ちょっと悲しい
常 磐
Ever-Present



 新宿の町には今も、僕らの残した足跡があるだろうか?。

 空には存在しない、浮雲の世界に五人は再び降り立っていた。そして、
「ひとつ判ると結構単純なんだな」
 遼がぽつりと、作業を続ける当麻の横で呟いた。
「単純はない、二次元的な位置関係は読めて来たが、他の羽や球が何を示しているのか、まだ全く判らないんだからな」
 彼はそう返したが、淡々と進む計測作業を見ているだけの者には、酷く単純な労働に映ってしまうのかも知れない。道具の指し示す方向を確認しては、只管移動を繰り返すのみ。
 道具とは、そう、白炎が何処からか持って来たものだ。羅針盤に見えると誰かが言ったように、確かに同様の用途に使えている現在。使い方と使い道について、地球時間の一昨日まで考え続けていた当麻も、ナスティの提案に沿って様々な場所へ出向く内、その羽が自然に動く場所を突き止めていた。
 それは嘗ての主戦場、新宿。
 また、異世界からの反応があることに気付くと、五人は意見を纏め、嘗て妖邪界へと渡った時のように、鎧の力で移動できるかどうか実験を試みた。新しい鎧はこんな場合、求められる能力を発揮してくれるのだろうか?、と。
 そして実験は成功し、彼等は再び鎧世界に立つことになったけれど。
「今ンとこただのコンパスだぜ。ただってこともねぇけど」
 秀の言う通り、与えられた道具から得られる情報は、まだたったそれだけのことに過ぎなかった。
「そうだな。地球とは方角が違うらしいから、専用のコンパスがあるだけ有難いが」
 遼も、道具の構造は単純に感じても、この世界が複雑なことは重々理解しているようだった。この朝も夜も無い、空っぽの異空間を粗方把握するには、まだまだ時間が掛かりそうだと。
 ただ、最初に彼等がここにやって来た時は、主に当麻の目測と歩測だけで、空間の全体像を計ろうとしていたのだ。否、当麻が居なければ、未知の空間の広さや方向を計ろうなど、誰も積極的に考えなかっただろう。彼に取っては平常心を保つ為の暇潰しだったけれど。
 それはともかく、その頃のことは一見無駄骨に見えて、実は今の作業の大事な下地になっている。この世界の土地と言うか地面を飽きる程眺め、注意深く歩いて来たからこそ判ることもある。地面を構成する雲の微妙な流れ、その方向、若干の高低差、時間の経過による微妙な影の変化など。
 だから当麻には、未知の道具の示す意味がすぐ思い付けるんだ、と、遼は作業の終わりを腰を据えて待つ様子で、ずっと見詰めていた。
「方角って呼んでもいいのかな?」
 遼の言葉を受けて、記録係をしていた伸がそう口走っていた。計り取られる数値を次々書き留める彼は、どうも地球上の方角とは違うものらしい、と言う想像に至ったようだ。けれど、
「どうしてここだと浮いてるんだ?」
 そこで秀が道具の反応を見て、如何にも素朴な疑問を投げ掛けたので、取りあえず議論は秀の発言に続いて行った。
「今はどうとも言いようがない。検査機に通して、既に知られた物質で出来ていると判れば、想像できることは多くあるんだが。そうじゃなければ一朝一夕にはいかないさ」
 当麻はそんな風に答えたが、無論彼も全く判らないとの意味だ。柳生邸に於いては重力法則の通り、四枚の羽は全て石盤の上に重なり、籠状の球の中の石ころも沈んでいた。だが今は、その場で盤を回転させると常に同じ方向を向く羽が一枚、その他の羽は一度動いたまま固定され、全ての羽が少し浮き上がった場所に止まっている。球の中の石もまた少し浮いている状態だった。
 磁石が地球上の磁力に反応するように、この道具の羽や石ころもそれぞれ、何かに反応する物質でできているに違いない。そこまでは容易に推理できるのだが、
「検査できる宛てはあるの?」
 と伸が一応尋ねると、
「秘密厳守となると難しいんだよな…」
 案の定と思える返事が、諦めのつかない口調で当麻の口から聞かれた。
 検査機に触れること自体は可能だった。当麻の通っていた大学の中にも、他の仲間の学校にもある所にはあるだろう。但し、この道具が何であるかを知られてはいけない。未知の物質が検出されるなど、世間を騒がす検査結果を報告することはできない。自分らの活動を阻害する騒ぎが起これば、目指すゴールから遠ざかってしまい兼ねない。
 また、恐らく誰もが二年程の休学中だ。突然顔を出して機材を貸してくれるだろうか?、と言う疑問も当然浮かんで来た。そうなると、
「またナスティに無理を通してもらうしかなさそうだ」
 征士が横からそう言うように、いつものパターンで頼むしかないのが現状だった。
「ハハ…」
 伸も、最後の最後までおんぶにだっこだな、と鎧戦士の現実に苦笑いしていた。
 しかし遼は言った。
「だがナスティの言う通り、場所を変えてみて正解だったじゃないか」
 例え助言を仰いだ結果としても、長く動かなかったことが動き出した事実は大きい。もし柳生邸を訪ねようと考えなければ、白炎から道具を受け取ることもなかったかも知れない。そう思うとナスティの存在は、常に鎧戦士の利益になって来たと改めて感じる。昔はただのお節介にも思えていたが、今は全て快く受け止められている遼だ。
「また新宿で何かあるとは思わなかったけどね」
 思えば最初に彼女に出会ったのも新宿だった、と伸も言いながら思い出していた。否、思い出しながら「何故新宿なのか」を考えていた。すると、
「またって言うか、新宿から妖邪界に行ったことがあるから…、なぁ当麻?」
「ああ。あの時錫杖がこじ開けたルートが残ってるんだろう」
 遼の返事に続けて当麻が事情を説明する。そう言えば、地上に遼と当麻だけが残された時、敵の誘いに乗らずに妖邪界へ行こうとして、朱天が錫杖を使い道を開いてくれたことがあった。無論それが朱天のやったことだとは、その時は知りようもなかったが。
 そしてその前にも、迦雄須が自らの肉体を捨てて道を作った。異空間へと渡る架け橋は常に、この新宿の町が出発点になって来たのだ。ルートが残っていると言う、当麻の説にはそれなりに信憑性があった。
 だから今こうして、新しい鎧戦士達も時空を移動できる。
 けれども、
「ん?、じゃ何で妖邪界に行かねぇんだ?」
「えっ…」
 そこでまた素朴な疑問が秀の口に上っていた。確かに、彼でなくとも「不思議だな」くらいには思うことだ。地上から妖邪界へ移動するだけの通路の筈が、何故今は別の場所に行けるのかと。
 答に詰まり困っている遼を見て、何を思ったか征士が言った。
「遼に答えられるとは思えんな」
 恐らく、自分にも判らないことを遼が判る訳がない、との自虐ギャグだろう。
「ハハハハ!」
「まあそうなんだが…」
 笑い出した伸の横で、遼も含み笑いしながら頭を掻いていた。どう転んでも無理なものは無理。ここは当麻に解説してもらうしかない、と遼は当麻の方を向きかけたが、
「途中で分岐したトンネルみたいな感じじゃないの?」
 と、それまで話を合わせていただけの伸が言うと、秀もそれで閃いたように返した。
「おお、分岐トンネルか!」
 乗り物好きな秀や征士になら、そのイメージは疾走感と共に伝わっただろう。実際に時空を跨ぐ時の浮遊感は、速度と共に掛かる気圧に似ていた。押し潰されそうでもあり、放り出されそうでもあり、より身近な例で言えばブランコに乗っているような感覚だ。
 単純で解り易い、伸のそんな思い付きは間違いではなかったが、当麻は少しばかり補足を加えていた。
「そう考えて構わないが、トンネル型かどうかは不明だ。入口も出口も複数あると思った方がいい」
 すると征士は前の話を引き継いでこう返す。
「ならトンネルと言うより高速だ」
「ああ、その方が近いかもな」
 任意の料金所から入り任意の料金所で降りる、平面ではない有料道路のようなもの。時空通路のイメージについて、話し合いの結果すっきり意見が纏まると、
「何だ、むちゃむちゃ簡単じゃねぇか」
 と秀は感想を述べていた。対して当麻も鸚鵡返しに言った。
「簡単だとも」
 何をしたらどうなるか、結果だけを求めるなら誰も悩まない。試してみれば自ずと答が出るからだ。だが何故そうなるかを解くのは容易ではない。現在の地球上の物事でさえ、大昔から知られている現象も、つい最近になって原理が解明された例は少なくない。そして五人の仲間達に於いては、当麻がその担当になっていると言う話だ。
 彼も今は一時の沈滞感を拭い、高い壁に挑もうと覚悟を決めたところなので、意地の悪い言い方をせず、相手に解るように説明を続けた。
「亜空間移動には物理的な道路や扉は不要だ。基本何処からでも入れて、何処からでも出られる筈なんだ。だから入口は新宿以外にもあるだろうし、出口も複数あると俺は思う」
 当麻の話は、摩訶不思議な力でできた通路としててはなく、既存の科学理論を考えた理屈だった。ワームホールと言う時空の抜け道定義が存在するが、迦雄須らはそれを自由に設定できたと考え、故意に設定できるなら出入りも自由だと彼は言うのだろう。
「だが、今は新宿からしか入れなかっただろ?」
 ならば何故?、と遼が質問すると、
「今はな。俺達にルートを開ける力があるのかどうか、試したこともないからな」
 当麻は作業を続けながらも、至極納得の行く回答をしていた。言われてみればこれまで、自ら道を開くと言う発想は彼等にはなかった。更に、
「それに、まだこの鎧世界のことは知らないも同然だ。一度使ったルートでしか来られないのは、道理に適ってるんじゃないか?」
 と当麻が続けると、そこで伸があることに気付いていた。
「あ、そうか」
「何だ??」
 俄に思い付いた様子の伸に、弾かれたように振り向き秀は興味を示している。この場では当麻同様に伸も、解り易い言葉を選んで話し聞かせる。
「迦遊羅が言ってただろ、天つ神に頼んで僕らを戻してくれた時、架け橋の向こうの世界を知らないと駄目なんだってさ」
 すると、秀ではなく遼が感嘆の声を上げていた。
「ああ…!」
 それだけ誰に取っても、目の覚めるような記憶だったに違いない。
 恐らく迦雄須は、地上以外の多くの場所を知っていたのだろう。朱天も地球と妖邪界の双方を知っていた。迦遊羅と三魔将は鎧世界を知らない為、そこに道を開けることはできなかった。何と解り易く整然とした事実があるのだろう、と。
「じゃあこの世界のことが判ったら、もっと自由に行き来できるかも知れないんだな?」
 何らかの喜びに勢い付いて遼が言うと、
「そう言うことだ」
 当麻は「やっと理解してもらえたか」と、内心やきもきしながらも笑顔で返した。そうでなければ地味過ぎる計測作業など、早々に投げ出したいところだった。
 例え異空間でも、妖邪界のように人間が移動して整えた後なら、同じ人間であるが故、その地形的特徴は把握し易い。空があり土地があり、一定の面積を持つ町がある。それだけのことだが、その理屈を知っているだけで自由に走り回れた。
 だがここではまだ、思い通りに移動することもできずにいるのだ。その点を解決した時には恐らく、自由に地上や妖邪界へも移動できるようになる。と、当麻は考えるから淡々と作業を続けているのだ。
「な?るほど。つまり当麻のやってることはもの凄く重要って訳だ!」
 ここに来て、幾つかの疑問が気持良くクリアになり、秀は調子良くそんなことを言った。
「おだてても何もないぞ」
「ヒャハハハ」
 と、言葉だけ聞けばいつもの遣り取りだったが、それでも当麻は何処となく嬉しそうだった。己の前に立ち塞がった深遠なる謎の内、ほんの一部でも仲間達が共有してくれたことは、少なからず彼の気持に余裕を生み出していた。深い部分で理解していなくとも、その意味を解ってくれるなら納得できた。
 切っ掛けを作ってくれた白炎には感謝を。
 そしてこれから先、何処へ行くことになろうと仲間は必要だ。己と言う存在が消えてなくなるまで、ずっと必要だと彼は思った。
「まあ当麻には頑張ってもらおうか」
 逆に征士はいつも通り突き放して言ったが、心暖まる場の流れが寸断されたと思ったのか、遼は突然いきり立つ様子で続けた。
「俺は真面目に応援してるぞ!、手伝ってほしいことがあったら何でも言ってくれ!」
「まあまあ…」
 伸は穏やかに宥めている。征士は「何事か?」と言う顔をしている。当麻も最早、征士の言い種など気に留めてもいない。だがまあ、そんな内容を声に出して言う者は、遼以外に居ないので有難い存在かも知れない。
 この先どんな場面に出会すかは判らない。だから仲間達はずっと必要だ。



 この雲の海は何処から始まり、何処で終わっているのだろう。
 球状の地表なら何処が始まりでも終わりでもないが、鎧世界の全体像は未だ誰も想像できていない。無論人間の感覚で、三次元的に考えてもあまり意味がないけれど。
 今はそうでも、いつか既存の考え方を離れ、偉大な先人達のように自在に存在できるのだろうか?。
「ある程度時間は掛かりそうだが、ひとつの問題は解決しそうだな」
 と、数十メートル先の仲間達を見ながら征士は言った。
 今は計測の為の目印に立たされているところだが、遼のやる気を買って、彼に記録係を譲った伸も、退屈そうな征士を見ると今はその傍に来ていた。
「うん…」
「方向が判れば当てずっぽうに歩き回ることもなくなる。無駄な行動をせずに済むのは幸いだ」
「うん…、そうだね」
 けれど伸はと言うと、自ら寄って来た割にあまりお喋りをしないのだ。気を遣う必要がない相手、と思っているにしても珍しいことだった。
 しかも、現在進行中の作業をどう捉えているのやら、ぼんやりと、しかし嬉しそうに笑っている。記録係をしている内からそんな風でもあった。
 その想像し難い様子について、
「どうでも良さそうだな?」
 と征士は尋ねるが、流石にそんなことはないと伸は返した。
「まさか。良い方に進んでるなって思うけど?」
 嘘を吐いている訳ではないようだ。まあ、伸や当麻は先の不安が見え易いところもあり、まだ口にしない何事かにひとり悩むことも珍しくない。だが今はそうとも感じられなかった。目の前で進行している幸運な状況を見ながらも、他の事を考え笑っているような。
 彼の感情は揺らぎ易いが、意外に現実逃避型の性格ではない。理想の状態を多く想像しながらも、現実の瑣末時を適当に扱うことができない。だから、仲間達が喜びに沸くこの時に、何故乖離的になるのか征士には不思議でならなかった。
「どう言う心境だろう?」
「フフ、ハハハ」
 再び尋ねても、伸は変わらずぼんやりした様子で笑うだけだった。
 その時ふと征士の頭に、前の話題の一部が思い出される。
「そう言えば、さっきはあれで納得したが、肝心なことを聞かなかった気がする」
 伸の態度についても疑問だが、空間移動の件についても不明な点を残したままだと、今頃になって征士は気付いた。
「何のこと?」
「出口が複数あるならどう選択するのかと。何故妖邪界に出なかったのか、秀の質問には答えていなかった」
 確かにその通り。前の場では複数の質問が重なった為、その説明はされずに終わってしまった。勿論、尋ねられた当麻には何らかの答があっただろう。だが伸にも、彼なりの考えで説明することができた。
 それはつまり、
「あー…。それは多分ねぇ、行きたいと思った所に出るんだよ」
 と言う、やや杜撰にも聞こえる仮説なのだが。但しそう言っておいて、征士がすんなり了解するとも思わなかったようだ。続けて、
「そんなに都合良くできているのか?」
 多少懐疑的な調子で征士が返すと、寧ろこの後が重要と言うように、伸は確と相手に顔を向けて話した。
「空間の性質はどうでもよくて、鎧の能力じゃないかと思うんだ。ムカラだって元の鎧だって、訳分かんない移動能力を持ってただろ?」
 ここでは初めて出て来た話題。
 そして、ただ新鮮な説と言うだけでなく、伸が何故納得しているか容易に理解できる話だった。征士は思い出す、突然現れた者にアフリカまで連れて行かれたこと。その後乗り物を使わず伸がやって来たことを思い出す。鎧は纏う者の意志を受け、目的地へと移動する能力があると知っていた筈だった。
「ああ…、確かにそうだ」
 そして伸は何でもよく憶えていると、征士は妙に感心してしまった。煩悩京で聞いた架け橋の話も含め、その時は雑学として受け取った事例も、こうして思考材料になるのだから侮れない。常に細かく、物の端々まで見ている彼だからこそ、見出せる理屈があることを改めて知る。
 そんな伸が、引き続き明るい顔をしてこう纏めた。
「鎧は元々亜空間性の物なのかも知れない。だから自由に何処へでも行けるのかも知れない、と思ったんだ」
 嘗ての鎧は、阿羅醐の強い復讐の念が染み込んでいた。新たな鎧もまた、すずなぎの悲しみから生み出されたものだ。けれど、負の思考ばかりが詰め込まれているのではない。パンドラの壷のように、希望も込められていると彼には信じられるのだろう。
 真の自由とは孤独を表すが、集団に於ける自由は進歩的な平和だ。
 故に、人類の平和と共に、鎧戦士の平和の為にも自由が必要だ。
「であるなら、私達も何処へでも行けるだろうな」
 伸の妙に穏やかな今の気持を知ると、征士はそう言って笑い返した。
「うん…」
「何処へも、ずっと…」
 一緒に…、と思いながら広がり行く世界をも思う。今征士の目に見える伸の背景には、何処までも白く味気ない鎧世界が広がっている。それが荒涼とした岩石の広がる惑星でも、見知らぬ星の煌めく宇宙の何処かでも、時も場所も次々変わって行くとしても、いつも彼がそこに居ることが希望だ、と征士は感じた。
 だから確かに、鎧の持つ暗い意志に背中を押されるばかりの、単なる駒として己が使われる訳ではない、とも信じられそうだった。ずっと一緒に居られたらいい。我々は誰もがずっと繋がっていたい。鎧は、それを実現してくれる存在でもあるのだ。
 これまで様々なことがあったけれど、今も私達は同じ地面の上に立っている。纏う者の意志を鎧は反映している…。
 と、視界を広く取ったところで、征士にはもうひとつ疑問が浮かんで来た。行きたい所へ行けると言うのは、旅行なら見知らぬ土地への興味や楽しみもあるだろう。ただこの度は、何処へ行くとも決めずに移動実験を行った結果だ。伸はこの何もない鎧世界に、来たいと思って来たのだろうか?と。
 否、義務的に「戻らなくては」と、皆が感じていたのは確かだ。だがその程度のことで行先が決まるものなのか?、と征士は問い掛けてみた。
「伸はここに来たいと思っていたのか?」
「うん」
「…何故だ?」
 あまりにあっさり肯定するので、新宿からここに移動したのは間違いなく伸の意志だ、と判ったけれど。何が伸の気持を捉えているのか、今のところ征士には思い付けない。
「近道だと思うからさ。僕らがもっと自由になる為の」
「・・・・・・・・」
 理由を聞いてもまだ釈然としない。この前に話していた通り、計測作業ならまだ始めたばかりで、地味な上に機械的な労働が当面続くことは判っている。それを近道と言うなら少し感覚がズレていると思う。寧ろ「急がば回れ」的なことだと、伸が間違うとも思えなかった。
 それとも。
 と征士は他の可能性を考える。他に何か、伸が喜んで来たがる理由がここにあるだろうか?。何か特別な事があっただろうか?。
 そう、あったのだと、今征士は空からその知らせを受け取っていた。
「ほらね、多分来てくれると思ったんだ」
「ああ…」
 明けることも暮れることもない、鈍い光をたたえた作り物のような空に、ゆらゆらと何かの影が映っていた。これが地上の眺めなら、大型の猛禽類が雲を滑る姿を想像しただろう。残念ながらここには、生物らしい生物は存在しない。そして、
「分かった?」
 と、落ち着いた声で確認して来た伸が、もうずっと前から意志を固めていたことを知って、征士も同意するように答えた。
「何処へ行こうとも戦い続けると、意思表示するのが早いと言うことか」
「そうだよ」
 代償とまでは言わないが、何処の神も仏も、何もしない者には恵みを与えない。欠けが無い者にそれ以上を与えることもない。まして人類を凌駕する力を得た者が、それ以上を望むことはできない筈なのだ。
 けれど天つ神は彼等の許に来た。彼の神は人間の味方であり、迦雄須の遺志によって人間の為に働く者を、必ず助けてくれると伸の信じた通りだった。
 ただ、
「それでいいのか?」
 と、問い質すように征士が言うと、
「まあ、ね」
 少し伸は言い淀んだ。最も正直な気持を問われれば、長過ぎる一生を兵隊として過ごすのは辛いと答える。恐らく幸福感より遥かに苦悩が勝る道程だとも、これまでの経験上予想できることだった。今後どれだけ迷い、怒り、傷付きながら時を経て行くのか知れない。
 それでも、そんな自分の気持を察してくれる人が居るから、敢えて選択しても良いと伸は考えているようだった。
 戦い続ける限り一緒に居られるなら、戦うことを選ぶ。
 何処へもずっと、一緒に。
「そうか…」
 征士は、言葉の調子に反し笑っている伸の顔に、そっと手を回して傾けた。
 悲しいなら話を聞こう。不安なら傍に居よう。淋しいなら抱き締めていよう。そうしてずっとやって行けるだろう。そう伝えたかった。



 何処へでも行けるように。自由に身動きできるように。ずっと一緒に居られるように。
 切なる願いは、舞い降りた光の渦の中に諸共に呑み込まれ、昇華して行った。









コメント改)本文はそのままですが、コメントに書いた事に変更があったので、コメントだけを差し替えます。2017.2.1

短めの話でしたが、前の話で書き残した事を回収し終わりました。この後は「回顧録」と言う連作があって、「偉大なる哲学」へと続くことになります。
「回顧録」は「理の夢」に出て来た夢の内容ですが、この「常盤」の段階ではまだ、単にそれぞれ夢を見ただけです。「偉大なる哲学」の五人は、現在の鎧戦士の何たるかを知った状態なので、この話の後各々見た夢が、ある変化を齎す話に続き、「偉大なる哲学」の悟ったような状態になる…と言う訳です。
「回顧録」は四人分あります。ちょっと長い話もあるけど、パラレルと思って楽しんでいただければ幸いです。
そしてこの辺の話が終わったら、「偉大なる哲学」から「DEIXA」の間の「未来史」を書き始めますが…、長いです(^ ^;。そもそも「偉大なる哲学」を文章化した方がいいのかなと、まだ考え中です。




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