のぞみ車中
21世紀のハレルヤ
#1
Nu Hallelujah



 東海道を西へ向かって直走る、のぞみ5号は今新横浜を発車したところだ。
 格安チケット店で購入した特急券を持つふたりは、嘗て同じ大学に学んだ友人だったが、こうして一緒に出掛けるのは七年振りのことだった。
 ひとりは、日本に於ける人類学の研究者として、ぼちぼち名前の知られて来た羽柴当麻博士、三十五歳。
「どうでもいいが、おまえまだ独りなのか?」
 と、隣席の旧友に尋ねると、
「人のことを言えるか」
「まあそうだが」
 そのまま話を返された。もうひとりは伊達征士と言って、日本文化史が専門の准教授。同じ年生まれの三十六歳だ。
 彼等は今、大分県のとある場所に向かっている。時期的には夏休みの真只中だが、無論、独り者のいい年をした男がふたり、連れ立って旅行と言う訳ではない。所属する大学研究所から予算が降りたので、羽柴当麻博士、面倒なので呼ばれる通り『当麻』と書くが、心当りのある他の専門家を伴って、気になる事例を調べに行くところだった。
 切っ掛けは現地に住む別分野の研究者と、当麻がメールの交換をしていたことに拠る。学術的な、或いはその周辺的な話題を遣り取りする内に、まだ全国的には知られていない、面白い事件が起こっていることを彼は知った。それは人類史上に於いても、なかなか興味をそそられる話だった。そして、研究所の夏期休暇を利用して、現地へ足を伸ばすことにしたのだ。
 ところで、三列に並んだシートの一番窓側には、彼等のもうひとりの友人が座っていた。
「それで、何しに着いて来たんだ?。おまえを呼んだ覚えはない」
 通路側の席から乗り出すように当麻が言うと、
「冷たいじゃないか、友達なのに。面白そうな所に行くって聞いたからさ」
 それまで窓の外ばかり見ていた男が、憮然とした声でそう返した。彼もまた同じ大学のサークル仲間だった人物で、同じ三十六歳の毛利伸と言う。製薬会社の研究室に務める研究員だ。
 と、三人は三人とも何らかの研究に携わる立場だが、今回の目的にそぐわない分野の伸に、同行の依頼が来ないのは仕方がない事情だった。だが一昨日の夜、偶然征士からこの話を聞いた彼は、何の断わりもなく今朝になって突然現れ、勝手に同行しているのだった。
 否、朝何処に集合するかは聞き出していた筈だが。
「おまえの分の旅費は自分持ちだからな」
「分かってるよ、大学からの予算が厳しいことくらい」
 そう、研究費には限りがある。まして景気の悪いこの時代、希望通りの充分な経費など得られる訳もなく、必然的にケチりながらの旅となる。そんな背景は承知の上だ、と言う態度の伸はただ、旧友達との久し振りの旅行を楽しみに来たようだ。
 かくして、端から見れば華やぎも何も無い、年男三人の珍道中は始まった。



 時間優先なら飛行機を使う。しかし前途の通り予算が少ない。
 結果的に陸路を六時間半かけて移動することになったが、人間の体は不思議なものだ。ただ椅子に座っているだけでも確実に腹が減る。朝六時半に出発した新幹線の車中で、お昼時には少し早い十時半頃、三人は広島の駅弁を広げて昼食を摂っていた。
 それまでの間に、突然研究旅行に参加した伸も、当麻の目指す目的についての話を聞き終えていた。ところが、それなりに真面目な態度で話した当麻に対し、伸はそれ以降ニヤけっ放しなのだ。
 何故なら、
「でも笑っちゃうね、技術と情報化が進んだこの御時世に『吸血鬼』だって」
 伸は箸を止めて、まだ笑いが止まらない様子で言った。
 そう、当麻の元に届いた情報は、大分県のとある町で猟奇的な事件が発生し、それに伝説上の存在である吸血鬼が関わっているのでは、と推測するものだった。確かに、一般市民レベルの噂話ならともかく、大学の博士が真面目な顔で話す内容ではないかも知れない。
 一応検証人として着いて来た征士も、
「そもそも外国の話だろ?」
 と、関心の薄そうな声色で続けた。
「まあな。説話としてはドラキュラ伯爵が有名だが」
 ただ、そう答えた当麻には、それなりの学術的価値を感じられているようだ。人類の発達の過程で、伝承通りの吸血人種が出現するとしたら、今後の人の進化を考える材料にもなる、とかとか。
 また彼は続けて、
「但しほとんどが中世の話だからな」
 と注釈を入れた。その意味が取れない征士は再び尋ねた。
「中世の話だから?、何だ?」
「何だじゃない、その当時の環境を考えてみろ。まだ通信網はおろか、大陸を渡ることが侭ならなかった時代だ。日本の部落同様、嫌われる一族はひたすら隠れ住むしかなかった。だが1900年代に入ってからは、世界は劇的に変化しただろ?」
「それで?」
 関心がない所為なのか、物を食べながら話すせいなのか、なかなか理解しない征士に苛立ちながら当麻は言う。
「だから!、住み難い土地から移動する奴がいてもおかしくないって話だ。貴様も研究者なら察してくれ」
「生憎国内専門なもので」
 まあ、例え落ち着いた場所で向かい合っていても、吸血鬼などと言う架空に近い存在について、真摯に考えようとする者は稀だろう。征士は歴史の中でも日本文化が専門、人類の進化や人種の変遷を云々する研究者ではない。当麻と同レベルに思考することは鼻から無理だった。
 勿論彼等が過去、西洋文学やオカルトに凝っていた事実もない。ここに居る三人は皆同じサークルに所属していたが、ブリッジと言う伝統的なカードゲームの会だった。
 そんな訳で、当麻が持ち合わせる情報を切々と話せども、今のところ誰も食い付いてはくれない状況だった。そればかりか、
「日本で調査する意味は分かったけど、今更だよね」
 伸は違った意味で面白がって、話の粗探しばかりしているようだった。
「今更か?」
「中世から知られてる話なんだし、もっと早くから調査すればいいのに。開国から百年以上も経ってちゃ、元の集団はすっかり拡散してるよ」
 それについては、歴史的かつ経済的事情があっただろう、と当麻が適当な返事を考える横で、
「それもそうだ」
 と征士も相槌を打つ。「戦後の混乱に紛れて」と言う常套句がある通り、世界大戦後のやや持ち直した頃が調査に相応しかった、と彼も考えているようだ。当然海外には、長くそれを研究している人物も居るだろう。何故民族の移動が激しかった時代でなく今頃?、と言う疑問がまず頭に浮かんで来る。
 否、それ以前の問題だと伸は更に続けた。
「大体そんな、何の役にも立たなそうな研究をさ、この不況の中でやってるってのがさ」
 どうも、伸の笑いのツボはそこにあるらしい。そう語った彼は酷く楽しそうに、浮き浮きとした態度を見せ付けていた。まるで最初から当麻の関心事を笑いに来たかのようだ。
「役に立たないかどうかは見方による」
「はぁ?、どう言う意味?」
 伸の意地悪な発言に対し、当麻もここでひとつ反撃に出る。
「おまえのように、毎日無菌室に篭ってるよりよっぽど社会的だよ」
「僕は先進医療に貢献してるんだぞ?」
「まあまあ」
 挑発的な会話を始めたふたりの間で、征士はその双方を諭すように手を広げた。確かに伸の言う通り、人類の何たるかを知ったとしても、今を生きる人々の生活が良くなる訳ではない。だが当麻の言うように、良い社会を保つ為のヒントを探すことも、集団で生きる人間には必要なことだ。
 どちらに軍配が上がると言う議論ではない。と、征士は食事を続けながら考えていた。
 すると伸は言い方を変えてこう続けた。
「いいけど、よく予算が降りたもんだよ。リーマンブラザース絡みで、有名私大は軒並み赤字出してるじゃないか。国立に就職しといて良かったね?」
 それもある意味では嫌味だった。当麻は大学院を卒業する際、制約が少なく財政も潤沢な私大への就職を希望していたのだ。しかし時代は変わる。少子化の影響で大学がやりくりを迫られる事態になるとは、当時の彼には予想できなかったようだ。それに加えて昨年からの大規模な経済恐慌。
 人類学は理科と社会科の中間的な分野だが、仮にも人類の発達を研究する者が、社会の動向を読めなかったとはお笑いだ。と伸は言っているのである。
 それを知ってか知らずか、当麻は溜息混じりにこう返した。
「その代わり給料は安いけどな」
 その一点だけで言えば、この中では伸が勝ち組であることは確かだ。自由な研究の場ではないが、企業に身を置けば確実に経済の恩恵に与れる。だがそれは価値観の問題だろう、と、当麻同様の立場の征士が口を挟んだ。
「おまえはそれでいいんだろう?、どうせ養う家族もいない」
 身も蓋も無い言葉だが事実だった。そして伸は、
「嫌だね、史学に関わる人間はみんな何処か非生産的でさ。夢がありゃいいってもんじゃないよ」
 と、大いに呆れた口調で話した。恐らく伸の目には、この十五年来の友人の生き方がそんな風に、学生気分の抜けないものに映っているのだろう。三十五にもなって子供みたいだと。
 またそれまでは当麻に話していたのだが、
「君もだよ。君らいつまで独りで好き勝手してるつもりさ?」
 首の向きを変えると征士にもそんなことを言った。公平なのは結構である。
「自分はどうなんだ」
 いつまでも独りで、と言うなら同じだと征士が返すと、
「僕は少なくとも生産してるよ、商品を」
 と伸は、故意に誇らし気な態度を作って見せる。直接人の為になることは何もしない、子供も作らないでは、何の為に産まれて来たのか解らないと彼は言う。その最低限の義務を果たしていることが、彼には大きな自負となっているようだ。
「五十歩百歩だろ」
 社会への貢献度合は簡単に計れるものじゃないと、当麻はそんな言葉を使ったが、
「違うね」
 伸は頑として譲らなかった。昔から厳しい性格ではあったが、今は更に拍車が掛かったようだと感じる。それでも二十歳頃は可愛げがあったのに、と当麻は相手の顔を見てしみじみ過去を懐かしんでいた。
 すると征士も、
「皆それなりに華やかな時代があったのにな」
 伸の話を受けて、思わず学生時代の気楽な日々を回想していた。
 思えば、社会人となってからの十五年ほどの間、何をやって来たと明確に言えるものが無い。研究者になったからと言って、最終的に必ず価値あるものを残せるとは限らない。学問を志すとはそう言うことだから仕方がないが、それでいて私生活も常に独りと言うのは、確かに少し淋しい気がした征士。
 好きでこうしている訳ではないけれど。
「思い出に耽ってるんじゃないよ。僕は今でも研究室のアイドルだ」
「ハァ?」
 それにしても、自ら着いて来ただけあって伸の言動は陽気だった。常にこんな調子で、毎日煩いくらい喋っているなら、言う通り研究室のアイドルでも不思議はないかも知れない。
「そう…かも知れんな」
 妙な納得を示す征士に対し、当麻は眉を顰めたまま固まっていたけれど。

 三人は小倉に到着すると、日豊本線の特急ソニック17号に乗り換える。このまま何事もなければ、午後一時一分に大分駅に到着する予定だ。
 ところで数年前、九州に新幹線が開通したと話題になった筈なのに、未だ山陽新幹線の駅とは連結できていないらしい。熊本の新八代・鹿児島間で運行しているだけだ。そんな現実を知ると、本来なら福岡側から工事をする筈なのに、何故鹿児島側から始めたのか気になって仕方がない。
 吸血鬼だなんて話をしている場合じゃない、ような気もする。
「そんな田舎の奥地に開けた町があるんだ」
 都市部を離れ、車窓の景色が長閑な一帯へと差し掛かった頃、征士と伸はこれから向かう町の話を初めて耳にしていた。
「最近住宅地として開発してる町なんだ。テーマパークを中心に」
「この不況下で物好きだね」
 当麻の説明に伸はそんな感想を漏らす。まあそれは仕方がない。開発が郊外へと広がって行った時代もあるが、今は大都市中心に逆戻りしている。嘗て賑わいを見せていた中核都市も、大型商業施設の撤退等で寂れてしまった所が増えた。
 そんな中、単純な意味でテーマパーク事業を進めていると聞けば、無謀と言うか、世間知らずなように受け取られるだろう。
「まあ、今現在は苦しいかもな。開発を始めたのは一昨年からって話だ、もしかしたら色々予定が狂ってる可能性はある」
「ふ?ん」
 ただ当麻の話し振りからは、不思議と先行きの暗さを感じないので、伸はまだ興味を持って聞き続けていた。
「しかしながら、経済成長時代とは方向の違うテーマパークだ。派手な施設で客寄せするんじゃない、地域を守る為の計画だと聞いている。外国人移住者と豊かに共存できる日本の町、と言う売り文句らしいが」
 と当麻は続けて、更に征士に向けてこう言った。
「地方の活性化も含め、長く無関心だった自国の伝統に、目を向ける人間が最近増えて来ただろ?」
 己の土地を愛せない者に愛国心は育たない。己の国を知らない者には、他所の国を理解できないとも言う。産業中心で発達して来た我が国は、その辺りを長く疎かにして来た面がある。その意味で今は、本格的ボーダレス社会に入る前の大切な期間だ、と当麻は考えている。
 ところが意外なことに、喜ばしい状況の筈の征士は表情が冴えなかった。
「まあな。だが長続きするかどうか」
「そうか?」
 何をそんなに悲観視するのか、と思えば、征士は解り易い例を挙げて説明した。
「仏像の展示会に連日長蛇の列、などと言うのはただのミーハーだ。暇になった団塊世代が流行を生み出しているに過ぎない」
「フハハッ、確かに」
 指摘が的確過ぎて、当麻も思わず吹き出していた。近年の流行は大別すると、モードを支える若い世代、向上心が高いと言われるアラフォー世代、そして金と暇と頭数のある団塊世代の三つに別れるそうだが、正にそれに当たると考えられたので。
 勿論もう少し若い世代にも仏像ブームはあるそうだが、団体の集客を見込めるからこそ、ここ数年珍しい展示会が目白押しになっていると言うもの。
 そしてもうひとつ、
「若い世代の歴史ブームも、何を見ているのやらと言う感じだし」
 と、征士が気になっている例を話すと、それまで黙って話を聞いていた伸が口を挟んだ。
「それ以上言わない方がいいんじゃないの?、まるで爺さまの愚痴だ」
 成程、新しい時代の流れを受け入れられない老人が、そんなことを言いそうではある。ライトタッチな演出に変わった大河ドラマ、マンガ世代受けを狙ったメディア作品などは、従来の歴史ファンには受け入れ難いものかも知れない。人間は年を取る毎に、思考が固くなって行くとも言うけれど。
 ただ、征士は准教授と言う立場があるので、多少頑固に史実を守らねばならない面もあるのだろう。
「いいんだ。毎日そんな学生を相手に、言いたいことを色々我慢しているのだ。話せる時には話させてくれ」
 伸の助言も気にせず征士が言うと、
「だから教職はよせと言ったのに」
「ホント」
 当麻と伸は口々にそう返した。後から文句を言うくらいなら、人の話を聞いて最初から辞めておけば良かったのだと。全く今更な話だが、何でもひとりで決めてしまうのが征士の欠点だ、と聞き手のふたりはよくよく解っているようだった。
 だが征士にも言い分がある。
「研究だけしたいと言うのは無責任だろう?、どうなんだ?」
 と反論する、彼の考え方は至って真面目なものだった。そして、
「僕は人の役に立ちたかったからこれでいいんだよ」
 伸も言う通りの企業に就職し、専門分野の研究に日々努力している。つまり結局のところ、
「そうか、やっぱり俺が問題だと言いたいんだな…」
「そうだよ、君はいつもいつも問題児だったじゃないか。今もこうして、ろくでもない事に予算を回させる悪い研究者だ」
 それぞれに美点欠点はあれど、身の上の話となると、やり込められるのはいつも当麻と決まっているようだった。それは大学時代からの伝統的図式であって、興味のあること、好きなことしかしない点を今もつつかれているのだった。
 そもそも当麻と言う人は守備範囲が広過ぎて、あらゆるものに手を出す所が玉に傷なのだ。だからこそ吸血鬼などと言う、時代錯誤なファンタジーにまで釣られると、他のふたりにはお見通しのようだ。
 まあそんな風にお互いをよく理解し、各々似たような職業に就いて、更に似たような人生を歩んでいるのだから、幸いなことだけれど。
「悪い研究者とまでは…、調査の前に落ち込ませるな、面倒だから」
 征士は一応そうフォローを入れていた。だが最初から全てに対し、からかい半分でやって来た伸は容赦がない。
「平気だよ、学術調査と言いつつ趣味だし。趣味に予算を組んでもらってるんだからね」
「相変わらずキッツいなぁ…」
 当たっているだけに、当麻はそれ以上言えなかった。休暇を楽しみつつ面白そうな話題を拾いに行こう、なんて甘い考えに罰が当たったのかも知れない。十五年来の付き合いは伊達じゃない、これだから連れて来たくなかったのに、と当麻は恨めしそうに車窓に映る伸を見ていた。
 先が思い遣られる、と出だしから溜息を吐く当麻。まだ何にも関心のなさそうな征士。おちょくる気満々でテンションの高い伸。三者三様、思うことはそれぞれだったが、列車は順調にレールの上を走り抜け、予定通りの時刻に大分駅に到着していた。



 駅のターミナルを一歩出ると、途端に夏らしい日射しが肌に照り付けた。まだ知らぬ九州の夏の太陽。ここからは本当に、夏休みの旅行らしい雰囲気となって行った。
 三人は駅近くの店でレンタカーを借り、パルコやロフトのある大分市街から、内陸の新興住宅地を目指して走り出した。
 しかし近年テレビ等への露出が多い宮崎や、大河ドラマのロケがあった鹿児島などは、かなり南国的な印象のする地域なのに対し、九州も上半分に当たる県は、これと言った見た目の特徴がない様子だ。二十分も走る内に景色は単調なものへと変わり、運転手を買って出た当麻以外は、することもなく退屈になってしまった。
 幸いなのは、長い梅雨が過ぎて天気に恵まれたことだけ。抜けるような青空の下に広がる風景は、相当遠くまでを見渡すことができた。
 だから遠目からでもその町の存在を確認できた。
 四十分も走った頃、微妙に標高が上がって行く九重山の丘陵地に、物語に出て来るような西洋の城壁が見えて来た。近付いて行く毎に、それはまだ新しい建造物だと確認できる。漆喰の白壁と黄昏色の石材をアーチに組んだ、門の下には門番のような男が立っていた。
 車がその、二車線通行できるアーチに差し掛かると、当麻はブレーキを踏んで男に声を掛ける。
「あ?、すいません」
 そして窓を開けた途端、相手のにこやかな表情と共に、
「ようこそフォルテポルトガルへ」
 との挨拶が耳に飛び込んで来た。因みにフォルテとは英語のフォートと同じ意味、城を中心とした広域のことを言う。城自体はカステロと言う。それはともかく、伸はそれに附随する国名の方に関心を寄せて尋ねた。
「何でポルトガル?」
「ここは大友宗麟の時代からポルトガルと縁のある土地ですから」
「それは知ってる」
 戦国時代の歴史に詳しい者には、その当時九州一帯を配下に収めた大名の名は、すぐに見当が付くものだろう。大友氏は大分市に居城を構えた地元の名士で、宗麟はフランシスコ=ザビエルと会談したことが知られている、所謂キリシタン大名だ。ポルトガルとの繋がりは正にそこにある。
 ただ今現在、大分市はそこまで宗教都市と言う訳でもない。何故今ポルトガルなのかと伸は聞きたかったようだ。すると、
「外国との交流の象徴として、ポルトガルの名を掲げたんですよ。大分市もポルトガルのアヴェイロ市と姉妹都市になってます。よろしかったらどうぞ」
 本当に門番なのか、町の職員なのかは知らないが、終始にこやかに説明してくれた男は伸に、テーマパークのパンフレットを手渡してくれた。
「ああどうも」
 その表紙には、古代ポルトガル王国の都であったコインブラの町と万国旗、それらを背景に、約百三十億円でレアルマドリードに移籍したクリスティアーノ・ロナウドが居た。写真はまだマンチェスターユナイテッドのユニフォームだが。
 そんな楽し気な絵面を見ていると、伸は「何故」と問うのを止めて雑談に戻る。
「そう言えばフィーゴは寿司屋を経営してるんだよ、ポルトガルで」
「誰だ?」
「サッカー選手だよ、知らないの?。日韓ワールドカップの時も出てたよ」
 まるで御存知でない様子の征士は、恐らく写真の選手も知らないだろうと伸は笑った。否、テレビCMでもしばしば見る顔なので、諄く説明すれば判るかも知れないが。
 しかし、そうなると征士のような人間は、ポルトガルと聞いて何を魅力的に思うだろうか?。伸ならばそのパンフレットや、花壇に埋め込まれたアズレージョを見るだけで楽しめるが、征士はもしかしたら、全く何も関心のない場所に連れて来られた感覚なのかも、と伸は思い尋ねてみた。
「ポルトガルと聞いて君は何を連想する?」
「種子島」
 即答されたそれは、まあ日本史の上で重要なキーワードだけれども。
「ボタン、コップ、ジョウロ、合羽、カステラ、金平糖…」
「ああそうか、言葉が残ってるんだよね」
 更に続けられた単語を聞く内に、大分に限らず日本全体に影響のある国だと思い出し、伸は少しばかりホッとした。折角休暇を楽しみにやって来たのに、ひとり詰まらなそうにしている者が居ると、雰囲気も悪くなるだろうと伸はさりげなく配慮をする。考えずとも自然に出て来る、そうした行動もまた昔から変わっていない彼等の付き合い方だった。
 口では厳しい物言いばかりしていても、伸は基本的には優しい人間だ。
「私に気を遣わなくて良い、これでもそれなりに楽しめている」
 と征士が返すと、
「別に気を遣ってる訳じゃない。単なる癖だよ」
 伸はそんな返事をして、ふたりは顔を見合わせて笑った。再会してより時間が経つ内に、そうして懐かしい何かが思い出されて行くようだった。
 因みに征士と言う人は、端からは感情が見え難い人物だ。他人を突き放している訳ではないが、昔から何処か変わった面を持つ青年だった。故に大学時代の伸はいつも彼に気を遣っていた。顔色を窺っていたと言うより、面白い人物だと関心を持っていたからだ。それがいつの間にか、親しい仲間のひとりとなっていた。今になって当初の習慣が残っていると言うのは、少し不思議な話かも知れない。
 と、着いて来ただけのふたりが会話する横で、
「この地域の中に、柳生ナスティ博士の家があると思うんだが」
 当麻はガイドらしい男にそう尋ねていた。メールを遣り取りしていた相手、伝奇考古学が専門の女性博士は、このテーマパークができると同時に入居した住人だそうだ。本人がハーフであるせいか、この町のコンセプトに何らかの共感を覚えたのだろう。
 そして、今では町のちょっとした有名人だった。
「ああ、はい。この大通りを1キロほど直進して、この角で右折した先の左側にあります。大きなお屋敷ですからすぐ判りますよ」
 珍しい学問の専門家であり、資産家でもあるので、こんな特殊な町では目立って当たり前だ。ガイドはパンフレットの地図を指差しながら、スラスラと目的地への道程を説明してくれた。
「どうもありがとう」
 と返すと、当麻はゆっくりとアクセルを踏んで、涼し気な日陰を作るアーチの下を潜って行った。
 それを抜けた先に広がる町の景色は、きれいに整備されながらも豊かな自然環境を持ち、町の中央に走る並木道などは、夏の青空の元とても心地が良いものだった。高原から流れ来る澄んだ空気を感じる、住み良さそうな環境を考えられた住宅街。
 また町並みについては、コンセプトの通りやや不思議な印象も与えていた。ポルトガルと冠する町であるから、花壇にあったのと同じアズレージョの、青いタイルを装飾した箇所が所々にあるが、家はアメリカ式近代住宅だったり、隣は純日本的な瓦屋根の家だったり色々なのだ。
 それでも雑然とした印象にならないと言うのは、これまでの都市開発が如何に、周囲への調和を考えて来なかったかと言うことだろう。その点については、見所のある町だと三人の意見が一致していた。
 しかしそうして、車窓を楽しみながらも伸は再び笑い出していた。
「確かにいい町だけど、だから吸血鬼が移住して来たって言うの?」
 何を見ても聞いても、彼にはどうしてもそれが引っ掛かるようだった。
 異文化を寛容に受け入れる町が出来たとして、これ幸いと伝説の種族が引越して来るだろうか?。確かにこの町なら中世の城でも、テューダー調のお屋敷でも構わず建てられそうだが、安直に話を結び付け過ぎだと、伸は可笑しくて仕方ない様子を見せている。
「笑うな」
「だってさ」
 ただ実は、伸と征士にはまだ聞かされていない話があったのだ。
「新規移住者かどうかは知らん。ただ奇妙な事件が起きているのは事実なんだ、だからこうして見聞しに来たんじゃないか」
 と、当麻はそれを臭わすように話したが、まあ予想通りと言うか、この時点では理解してもらえなかった。何ら現実味のある証拠がある訳でもない。
「奇妙な事件ねぇ。人類学者ってヒマだね」
 伸の呆れ口調を今更怒っても仕方がないので、
「うるせーなァ、もう…」
 当麻はそれしか返さなかった。
 とにかく、もうすぐ柳生博士の研究所に到着する。今は馬鹿馬鹿しく思っているだろうふたりも、現地の詳しい情報を知ればもう少し、真面目に取り合ってくれるかも知れない。そう当麻は願うしかなかった。



「ああホントに立派な家だね」
 町のほぼ中心に当たる一角に、避暑地の別荘風の邸宅が広い庭と共に存在し、その門には個人の表札と並んで、『サンマルタン柳生伝奇学研究所』とあった。サンマルタンはフランスの地名だが、研究所を支援している団体の名前らしい。
 その大きな鉄の門を潜ると、涼し気な林を思わせる庭の奥に玄関が見え、この町に入ってすぐに連絡しておいた相手が立っていた。彼女は入って来た車が停車すると、すぐに駆け寄って来て言った。
「羽柴君、いらっしゃい。連絡もらった時間にぴったりね」
「お久し振りです、博士」
 柳生ナスティ博士は、この分野では第一人者と認められる研究者である。しかしながら年令はまだ四十歳、やって来た三人とも大差ない年であり、且つ若々しく活動的な人物だった。当麻は過去に二度ほど彼女と会ったことがあるが、見た目の感じが全く変わらない人だった。
 恐らくそれは若い頃から、一貫して研究への情熱が変わらないことを意味しているのだろう。と当麻は良心的に受け止めている。またそんな人の言うことだからこそ、フィクションのような話でも興味深く聞けてしまう、自ずと関心をそそられてしまう、と認めるところだった。
 否、常にフィクションを疑っている訳ではないが。
「こちらの方々は?」
 当麻に続いて車を降りた征士と伸に、柳生博士は掌を向けて紹介を求める。
「一応検証人のひとりとして連れて来た、国内史が専門の伊達君です。と、友人の毛利君」
 当麻が答えると、元々にこやかだった表情をより綻ばせて、彼女はひどく嬉しそうに話し掛けた。
「まあ、おふたりはこの伝承に関心があって?」
 どうやら博士は、付き添い人ふたりが自発的に着いて来たと、良いように勘違いしているらしい。ただ相手の気分を損ねるのは気が引けて、征士は曖昧に返しておいた。
「ええまあ…」
 しかし敢えて流れを読まずに、伸の方は正直に自己紹介していた。この場合、史学に関わらない立場だと説明しておいた方が、答えに困る話を振られずに済むだろう。検証人として紹介された征士とは訳が違う、と、彼は良心からそう考えたようだ。
「僕の専門は生物なので、あんまり役に立たないと思います」
『じゃあ何をしに来たの…?』
 案の定博士の表情は微妙になったが。
 しかしそこは大人同士の遣り取りである。彼女は一瞬クスリと笑って見せた後、すぐに切り変えて言った。
「どうぞお上がり下さい、お部屋の方で落ち着いて話しましょう」
 と体を返して、玄関の方へと三人を促して行った。
 ところが、関係のない人物が紛れていることを不興に感じている、かと思えば、博士は歩きながら考えてこう続ける。
「ああ…生物と言うとバイオか何かを?」
「ええ。と言っても薬品開発が中心なので、ES細胞とか派手な分野じゃないですよ」
 彼女の関心が現在何処に向いているのか、招かれた三人はまだ知なかったので、当麻はそれに続けて、
「でも儲かってんだよな?」
 と伸に茶々を入れた。
「僕の会社じゃないし。商品単価を考えたら任天堂の方が効率いいだろ?」
「ハハハ」
 そう、一時低迷していた薬品会社は近年、新薬開発が盛んになり盛り返して来ている。高齢化や環境から来る新しい病も増え、常により安全で効き目の良い物質を探し続ける現状だ。産業としては、先行する需要に追い付けない特殊な分野である。
 なので、自ら流行を作り出すような事業は気楽で良い、と伸の目には映るようだった。実際は「外れれば終わり」の企業も厳しいだろうけれど。
 それはさておき、ふたりがそんなヨタ話を続ける横でも、博士はずっと考え続けていた。
「薬品の専門家なのね…」
 そこで当麻が漸くその様子に気付き、
「何か?」
 と尋ねると、彼女は玄関ドアの前で足を止め、思い出したようにフッと顔を上げて話した。
「実は、例の事件を外部に公表したのは、ちょっと妙な物証があるからなのよ」
「物証?…とは?」
 ここに来て初めて耳にする話題。謎の現象と町の近くで起こった事件の他に、新たな別の要素も加わるのかと、当麻は興味津々な態度を示す。すると、
「お話の前に研究室の方にいらして、皆さん」
 彼女はそう言ってドアを開け、お茶のセットを用意してある居間ではなく、屋敷の奥に続く研究室へと三人を案内するのだった。当麻としては、「俄然面白くなって来た」と言うところだが、他のふたりは事件と呼ばれる出来事も知らず、何が何やらと言う状態だった。

「話に関わる人の家で拾った物よ」
 壁一面本棚で囲まれた、書庫兼研究室の中央の机を囲んで待つ、三人の目の前に広げられたハンカチの中からは、小さな茶色の瓶が現れた。
「何ですか?、…注射薬か何か?」
 すぐに顔を近付け、観察を始めた当麻がそう言うと、柳生博士は残念そうな顔を露にして言った。
「判りません、調べてもらったけど無認可の薬剤らしいの」
「・・・・・・・・」
 当麻以外のふたりは、この瓶から何を導き出そうと言うのか、見当も付かない様子で黙っている。すると、
「ネット上にも全然見当たらないし、ラベルの記述以外に情報がないんだけど、血液が何とかって書いてあるのよ」
 と博士は説明してくれた。血液、血と言われれば確かに関連事項のように思う。今日日首に歯形を残すような事件は発生していないので、もし吸血鬼が存在するとしたら、他の方法で血液を入手している可能性もある。と言う話だろう。
「細かくて読み難い…、何語だ?」
 当麻がその瓶を取り上げて、巻かれた紙ラベルの文字を確かめようとするが、細かい文字は潰れ、掠れて読めない箇所もあり、肉眼で確認するのは難しい代物だった。ただ博士が、
「ラテン語です」
 と、既に判読できた部分について言及すると、
「ラテン語??。何故そんな…」
「そう、どう見ても新しい薬品なのに何故かラテン語のラベル、血液製剤のような記述、いくらここに外国人が多いからっておかしいと思うわ」
 この瓶が何故物議を醸しているのかは、誰にも理解できたようだった。
 御存知の通り、各種ヨーロッパ語の基礎となったラテン語は、現在は使われていない言葉だ。語学教育のひとつとして、欧州の学校や大学では授業を行うものの、話し言葉として使用する国や人種は存在しない。唯一ヴァチカンの宗教的講議などで、しばしば使用されることがある程度だ。
 つまりラテン語の文字を読める人間はそう多くない。なのに製品として世に出ていそうなこの瓶は、ラテン語で説明が書かれているのである。研究者なら疑問を持って当然だった。
「調査はしたんですか?、この薬品を使ってる市民がいるかどうか」
 当麻はまずその確認をするべきだと言ったが、
「いえまだ。市の許可が下りない内は、そう言うことはできないの。でもじきにお許しが出るでしょう」
「そうか…」
 まあプライバシーに関わる事でもある、形式を踏まねばならないのは理解できた。
 するとその時、
「さしでがましいようですが」
 伸が遠慮がちな態度で口を開いた。否、博士は寧ろ彼の発言を待っていたので、小気味良い調子で振り返った。
「はい?」
「血液製剤なんて無認可では作れませんよ?、何処の国も」
 伸は、記述言語の話はともかく、その点に最も注目しているようだった。無論血液製剤と言うからには、人の血液が原料となっている薬品だ。血液は病気を媒介し易いものであり、その扱いには充分な注意を要する。それでも輸血性HIVなどの問題が起こるのだから、無認可の製品など恐くて使えないのが普通だろう。
 それについて、
「それは判ってます。でも現実にそれらしき物があるんだし、」
 博士は可能性を言及しようとしたが、
「いや多分、血液製剤じゃなくて血行促進剤とかさ、そういう物じゃないのかな?」
 至って落ち着いた様子で伸はそう答えた。例え血液に関係するとしても、『血』の文字が入った薬品なら多数存在する。吸血鬼騒ぎと結び付けるのは尚早だと彼は言いたいのだろう。だが、
「そうかしら…?」
 それでも納得が行かない様子の博士、を後目に征士がどうでも良いような思い付きを口にする。
「貧血の薬とか」
「それを無認可で作るメリットがあるのかしら??」
「さあ、後進国ならそう言うことも…」
 まともに反論する博士の言い分も成程と思うし、征士の適当な想像も無きにしもあらずと思う。当麻はしかし、ふたりのそんな遣り取りを耳にすると、やはり噛み合わない点があることを指摘できた。
「それにしちゃラテン語はおかしいよな。アフリカも南米もラテン語教育はしないようだし、アジアは全く関係ないし」
 すると柳生博士も声高にそれに同意していた。
「そうなのよ。だから引っ掛かってるのよ」
 征士が例えに出した「後進国」には、確かにフランス語、スペイン語などのラテン語圏が多く含まれている。但し現存する言葉とラテン語そのものは違う。教育を受けなければ判らない言葉も当然存在する。そんな物を、注意が必要な薬品のラベルに記すとは思えないのだ。もし誤用を招いたらどうする?。
 そんな理由から、見付かったこの瓶は増々怪しく映るのだが、
「ルーペを貸してくれないか?」
 自分の目で確認しようとした当麻の、事に当たる熱心さを挫くように伸が横槍を入れた。
「君も若くないな」
「何だよ?」
「昔はこのくらいの字読めたんじゃない?」
 さて、伸の指摘が正しいかどうかは本人にしか判らない。一般にはまだ識字能力が衰える年ではないが、元々遠視気味の人間なら判らない。
「読めるもんか!、何言ってんだ」
「まあまあ」
 事実でないなら落ち着け、と征士がいつものように宥めに入ったが。思わず声を張った己を省みて、そろそろ本当にこうした話題が辛くなる年だなぁと、当麻は褪めざめ思いながらルーペを受け取った。
 思わぬ意地悪に遭いながらも、気を取り直して当麻はラベルの文字を読み始めた。
「メディカーメンタム、…うーん何だ…、アブ…、アブ、サンギスか。確かに…血が何とかって薬だな。途中が掠れて読めないが」
「でしょう?」
 最初に太字になっている単語は、英語のメディシンの元になった言葉で意味が取り易い。博士が最初に言った通り薬品には違いないが、その後の大部分は印刷状態が悪いのか、保管状態が悪いのか、すっかりインクが削れて読めなくなっていた。
 或いは故意に削り取られた可能性もなくはない。何しろ無認可薬品だから、知られてはまずい事情があるのかも知れない。続けて、
「…セメル、ビシバス、イン、ウーノー、メーンス…、この後もほとんど読めない」
 何とか判る部分を当麻が読み上げると、聞いていた伸が、
「月に一回って意味だよ」
 と征士の方を向いて言った。この程度の文章なら、大学で少々学んだレベルでも判るようだ。この場では全く門外漢の征士は、ふと当時を思い出して返した。
「そう言えば伸はラテン語を取っていたな」
「ドイツ語も取ってたよ、懐かしいねぇ」
 尚、医学、薬学系に進むならドイツ語は必須だ。基本的な病名や薬品名、医療器具の名称などは、大半がドイツ語で呼ばれているからだ。そうもし、ラベル表記がドイツ語だったとしたら、世界中の医師が読める言葉である、出所の特定は難しいだろう。
 それに比べると、ラテン語はまだ何かのヒントになっている気がするのだが…。
「うーん、ラベルの状態が良ければなぁ」
 ルーペを顔の前から外すと、これ以上はお手上げだと言う風に当麻は溜息を吐いた。けれど偶然この薬瓶を得たことが、その他の事象を裏付ける証拠となることもある。柳生博士の方は意欲的に追究を始めていた。
「でも、何となくこれが決定打のような気がするのよ」
「何故です?」
 彼女は何を以って確信を強めているのだろう?。勿論、伝奇学的データを持ち合わせない者には、博士がどんな推理をしているか見当が付かない。すると、
「世界中の情報を集めて検証すると、この百年で吸血鬼と思しき事件は激減したわ。特にこの三十年は皆無と言っていい。その理由は、絶滅した可能性もなくはないけど、もしかしたら…」
「もしかしたら?」
「血の代わりになるものがあるんじゃないかと言うことよ。それがこの薬剤なんじゃないかと思って。それならラテン語表記も合点が行くわ、彼等の発祥はヨーロッパだもの」
 自分自身も僅かながらラテンの血をひく博士の言葉は、力強く説得力に満ちている。
「成程…」
 と当麻も思わず呟いた。
 そもそも伝説、伝承を検証する作業には、何より想像力が必要だ。普通の人間には無用な、取るに足らない遺留品から結論を導き出すには、少々強引な仮説も論じてみる必要がある。恐れずそれを口にできるだけ、柳生博士は大した人物だと感服せずにいられない。
 後は、それが事実に繋がるよう、期待を以って見守るだけだった。



つづく





コメント)リクエスト小説の第一話ですが、まだ何だかよく判らない話ですみません(^ ^;。コメディを意識してセリフ中心の文章にしたら、妙に話の進みが遅くなってます。
加えて、ラブコメなのにまだ「ラブ」も出て来ないし(笑)。でも36才でラブコメって難しい〜。今更だけど、この点はシリアスの方が楽だったなと感じます…。




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