町中の三人
(鎧伝)新宿
#2
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 中央通りを抜け、一番に明治通りに出た秀が、伊勢丹方向に向かって歩き出すと、彼は面白そうに前方を指差しながら言った。
「おっ、見ろよ!、新宿三丁目の駅!」
 ただそれだけでは、何が面白いのかさっぱり解らなかった。
「三丁目は前からあるだろ?」
 と遼の言う通りで、彼は白炎と歩いた歩行者天国の様子を思い浮かべていた。あの日の晴れた空の下、丸ノ内線の赤い案内版も映えて見えていた。その当時既に新宿三丁目駅は存在した。秀がそれを知らない訳はないから、その他に何を見付けたんだろう?、と思うと、
「副都心線って何なんだよ?、聞いたことねぇだろ?」
「え、こっちにも新しい地下鉄ができたのかな?」
 秀の返事には、同様に楽しげな口調で伸が答えていた。西口で見た大江戸線は間違いなく都庁の為に敷かれた路線だが、東口に出来た路線は何なんだろうと興味が湧いた。またそれは伸だけではなかったようで、
「ちょっと見てみよう」
 今度は、地下に降りて路線図を確認しようと当麻が言い、皆その決定に素直に乗っていた。五人は丸井の横の入口から地下へ降りると、それ程変わらない感じの券売機の上を見上げる。そこにあった地下鉄路線図は確かに、予想通り以前よりかなり発達したことを思わせた。
「あー、路線が伸びて複雑になってるねー」
「どう言うんだ、私鉄とくっついた路線が多くなってるみてぇだな?」
 伸が嬉しそうにその複雑さを語ると、秀は意外にこうしたことには気転が利き、すぐに現在の地下鉄事情を把握していた。言われると成程な、と、他の四人も納得して頷いた。単純に地下鉄が延びたのではない、私鉄の乗り込みが多くなった結果の延長だが、東急、小田急、京王、西武、東武、京成などの私鉄路線から、都心へ出易くなったことがよく判った。
 尚、副都心線はその中で、西武線が乗り入れる新しい地下鉄だ。またその他にも、
「これも知らないな、南北線?」
 と、征士が水色の路線を指して言う。名称通り山手線を縦に突き抜ける新線だが、それについては何故か伸が知っていて、
「あ、このルートはね、僕らが居た頃から作るって言ってたやつだよ。聞いたことある」
「そうなのか」
 食い入るように路線図を見る征士に話した。完成した時期も確かに、新たな三線の中では最も早い。だが実はこの路線の構想はバブル以前からあり、着工までに最も長く掛かったと言える。何故金銭的に恵まれた時代に、早く工事を進めなかったのか、今となってはよく判らないが、逆にバブルの煽りで地価の高騰などの、厄介な問題もあったのかも知れない。この路線は一等地と言える場所を走っているので。
 また、この蜘蛛の巣のような複雑な路線図の上に、更にJRの電車が通っていると思うと、全く呆れるほどの交通網になったと思う。まるで東京と言う生物の血管を見ているような面白さだと、当麻は胸の中で笑っていた。そして、充分満足した五人は引き返し、階段を昇って再び新宿通りに出る。そう言えば忘れていたが、線路の他に道路も加えると、本当に道は全て毛細血管のようなものかも知れない。
 そこを流れる車と人。今日は平日らしく誰もが急いだ様子で歩いている。その中で、
「丸井と伊勢丹は変わっていないようだ」
 暫し立ち止まり、周囲を見回した遼が言うと、
「らしいな」
 と当麻も、その新宿三丁目交差点付近は、特別変わった様子がないことを確認した。ただ、新宿通りを四谷方向に見通していた伸は、道沿いに出ている看板を不思議がっている。
「あれ、でも、そこにもあっちにも丸井があるね」
 これが靖国通りなら、バブルの頃にはメンズ館とパークシティが存在したが、交差点から最も遠くに見える丸井には、見覚えがないと言いたいようだった。少しばかり関心が湧いたので、丁度青になった信号を渡り、御苑大通りを目指して歩いてみる。すると秀が、その丸井の辺りに来てこんな反応をした。
「んっ?、この辺に映画館があった筈だ。俺ガキの頃、『東映まんがまつり』を観に来たんだぜ?」
 言われてみれば何かが足りない感じだった。ただでさえ映画館が減った気はするが、何か、新宿の顔的なものが足りないようだと、考えていた当麻が漸く閃いた。
「まんがまつり…、そう言えば東映会館があったよな、この辺に」
「そうそう!、そうだよ、アニメポリスって老舗のアニメグッズ屋さんがあったよね」
 伸もまた、当麻の言葉にすぐに思い付いてそう言った。今現在も東映はアニメ映画の草分け的存在だが、昔は今よりもっと独占的な興業を収めていた。その東映動画が扱うアニメの、グッズ専門店が新宿東映の中にあり、映画を観に来た子供がこぞって買い物したものだった。その影響か、アニメグッズを扱う店は新宿周辺に多くあった。
 しかし今は見る影も無い。そうした文化は他の町に移ってしまったことを彼等は知らない。
「無くなって丸井になったようだ」
 と征士が言うと、当麻はまた暫し考えこう結論した。
「うーん…、俺達の頃既に映画産業は斜陽だったが、来る所まで来たのかね」
 確かにそんな一面もある。今はもう映画会社は、自社の資本で製作する映画が殆どなくなっている。六十年代の黄金期を過ぎ、テレビの発達などで一気に衰退した後、もう古い映画館を再建する余裕がなくなったのだろう。一時代を築いた新宿の顔が消えたのは、何とも淋しいことではあるが。
 そして、丸井だらけになった新宿三丁目の一角を歩きながら、五人は広々とした甲州街道へと出て行った。
「お、ここは割とそのまんまだな」
 この通りの広く、気持良く視界が抜ける感じは変わらず、遼は奥に見える高層ビル群を眺めながらそう言った。再び新宿駅の方向へ歩き出すと、
「場外馬券場もまだある」
 当麻もその変わらない施設を見付けて、新宿らしい様子を確認した。けれど征士がその後ろの景色を見て、
「あんな所に高島屋なんてあったか?」
 と話す。見逃すとも思えない、その大きな建物は、今は当たり前のような顔をして建っているが、
「新宿に高島屋は無かったよ。タイムズスクエアって書いてあるし、ただの高島屋じゃないみたいだね」
 伸がそう返し、随分とお洒落な感じになった南口を、面白そうに見回していた。
「こんな所に随分広い土地があったんだな?」
 と言う征士の疑問もご尤も。過去はビジネス街への入口と言うだけの、南口は素っ気無く閑散とした印象だった。以前はそこに何があったのか、印象的な記憶は全く無い。不思議に思っていると当麻が、
「恐らくJRの車庫だった所だ、何も無かったと言っていい」
 立地の感じから大体予想してそう言った。そう、彼の予想は当たっている。新宿は以前に増して重要都市となったので、商業地に利用できる土地はどんどん売却されたのだろう。車庫など適当な田舎にあればいいのだから。また続けて、
「その下に、サザンテラス口なんて改札があるぞ。新しくできたんだな」
 と当麻が、新しい改札を見付けて言うと、
「いちいちお洒落な呼び名だな」
 遼はそれを見て笑っていた。その辺りは昔の新宿のイメージから、新しい新宿へ変えて行こうと言う、必死な努力が見られて面白かったようだ。ビジネス街、電気街、歓楽街、雑多な若者文化の町、と言うだけでなく、今は少しお洒落な面も持つようになったと言う訳だ。その流れを考えると、これからまた少しずつ変わって行くのが、何処か楽しみにも感じた。
 そうして新宿南口の駅前にほぼ到着すると、
「そこの階段を昇るとルミネなのは変わってないみたいだ」
 と伸が言い、その白く明るい階段を一番に駆け上がって行った。それに続いて秀も昇って行くと、丁度目に入った案内を見て、
「ルミネtheよしもとって何だ?」
 先にルミネ前に着いた伸に問い掛ける。だが無論彼が知る筈もない。
「さあ?」
 と、首を傾げながら、ふたりは出ている案内板をじっと見ていた。後から来た当麻がそんなふたりを見て、ここでもう一度新宿マップを取り出すと、
「演芸場ができたらしい、関西の吉本興業の」
 と説明した。吉本興業の名前は流石にふたりも知っている、否、八十年代には誰もが知っていたが、考えてみると当時はまだまだ、テレビの中の数人が所属する事務所と言う感じだった。今やテレビ界を牛耳るほどになっているとは、あまり関心のない彼等には想像できなかった。
「へえ?、新宿の駅ビルに進出してるなんて、随分人気があるんだな?」
 遼が言うと、伸は朧げになりつつある昔の記憶から、
「ダウンタウンとかまだ人気なのかな?」
 と返した。彼等の記憶はそこまでで止まっている為、もし今演芸場を観ても、殆ど知らない芸人ばかりで驚くだろう。芸能界の流行り廃りは早いとは言え、八十年代はまだまだ大スターを有り難がる時代、今の小粒なタレント群を目にすることがあったら、何を思うかと言うところだ。
 尚、ルミネtheよしもとが在るのはルミネ2、京王線の横に在るのがルミネ1だ。以前はそれぞれ、ルミネスクエア、ルミネと呼ばれていたが、名称が変わったことに五人は気付かなかった。ただその前を通る、広々とした甲州街道の歩道は昔と変わらず、とても気持良く歩けたので、そんな些細なことはどうでも良かったかも知れない。傾き始めた太陽が微妙なオレンジ色になって行くのを、ビル群の背に見られたのは最高の場面だった。
 そしてもうひとつ、オレンジ色の印象的なものを見付けて秀が走り出した。
「おーっ!、健在のもの発見!。あの角のファーストキッチンは昔からあるな!」
「おー、確かに!!」
「懐かしい〜!」
 ルミネ口と呼ばれる改札を出ると、すぐ目の前に現れるこのファストフード店は、店鋪数は少ないものの、以前の場所から動いていないようだ。ある意味西新宿の顔とも言えるような、時計を配した店のデザインに、まだ当面ここに在るだろうと言う安心感を感じさせた。変わり行く物も楽しいが、変わらぬ物があってこそ故郷だ。ファストフード店が故郷のシンボルと言うのも、都会ならではの面白い話だが。
 そして最後に、ルミネ口の前から代々木方向の景色を眺めると、そこにもまた見覚えのないビルがあるのを知った。
「あのビルは何だ?、あんなのあったか?」
 と遼が言うと、伸はあの辺りにホテルがあったことを思い出し、
「サンルートホテルがビルになったのかな…?」
 と予想した。しかし残念ながらそれは外れだ。サンルートホテルは昔のまま残っており、その隣に建ったマインズタワーと言うビルだ。更にそこからは見えないが、すぐ傍に小田急サザンタワーも出来た。西新宿と言えるエリアはとにかく、以前に増してビルが増えている。
 そしてその担い手の為に、人を運ぶ交通網がより必要になった訳で、
「おや、ここも大江戸線の駅なんだな。駅だらけだ」
 征士が地下へ降りる入口を確認すると、改めて副都心の進化を感じることができた。
 新宿は変わって行く。否、変わらない面もまだ多く残っている。二十五年とは大体そんな時間なんだろうと思えた。勿論京都の歴史地区のように、昔のままを残そうとする町はあまり変わらないだろうが、最先端を走り続ける都市はそれとは違う。変わって行くからこそ価値があり、その中で変わらぬ物がより貴重に感じられる、新宿はずっとそんな町であってほしいと征士は思った。
 また誰もが覚悟するように思った。例え思い出とは全く重ならなくなる日が来ようと、新宿は進化して行くべき町なのだと…。

 これで、鎧戦士達のちょっとした新宿の旅は終わった。

 五人は西口のロータリー前に立つと、そこから真直ぐ都庁へと伸びる、西口中央通りを遠く眺めていた。
「簡単にぐるっと一周しただけだが…」
 と遼が言うと、言い終わらない内に秀が、
「面白かったー!」
 伸びをしながら陽気に答えた。そして当麻も珍しく上機嫌な声色で、
「こんなにあれこれ楽しめると思わなかったな」
 と話す。彼がそう言うのは、彼等五人はただの人間の町などよりもっと、想像のつかない光景を沢山見て来たからなのだ。即ち物質的な物は何も無い空間、宇宙に浮かぶステーション、他の惑星での劣悪な暮らしと文化、別次元での剣と魔法の世界など。
 だがそれでも、どれ程凄い物を見て来ようと、やはり出発点である地球のこの町は懐かしい。そしていつまでも憶えておきたい場所だと、今彼等は再確認して微笑んでいる。最早個人個人の郷里の土地より、新宿は大切な思い出の地となった。何故なら全てはそこから始まったのだから。
 彼等が鎧戦士である限り、それは変わることのない記憶だった。
「四半世紀と言うが、言葉通りそれなりの変化があるものだ」
 征士が言うと、再びその横に寄り添った伸が頷いて、
「また二十五年後を見られるといいね?」
 と返した。今回は何があったか、偶然節目の年の新宿に降り立つことができたが、次の二十五年後はないかも知れない。全ては天つ神の意向に拠ることで、この後の行いが良ければ、全天の流れが悪く傾かなければ、もしかしたらまた戻って来れるかも知れない、と言うところだった。
 どうか我々に幸運を。この地球と取り巻く宇宙に幸運を。その気持をビルに囲まれた天に向け、
「そうだな、そう願い続けよう」
 遼は高く、目に見えぬ神を追っているかのように、暫くの間視線を動かさなかった。

 新宿ができる限り長く新宿で在れるように。
 いつまでも記憶の新宿が消えないように。



 そして数十分後、五人は現れた時と同じように、また不思議な時空の流れに巻き込まれながら、何処か別の次元へと運ばれて行った。









コメント)この話は、本当は去年(2013)、トルーパー二十五周年に書きたいと思ったのに、結局別の話を書いたので、一年経った今年お目見えしました。何故そうなったかは、新宿の現在の様子を見て来る暇が取れなかったからです(^ ^;
で、今年の秋のチャットで弘野広樹さんと、新宿の今昔話をしていた時に、こういう話書いて下さいとリクエストされたので、ちょっと新宿を歩いて来て書きました。ちなみに今年の段階では、もうコマ劇場跡(TOHOシネマ)は、外観はほぼ完成してるので、工事現場って感じじゃなかったです。
また、この話は一応「鎧伝シリーズ」ですが、番外もいいところなので、あまり真剣に受け取らなくていいです(笑)。ただ「DEIXA」に描いたように、後々地球の大陸は多くが海に沈んじゃう設定なので、いつか新宿も消えちゃうんですけどね。



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