる条件が満たされること、のみだった。
 と、秀はそんな態度だったけれど、妖邪界側では螺呪羅の戻りを歓迎していた。
「もう見付かったのですか?」
 迦遊羅がそう声を掛けると、
「ああ、那唖挫が狼煙を上げた。じきに皆集まるであろう」
 見付けたと言う合図があったことを話し、安堵の気持を伝えるように螺呪羅は笑う。過去を思うと、彼は常に含みのありそうな表情をしていたが、今はそんな感じには見えない。魔将達が真に阿羅醐の呪縛を逃れ、今は人間らしく過ごしていることが、元鎧戦士達にも窺える光景だった。
 そんな時ふと考える、今も妖邪界に集う者達の、これまでの人生とは何なのだろうと。実年齢はともかく、彼等が生を受けてから今日までは、阿羅醐に支配されていた時間が圧倒的に長い。大半の人生を盗まれた上で、古の地球に過ごした朧げな記憶を頼りに、彼等は本来の人間に戻ろうとしているのだろうか。
 過去に何かひとつ、付け込まれる野心を持っていたことが、彼等を長い間盲目にして来た。そして今は荒れ果てた土地に放り出されている。何とも不運な人々だと思う。しかしそれでも彼等が、まともな道に進もうとしている事実を知ると、普通に育った人間には不思議にも感じられた。
 それだけ、迦雄須の導いた真実の光に力があった、と言うことだろうか。
 こうして集団で遣り取りをする魔将達からは、人間のごく自然な感情や思考が伝わって来る。なので、今問題にしている彼等の隠し事も、悪意に引き出されたものではないだろうと、地上の三人は改めて信じることができた。
 これで漸く話が前進しそうだと、誰もが明るい予感を感じ始めた。そして場を仕切るように、
『僅かな時間で済んで幸いだった。それならもう、客人を宴の間に通してはどうだ』
 朱天が言うと、迦遊羅は頷いて立ち上がる。
「そう致しましょう。ではお待たせ致しましたが、皆様こちらへどうぞ…」
「やたっ!!、パーティだパーティ!」
 怪しい雲行きだった場が一転し、秀の騒がしい声と足音が、仮新殿の庭を賑わせ始めていた。否、この時点でそこまで喜んでいたのは秀だけだが。
「那唖挫も戻って来たな」
 と、空を見上げていた当麻が言った。那唖挫はこの世界独特の、空を渡る妖邪船に乗って戻って来た。過去に兵士の運搬に使われたものより小振りで、その分高速で移動できるそれは、現在は妖邪力でなく微生物の力で浮いているそうだ。と、それらの説明は宴が開かれた後に、偽鎧の力の話と共に知ることとなる。
 そして当麻の横で、同じように那唖挫の船を見上げた遼は、
「魔将達は集まったが…」
 と不安げに呟いていた。そう、欠けている仲間の情報が何もないからだ。船を見ていたふたりは、それを期待して那唖挫の到着を待っている。暫しの後、船から降りた彼に向かって、
「貴様ひとりで戻って来たのか?」
 最初に声を掛けたのは螺呪羅だった。
「ああ。良くも悪くも手間が省けたもんで」
「はあ?」
 しかし那唖挫の返答は、螺呪羅にも要領を得ないものだったようだ。無論、那唖挫が先程遭遇したとんでもない場面を、螺呪羅が無条件に思い付くこともない。彼はまだ、この場に征士と伸が居ないことにも気付いていなかった。
 するとそこで、
「なあ、伸と征士を見なかったか?。何処かへ行ったきり戻らないんだが…」
 彼等の間に入って遼が尋ねる。
「案ずるな烈火、そのふたりも連れて来るよう命じて来たわ」
「何だ!?、かち合っていたのか?」
 遼に答える那唖挫を見て、螺呪羅は漸く事態を把握したのだった。正に思わぬ事が起こった、と言う驚きに満ちた彼の反応。また彼の発した言葉も、今の遼と当麻には意味が取れない。続けて那唖挫が、
「まあこうなるのも仕方あるまい。あいつらは好き勝手に出歩いているのだ。ただ、水滸の方は今更驚かんだろうが、光輪に見付けられたらしくてな…」
 と話すと、螺呪羅はその情景を想像してこう言った。
「ああ…、それは災難だったな」
 魔将達の考えでは、過去の戦闘で偽鎧を見ている伸なら、比較的柔軟に事態を受け取れるだろうと踏んでいた。事実伸は嫌ってはいるものの、消滅させろとまでは言わない。彼なりの優しさかも知れないが、性格的な許容力の問題かも知れない。だが征士はどうだろう、伸ほど抵抗なく受け入れられるだろうか?。否、その前に事態を理解できるだろうか?、と思われた。
 彼が恐るべき人物を見付けた時、どれ程嫌なものを感じたかは容易に想像できる。
「しかし、確かに手間がひとつ省けたようだ。なら宴の席で大騒ぎすることもないな」
 螺呪羅はそう返して、結局那唖挫の心境に同意していた。
「ああもうすっかり気楽なもんだ」
 何しろ偽水滸が作られた理由は明白だが、最近になって作ったものについては、一から頭の痛い説明をしなくてはならない。まず対面させること自体、どんな段取りで行うか考え倦ねていた。それが不本意にも解決したのだから、魔将達はすっかり肩の荷を下ろした気分だった。
 ただそんな様子の彼等を見ても、
「えっ?、征士は何を見付けたって?、いや誰を?」
 遼達は依然何のことやら、と言うところだ。那唖挫は既に仮新殿に上がろうと、踏み石に足を掛けながら言った。
「それは後のお楽しみだ…」
 続けて螺呪羅も、
「やれやれ、折角お膳立てしてやったと言うのに」
 不満なのか愉快なのか判らぬ口調でそう言った。彼等はそうして、もう何も気に留めない様子で行ってしまった。
 今はふたりの他に誰も居なくなった庭で、
「何なんだ…?」
 難しい顔をして遼が言う。聞けば聞く程得体の知れない怪物のような、妙なイメージが遼の頭に描かれて行った。だが当麻の方は、冷静に魔将達の態度を考えながら話す。
「お楽しみと言う割に投げ遺りだな。あんまり嬉しい事じゃなさそうだ」
「そうか…、やっぱりそうなのか…」
 それならばできる限り、己の良心を裏切らない結果であってほしいと、俄に悲しい気持になる遼だった。



 煩悩京の、明るく麗らかな昼下がりの道をのんびり歩く、そんな経験ができるとは思ってもみなかった。
 だが町中の何でもない住人達に、好奇の目を向けられ続けている。穏やかに再建されつつあるこの場所に、快く招待されたのは嬉しい出来事だったが、今のこのシチュエーションは有り得ない、と征士と伸は青褪めながら歩いていた。
 虚ろな表情のふたりの横には、鏡に映したようなふたりが歩いている。端から見れば異様な光景だった。ただその様子は対照的だったが。
「すごいだろ?、こんなにそっくりな人間は他に居ないんだよ。双児だって何処か微妙に違う。だから僕等の元だって分かるんだよ」
 と、そんな調子で、偽水滸は隣を歩く偽光輪に頻りに話し掛けている。先程那唖挫が現れた時の会話を思うと、今のところ偽水滸は、知識の至らぬ人物の指導を任されているようだった。そして、初めて見る対象に興味深そうな顔を向け、
「ふ〜ん…」
 偽光輪はいちいち感心しながら聞いていた。まあこれが小さな子供なら、何ら違和感を覚えない遣り取りかも知れない。しかし鳥肌が立つような思いで歩く伸の口からは、
「まさかね…。増えてるとはね…」
 最早脱力した愚痴しか出て来なかった。またそんな相手の様子など構わず、偽者達の楽し気な会話は続いていた。
「私はこんな風に見えるのか」
 と、偽光輪はしげしげと征士を眺めて言った。その征士はと言うと、焦点の定まらない目をして、取り敢えず足を動かしている状態だ。確かに魔将達の読み通り、伸に比べてショックが大きいことが判る。彼が問題のふたりを見付けてから、地球時間では三、四十分経っているが、まだ何を問われても、口を開こうと言う気になれないでいた。
 そんな現状を見ると、ある程度人に慣れた偽水滸は、話を主に伸に振ることにしたようだ。彼はそこで改めて偽光輪の紹介を始めた。
「あ、そうだ。言ってなかったけど彼の名前は『リンリン』だよ。僕が命名したんだ」
 説明は不要に思うが、光輪の『輪』を反復しているだけだ。すると、
「パンダみたいだね…」
「ぱんだ?、って何だい?」
「リンリン、スイスイってさ…」
 伸の頭には、『ランラン』だの『カンカン』だの『ホアンホアン』だの、パンダに特有の反復名が数々思い出されていた。そもそも愛玩動物に付けるような名前だと、その命名センスには苦笑いするしかない。否、最初に『スイスイ』と名付けた那唖挫が悪いのかも知れないが。
 尚、妖邪界にはパンダは存在しないらしい。暫し不思議そうに考えていた偽水滸だが、呆れたような薄ら笑いを浮かべる伸を見ると、
「気に入らない?、悪奴弥守が呼んでた名前の方が良かった?。僕は好きじゃないんだけど」
 と続けていた。パンダが何物であるかは気になるが、まず今話しているテーマを逸れないようにと、偽水滸は意外に配慮していた。そんな面こそ、彼の元が水滸である証に違いない。
 勿論それを認めたくない伸の方は、自分と相手の類似性など、この場で悠長に考えることもなかった。尋ねられた話題に対して、
「何て呼んでたの?」
 と興味の向くまま問い返すと、そこで思わぬことに、
「いや!」
 征士が口を挟んでいた。一瞬誰もがびくりと動作を止める勢いで、彼は激しい拒絶の意を表している。一体どうしたのかと、三人が注目する中こんな解釈を続けていた。
「言わないでくれ。恐らく私にも嫌な名前なのだ…」
 征士が必死な声を上げた理由。彼の言わんとしていることは、立場の同じ伸には理解できたようだった。恐らくその名前に恥をかかされると思ったからだ。もう既に、偽者二名の呼び名すら馬鹿にされている気がする。まして悪奴弥守が偽光輪に付けた名前など、人の失笑を買うネタにしかならないと想像がつく。もう使われていないのなら、今更聞きたくもないと征士は思う筈だ。
 耳を塞ごうとしたのか、両手を頭の左右に当てた格好の征士は、それきりまた口を噤んでしまった。けれど悩める者の心情などそ知らぬ顔で、
「そう!、そうだろ?、君の名前でもあるんだ。認めてくれて良かった!」
 偽水滸は嬉しそうに、征士の意志を好き勝手に受け取っていた。そんなデリカシーのない面は流石に、オリジナル達を苛つかせる要因になる。
「言っとくけど、君達と僕とは何の関係もないから」
「それはそうだけど、でもさ、」
 不愉快そうに吐き捨てた伸に対し、それでも偽水滸は話したいことを話し続ける。
「僕らと君らは多分、ある時点までは同じで、そこから別の力として分かれた存在なんだ。同じ鎧が仲介してるし、やっぱり元は同じだと思うよ。那唖挫が『紛らわしい』って僕の呼び名を変えたお陰で、やっとそのことが分かったんだ。僕自身が混乱してたからさ。だから彼にも新しい名前を付けてあげたんだ。僕らも今は全く同じとは思ってないよ」
 彼の話は、名前とは自己を認識する大切なものだと感じさせる。今は以前に比べ、それなりに人間的になって来た偽水滸を見ると、確かにその点では説得力があると思う。思うけれど伸は、
「全く同じなんて…、ホントに勘弁してほしいよ…」
 結局そんな感想しか言えなかった。せめてこの直前に、町の外の草原での場面を見なければ、もう少しまともな言葉を返せたのだが。現状ではどうしても、偽者達の動物的な在り方を嫌がる気持が、前面に出てしまう伸だった。
「だから違うって言ってるじゃないか」
 と言う偽水滸の反論も、伸はまともに聞いていなかったけれど、その時ふと、
「あれ?、じゃあ…、偽光輪は悪奴弥守の所に居たのか」
 話の中で流してしまった最大の疑問に気付いていた。今更だが、そう言えば何故偽光輪なんてものが居るのだろう?。驚きのあまり根本的な質問を忘れていたと、伸の発言から征士も思い付いていた。そして偽水滸は酷く簡潔に説明してくれた。
「そうだよ。悪奴弥守が那唖挫を拝み倒して作らせたんだよ」
「あーあ…」
「馬鹿が…」
 それだけでありありと絵面が浮かんで来そうな、予想通りの話だった。事実を知ったふたりは心底呆れた様子で、頭を抱え、深い溜息を吐いている。やはりハプニング的な出来事は殆ど、魔将達が生み出しているような気がしてならない。否そもそも偽水滸なんてものが無ければ、こんな事態にお目に掛かることもなかった。つまり阿羅醐が悪い、などと気休めに考えても、ちっとも気分は晴れなかった。
 誰も憎みたくはないのに、何故ここには傍迷惑な人間が多いのか…。
 そして困ったことに、その件についても偽水滸は幸せそうに返すばかりだった。
「アハハ、僕にはすごい幸運だったけどね。那唖挫も、また鎧を作ったからって、僕と同じような奴が出て来る可能性は薄いって、何度も言ってたんだけどな」
 果たしてそれは本当に幸運だったのか、不運だったのか。
「幸運ね…。まあ仲間ができた君には幸運だ…」
 と伸は、その他の者にはそうではないだろうと、嫌味な表現をして返す。ところが、
「勿論だよ水滸、同じ仲間が居ないと愛し合えないじゃないか」
「・・・・・・・・」
 相手の予想不可能な発言を耳に、伸も征士も黙り込んだ。偽水滸は気付いていないが、今ふたりの間には気まずい空気が流れ始めている。あの時から、悪奴弥守の術に因って意識を解放され、仲間達を混乱させる騒動を征士が起こした時から、極力その手の話題は避けて、穏やかな状態を再構築して来たと言うのに。こんな、悪い冗談のような場面で蒸し返されるとは…。
「ね?」
 そんな事情は知らない偽水滸が、隣を歩く偽光輪に目配せして言うと、ふたりはごく自然な様子で笑い合っていた。それを微妙な気持で見ていた征士と伸。別段彼等が何をどうしようと、自分達に影響がある訳ではないけれど、極めて釈然としない状態を目にしている気がした。
 なので初めて伸の方から問い掛けた。
「何でそんなことになったの…」
 確かに、偽鎧がもう一体現れたからと言って、仲間意識以上に発展する必要も必然性もない。
「何でって、特別に何かあった訳じゃないよ、ねぇ?」
 尋ねられた偽水滸もそう言って、再び偽光輪に同意を求める。彼等にも事の成り行きの明確な答はないようだった。ただそこで偽光輪が、
「何故彼等は不服そうなのだ?。分からんな。私達は生まれたことに不満なく過ごしているが、私達の原型は不幸なのだな」
 と、とぼけたように言うと、
「ハハハ!、不幸ってことはないよ。人間と僕らは違うんだ、多分僕らはふたりだから幸せなんだよ」
「ふ〜ん?」
 偽水滸の説明は、未熟な偽光輪にだけでなく、共に歩く者全てを考えさせていた。
 伸は一般に言われる数の論理について考えていた。一は原始であり始まりである、二は和合であり離反である、三以上は様々な集合状態を現す。社会であるかないかを決定する、一と二の差はあまりにも大きく、偽者達の生活上に大きな変化を齎したこと思う。
 また征士は、楽園で暮らしていた原始の人間達を考えていた。彼等はある意味では大馬鹿者だった。善きことも悪しきことも何も知らず、与えられるままに貪り、何事もふたりの意志のみで完結する共同体。当人達は幸福の価値も知らずにいるのだと。
「気楽なことだ…」
 と征士は溜息混じりに呟いた。そんな、架空に近い対照を見せ付けられている己は、酷い不運に見舞われたと感じる。もし彼等の言う通り、同じ個体が途中で別れたなら尚のこと、長い道程を経、結果に苦悩することが間抜けな行為とされてしまうようで。
 悩みの生まれぬ状態で幸福に生きる彼等には、所詮人間を理解することもできぬ。と征士は思った。
 しかし偽水滸は、そんな征士に向けて言った。
「だって分かっただろ?。前に僕が水滸と入れ替わった時、僕に触れても何も感じなかっただろ?。僕もそうだ。君らは拍動があるだけの人形みたいだと思った。僕らと君らは同じ地面に立ってるようで、本当は別の場所に居るんだと思うよ」
 征士は思い出す。確かに、生きて動いている偽水滸に触れても、マネキンのようにしか感じられなかったこと。けれど相手も同様に感じていたとは、知らなかった。
「ああ…、そうか…、成程…」
 そしてひとつ、偽鎧が水滸しか存在しなかった頃には、彼は天涯孤独の悩みを持っていたと知り、征士は直前の考えを訂正した。偽水滸については、だから少し人の感覚が解るようになったのだと。
「この妖邪界にも地上にも、僕と通じ合う人間は居なかった。僕は一体だけ作られた特殊な鎧だしね。だからリンリンに会えたのは、本当に奇跡なんだよ」
 続けてそれなりに身に詰まされる話をした偽水滸だが、もうそんなことは忘れた、と言うように笑うと、偽光輪がそれを受けて返した。
「今はふたりだから幸福なのか。そうか」
 本当に理解したのかどうか怪しい調子だったが、それで意見が纏まれば良いと、少なくとも偽水滸は思っているようだった。まだ難しい議論をするレベルでない偽光輪なので。
 否、人間が基本的な生活をし、幸福感を得る為に難しい議論は必要ないけれど。加えて当事者の感情以外の、周囲の雑音を気に留めなければ苦悩もないけれど。そうできる偽物達を伸は、この時になって初めて少し羨ましく思った。
「そう…。選択肢がないのは、ある意味幸福かもね…」
 対照がひとりしか居ないなら迷うことはない。ただ、馬鹿にしたように言っておきながら、伸は安堵もしていた。
『出て来たのが偽光輪で良かった…』
 征士もまたそれには安堵する他なかった。現状を仕方なく妥協できるのは正にその為だ。もしこれが偽烈火なり、偽金剛などであったら、単に不快な問題では済まなかったと征士は思う。例えオリジナルとは違うとしても、どうしても許せなかったと思う。
 それこそ間抜けだ。そんな最悪の目には遭わずに済んで良かった、と今は考えられていた。
 煩悩京の町中で征士が、偽光輪を見掛けて狼狽えた後、それを追跡した先でとんでもない場面に出会った。その後伸を呼んで事実を確かめさせもした。その時には、自分と同じ顔をした偽物を認める気になるとは、到底考えられなかった。あまりにも無節操な彼等だったので。
 しかし解らないものだ。道を歩く間の数十分の内に、それ程多くの事を語れた筈もないのに、相手の考えることが次々明確になって行った。勿論異種間の理解が進んだとも言えるが、そうでない面があることを今は、征士も伸も気付いている。
 気に入らなくとも恥ずかしくとも、やっぱり彼等は自分達の一部なのだと。
 だから仕方なく認めざるを得ない、己の欠点を認めるように許さざるを得ない。今はそんな心境に至ったふたりだった。
 ところが、地上のふたりが情を持ってそう考える横で、悪気はないのだが、偽水滸は変わらず空気を読まずに言った。
「ねぇ、でも、君は水滸が好きだろう?」
「…あ?」
 突然尋ねられた征士は、答え難いと言うより言葉が出なかった。すると、
「作為的な話をするな!!」
 伸は偽水滸の、したい方向に話を持って行こうとする様を激しく咎める。全く、少し好意的に見てみたものの、こうした所がさっぱり無神経だから嫌いだ、と伸は改めて怒りを思い出していた。
 元が同じだからこそ困る、恥ずかしい思いをさせられる。口に出して言いたくない言葉や心の秘密まで、彼は普通に喋ってしまうからだ。そのデリカシーのなさが人間として堪えられない。偽鎧の存在を拒絶はしないけれど、絶対傍には居てほしくなかった。
「え?、何言ってんの?。僕らは途中まで同じ人間だって言ったじゃないか。僕の気持はほとんど水滸の気持だから、」
「うるさいよ!」
「リンリンの気持もほとんど光輪と同じだと思うよ」
「うるさいっ、黙れ!!」
 偽水滸が何を聞きたがっているかは、同じ人間だから何となく解る。解るので伸も征士も何も言えなかった。
「・・・・・・・・」
 そうして、やりにくそうな様子で口を閉じるふたりを見て、偽水滸は何を思ったのか、酷く面白そうに笑い出していた。
「ハハハハハ…!」
「冗談じゃないよもう…」
 できる限り秘密にしておかなければならないこと。暗黙の了解で表に出さないようにして来たこと。それが思わぬ相手に因って簡単に崩されてしまった。アクシデントもあったけれど、より多くの人の為を思うからこそ、ふたりで守って来た美しい平行線だったのに…。
 これではもうどうなるか解らないと、伸はさめざめ愚痴を吐くばかりだった。後は一同の会する宴の席で、この事態が拡大しないよう祈るだけだ。



 今は煩悩京の中心となった大本堂。それを囲む施設のひとつ仮新殿に、漸く予定の顔触れが揃った。
「へぇ〜!!、え〜!?」
 大袈裟な声を上げて驚く秀の横で、遼は青褪めながら呟く。
「な…ん…で…また…」
 そのまま卒倒しそうな彼を朱天が心配そうに見ていた。
 本来の段取りは、まず偽物達を除いた十人で会食を始め、徐々に話を進めながら折を見て、新顔を紹介する予定にしていた。しかしもう、最も配慮すべきふたりが対面してしまったので、遠回しな演出は省略、部屋には最初から十二のお膳が並べられていた。尚、朱天の膳にはお酒だけが置かれていた。
 さて遼と秀の反応はこの通りだったが、当麻だけは一度、偽光輪と征士を見比べるような仕種を見せただけで、そこまで驚いてはいなかった。ここに着いてより既に偽鎧の話題は出ていたし、『人物』だと言うし、魔将達の態度からかなりデリケートな問題のようだと、その概形をぼんやり想像できていたようだ。
「成程な、言い出し難い訳だよ」
 と彼が言うと、
「本当に、何と申し上げて良いか…」
 やんわりと批判する当麻に、迦遊羅は深々と頭を下げていた。無論彼女が悪い訳ではないが、今は妖邪界の代表としての責任がある。身内の不祥事を代わって謝る彼女を見る、他の魔将達の心情もいたたまれなく感じられた。しかし、そんな状況には全く関心を示さず、
「彼等が地上の他の仲間達だよ。向こうから天空、金剛、烈火」
「ふ〜ん」
 偽水滸は早速偽光輪に、まだ知らぬ顔触れを紹介し始めた。先生役として何処か自慢げに話す偽水滸と、珍獣を前にしたような物見高い態度の偽光輪は、明らかに場違いな様子で浮いている。まあ彼等の意識と、その他の意識に隔たりがあるのは仕方ない。
 宴の席の端に並ぶ、そんなふたりの遣り取りを暫く見て、
「すげぇ。そっくりなのがふた組並ぶと壮観だな」
 と、秀は素直な驚きを言葉にした。
 因みに六膳ずつ二列で向かい合った席の配置は、単純に早く入場した者から奥に詰めた為、偽水滸と偽光輪、そして征士と伸は部屋の最も手前で向かい合っていた。つまり双方を見比べ易い状態だった為、誰に取っても驚きはひとしおだった。
 すると、あんぐりと口を開けたままの秀に、
「見た目がそっくりなのは当たり前だよ。僕らは根本的に水滸、光輪と同じだし」
 と返しながら、今はそれだけの存在ではないと言う反意を、偽水滸は合わせて伝える。
「でも違う所もあるんだよ、僕は時間が経つ毎に、元の水滸から少しずつ変わって来たんだ。ああそう、改めて言うけど僕は『スイスイ』って呼ばれてるんだ。彼は『リンリン』だよ。ね?」
 迷いのない言葉でそう話す、偽物達もそれなりに成長していることは判ったけれど。
「…プッ」
 横で聞いていた当麻は前の伸同様、頭に白黒の動物が想像されて吹き出していた。
 取り敢えず、呼び名の滑稽さや協調性のなさはともかく。
 そんな当麻からは、偽鎧同士の間ではごく自然な、人間的情愛を交しているように見えた。言葉少なな偽光輪に対し、常に気遣うように話し掛けている偽水滸。そして会話等の行動以上に、ふたりが見せる相槌的な仕種が、何らかの特別な信用を見る者に感じさせていた。その様子について秀が、
「仲良さそうだな?」
 と素朴に尋ねると、偽水滸はそれをさも可笑しそうに笑った。
「え〜、どう言う意味だい?。君らは仲良くないのか?」
「いや何つーか…、そう言う意味じゃなくて…」
 しかしその時、列の端から伸がギロッと睨む顔が見えたので、
「何でもねぇっす」
 結局秀はその回答を得られずに終わる。だがその遣り取りのお陰で、当麻には魔将達が困っている理由も、悪奴弥守が酷くしょげている理由も判ったようだ。
「クックックックッ…」
 ちょっとした出来心から偽鎧が増えた。恐らくそれだけの事なら、迦遊羅を始め魔将達がそこまで言い出し難いこともなかっただろう。そもそも新たに現れた偽光輪が、人畜無害な存在であるなら、自然に知られる時まで黙っていれば良かった筈だ。それを敢えて明かす背景には、魔将達の苦悩が見て取れるようだった。
 つまり偽鎧達が、本物の征士と伸より親密になってしまったことで、造った側よりも元のふたりに、大変な不快を与えるからだ。思い出してもみよ、魔将達も知っているが当麻も知っている、以前悪奴弥守が起こした騒動から、征士と伸がこれまで何を思い合っていたのかを。そして彼等の大切な隠し事が、偽物達に因って台無しにされてしまうかも知れない。魔将達はそれを申し訳なく思っているのだろう。
 それ程に偽者ふたりは、目に余る仲の良さだと言うこと。
 しかし、偽水滸と偽光輪がどう通じたのかは知れないが、まるで人間の子供のように、なかなか思うように成長してくれないのは、ある面では本当の人間らしいと当麻は思った。
「それにしても那唖挫は天才だな、ある意味」
 と、彼は半ば呆れながらも誉めていた。勿論それで気を良くしてくれれば、彼が知りたがっている他の疑問にも、色々答えてくれるだろうと言う計算込みで。だが、
「別に俺が作った訳じゃない。作ったのは側だけで、こいつらは勝手に出て来たのだ」
 那唖挫はあまり乗せられ易いタイプではないらしい。偽水滸の入れ替わり事件で聞いたことと、特に変わらぬ話をするばかりだった。けれど続けて、
「そこがまず分からない。鎧だけなら単純な物質だからまだしも、」
「材料はそこらの泥だ」
 当麻が同じ話題で食い下がると、那唖挫は意外なことを言って周囲を驚かせた。
「へぇ〜!」
 秀が俄な興味を示している。彼の脳裏にはNHKのキャラクター、はに丸とヒンベエの姿が浮かんでいた。彼に取って泥で作られた物とは、古代の呪術的な埋葬品をイメージさせるらしい。まあ今はそんなレベルの話ではないと、当麻は流して先を続ける。
「泥から作ったとして、なら泥に力があるのか?。それとも当初の偽水滸は純粋に妖邪力が源だったのか?。だとしたら今は何が彼等を動かしてるんだ?。元々の鎧から力を引き出しているのか?。俺はその辺りが知りたいんだが」
 と当麻は、これに関して思い付く疑問を並べたけれど。
「阿羅醐の頃は鎧の中は空洞のままだった。…それだけだな。後は俺にも分からん。この土地の状態なら螺呪羅の方が詳しい」
 結局那唖挫は自分でも不可解だと言って、話を螺呪羅に振ってしまった。この件にはあまり関わらない彼には、正に突然の御指名だった。
「あぁ!?、そんな分野には門外漢だぞ?。泥で作った物が魂を持つなど聞いたこともない」
「そうですね…」
 螺呪羅が面倒臭そうに返すと、彼の言が確かなことを認めて迦遊羅も頷いていた。妖邪界は地球上に比べ、奇妙な自然現象が多く見られる土地ではあるが、土器の人形から生物が現れた、などと言うことは過去に例がないようだ。そして、
「恐らく環境から来る力ではない、偽水滸は地上に降りても何ともなかっただろう。俺が見る感じ偽水滸の能力は、悪奴弥守の使う力に似ていると思うが?」
 螺呪羅も那唖挫と同様に、大した説明もせず話を悪奴弥守に振るのだった。否、偽水滸と悪奴弥守の能力が似ていると言う説は、一理あると誰もが思っていたことだ。だが、
「そう言われてもな…、動物はともかく死んだ奴のことなど知らん。俺はあくまで仮死状態を操れるだけだ」
 やはり悪奴弥守にも答は存在しない。そして再び迦遊羅が、
「そうですね…」
 と溜息を吐いた。誰にも解らないから悩んでいる、全くそんな印象の迦遊羅と魔将達だった。
「へぇー、みんなホントに分かんねぇんだなぁ?」
 話す魔将達を順々に見て来た秀は、こんな事もあるもんだ、と増々面白そうに身を乗り出していた。不思議な事件、不可解な出来事は何でも魔将達が関わっている、と思えていた秀には新鮮な状況だ。ところがそこで、
「分からなくないよ、そんなの簡単じゃないか」
 秀同様に明るい顔をした偽水滸本人が、何らかの説明をしようと口を挟んで来た。魔将達には「どうせ眉唾物だ」と想像できていたが、秀は素直に応答する。
「そうなのか?」
「だって君らの鎧は着る人が決まってるんだろ?。寸部違わぬ同じ物を作ると、鎧が勝手に同じ人を作るようになってるんだよ」
「それ本当か…??」
「そうだよ、僕がそう思うんだから」
 真面目に聞いてはいたが、秀も流石に納得したくない話だった。恐らく偽水滸は、自身が生まれる以前の出来事は、あまり知らされていないのだろう。彼の説明では、偽水滸の鎧が作られてすぐに彼が存在しなくてはならない。まあ秀から見ても、知識に欠陥があると判ってしまう偽者達に、まともな議論を向けるのは時間の無駄だった。
 との考えに至ると、
「そんで?、那唖挫は何で偽光輪なんて作ったんだよ?」
 秀は話の矛先を急に変えてしまった。無論彼はこれまでの話の流れから、今聞きたいことを口に出しただけだが、他の者にしてみれば何とも罪作りな言動である。何故なら当麻の示した議題なら、口籠る事情もなく話せた那唖挫が困っている。恐らく、誰かひとりに罪を着せる形になるのが嫌なのだ。
「聞かなくとも予想はつくだろ?」
 わざとらしいと、当麻が秀に言って嗜めたが、非のある己が黙っているのも不味いと思ったか、那唖挫は形だけ説明してくれた。
「しつこく頼まれたからだ。俺は作りたくないと幾度も断ったんだがな」
「へ〜?、誰に?」
 すると当麻同様に螺呪羅も、
「金剛よ、少しは気転を利かせてやってくれ。奴も今回は心底懲りている」
 と、面白がっている彼に願うように言った。那唖挫の隣に隠れるように座っている、その人は元々お喋りな方ではないが、今日は一段と表情が暗かった。闇魔将と言う肩書はあれど祝いの席だ。その晴れやかな雰囲気に全く乗れないでいる彼は、確かに少々不憫にも映った。
 自業自得ではあれど、偽者達の幸せそうな様子を日がな見せ付けられていると思うと。
「へへ、しょうがねぇな!」
 なので秀も、興味本位に魔将達をつっ突くのはお終いにした。別段悪奴弥守に恨みを持つ立場でもない。ただ事実を知りたかったのと、魔将達が狼狽える様が面白かっただけだ。否、秀には秀の、追及せねばならない問題があったが、それについては当麻が先に口を開いていた。
「だが、この件と、こないだ螺呪羅が来たことの関連は?」
「ああ…それは、」
 秀の誘導によって気まずい空気が流れた後、それを落ち着けるように、淡々とした口調で問い掛けた当麻。それで場の状態が一変すると、螺呪羅も話を切り出し易くなったのか、すぐに懐を探って、何かを見せようと言う仕種をしていた。
 そして彼が袖口から取り出した物は、
「これを作る為だ」
「!」
 一見鎧玉のように見えた透明な球が、螺呪羅の手の上で一筋の光を放ち始める。その光の筋が見る見る帯になり、複雑な形になり、やがて人の姿を部屋の壁面に映し出していた。
「いっ!、何だそりゃ!?」
 思わず秀が頓狂な声を上げる。それがいつぞやの自分の姿だったので。すると螺呪羅は、
「人間界では『アルバム』と言われるような物だ。写し取った映像を保存して、好きな時に見ることができると言う。ホレこんな風に」
 と楽しそうに説明しながら、手の上の球をくるくると回転させる。それに合わせ、日常の中での様々な秀の映像が現れ、部屋の壁伝いに幾人もの秀が回転していた。地上の五人にはアルバムと言うより、ミラーボールのように感じられた発明品。しかし、
「万華鏡みたいだ!」
 と喜んでいたのは偽水滸だけだった。多くの者はやはり呆れるばかりだった。呆れるだけでは済まない秀が、
「だーっ!、恥ずかしいから止めろよなーっ!」
 騒ぎながら立ち上がると、流れる映像を掻き消すように手足をバタバタさせる。まあ確かに、不意打ちのような絵ばかり次々出て来るので、本人にはたまらなかった筈だ。何故ならそんな、ごく自然な状態を撮影する為に、螺呪羅は姿を隠して柳生邸に潜んだのだ。秀に取っては「のぞき」的な映像に違いなく、素直に認められる物ではない。
 ただ、収録された内容はともかく、
「一種のプロジェクターだな。映像装置でそんなコンパクトなのは地上に無いぞ」
 と当麻が、不思議な球についてだけは評価する。それを耳に、
「じゃあ俺も天才だ♪」
 螺呪羅が全く罪の意識を感じさせない、お茶らけた様子でそう言うと、秀は苛立ちをぶつけるように怒鳴っていた。
「んなことどうでもいいっ!。何でそれと偽鎧が関係あんだよっ?」
 すると、それまで只管陽気な調子で話していた螺呪羅が、秀に向けて突然真面目な顔を作った。ふざけるのも大概にしろ、と言う気迫の現れた秀の顔を見ながら、彼は言葉の一言一言を大切にするように、ゆっくりその答を話し始める。
「だから。俺は偽鎧のような物を作るのは反対なのだ。それがお主らとほぼ同じ人間になると言うなら、尚のこと後の責任は負えぬと思う。会いたさ見たさが高じて、信用を裏切ることになってはいかん。そうだろう?」
「そうだとも」
 螺呪羅はそこで一度、向かい合っている秀に同意を求めると、ほんの僅か安堵を見せながら結論を続けた。
「だから俺はこ奴らに、害の及ばぬ事で納めるべきだと示す為に、この球に収める映像を撮りに行ったのだ。そんな次第だ」
 至極真面目に語られた、螺呪羅の伝えたい内容は概ね秀にも理解できた。つまり悪奴弥守の考えの浅い行動と、頼みを聞いてしまった那唖挫の軽卒さ、その結果が明後日の方向に進展して行ったこと、それらを見て、同じ魔将として情けなかったのだろう。もう不審に思われる行動はすまいと、誰もが一度は心に誓った筈なのに、まだ危うさから脱し切れていない彼等の様子。
 勿論偽水滸なんてものが現れたことで、考えを狂わされてしまったのだろうが、それに気付いたから警鐘を鳴らした。螺呪羅の行動はそんなものだったようだ。
 その時、暫く固まっていて何も話さなかった遼が、
「うん。俺も、螺呪羅の考え方は正しいと思う」
 と、珍しく螺呪羅の肩を持つように言った。
「フ〜ン…?」
 それでも秀はまだ納得し切れないようだが、遼の方は、螺呪羅の言葉を裏付ける話を聞いていた上、自分にも関係ある話題として口を挟んでいた。
 そう、柳生邸の庭で鉢合わせになり、隠密行動を秘密にしておくと約束した時、螺呪羅は「まやかしの価値を知れば実体の価値も知る」と、遼に話していた。恐らく幻魔将と言う立場からは、虚像が如何にリアルであろうと、本物と偽者の間には深刻な隔たりがあると、知れていたのだろう。幻を自在に扱える立場だからこそ、儘ならない現実を大切にする気持が理解できた。
 だから螺呪羅の行動は賢明な選択だ、と遼には考えられていた。そして遼の適切な判断を見た朱天も、
『烈火もそう言っている、その時のことは容赦してやってくれ』
 と言って、未だ首を捻っている秀を宥めた。
「まあいいんだけどよぉ…」
 しかし、螺呪羅の話も遼の意見も、至極真っ当なことを語っていると思えるが、秀は何に納得できないでいるのだろう?。すると彼は、漸く疑問点が整理されたかのように、伏せていた目をぱっと見開いて言った。
「だったら最初からそう言やいいじゃねぇかよォ?。何でコソコソ来るんだよ?」
 成程、言われてみればそうだと、秀以外の誰もが思う。同じく隠れて撮影するにしても、訳ありなら堂々と許可を取れば良いものを。
「あー、それはだな…」
 途端に落ち着かなくなった螺呪羅を見て、まるきり他人事のように伸が水を差す。
「何かやましいところがありそ」
「貴様何を言うかっ!、何も、何もないぞ!」
 伸にしてみれば不快な状況に対する、ちょっとした腹いせのつもりだったが、螺呪羅にはとんだ飛ばっちりだ。
「本当だ、信じてくれ!!」
 さて本当のところはどうなのか、それは螺呪羅にしか判らないけれど、彼が騒げば騒ぐ程周囲の空気は白けて行った。不必要に必死な螺呪羅を見下ろす秀も、やっぱり納得できない、と言う顔をしたままだ。結局魔将達は誰も似た者同士なのだろうか。
 するとその時、突然偽水滸が腹を抱えて笑い出した。
「アッハハハハハ!。…三魔将は地上の鎧戦士に弱いんだ!。ハハハハハ…」
 格式高い行事用の座敷であることも忘れ、座布団からはみ出して笑い転げている。それ程に、ここまでの流れが可笑しかったのだろう。彼はこれまで魔将達が、こんなにも立場の弱さを露呈する場面を見たことがなかった。
 豪快に笑い飛ばされた魔将達の弱点。今話題の中心に居る螺呪羅も他のふたりも、今のところ半人前以下の偽水滸に笑われた事実は、全く立つ瀬のない状況だった。螺呪羅は冷や汗をかいている、那唖挫は険しい顔をしている、悪奴弥守はあらぬ方向を向いて頭を掻いている。そんな状況を見て、
「笑われて当然ですよ、皆様方」
 と迦遊羅が厳しい口調で告げると、朱天も、
『情けない…』
 と溜息混じりに聞かせていた。
 ただ、恥じ入る話を多く抱えた彼等ではあるが、とにかくこれまでの経過を打ち明けられたのは、心からの幸いだった。これさえ越えてしまえば、後は安らかな宴の席に酔い痴れることもできよう。



つづく





コメント)あー。久し振りに1ページの容量オーバーで、所々端折ることになってしまった。この二話目は過去の話との関係を説明する文が多いのと、十人が集まって話すシーンがあるのでしょうがない。変な所で切る訳にも行かないし。
とにかくあと1回分で完結ですっ。




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