未来の研究室
悪夢の実験室
#3
The rough times



 二十才の征士と十六才の伸は、それからゆったりとしたペースで駅へ向かった。
 電車に乗る前に、近くの駐輪場に自転車を停めなければならない。ふたりは見慣れた町の歩き慣れた道を、妙に新鮮な気持で歩き続けた。明るい夏の太陽が景色を鮮やかに彩り、足元の黒い影さえ希望的な映像に見える。初めて出会った、本来身近である筈の人に対し、心は未知の感覚を覚え弾んでいる。そうしてただ並んで歩いているだけで、ふたりの距離は思いのほか縮んだようだった。
 何故なら、歩きながら改めて観察した互いの姿は、酷く美しく印象的に映ったのだ。
 伸からすれば、征士は写真の印象より大きく逞しく、日射しの中では神話の男神のように見えた。こうなりたいと思わせる、理想の男性像のようなものが感じられた。征士からすると伸は、十六にしては線も細く柔らかそうで、少女めいた顔立ちが魅惑的な少年だった。あの丸っこくて可愛い伸が、誰の遺伝かこんな風に成長するとは、今目の前にしても信じられない思いだった。
 それだけに、こんな綺麗な命を無惨な事故に遭わせたくない、と征士は強く思った。
 魔の時間帯が刻一刻と過ぎて行くのを、彼は手に汗握る思いで遣り過ごす。
 本来ここに在る筈の悪夢が消えて行く。大事な人が失われることなく時は流れて行く。
 ただ、その時間が過ぎたからと言って、後も安全かどうかは判らない。運命と言うものが何とどう繋がり、何が引金になっているかは知れない。できるならば今日一日ここに留まり、確と変化を見届けてから帰りたいところだが、当麻は断固として反対するだろう。そもそも長時間未来の世界に身を晒すことで、自分自身に致命的問題が出るかも知れないのだ。
 なので、とりあえずこの朝の通勤時間帯が過ぎるまでは、と、征士は心に決めた行動を確実に実行するまでだった。
 片や伸の方は、勿論様々な疑問を抱いているだろうが、今は無駄な言葉を発することなく、大人しく征士の言う通り行動していた。恐らく彼の心境は、征士が戻って来たと言う喜びが、驚きや戸惑いを上回った状態なのだ。ただ目の前に在る幸福の兆しを追い掛け、夢中に征士の後を着いて行こうとしている。けれど歩く途中で一度、
「今まで何処に行ってたの?」
 と尋ねた。伸がまずそれを知りたがるのは当然だった。
「お父さんもお母さんも、姉さん達も、毎日情報や連絡がないか待ってたよ?。警察にも頼んでずっと探してたんだよ」
「それは…」
 しかし征士は周囲を見回し、駅周辺の人通りが多いことを確認すると、
「ここでは話せない。大学に着いたら話してやろう。とても信じられないような出来事で、まだ秘密を漏らしてはいけないんだ」
 今はそんな説明に留めておいた。それを聞いて伸は、
「うん…?」
 と一応相槌を打ったが、その返答は想像していた征士像と違う気がして、征士の存在が増々謎めいて見えたかも知れない。
 伸は家族から、征士は法学部に通っていたと聞いていた。将来何になるつもりだったのかは知らないが、方向としては堅実な道を歩んでいたと思われる。それが何故、「信じられないような秘密」を持つことになったのだろう?。意外に征士は怪し気なカルトだの、危ない橋を渡ることに、興味をそそれられるタイプなんだろうかと、伸の抱いて来たイメージが混乱する。
 けれど、こうして自分を先導して歩く彼の、態度の優しさや気遣いは間違いのないものだ。伸はそう感じ取れていたので、何処か危険な場所に連れて行かれるような恐怖感とは、全く無縁の心理状態で居られた。現状は何もかもぼんやりしているが、これから向かう先には必ず答があるのだろうと、征士の真面目な様子を信じられていた。そして伸は、征士に着いて朝の地下鉄に乗り込むこととなる。
 通勤通学の時間は、当然電車内の人間も多い。ただ征士の利用するこの地下鉄路線は、いつもそこまで混雑することはなかった。十三年後も変わらぬその状況を見ると、征士は空いている車両の端に寄り、ふたりは並んで吊り革に掴まった。暫しの間、特に見るものもない窓の外をふたりは眺めていた。否、窓に映る自分達の、ときめきながら並ぶ姿を眺めていた。
 地下鉄は走り出すと独特の轟音が耳に響く。それ以外の音は殆ど耳に入らなくなるものだ。但し今は、ふたりに取って会話し易い空間となっていた。少し妙な内容の話を、他人に聞かれ難いのは好都合だった。
 先に伸が、征士の耳元に顔を寄せて話し出す。
「征士には何かあったんだね?。でも、どうして今日はここに居るの?」
「今日は…」
 だがその質問に対しても、征士はお茶を濁して答えるしかない。大学に着いたら判ってしまうことかも知れないが、今は気軽に伸が死ぬ日だとは言えない。
「今日は伸に取って特別な日だからだ」
 と征士は誤魔化した。ところがそれを聞いた伸は、何故だか顔を綻ばせて返した。
「僕の特別な日だから会いに来てくれたの?」
 その一見不思議な伸の反応を見て、征士は思わず彼の方に首を捻る。きっと誕生日を祝うようなシチュエーションと、勘違いしているのだろうと思った。まあそれはそれで、微笑ましい思い出となって良いかも知れない。征士は口許だけでクスリと笑うと、
「そうだ」
 と答えた。同時にふたりはふと見詰め合うことになった。
 お互いの瞳に映る己の姿。時間を越えたあり得ない存在同士でも、目の網膜は確かにその陰影を捉えられている。とても感動的な虚構だった。そして、それぞれの心に漂う感情を伝え合った気がした。君がいつもこうして隣に居てくれれば良いのに、いつも傍で笑っていてくれれば良いのに、と。
 気恥ずかしくなったのか、伸はほんのり頬を染めて窓の方を向いてしまったが、
「特別な日…。特別な日って何?」
 考えながらもう一度征士に尋ねる。征士はそんな瑞々しい仕種を見せる伸の為に、この後は努めて明るく振る舞うことにした。自身だけが知る未来の悲しみを、この伸に植え付ける必要はない。まだ柔らかく純真な彼の心に、崩壊する仮の世界の不条理を伝えることはないと。
「そうだな、私が最も輝いている伸に会えた日だよ」
 征士が冗談めかしてそう返すと、伸はその思わぬ表現に、「そうかなぁ?」と照れた様子でもう一度征士を見返す。時系列的にもおかしな返事だったが、この際そんなことは気にならないようだった。それより伸は、自分を誉めてくれている征士が、寧ろとても輝いて見えることを言葉にした。
「不思議だね。征士は昔とほとんど変わらないみたいだ」
 無論変わらないのは当たり前だが、今はまだその理由を言えない征士は、逆にそれを伸に振ってみる。
「伸は変わったな」
「あはは、そりゃそうだよ」
 すると素直に笑い出した伸を見て、却って小さな伸との共通点が征士には見えた。伸はよく笑う愛嬌のある子供だ。彼の笑っている自然な様子は、家族全体を明るくする力があった。それは十六になった今も変わらないようだと、見ている征士の気持を温めた。
 人の本質は生まれた時から変わらないのかも知れない。伸は生まれながら明るく優しい人間なのだと、征士は今この時に知った。だが表面的には大きく変化する面もある。今の伸には単なる明るさや優しさではない、何とも言えない魅力的な艶やかさがあると感じた。例えればシルクの光沢の上に落ちた水滴のように、滑らかな動きや潤いを想像させる美しさなのだ。それが何処から来たものなのか、征士は人の成長の奇妙さを思わず口にした。
「何と言うか伸は…」
「何?」
 けれど高校生である伸に、何故君はそんな魅力を備えたのだろう?、と尋ねても埒が開かないだろう。少なくとも伊達の家の気風ではない、彼独特の性質を本人が、こんな年令から分析している筈もなかった。なので征士は、尋ねてみたかった言葉を引っ込め、
「いや、何でもない」
 と話題を断った。その代わりとして、
「だが、伸が私を憶えていてくれて良かった」
 征士はすぐにそう続けた。そう、それについても是非聞かせてほしかった。変わらず信用してくれる伸の記憶に、自分はどう存在しているのだろう、どんな印象を持たれているだろうと、昔と今との絆の繋がりを確かめたかった。「三つ子の魂百まで」と言う言葉があるが、それをこの場で認識できたら、実験の一部として面白い結果を持ち帰ることにもなる。
 ところが。
「憶えてるって言うか…、小さい頃のことはほとんど忘れちゃったけど」
「え…??」
 伸の意外な発言に征士は一瞬凍り付いた。彼にしてみれば、毎日あれだけ可愛がって育てているのに、その記憶が殆ど残らないとはあんまりだ、と言う気持だろう。だが三才以降全く会っていないのだから、現実はそんなものかも知れない。記憶とは他の記憶に関連付けられることで、長く頭の中に保っていられるものだ。征士の姿が家から失われた時点で、彼に関する記憶が薄くなって行くのは仕方なかった。
 しかし、それなら何故伸は、突然現れた征士をすぐ信用する気になったのだろう?。その答は伸の口から穏やかに語られた。
「でも毎日写真を見てるからね、征士がどんな人かは知ってたよ」
「写真を…」
「お母さんが毎日食卓に出すんだ。陰膳を並べる時もあるよ」
 如何にも昔堅気の家のやりそうなこと。否、急に訳もなく蒸発した家族に対し、いつまでもその存在を信じたい気持があるのは当然だ。そんな異常な毎日が繰り返された十三年間、伸は写真の中の自分しか知らずに過ごしていたのか、と思うと、征士は途端に遣る瀬なくなった。
 そしてこれが仮の世界だからこそ思う。自分は二度と、頼まれても決して時間を跳躍したりしないと。家族の苦しみ以上に、忘れられた自分が悲しくなることを知ったからだ。最も手を掛けて愛していた存在に、忘れられる未来など誰も望まない。だからいつも傍に居なければ駄目だと征士は思った。
 ただ、昔の事は忘れていても、今の伸にも彼なりの征士への感情があった。考え込む様子に変わった征士を見ると、伸は「今言わなくては」と言う話を咄嗟に切り出していた。
「何処かで死んでるかも知れないって、警察の人は話してた。近所の人も噂してた。征士には逃げる理由はないし、事件に巻き込まれた可能性が高いって…。でも僕は、死んだなんて信じてなかった。信じなかったから毎日写真に話し掛けてたんだ。今何処に居るの?、今何してるの?って…」
 すると、そう語る伸の声が微妙に上擦って来る。例え本当の自分を憶えていないにしても、この伸の悲しみは本物だと征士にも判った。実に複雑な状況だった。恐らく伸は想像上の人物に憧れるような気持で、征士の影を追い掛けて来たのだろう。本来なら存在する筈の人間を、架空のものとして考えなければならない、奇怪な経験をさせてしまったことにも、征士の胸は痛んだ。
 それを一生懸命話そうとする伸の姿が、また酷く切なかった。どれ程その気持を伝えたかったのだろうと。
「そうか…。淋しい思いをさせたな」
 征士は手を回して伸の肩を掴むと、緩く揺さぶりながら伸を宥めた。途端に顔を伏せた彼は、空いていた左手で目を擦り始める。思わぬ震動に涙が零れ出て止められなくなったようだ。けれどその中で、
「うん…。早く戻って来てほしかった」
 伸は再び嬉しそうにそう言った。それを見て、何と愛くるしい様子だろうと征士は思った。
 先刻のように、普通に笑う彼は朗らかな性格に見えたが、溢れ出す感情を押さえて微笑む彼には、子供には見られない複雑な意識が垣間見れた。悲しくとも敢えて笑う、そんな場面が巡って来ることは稀にあるものだが、普段の伸は恐らくいつも、そんな風に心の内を見せないのだろうと思った。そしてその悲しみが彼の魅力を育てたのかも知れないと、征士は僅かながら伸を理解したような気がした。
 よく知る小さな伸とは掛け離れていても、今の伸はまた別の意味で愛おしい。
 なので征士は彼の気持に確と応えるように、より力を込めて肩を握る。どうかこの一時的な未来の伸にも、心の幸福があるようにと切に願った。
 けれど、どれ程心を尽くし慈しんでも、今隣に立つ十六才の伸には二度と会えない。タイムマシンの危険を知った時点で、あの四十才の当麻が存在しなくなるのと同じで、征士が元の時間に戻れば、征士の居ない淋しさを知る伸も消滅してしまう。無駄な悲しみが消えるのは良いことのようで、今は堪えれられない話だった。自分が居ないことで成立した未来の、魅力的な伸が幻と化してしまうのが征士は辛くなった。
 それならこの伸の命は何なのだろう?。彼の気持は何処へ行ってしまうのだろう?。今この手に感じている彼の温かみは、一瞬で虚無へと分解されてしまうのだろうか?。こんな無力感を知る為に、タイムマシンなどと言う物を作ったのだろうか?。考えれば考える程征士の思考は行き詰まって行った。
 人間の作り出した仮の世界には、きっと神は存在しないのだと絶望した。
 しかし、そんなことは知らずに己の現実を生きる伸は、既に涙を拭いて、もう一度征士に向き合うように体を傾ける。彼に取って十三年の悲しみは終わった。その表情には彼の望む儚い未来が見えるようだった。
「あのね…、僕、」
 と伸は話し出した。何かもうひとつ伝えたいことがあるようだが、少し言い難そうにしている彼に、征士は殊に優しい調子で問い返す。
「何だ?」
 するとそんな、何でも受け止めてくれそうな相手の態度に、安心したように伸は言った。
「僕は征士の子供じゃなかったんだよ」
 それは彼からすれば重大な問題、家族の関係性が変わってしまう秘密の告知、だったのだが、御存知の通り征士はもう既にそれを知っている。知っていて伸を家族と認めている。それなりの覚悟をして話しただろう伸には、あまり驚かせないよう静かな口調で征士は返した。
「聞いている」
 そして当然伸の顔がキョトンとなる。このことは家族と、伊達家のごく内輪な親類と、検査を依頼した医療機関しか知らない筈だった。長年家を離れていた征士が何故?、何処から秘密が漏れた?、誰に聞いたの?、と、強い疑惑が生まれるのは仕方ない場面だった。もう少しで到着する、大学の実験室に着いたらその答を教えようと、征士は次に言う言葉を考えている。
 けれど伸は、何故かそれについて追及しなかった。何故なら彼の本当に言いたいことは、その点ではなかったからだ。
「だから僕は…」
 掴まっている吊り革の手が、ギュッと強く握られた。彼は視線を落とし何処を見ているのか判らない。その前髪の下の小さな唇が、電車の震動とは関係なく小刻みに震えている。そして肩に手を掛ける征士にも、彼の心臓の鼓動が伝わって来た頃。
 伸は意を決して、けれど呟くように曇った声で言った。
「僕は、好きになってもいいよね」
 突然の告白。今度は征士が驚く番だった。そう告げた後の伸の顔が、耳が、首までが赤く染まって行く。彼の抱いて来た純粋な恋心が、その様子からありありと伝わるようだった。
 まさか、そんな視線で見られているとは。
 否、全く想像できないことではなかったと、今になって征士は思い返す。伸は殆ど憶えていない征士の写真に、毎日話し掛けると言っていた。考えてみれば妙な行動だ。殆ど憶えていないのだから、そこに家族的な情愛が存在する筈もない。恐らく伸の中には、ただ写真の人物に憧れる気持しかなかった。その上血の繋がりがないと知って、余計にその気持は強くなったかも知れない。
 こんなことになるから、長い時間を跳んだりしてはいけないのだ。
 伸はまだ何も知らない。征士が本当はどのような人間なのかも、何故ここにやって来たかも知らない。そんな彼の望みにどう応えればいいのか、征士は酷く悩み始めた。
 これが現実であれば良かった。実験などでなければ良かった。自分がここに留まる選択をできるなら、流れのまま彼を受け止めて離さない。彼をこの世から消してしまいたくない。何故なら、私も十六才の伸が好きになった。小さな伸に対する感情とは明らかに違う、別の心が既に生まれてしまった…。
 こんなことになるから、不用意に未来の人間と関わってはいけない。
 征士は良い返事を思い付けぬままだったが、ふたりはそれからずっと、より近く寄り添って電車に揺られていた。目的の駅はもう目の前に近付いていた。与えられた時間は短く朧なものだが、ふたりが確かな充足を感じられた貴重な時だった。

 実験室の片隅で、事の成り行きに頭を抱えていた当麻の耳に、近付いて来る複数の足音が聞こえて来た。そして間もなく外のドアが開く音、慣れた様子で次の扉も開かれると、そこに現れた征士の顔を見て、彼は奇跡でも起きたかのように目を見開いた。
「お…お…?」
 場合に拠っては、この世界が支離滅裂に乱れてしまうことを覚悟し、征士の行動を只管危ぶんでいた当麻だ。大したことは何も無かった様子の征士を知り、また自分の身の回りにも特に変化が無いと知ると、彼の表情からは次第に険しさが退いて行った。ひとまず、自分は大罪を犯さずに済んだと安堵した。
 ところが安心したのも束の間、征士の後に入って来た人物を見てギョッとする。
「おまえ…!、何で伸を連れて来たんだ!?」
 当麻は彼のことを知っていた。何故なら征士が消えていたこの十三年間、家族の謎の失踪に悩んでいた伊達家の様子を、彼は度々出向いては窺っていたからだ。無論、友人である征士に済まないことをしてしまったと、良心の苛む日々を送って来たからだ。
 ただ、その後の伊達家にはそれなりの明るさもあった。それは伸が存在する故である。当麻は征士の知らない十三年の、伸の成長する過程を少しずつ垣間見て来た。小さかった彼が段々と、周囲を気遣えるまともな人間になって行くのを、当麻は唯一の救いと思って見守っていた。征士をいきなり二十年先に送ったのは失敗だった。伸が居てくれなければ、自分は無関係な人々に苦痛を与えるだけになってしまった、と。
 だがその救いも、本当は今日で悲愴な結末に変わる筈だった。当麻にも、征士の家族にも、更なる深い傷を負わせる事件が起こる筈だった。だから征士は言った。
「それが私の目的だからだ」
 伸の命を繋ぎ止めること。それが未来を生きる彼等を救う方法だと信じている。けれどそんな事情を知らない当麻は途端に怒り出した。
「何だよ!?、何やってんだよ、もーーー!!」
 彼は何もかも予定から外れてしまった実験に、嘆く他なくなってしまったようだ。憶えておいでだろうか。当麻が征士を実験台に選んだ理由は、他に協力者が居なかったことの他にもうひとつある。それはまだ誰も成功していない、タイムマシンと言う未知の装置の情報を、外部に漏らさない人物であることだった。征士なら秘密を守ってくれるだろうと、その口の固さを信用することができたからなのだ。
 ところが、彼は伸をここへ連れて来てしまった。何と言う誤算だと当麻が嘆くのも無理はない。
 しかし征士の方はもう腹を括っている。変わってしまった世界に、これからは己が合わせて生きていくしかないと、今は落ち着いて状況を考えられていた。喚き散らす当麻を後目に、征士は伸を部屋の奥へと促すと、
「これは当麻。私の高校時代からの友人だ」
 と、一応彼のことを紹介した。すると伸は、征士に比べある程度年嵩に見える相手を、かなり不思議そうに見ながら挨拶する。
「ふーん?。こんにちは、当麻さん」
 その伸の何でもなさそうな様子と、征士の重大なルール違反の繋がりが判らない当麻は、余計に苛立って言い放った。
「目的とは何だ!、最悪の事態が何とか言ってたな!?」
 征士の行動の理由は、ここに伸を連れて来たことから見て、伸に関係のあることだとは予想できたが、彼もまさか、伸ひとりの運命が己を叩きのめすことになるとは、今は微塵も思っていないだろう。なので征士としても多少言い難いことだったが、話さなければその先には進めない。傍でこの奇妙な遣り取りを見ている伸にも、真実を明かさなければならなかった。
 征士は重い口を開いた。
「今日、八時過ぎに、伸は交通事故で死ぬ筈だったのだ」
「え…?」
 その言葉にすぐに反応したのは伸だった。彼は思わず確認するように征士の顔を見る。だが至って真面目な表情を見せている征士に、彼は納得せざるを得なかった。征士は何故だか未来のことが判るのだ。だから今日は学校に行くなと言ったのだ、と、その辻褄が合っていることを伸は知る。そして征士が、
「それを止めに来た」
 と結果の行動を話すと、息を飲みながら聞いていた当麻は激怒した。
「何、何てことしてくれたんだよ!!、勝手に歴史を変えていいと思ってるのか!!」
 確かに、それが至極正当な意見であることは、征士にも充分解っているのだ。SFやファンタジーでは既に使い尽くされた題材であり、それにまつわる問題が描かれた作品は多い。だがその正当な意見は、外側から眺めている者の理屈であり、当事者の立場に立っていないと征士は返した。
「それを言うなら、私自身の歴史は既に変えられている。二十年行方不明になるなど、私の意思でも何でもなかった」
「それは…!」
 すると途端に勢いを無くし、当麻は言葉を詰まらせてしまう。言われてみれば確かに征士の主張も間違いではない。自分が彼の歴史を変えたのだと、当麻は自らの行動の矛盾に気付いた。
 例えばこれが創作物語であり、時間捜査官が未来へ跳んだと言う事情なら、こんなことを議論しはしないだろう。捜査官もそれに指示する上司も、捜査官本人の歴史が変動することは承知の上だ。それより大きな問題を解決する為に、多少の変化は必要悪とでも定義するだろう。
 けれど、単なる研究好きの一学生であった当麻には、そこまで進んだ考察はできなかった。移動を実験室の中だけに限れば、征士の歴史が多少変わろうと関係なかった。何故なら彼が五分後に戻って来さえすれば、歪めた二十年は在って無きものとなるからだ。
 そうだ、そもそもこの世界は消滅するんだ。と当麻は思い出すと、
「いやそれとこれとは話が違う、お前は元の時間に戻れば、五分の間しか消えていないんだ。おまえが行方不明になる事態は本来ないことなんだ」
 あまり歯切れの良い調子ではなかったが、彼はそう言い聞かせるように反論する。だが最早征士は、元に戻ることに拠って消えてしまう人々の、人生の軽さに我慢ができなくなっていた。
「ならこの世界は何なのだ!。戸惑っている私の家族は?、淋しがっていた伸は?、それを見て苦しんでいた当麻は?、何の為にこの無駄な時間を過ごしてるんだ!」
「・・・・・・・・」
 その征士の理論的な悲しみに触れると、当麻はもう何も返せなかった。何の為かと言えば、ただ実験の為の十三年間だった。この世界の人間は始めから実験の犠牲だった。但し在って無きものとは無ではない。その時間を生きた人間には紛れもない現実だった。それは当麻自身が既に身を持って、解っている筈だった。だから彼は何も語れなくなってしまった。
 征士がこんな風に、仮の時間に居る自分を憐れんでくれるとは、思わなかったからだ。
 十三年前の失敗が生んだ、思わぬ果報を当麻はただ噛み締めるばかりだった。
 そして、黙ってしまった当麻の代わりに、
「どういうこと…?」
 事態を掴めない伸が口を開いた。飛び交う言葉から、征士に起こったことは大方予想できたが、何故そんなことが可能なのかは疑問として残る。征士はそれを、易しく案内するように説明した。
「私はな、彼の作ったタイムマシンでここに来たんだ」
「タイムマシン?」
「そう、私は失踪していた訳じゃない。時間を飛んでしまったから、その間存在が消えてしまったのだ」
「そんなことができるの…?」
 この時代の伸にしても、とても信じられない話のようだった。彼は目を丸くして征士の話に集中している。同時にこの当麻と言う人は、そんな風には見えないが、とんでもない天才かも知れないと伸は思った。まあ確かに、成功してしまったのだから天才と呼んで良いだろう。それについて征士は、
「まだ実験段階で、確実に成功するとは言えなかったようだが、結果的に私は二十年後に飛ばされ、そこからまたすぐにここに来たんだ」
 十三年前の様子を交えてそう話した。本当に、とても成功するとは思えなかったことが、こうして実現できてしまったのは、征士にしても驚愕の事実だ。そして伸は驚きの中に、征士の確かな気持を見ることができた。彼は喜んでタイムマシンに乗った訳じゃない。それでも自分が事故に遭うと知ると、自らここに来てくれたのだと。自分は始めから愛されていたのだと、伸は幸福に思うこともできた。
 だが瞬時に、そんな状況の不安も彼は思い付く。征士はこの時間には居ない筈の人間だと。
「じゃあ征士は、本当に昔のままなんだ?」
 と尋ねると、征士は少し切なそうな顔で返した。
「そうだ。私は二十才のままだ。この当麻とは同い年なんだ」
「そうだったんだ…」
 征士の口からはっきりと、本来あり得ない状態であることを聞かされると、伸もまた力なく語尾を弱めてしまった。憧れ続けた人に漸く出会えたと言うのに、その先に続くことはないと知ってしまった。二十才と十六才の年の差で出会える時は、二度と巡って来ないと判ってしまった。惹かれ合っているだけにふたりの現在は哀しい。
 しかし当麻はその様子を見て、何もかも一時的な感傷に終わると切り捨てた。
「だから、おまえをその時間に戻さなければならない」
 再び言葉を取り戻した当麻は、今はもう、とにかく事態の収拾を着けなければと動き始めた。征士の言うように、自分にも間違いなく責任のあることだと知れば、後はただ変異を最小限に収めるだけだった。
「伸のことはもうしょうがない。どの道おまえが戻れば、おまえが消えている歴史は存在しなくなる筈だ。この俺も、伸も、お前の家族も元の流れに戻るんだ」
 当麻が淡々とそう話すのを、征士は酷く複雑な心境で聞いている。
「ああ…」
 とは答えたが、今となっては元通りに戻したいのか、戻ることで希望通りになるのかどうか、自分で判らなくなっていた。悲し気な瞳で自分を見詰める伸を見ると、何が正解なのか尚更判らなくなった。
 勿論始めはこんな気持ではなかった。無謀な実験に拠って生まれた、自身に関わる悲しみから人々を救いたい、と征士は思っていただけだ。だがその目で、耳で、体で経験したことは消せない。それが例え消滅する世界の無意味な時間でも、そこで過ごした記憶は征士の中に残る。否、消滅する世界の記憶だからこそ、切なさと共に残り続ける思い出となる。
 夏の朝、自転車で学校に行こうとする伸に出会った。その鮮やかな映像は、きっといつまでも頭に焼き付いて離れないだろう。そんな記憶を持って元の時間に戻ることが、自分の果たしたい目的だったのだろうか?。戻ったところで、自分は今まで通り幸福でいられるだろうか?。消えてしまう十六才の伸を思いながら、今まで通り小さな伸を育てて行けるだろうか?。征士は迷いに迷った。
 そう本当は、彼は伸に会ってはいけなかったのだ。会わずに伸を救える方法があるなら、或いは当麻がそれを教えてくれたらそうするべきだった。だが実際は誰も思い付かなかった。誰もふたりが恋に落ちるとは思わなかった。それがタイムマシンの危険。けれどもう今更後悔しても、どうしようもないことだった。
 実験結果は、無駄に哀しむ征士の心が残って終わるだけだ。
「準備は完了した。奥の部屋に入って、とにかく一刻も早く戻ってくれ!」
 不測の現状に気が気じゃない当麻は、急いで装置の準備を終えたようだった。彼の言葉は些か投げ遺りにも聞こえたが、彼も彼なりに、現在の自分が変わってしまうことを憂えているのだろう、と征士は思った。実験の為とは言えこの十三年は、当麻にも決して安楽な日々ではなかった。自らの失敗と責任を感じながら、ただ終わりの時を待っているのは歯痒かっただろう。
 だがもうすぐ、その茶番劇の幕も引かれる。
 戻ると言う意思はまだ定まらないままだが、征士はコンクリートの実験室へと歩き出した。その虚ろな歩みの後を伸は、貼り付く影のように着いて歩いた。彼としては恐らく何も考えられない状態で、ただ征士が居なくなってしまう不安に身を委ね、ぼんやり着いて行くしかなくなっていた。
 実験室の内部は、ここに到着した時と何ら変わらない様子だった。十三年前に比べれば、装置やコード類は少々埃を被っていたが、征士はその見慣れた場所を迷わず進んで行った。椅子の置かれているサークルを目指して歩いて行った。そして、心には様々な感情が入り乱れながらも、彼は機械的な動作でその椅子に着いた。そうすることが実験台である自分の責任かも知れない、と言う思いも当然あった。
 戻らなくては、友人である当麻を裏切ることになる。戻ってしまえば、これまで見て来た世界は崩壊する。椅子に着いて、ひとつ溜息を吐き、征士は改めて己の中の哀切を見詰めていた。その横に立ち止まった伸が、
「戻っちゃうの…?」
 と、弱々しい声で一言尋ねる。それに対し征士が言えることはひとつだけだった。
「元の時間に戻れば、またいつも一緒だ。十三年も私を待つことはない」
 それが本来の幸福の形。
 ただそうなれば、この十六才の伸の抱く恋心は消えてしまうだろう。幼い頃から同じ屋根の下に暮らす家族に、そんなときめきは通常感じないものだ。彼の認識はただ、世話を焼いてくれるお兄さんと言うだけに変わるだろう。もしかしたら自分の認識も、ただ可愛い弟と言うだけに変わって行くかも知れない。だが、征士はその想定し得る未来を、それで良いとはどうしても割り切れなかった。
 叶うことなら、今横に立っている伸と共に居たい。望んではいけないことだろうが、正直な気持は止め処なく心の底から湧いて来る。何処か、この時間とも元の時間とも違う所に、私達が幸福に過ごせる世界は無いのだろうか。私はそんな場所に行きたい。と、征士は祈るように思う。
 けれど当麻は順調に装置の点検を終え、メモに残る十三年前の日付を入力し終えた。今度こそ確実に実験の日に戻ってもらおう。数字を打ち込む彼の様子は真剣そのものだった。その後モニタールームから最奥の実験室にやって来ると、征士に近寄り過ぎている伸に向けて言った。
「ああ、その円の中に入っちゃいかん。一緒に送られてしまうぞ」
 しかし伸は動こうとしない。自らは離れられないのか、一緒に送られるなら本望とでも思っているのか。
 間近までやって来ると当麻は、彼の腕を取って強引にサークルの外へ追い出した。そして例の、金属の柵のようなものを征士の周囲に並べ始める。この作業が終われば後はスイッチを押すのみだ、と、隔離されて行く征士に覚悟の時が迫る。だがそんな時に当麻は、
「もう二度とおまえを実験に使ったりしない」
 と皮肉を言って笑った。それは征士の予想外な行動を諌める意味、征士の家族への謝罪の意味、そして当麻自身の、タイムマシン実験に対する反省の意味が込められ、とても深い言葉となって征士に届いた。そう、もう二度とこんな思いは味わいたくないものだ。この三十二才の当麻のメッセージも、確と元の時間に持ち帰ろうと征士は思った。
「そうしてくれ」
 と征士が返す頃には、サークルに柵を並べる作業は完了し、当麻はその正面へと歩いて行った。その間一度傍から離れていた伸は、柵のすぐ前まで戻り、手の届かない位置に居る征士をもどかしそうに見ていた。
 もうこのまま会えなくなってしまう、と目前にして思うと、伸の手足は自然に震え出し、滲み出す涙が目の縁を赤く染めた。どうして良いか判らない。為す術なく立ち尽くす彼の姿は、征士の目から見ても酷く可哀相な様子だった。なので征士は、最後に精一杯の愛情を表して言った。
「伸、十六才の七月九日は必ず学校を休むんだ。忘れないでくれ」
 内容は、今言っても仕方ないことだったが。ただ君に生きていてほしいと言う、征士の願いは伝わっただろう。例えもう会うことはなくても、例えこの世界は消えてしまうとしても、ここに居る唯一無二の伸が、それを知ってくれれば良かった。伸が悲しみだけを抱えて終わることがないように。
 この世界がそれなりの幸福の内に終われるように。
 そして当麻はスイッチ押した。征士を取り巻く四台の発光装置が、一斉に光のボリュームを上げて行った。この光が全てを飛ばす程強くなった時、征士はこの時間から離れることになる。その移動の過程を知っているのは、無論当麻と征士だけだった。のだが、
「…!」
 白くなりつつある実験室の中、突然伸は金属の柵を飛び越えた。
「おい!、やめろっ!!」
 ある程度離れて立っていた当麻には、声を出す以外に何もできなかった。ここはもう間もなく、目を開けられない程の光に取り囲まれてしまう。その霞み行く視界の中で、征士は走って来た伸を何とか掴まえた。
 もう何も見えない。強い光が辺りに充満し、そしてピークに達した。
「あーーーーー!!」
 嵐と化した実験室に、当麻の恐怖の叫びが谺する。過去に存在している人間を同じ過去に送ってしまった。もう後はどうなるか判らない…。



「戻って来た!!」
 と、最初に部屋の異変を察したのは秀だった。柵に囲まれた今は無人の空間に、彼は何らかの兆しを見たようだ。当麻が時計を見るとあと八秒で丁度五分になる。これは予測通りの実験結果を得られそうだと、彼は大いに喜んで声を張った。
「よし!、後は征士が未来に着いたか確認するだけだ!」
 ところが、そのふたりのワクワク感を余所に、モニタールームからは怪しい連絡が届く。
「おかしいです羽柴先輩、質量が妙に増えてます!」
 真田君の報告が何を示しているのか、よもや恐ろしい何かが未来からやって来たかと、分析する間も無くそこに彼等は現れていた。金属の柵の向こうに見えたのは征士と、彼が座るパイプ椅子と、そして、
「え…?」
 当麻と秀は、目を見開いたまま固まってしまった。征士の膝の上に頭を預け、しがみ着いている知らない人間が居る。二十年後の実験室に行って戻るだけの事に、こんな予想外の結果があるとは思いもしなかった。そして呆然と立つふたりの姿が、征士の元の時間での最初の光景となった。
 目を開けば変わらない実験室の様子。だがそこに居る顔触れは懐かしい。既に懐かしいと感じる征士の五分間だった。そして、まだ目を瞑っている伸の頭を撫でると、彼は恐る恐る顔を上げて征士を見た。
 異常な光に包まれ、自分に何かが起こったことは判っている。だが望み通りに、征士と離れずに移動できたかどうかは、今漸く確認できたところだった。相手の瞳の中に自分の姿が映っている。触れている体の感触にも何ら違和感はない。ギリギリの時の逼迫した感情だけで、思わず装置に飛び込んでしまったが、どうやら無事過去に到着したらしきことに、伸の表情は落ち着いて行った。
 否、感情的に落ち着いたのは良いが、事態はとても落ち着けるものではない。伸を見詰める征士にも、果たして未来の伸がここに居ていいのだろうかと、未知なる結果を恐れる気持があった。そもそも消えてしまう世界に生きる伸が、消えずにここに居るのは不思議な状態だ。更に傍観者に取っては、最初の実験から深刻な異変を見せ付けられ、穏やかでいられる筈もなかった。
「だ…、誰なんだそれは!?。おい征士!?」
 何とも言えないな静寂が続いた後に、漸く当麻がそう言葉を発した。勿論征士は、この事態を解決せねばならないと判っている。当麻に対しては何もかも正直に話そうと、真摯な気持でこう答えた。
「…伸だ。十三年後から着いて来てしまったのだ」
 ただ、正直に話せば話す程、相手が驚くことも予想しなかった訳ではない。案の定当麻はあんぐりと口を開けたまま、
「な、な…、何でそんなことになってんだよ!?」
 その異様さに震え上がっていた。彼の顳かみから冷や汗が流れ落ちるのが見えた。そんな余裕の無い当麻を見たのは初めてだった。それ程、タイムマシンの危険性に無警戒だったことが窺える。それを含め征士が、
「色々あったのだ。色々…」
 これまでの経過を話そうとしたが、その前に当麻のヒステリックな声がそれを遮った。
「ちょっ、待て!!。ここに伸が来たらエコーが起こってしまう!!」
「エコーとは何だ?」
 征士は知らない用語の説明を求めたが、最早当麻の頭は問題解決への思案で一杯で、いちいち説明する気もないようだった。
 尚エコーと言うのは、そうなるであろうとSF的に想像される現象で、このように同じ時間帯に同一の人物が存在すると、そのどちらか、或いは両方共消滅すると言われている。常に一方向に進まなくてはならない時間が、不具合を解消しようとする自浄作用だ。それを音や水の波がぶつかり合い、エネルギーを弱めることに当て嵌めた言葉である。
 つまりここに居る十六才の伸と、家に居る三才の伸は、その不自然さから互いに打ち消し合ってしまうと言う訳だ。未来から来た伸はともかく、今存在する伸が消えればそれは大騒ぎとなるだろう。当麻はそんな最悪のシナリオを思い、
「あーーー!、とにかくおまえは絶対外に出るなよ!?」
 と、伸に向けて強く念を押した。ただでさえ十三年後に征士が居たことが問題なのに、厄介なおまけまで着いて来るとは酷い誤算だった。自分は未来の人間を連れて来たかった訳じゃない、未来を示す物証が欲しかっただけなのに…、と、当麻はあることを思い出す。
「お、おい雑誌は!?」
 そう言えば、彼は未来で雑誌を渡すことになっていた。例え二十年の予定が十三年に狂ったとしても、その時の当麻が気転を利かせ、その当時の雑誌を渡す筈だった。だが征士はそんな物は持っていない。
「雑誌…。全く話に出なかったな。未来の当麻は良くないと思ったのかも知れん」
「はァ!?」
 その返答に当麻は納得が行かない様子で、更に自らの将来にも混乱したようだった。このタイムマシン実験の間に何か、自分の考えが変わる出来事があったのだろうかと。そう、それは仕方ないことだと征士は思った。これまでも感じて来たことだが、未来の当麻の気持は、この当麻にはまだ理解できないのだから。
「どう言うことなんだよ!」
 さて、タイムマシンの成功とは裏腹に、混迷と落胆に陥る彼には、どう話せば解ってもらえるだろうと征士は考える。ただ、同じ人間の未来からのメッセージなら、他の誰よりよく理解できるかも知れない。当麻にはその可能性を信じるしかなかった。征士にしても、彼を不幸な未来に導きたくはないのだ。



つづく





コメント)コメディなのに暗い心理描写が多くて、自分でも何を書いてるのかわからなくなって来ました(- -;。でもまあ結末はハッピーエンドなので、先にお進み下さい…。


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