東京タワーから
新東京正義之士
The New Beginning



AM6:30

 目覚ましが鳴った時、最初に見えたのはカーテン越しの薄明かりだった。
 その前に誰かが立っている。征士だ。彼はもう目を覚ましてほぼ着替えを終えている。普段通り日課の素振りを行おうと、今にも出て行ってしまいそうな快闊さを見せていた。
「…うーん」
「おはよう」
 寝返りを打って目覚ましを止めた伸に、征士は一言声を掛けた。
「ん、おはよ」
 春の到来が日に日に強く感じられて来る三月下旬、けれどまだ肌寒さの残る本日の気温。伸は返事をしたものの、今一度掛け布団を引き上げて首まで潜る。
 少しばかり人肌の温もりが名残惜しかった。何もなければ各自の部屋で寝るところを、昨晩はふたり同じベッドに眠った。言わずもがな夜の営みの後先。伸は恋しい体を探すようにまだ、綿のシーツの上を探るようにしていたけれど。
 徐々に頭に浮かび上がって来るキーワード。「今日は特別な一日」。
「今日はさ、何の日だかわかってるよね?」
 未だぼんやり曇った思考状態ながら、伸はそう言った。
「わかっているとも」
 そして征士もそう答えた。そんなちょっとした確認作業を終えると、それで満足したように伸は、
「よしっ、僕もシャキッと目覚めなきゃ」
 と、思い切り良く掛け布団を折り畳む。そして突然スイッチが入ったように立ち上がり、寝起きの気だるさを吹き飛ばして行った。
 よく耳を澄ましてみれば、窓の外からは既に様々な生活音が聞こえている。車のエンジン音などは勿論だが、近所の家の門が開く音、閉まる音、知っている誰かの足音、通り過ぎる自転車のブレーキ音、今日と言う日はもう始まっているのだと思う。
 この大切な一日をより良く過ごす為に、と、伸は足早にその部屋を出て行った。
「まだ時間は充分あるんだ、そう慌てることもない」
 征士は追い掛けるようにそう言ったが、
「だめだめ、そんなこと言ってちゃ。特別な日は特に襟元を正さないと」
 既に出来上がった伸の意気込みは、この後掃除、洗濯、煩わしい事を一気に片付け、身綺麗にして出掛けたいと言う、明るい決意が窺えるようだった。
 そう、午後には相談して決めたある場所へ出掛ける予定だ。それまでの時間をどう過ごすかも、一日の価値をより高めることになると、伸は意欲的且つ前向きに考えている。
 無論それだけ今日のイベントを楽しみに、或いは愛おしく待ち続けたからだ。

 ダイニングテーブルに朝食が並ぶ頃、征士は日課を終えシャワーを使い、身なりを整えてその席に着いていた。そして伸もいつものように、ふたりのカップにコーヒーを注ぐと向かいの席に着いた。
 普段と何ら変わらない朝の風景。けれどその中で伸は、
「今日と言う日を迎えてどう?、征士君の感想は?」
 との質問をした。伸の中ではこれ程の歓喜を齎す「今日」だが、果たして征士はどう感じているのだろう。すると彼は、
「どうと言われてもな。これからまた新しい歴史が始まる、と言うところかな」
 そう答えて澄まして見せた。その仕種がコメディ映画のようで面白く、一際明るい態度に見えたので、
「ああ、いいねぇそんな感じ」
 伸もそう返して続けた。
「総決算とか集大成とか、過去を振り返るより未来を考える方がいいよね」
 またそこで、最早耳慣れた征士流の冗談も飛び出す。
「まあ私達は、今更言葉にしなくとも既にそうしている。ここで全員が私達に倣ってほしいものだ」
「アハハハ、僕らは先頭を切って走ってるのか?」
 そして征士は遊ぶように、人指し指で伸の顔をなぞると、
「私達は常に新しい。慣習に囚われず日々新しい時間を生きているからな」
 くすぐったそうにそれを避けながら伸も笑った。
「クックック…」
 まあ彼等の生活状況を思えば、確かに新しい家族の形と言えなくもないので、この世の中で、自らが新しいと言える気持は解らなくない。伸もまたそれに甘んじて乗っかり、屈託なく笑っていられるなら本望だろう。彼等の新しい日々が、全ての新しい始まりに繋がるならそれもいい。
「うん、今日からは僕ら全体が新しくなりたいね。過去のことは置いておいてさ」
「それが今日と言う日の意味だ」
 ふたりは穏やかに笑い合い、穏やかな朝食の一時を過ごしていた。今日、今、ここから始まる新しい歴史に幸あらんことを願いつつ…。



AM10:40

 その日の空模様は上々だった。朝方肌寒かった気温も、日が昇ると共に上昇しつつある。この週末は絶好のお花見日和になるだろうと誰もが、明るい胸騒ぎを覚える春の一日。
 窓ガラスの外を取り巻く透明な空気、様々な花や木の芽が綻び始める自然の活動、確かにあの日もこんな景色を見ていたと、ナスティは思い返しながらひとつ深呼吸をした。
 いつの間にか随分時間が経ったものだ。長かったとも言えるし、あっと言う間だったとも言える不思議な感覚。充分に必死で一生懸命だったからこそ、その記憶は今も鮮明に残る。そしていつまでも、一生忘れないだろうと微笑みの内に思う、殊に穏やかな一時だった。
 その時、不意に電話のベルが鳴り出した。
「もしもし…、あら遼、どうしたの?」
 電話の相手は比較的近くに住む遼だった。今日の予定に何かしら変更があるとすれば、まず連絡相手は彼ではない筈だった。今回のイベントを企画した中心人物は当麻と伸だと言う。すると、
「良かった、まだ家を出てなくて」
「だってまだ早いでしょ?、お昼前に出れば充分よ」
「そうなんだが…」
 遼は何故だか心細そうな声色で口籠っていた。
「どうかしたの?」
 と尋ねると、彼にしては気弱な発言がナスティの耳に届いた。
「辿り着ける自信がないんだ。当麻にも伸にも場所は聞いたが、何かわかりにくい店なんだよな」
 どうも彼は、イベントが行われる場所に不安を感じているようだった。実は今回、過去に幾度も集まった新宿や渋谷ではない、若者はあまり訪れないある町を指示された。その上ビルばかりでやや区別しにくい中にある店、と言うことで、遼は初めて触れるその様子に戦いているようだ。
 しかしナスティの方はあくまで楽観的だった。
「まあー!、大丈夫よ。近くまで行ったら、その辺の人に聞いてみればいいじゃない」
「誰も居なかったら?」
「居ないなんてことないわよ、こっちと違って東京は人が多いもの」
「うん…、そうかなぁ…」
 まあナスティの言うように、東京の町は平日だろうと休日だろうと、人気が無くなることはほぼない。遼がどんな想像をしたのか知らないが、心配し過ぎだとナスティは笑った。
「町行く人が偶然居なくたって、お店は沢山あるでしょ?。お店の人に聞けばいいのよ」
「ああそうか…、そうだな」
「いやねぇ遼、しばらく東京に行かなかったら、すっかり田舎の感覚に染まっちゃって!」
 確かに彼女の言う通り、ここしばらく遼は東京へは来ていなかった。神奈川県内にある自宅アパートと、大学を往復するばかりの毎日だ。そのアパートも横浜のような都市部でなく、静岡に近い地域なので田舎と言えば田舎だった。またそれ以上に、
「って言うか、元々俺は都会の生活に馴染みがないからなぁ」
 そんな身の上だと遼が言うと、
「それもそうだけど」
 全くだと言うようにナスティも相槌を打った。
 思えば出会った頃は、如何にも野生児の風格を見せていた彼が、今は新宿だけならそれなりに詳しい状況となった。町もある意味ではジャングルと大差ないかも知れないが、長い時を過ごした思い出の町だからこそ、その全体像を自然に受け入れられているのだろう。
 ならば、遼はこれからも冒険することが必要だ。慣れさえすれば山奥の山林地帯も、都会のビル群も恐らく同じなのだから。
「大体何でこんな、わかりにくい店にしたんだろうな?。貸し切りにできるスペースって、そんなに少ないこともないだろ?」
「さあ?、何か理由があるんじゃない?。私は聞いてないけど」
 そうだ、これは新しい冒険なのだと、ふとナスティの頭にそんな考えが過った。ワンパターンが悪い訳ではないが、元鎧戦士達は何らかの、新しい展開を考えているに違いないと思った。そして遼も彼女の話を受け、
「うーん。何か特別なことがあるのかも知れないな、確かに」
 と、少しずつ納得して来た。当然だがこの特別な日の為に、わざわざ不粋な選択をするメンバーは居ないだろう。何か、目を見開くような価値あるものが、そこに用意されているのかも知れない。
「それは着いてみてのお楽しみね」
「ああ、そうだな」
 電話の最後には、ふたり同様に落ち着いた調子で笑い合えていた。
 考えてみれば、例え未知なる世界に飛び込むこととなっても、この面子が揃えば何も心配することはない。誰かが足りなければ必ず誰かが見付けてくれるだろう。そう信じられる仲間達だから、余計なことを考えずに流れに乗れば良かったのだ。
 無用な心配だったかもな、と、遼は己の中でも笑っていた。



PM1:25

 やや遠くに住む者、近くに住む者、その全員が移動の途に就く時間となった。
 そしてここに、頼まれもしないのに、モーニングコールをしにやって来た秀が居た。モーニングと言うにはかなり遅い時間ではあるが、相手の生活を考えると強ち大袈裟でもない。
「おいっ!、当麻!」
 秀は勢い良くドアを叩いた。彼の意識としては、この大事なイベントの日に遅刻者が出て、要らぬケチが付かないようにとの配慮だ。するとドアの中から、
「わかってる!、煩いからドアを叩くな!」
 と聞こえて来た。流石に今回の幹事のひとりとして、最低限の責任は感じているらしかった。しかし、
「なんだ、今日はちゃんと起きてたか」
「当たり前だろ」
「当たり前じゃねぇからこうして迎えに来てんだろ?」
 秀に言わせれば今日は「たまたま」であって、確実ではないからいつも心配の種だ、と言うところだろう。暫くしてそのマンションのドアが開くと、秀は顔を見せる前に手に持っていた紙袋を差し出し、
「ホイよ」
 と簡潔に言った。
「あ…?」
「うちの店の豚まんだ。どーせ何も食ってねぇんだろ」
 親しい仲間とは何と有難いものだろう。ただ遅刻の心配をするだけでなく、朝食まで持参してくれるのだから。
「これから御馳走が出るからって、朝から空きっ腹で出るのは良くねぇぜ」
「あー…、すまん」
 これについては、素直に好意を受け取っておく当麻だった。彼は早速それを電子レンジで温めると、相手を待たせないよう急いで食べ始めた。
 刻一刻とその時は迫っている。時間が多少ズレたからと言って、特に問題になるイベントでもなかったが、彼等の大切な思い出と言う側面を考えると、やはりなるべくその日、その時間に集合したいところだった。
 今から十年前のあの日も、綺麗な青空の広がる天気のいい日だった。朝目覚めた時には通常の空気と違い、何らかの運命から来る呼び掛けの声を聞いていた。その声に促されるまま、少年達は次々戦いの場へと集まって来た。何が起こり、誰とどう出会い、如何なる結果になるとも知れない。しかし誰もが自らの感覚に疑いを持たず、同じ時に皆顔を合わせることとなった。
 今思えば何の示し合わせもなく、同じ時刻に集合できたのは不思議なことだ。例え鎧や先導者の導きがあったにせよ、それまでは顔も名も知らぬ、生活環境もバラバラな者同士だったと言うのに。
「しっかし、何で浜松町なんかになったんだ?」
 当麻が短い食事を終える頃、秀は思い出したようにそう言った。前途の通り彼等の思い出と言えば、まず真っ先に出て来る町があるのだが。すると当麻はその事情を、
「ああ、俺は最初新宿でいいと言ったんだが、伸がどっかから話を聞いて来たって、その浜松町のビルになったんだ」
 と説明しながら、ジャケットを羽織って玄関へと出て来た。
「話を聞いたって?。何か面白い仕掛けでもあんのか?」
 秀はドアの外からその理由を尋ねる。新宿を差し置いてまでそこを選んだなら、当然それ相当の理由があると想像はついた。だが当麻は、
「仕掛けと言うか…。まあ行けばわかるさ」
 先にバラしてしまうのは勿体無いと思ったか、詳細は言わずにおくことにしたようだ。別段度肝を抜く程のことでもないが、種明かしに期待して出掛ける方がより楽しいだろう、と思った。
 そして、漸くドアの外に出て来た当麻に、
「フーン?。んじゃ楽しみに出掛けるとするか!」
 秀は意図通りの反応を見せて笑った。またそれを見て当麻も、常にこんな風に先を楽しみにしていたいものだと、納得するように笑い返した。
 明日がどうなっているかと不安に思う日もあるだろう。先行きの暗さを漠然と感じる時もあるだろう。だが何をしようと結果はやって来る。努力すればしたなりの結果が訪れる。そして如何なる時も、それを分かち合える仲間に救われて来た。
 ひとりではない、と言うだけで世界は明るく変わることができる。それを経験的に知ることができて良かったと、今ふたりは軽やかな足取りの内に感じていた。



PM2:30

 浜松町のとある雑居ビル、その十八階に存在する貸しスペースの中で、今、乾杯とクラッカーなどの音が鳴り響いた。
「十周年おめでとう〜!」
「おめでとう〜!、乾杯〜!」
「俺達おめでとう〜!!」
 貸しスペースと言っても会議室ではなく、クラブのようなソファとテーブルにカラオケ、食品の持ち込み可能、各種デリバリーの注文可能と言う、この町にしては珍しいパーティスペースだ。その楽し気な雰囲気に乗って、集まったメンバーは早速騒ぎ出していた。
 新宿、アルタ前、午後二時半過ぎ。
 彼等が出会った時と場所、状況は誰もが忘れ得ぬ記憶のひとつとなっている。それを幹事のひとりである伸は、これまでと違った角度から見てみよう、と当麻に提案していた。
 そして遼も、今はこの貸しスペースの意味を知り、
「成程な、このビルからだと新宿のビル群に東京タワー、皇居周辺とか、こんな風に見渡せるんだ」
 窓の外の景色を食い入るように眺めていた。そう、ここは東京の主だった町を一望できる、と言うのが売りのスペースなのだ。遼の横で征士が親切に、
「こっちの窓からは東京駅周辺も見えるぞ」
 と話すと、また別の窓を見ていたナスティは、
「東京湾も見えるし、正に東京を見渡せる位置なのね」
 と、大パノラマの中心に存在する面白さを満喫しているようだった。そして伸は、敢えてこの場所を選んだ理由をこう話す。
「だからね、これからの僕達にはいいだろうと思ったんだよ」
「これからってどーゆーこと?」
 秀が簡単に尋ねると、伸はそこでひとつポーズを作り、
「つまり、新宿だけに留まってないってことさ」
 芝居でもするようににっこりと笑って見せた。征士がまたその補足をするように、
「これからは首都全域を守れる鎧戦士でなくては」
 と続けると、漸く全員が「成程」と閃くように納得した。新宿で出会い、長く新宿を中心に活動して来たけれど、首都・東京はそこに限らず日本の中枢である。出会いの時から十年の時を経て、今も続くその結束を祝うと共に、新規の展望をも描いて行ければ理想的だ。今や全員が名実共に「大人」となったのだから、より広く、より多くのものを守れる存在にならなくては、と思う。
 そこで、全体のリーダーである遼が、
「そうか、そしてゆくゆくは日本全体を、世界全体を、となって行ければいいな!」
 力強くそう語ると、提案した伸も、もうひとりの幹事である当麻も、
「そうだよ!」
「気の長い話だが」
 それぞれ穏やかに遼の言葉を受け入れていた。
 このふたりに限らず、新しい鎧戦士の目標には最早誰も、異を唱えようとはしないだろう。力としての鎧は既に無く、直接的な戦闘をすることはなくなったけれど、過去の成果から繋がるこの大事な世界を、より良く維持することに努めたいと誰もが思っているからだ。
 そして、一都市から首都全体へ、首都から国へ、国から全ての大陸へと思いが拡大して行くのは、年令を重ね視野が広がって行く度、自然に湧いて来る感情かも知れなかった。新宿から東京へ、東京から日本へ、エリアが広くなると共に、自分等も大きな心を持ちたいものだ。
 するとそこで、大いに意欲的に声を張り、
「よっ、それならここでもう一回、誓いの乾杯でもしようぜ!」
 秀がそう言って立ち上がった。
「それもそうだな」
 すぐに賛同の声が上がると、それぞれ、一度手放したグラスを改めて手にしようと動き出す。その中でナスティが、
「じゃあ遼が音頭をとって頂戴?」
 と言うと、指名された本人も今は前向きな様子で答えた。
「よし。…これまでの十年、俺達は各々目標の為に頑張れたと思うが、これからの俺達も、これまで以上に正義を追求して行けるように!」
「乾杯〜!」
「イヤッホー!」
 そうして部屋は再び、賑やかな声と音とに包まれた。一際高く力強く杯を掲げた秀は、既に二杯目のシャンパンを一気に飲み干していた。
「初っ端から飛ばし過ぎだぞ、秀」
 と当麻が一応注意したが、そこで彼は楽し気にこんな返事をする。
「まあまあいいじゃんか!、俺達の新しい門出だ。名付けて『新東京正義之士』ってとこだな!」
「何だそれは?」
 始めに疑問を投げ掛けたのは、丁度向かいの席に居た征士だった。聞きなれぬ面白い名称がふと耳に残った。そして当麻も、
「おまえが考えたにしちゃ出来過ぎだな」
 と続けた。こうした時にその場の閃きだけで、そんな洒落た名前を思い付くとは、秀に限ってあり得ないと彼は思っている。すると案の定、と言うか、秀はその名称についてこう説明した。
「いやぁ、知ってる奴いるかなァ?。筋肉少女帯にいた三柴江戸蔵の、ソロの頃のユニット名なんだぜ?」
 一瞬周囲の誰もがポカンとした。
 ミュージシャン、アーティストなどは数々存在すれど、よりによってキワモノとも言えるバンド。しかもそこから既に脱退したキーボーディストの名前が出るとは。征士などはバンド名すらあやふやなようで、
「筋肉…少女隊?」
 と、妙な想像を始めたくらいだった。しかし暫しの間が空いた後、
「…高木ブーの歌とか、カレーの歌とかあったよな」
 割に音楽には造詣のある遼が話すと、伸が続けて、
「『俺にカレーを食わせろ〜♪』」
 と、「日本印度化計画」の一節を歌ってみせた。ただ、これらのコメディソングと言えるものから、「世界を守る大人の集団」はどうもイメージできない。何故筋肉少女帯なんだろう?、との疑問は深まって行くばかりだった。
 すると秀は勿論、そのイメージを訂正すべくこう説明する。
「そーゆう筋少の曲とは全然違うんだ。ジャズピアノっつーの?、カッコ良くて好きだったんだ」
「へぇ」
 ついでに彼はピアノを弾く真似をしながら、その「新東京正義之士」の曲を歌って聞かせた。
「『風のように俺についてこい〜♪』ってね」
 それを聞くと、秀の歌が上手かったこともあるが、途端に彼の言いたいことが部屋の空気に伝わって行く。流行りのポップスではない、激しいばかりのロックでもない。何か、ベーシックなものに根差した音楽だからこそ、そのリズムには独特の落ち着きや情感が感じられた。
 そう、大切なのは大人としての落ち着きだ。それにはいい選択だったと、
「フフ、そうね、ジャズは大人の町には相応しいわ」
 ナスティは秀を誉めてそう賛同した。するとそれに合わせたように伸は、
「じゃあ大人のトルーパーとして、この後の十年の新しいイメージを話し合おうよ」
 全ての、意思を同じくする者達にそう呼び掛けていた。
「そうしよう!」
「ああ…、新しいイメージか…」
 伝統的な鎧も、千年を経て培われた日本人の志も悪くない。ただただ純粋な気持で走り続けるのも悪くはないが、次の段階に進んだ自分達には確かに、何か新たな基準が必要だとも感じる。少年には少年の、大人には大人の目指すべき都があるだろう。十周年のここで舵を切り直し、心機一転とするのもいいかも知れない、と今は皆が思った。
 誰かが言ったように、正に新たな歴史の始まりだ。
 これからの十年は果たしてどんな期間だろう?。そして次の十年にはまた、違う新たなことを考えているのだろう。と、浜松町の一角で、その宴は意欲的に未来へ臨むエネルギーとなって、ひとつの流れを作って行くかも知れない…。

 十年前のあの頃、彼等はまだ右も左も判らない少年だった。そして十年後の今は、その頃思い描いた通りの大人になっているだろうか?。
 新宿は、東京は理想的な平和の町になっているだろうか?。
 否、まだまだ不十分だからこそ、これからも成長して行かなければならないのだ。人も世界も、いつか満足な存在となれることを信じて。









コメント)一応征伸にはなってるけど、トルーパー全体のお話でした。
二十五周年の今年に、十周年の時の話を書くと言うのもオツなもの(笑)。いや、たまたま書いてなかったことを思い出しただけですが。
私はトルーパー十周年の頃は他ジャンルで活動していて、十周年に関する創作は全くしてなくて。だから初めてのお祝いネタ話だけど、まさか筋少を出すことになるとは思ってなかったわ(^ ^;。三柴氏のユニット名がかっこいかった、と言うだけなんですけどね。
尚、純は遅れて来ることになってます。話がブレるので文中に入れられなかった。ついでにカットも、こんな話なので何を描いて良いか迷って、写真にしてしまった。スミマセン。



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