新春の集い
千 載
A Gathering



 鎧戦士の全員が目出たく二十歳を迎えた。
 正月を過ぎればそれぞれ成人式にも参加する、今年はそんな華々しい年だ。
 しかし柳生邸では、ひとつ大きな心配事がナスティを悩めていた。彼女がほんの一時間程挨拶回りに出掛けて戻ると、柳生邸の居間では既に宴も酣の状態になっていた。
「ナスティー!、おかえり〜ィ!!」
「思った通りね…」
 ドアを開けた彼女に勢い良く声を掛けた秀。態度は普段とあまり変わらないが、既にかなり酔っているのは誰の目にも明らかだった。否、誰と言っても傍観するのはナスティと白炎だけだが、朝一番にお節料理とお屠蘇を少々嗜んだ後、たった一時間でこの状態はペースが早過ぎる、と些か呆れたようだ。元々あまり飲めない当麻や伸さえ酩酊状態でニコついている。
 今日はまだ一月二日。恐らく今日だけでなく、彼等の、正式な大人としての酒宴は明日も開かれるだろう。楽しみに待っていた解禁の時でもある、今はハメを外して喜びたい時期なのだ。ただ、その調子で毎日数時間大騒ぎが続くとしたら、例えもう注意される年ではないとしても、元鎧戦士としてかなり残念な姿かも知れない。ナスティは今そんなことを考えていた。
 まあ、年令を重ねて行けばその内、落ち着いて行く類のことだと判っているけれど。
 だから今は、一歩下がった所で見守りつつ、それなりに輪の中に参加する方がいいのかも知れない。信用ある仲間達が成人したこの時、くどくど言い含める行動は野暮かも知れない。と、ナスティが自身の身の振り方を考え始める頃、彼女は思い掛けない言葉を耳にした。
「でも!、今年は少し憶えて来たんだぜ!」
「え?」
 最初は何のことやら全く意味が取れなかったが、秀に続けて遼も、
「俺もだ!」
 示し合わせたようにそう言うので、ナスティもその後すぐに閃いていた。ああ、去年のお正月にやった百人一首のことだと。しかも楽しそうなふたりの表情が、去年とはまるで違う流れを感じさせていた。やらさせるのではなく、自ら楽しみに来たようだと。
 お酒を飲むことだけでなく、他にも楽しみに思う行事があったなら幸いだ。それについて伸が、
「一般教養はさぁ、あると就職にも少し有利になるし、いい傾向だよ!」
 と、明朗な様子でふたりを誉めると、
「そうだろそうだろ。これでもな、かるたの面白さが少しわかって来たんだぜ?」
「俺も俺も!。解説とか読んでみると結構面白いんだよな」
 秀と遼は口々にそんなことを話した。何をどう面白く感じたのか、それはさておき伸の言う通りナスティにも、それは良い傾向だと思えたので、
「じゃあ今年はいい勝負になるんじゃない?」
 ナスティも調子を合わせ、それとなくテーブルの上のグラスを取っていた。ひとり全くのシラフじゃ会話も弾まない。教養が足りないメンバーの、思わぬ歩み寄りが見られたことをお祝いするつもりで、折角だから一杯戴こうと言う気持にもなった。
 すると、酒の席ではいつも大人しい当麻が、
「ある意味、このふたりがどれだけ憶えられたかは見物だなぁ」
 遼と秀を見比べて笑った。見物と言えば、当麻の対戦の方が本格的な見物だと思うが、確かに別の意味ではふたりの成長も楽しみである。そして、
「で?、あなた方も今年も勝負するの?」
 そんな穏やかな当麻と、隣に居た征士にナスティが尋ねると、それまでのゆるりとした態度が一変、ふたりは俄然やる気を見せて言った。
「やるとも」
「無論だ!。今年は確と復習して来たからな」
 だが、そんなふたりを横目に伸は浮かない顔を見せている。
「やだなぁ、面倒臭いんだもんこいつら…」
 昨年の対戦の前、細かいことで随分揉めたのを憶えているからだ。勝負と言えど、お正月の遊戯として開かれたかるた会に、ムキになって怒る人間がいるのは困ったものだ。
「面倒臭いとは何だ」
「だってさぁー」
 酔っているからつい本音も出る。伸としては、基本的に征士の肩を持っているのは確かだが、それでも当麻に対してはある種のことで、目の色を変えて突っかかる時があるのを、非常に面倒に思っているようだ。
 元来仲の良いふたりの勝負だからこそ、より強い衝突があるのは解らなくないが、間を執りなす身の気苦労も知ってほしいと、いつも伸は思っているのだ。負けた方にはどうケアしよう、後々嫌な気持を引き摺らないように明るくしいてよう、などなど。
 そこへナスティが、
「じゃあ伸がやればいいじゃない?」
 と声を掛けたが、ただでさえ面倒なふたりの対戦に、更に自分が加わるのは御免と言うところだった。
「えー?、いやいや〜、僕は歌が好きなだけで、勝ち負けにはこだわってないしさー」
 しかし、そんな伸の考えを知ってか知らずか、当麻が珍しくアクションを交えて言った。
「逃げるな!、向かって来い!」
「何なんだ君は」
「競り合う相手が多いほど面白いだろう?。本来は五人全員が同じ場で戦えるのが理想だ!」
 あまり飲んでいない筈だが、当麻も結構出来上がっているようだ。席を立ち上がり、プロレスの煽り合いのように捲し立てると、及び腰に見える伸を鼓舞するように両手を挙げた。正に、シラフでは見られない場面だった。
 無論伸は、勝負を怖がっている訳ではないし、世話役に徹していじけている訳でもないが、酒の席ならではの愉快な勘違いで、場が盛り上がったなら伸もそれで良かった。また、
「ならそうしましょうか?」
 と、梅酒を口にしながら、ナスティは当麻の言い分に賛同した。そう、本来は全員が同等に勝負できるのが理想だ。全てが実力者である必要はないが、足手纏いが居ては勝負できない。つまり去年は全く叶わなかったことが、今年はそこそこできるかも知れないと予測も立っている。
「俺は構わないが…、どのくらい相手になるんだろうな?」
 早速当麻は、遼と秀の戦力分析を始めていた。
「今年は俺の目標を達成するのが今日の目標だ!」
「憶えたヤツだけは全力で取る!、憶えてないヤツも全力で行く!」
「うーん…?」
 酒のせいで多少怪しくなった日本語を耳に、当麻がどう分析したかは定かでない。だがナスティの意見には征士と伸も賛成のようだった。
「可能ならやってみよう」
「わいわいして面白いだろうね〜。一度試してみればいいよ」
 このふたりは子供の頃から、家族や親戚でかるたをした記憶が多くある。大人数で行う楽しさを知る者には、それをここで再現できたらいいと考えただろう。そして、
「そうね、じゃあ今年はまず五人全員参加でバラ撒きでやりましょう!」
 最終的にナスティがそう裁決すると、
「おー!!」
 五人はほぼ乱れず一致して声を上げた。戦闘時以外はあまり纏まらない集団の割に、何故かこの時は酷く纏まって見えた。アルコールの良い効能かも知れない。また、
「バラ撒きだとまあ、思い通りに行かぬ面もあるし、それなりに勝負になるかも知れない」
 征士が言うと、当麻も気楽な様子で答えていた。
「前半はな」
 鬼気迫る真剣勝負の前に、言葉通りかるたで遊ぶのも一興だと、ふたりの意見も一致を見たようだ。こうして全員の気持がひとつになると、はたと、この後はもうあまり飲めなくなることに皆気付く。ベロベロではまともに札が取れないからだ。
 決してそれを狙った訳ではないが、思わぬ成り行きにナスティもしたり顔で喜んでいた。この後はアルコールが抜けて来る午後まで、皆お酒の量を控える他にない。ただ、楽しい余興の始まる前だから、少しばかり我慢を強いられ待つのも良いだろう。



 そして午後三時。
「はい、では五分後に始めまーす!。向きを変えたり手を触れないように!」
 テーブルと椅子を端に寄せた広間の、絨毯の上にばら撒かれた札を囲む五人の前で、ナスティはそのようにルール説明をした。遊びと言えど既に五人の間には、それなりの気迫が感じられている。流血沙汰までは行かないだろうが、喧嘩腰の競り合いにならぬよう、彼女はそれとなく注意を払っている。
 案の定、一分も経たぬ内に秀と当麻の頭がぶつかり、
「そんなに乗り出すなよ、邪魔なんだよ」
 と秀が言った。無論本人も乗り出していたからぶつかったのだが、それは咎めずに当麻は、
「向こう側が見にくいんだ!」
 と、お互い様の状況を指摘していた。
 前に征士が話したように、バラ撒きで行う場合はまず札が見難いことがネックとなる。源平戦のように整然と並べる分には、何処に何があるか把握し易いが、方向が定まらない配置ではお手付きも起こり易い。
 故に当麻は、どうにか全体を把握しようと努力するのだが、その横で征士はフッと笑った。
「そこまで必死になるか?」
 するとその向かいで伸も、
「どうせ百枚の配置は、五分じゃ憶えられないんだから頑張り過ぎだよ」
 征士の意見にそう同意する。まずは軽く遊ぼうと言う時に、当麻にしては融通のきかないことだ。これも一応、相手のいる競争だからなのだろうが、どうしても完璧を喫したいようで、当麻は自分のスタイルを崩さなかった。
「うるさい、わかってる」
 しかし意外に、当麻だけでなく秀と遼も、似たような仕種で真剣に札を見ている。このふたりはとにかく、憶えている札を確実に取ることに必死だからだ。
「あれとあれとあれだけは絶対取る!」
「あんま言わない方がいいんじゃないか?」
 似たようなふたりがそんな会話をしていると、横で伸が、
「今の視線で何狙ってるかわかっちゃった」
 と笑った。指を差すまではしないものの、秀の愚直な仕種に思わず皆笑ってしまった。
「えっ、忘れろ!、忘れてくれ!!」
 まあ、憶えていても忘れても、彼が誰より早くそれを取ればいいだけの話だが。

 そしてナスティの、札の読み上げが始まった。
「瀬を早み、岩にせかるる滝川の、われても末にあはむとぞ思ふ…」
 今年の第一首は崇徳院(すとくいん)、平安後期の天皇の歌だが、歌の名手としても知られるこの崇徳院の札は、誰もがなかなか探し出せなかった。百首をほぼ全て把握する当麻、征士、伸の三人も、だからばら撒きの序盤は難しい、故に面白い、と思ったことだろう。これが源平なら、二句目までには取れている筈だった。
「これか!…じゃない!」
 秀が似たような、「末の松山」で始まる清原元輔の札を取ろうとして止めた。その直後、
「こっちだ」
 正しい札を取ったのは征士。秀のすぐ足元にあった札だった。
「あっ!?、こんなとこにあったのかよ!!」
「よくあるんだよね、そういうこと」
 と伸が言う通り、自分のすぐ足元の札は死角になり易いのだ。当麻辺りはそれも解っていて、まず身の回りの札から憶えただろうが。
 そんな出だしで、今年のかるた会は和やかな趣きで始まった。…のだが。
「奥山に…」
 読み上げを開始して五分、殊に有名な猿丸大夫の歌が読まれた時だった。
「はい!!、はい!!、はい!!」
 勢い良く、と言うより豪速と言って良い早さで、また荒ぶる武者のように奇声を上げた秀が、周囲を薙ぎ倒さんばかりに札を取った。そのあまりの出来事に一瞬、誰もが声を詰めてしまった程だ。
「あっ…!、…すごいじゃない、一句目だけで取れたわ?」
 ナスティが目をパチクリする横で、伸はニヤニヤしながら言った。
「やっぱりねー」
 先程秀が狙っていた札の一枚だったようだ。ただ、狙い通り札を取ったことは誉められたものの、同時に苦言も上がってしまった。
「それはいいが…」
 隣で未だびっくりしている遼が口を開くと、当麻がその先に続けて言った。
「無駄なアクションするな!、その辺の札が飛んで乱れただろうが!」
「いや、当麻もそんなにカリカリするなよ…」
 喧嘩になりそうだったので、遼はすぐに宥める方に転じたが、一度憶えた札の配置が変わってしまうことを、当麻は酷く気にしているようだ。まあそうでなくとも、札が飛び散る程勢いを付けるのは流石にやり過ぎだ。その辺りの加減を秀が理解できるかが、実は一番難しい問題かも知れない。
 しかし、一悶着あった次は、一転して和歌の楽しみを語る場となる。
「わたの原、八十島かけて…」
 その札を伸が落ち着いて、些か嬉しそうな様子で取ると、
「はーい!。僕この歌好きなんだよねー」
「参議篁(さんぎたかむら)」
 と、まず征士がその詠み人を当てた。そして当麻がその人物の説明を続けた。
「小野小町の祖父に当たる」
「へぇ、そうなのか」
「小野小町って札あったよなァ?」
 遼と秀は知らないようだが、小野家は遣随使で知られる小野妹子の直系で、天皇家から別れた公家の名家である。高校の教科書にはそれらの説明も載っていた筈だが、興味を持って読むか読まないかで、教養の差は変わって来ると言うもの。
「その篁が流罪になった時、『大海を目指して旅に出ると人には話して下さい』と言う歌よ」
 続けてナスティが歌の意味を説明すると、そこで生まれた秀の疑問には当麻が答えた。
「何かカッコいい言い訳だが、罪人なんだろ?」
「罪人と言っても政治犯だ。朝廷と考え方が違うってだけさ」
 更に、この歌を好きだと言った伸がこう話す。
「そうそう。天皇が気に入らないことをしただけで流罪だから、切ない時代なんだよ」
 それを聞くと確かに、歌と名を残すほどの人物なら、賤しい悪人と言うことはないだろうに、それでも流罪の憂き目に遭うことはある状況を秀は想像できた。例えば西郷隆盛のような人物だ。
「あー成程な、昔の政治だからな」
 そして、伸が何故この歌が好きなのかも、何となく想像できたようだった。流罪と言うだけでなく、そもそも海と言うフィールドには不安要素が多い。けれど行かなくてはならない状況を、冷静且つ気丈に伝えようとする気持が、伸自身のこれまでの気持に重なるのではないか、と思えた。
 そんな、己の気持を代弁するような歌を見付けるのも、この百人一首の愉しみである。
「では次…、ももしきや…」
 しかしまた、和やかな遊興の場は一変した。
「はい!!、はい!!」
「あーっ!、取られたーっ!」
「去年笑ってた歌だもんね?、二人ともそれで憶えられたんでしょ?」
 通し番号で言えば最後の百番目、「ももひき」と言って笑った順徳院の札を取ったのは、やはり虎視眈々とそれを狙っていた秀だった。タッチの差で手を出した遼は、思い切り腕と腕をぶつけ合っていたが、その痛みよりも札を取れなかったことの方が、悔しそうに顔を覆って嘆いていた。
「これで二枚取れた!」
 その横で秀は満面の笑顔だったが、他の三人は何とも言えない気持になっていた。
「秀と遼は勢いだけはあるな。競争になるとこっちが引く」
 征士の言うふたりの交錯は、傍目にはそれは激しいエネルギー同志の衝突に見えた。或いは岩石や鉄球が当たって砕けるような、とんでもない力を感じさせる競り合いだった。そこに自分が加わるとなると、もう怪我覚悟のような気がしないでもなかった。もしかしたら、このふたりが動いた時は諦めて傍観する方が、人として賢いだろうかと考えてしまう場面…。
 だがそのすぐ後に、恐ろしい事態はやって来た。ナスティが、超の付くほど有名な一首を詠み始めると、
「これやこの…」
「はいっ!」
「はい!!、はい!!」
「痛てっ!!」
「うわっ!」
 ばら撒きのほぼ中央にあったその札を目掛け、四方から一斉に手と体が動いた。方々の札が飛び散り、それぞれの手と指と腕の立てる音が、広間の板張りの床にズズンと響いた。ともすれば穴が空きそうな勢いだ。十センチ四方にも満たない札の上に、四人の力が加わるのだからそうなる。
 因みに伸は手を出さなかった。前の考えの上で、始めからこの札はパスしたようだ。その代わり、
「一番早かったの遼だよ、多分」
 と、その結果を落ち着いて伝えていた。
「やったー!!、取った!」
「おまえら力任せはズルだぞ…」
 当麻は気迫負けだったことをそう言い換えたが、とにかくこの遼と秀には、その面では適わないなと改めて思わされる、今日の愉快なかるたが段々解って来たところだ。そう、当麻の望む真剣勝負はまた別に。それとは違う楽しみ方もあっていいのだと。ただ、
「あ、危ないことはやめてよみんな?、騎馬戦じゃないんだから」
 あまりの激しさにナスティは冷や汗。もしこんなことで、家が壊れる事態になったらたまらない。勿論正月早々怪我をされても困る。まあ、今の蝉丸の歌ほど人の手が集中する札が、あまり残っていないことを願うばかりだ。すると、
「チッ…、悔し過ぎるぜ蝉丸!」
 今度は秀が酷く悔しそうに舌打ちした。事故の心配をしていたナスティだが思わず、
「詠み人も憶えたの?、すごいじゃない。確かに蝉丸は憶え易いけど」
 と、秀の暗記の成果について話し出した。彼が言うには、
「他にもよ、この歌『おおさか』って出て来るじゃん。俺達にも縁がある土地だったからさ」
 とのことだ。当然大阪と言えば当麻の実家がある場所。そこを訪ねたことは実は一度もないのだが、旅の好きな彼にはイメージし易いのだろう。すると秀の話を聞いて伸が、
「いい所に気付いたよ秀。さっき僕が好きだって言った歌も瀬戸内海の歌だし、自分の好きな場所が出て来るものを憶えるといいんだよ」
 自分の例を挙げてそうアドバイスした。歌には使われた言葉以外に、様々な場所や状況が込められている。身近な土地ほど親近感や愛着が湧くものだから、そんな点から入るのも勉強法のひとつだ。そして当麻はもう一歩踏み込んで、
「だがその『逢坂』は今の京都だからややこしい」
 そんな時代の違いを説明し始めた。
「え?、そうなンか?」
「今の大阪に当たるのは『なにわ』と言われてる方だが、どっちにしても三首ずつある」
「へぇー、今もその地名あるもんな」
 尚、何故京都が『おおさか』かと言えば、都に入る為の関所が『逢坂の関』と呼ばれていたのだ。現在の大津の近くに逢坂山と言う山があり、過去はそこが唯一の『おおさか』だったのだが。
 『逢坂』と言う地名はそもそも、人が行き来して出会う意味で付けられた。関所の付近では恐らく様々なドラマがあったのだろう。そして藩政の時代が終わる頃には、人の往来の数は現在の大阪に移って行った。恐らくそんな背景が、地名の移動の理由ではないかと思う。
 それはともかく、当麻は御丁寧に他のメンバーに縁の土地も数え上げてくれた。
「因みに『富士』が出て来るのは一首、『天橋立』が一首、淡路島の歌二首、宮城県の歌が二首だ」
 既にそんなことは調べ上げていると言う、当麻らしい発言だが、それについてナスティが、
「そう、残念なのは秀に関する地名が全然ないことよね」
 と続けた。元々中国人だからと、言ってしまえばそれまでだが、五人でひとつの彼等には少々淋しい話だ。
「他の四人は全部あるのか?」
 と遼が尋ねると、
「一応ね。昔は近畿が中心だったから、東国の地名はあまり出て来ないのよ。だから宮城の地名がふたつもあるのは、相当昔から名所だったことがわかるわね」
 ナスティはそんな解説をした。名所と言うだけでなく、今の会津盆地の辺りには縄文人の集落があり、福島から宮城の辺りには昔から、人が多く住んでいたことも確かだった。
「名所って?」
 続く遼の質問には征士が答えた。
「松島のことだ。天橋立もそうだが、日本三景と言うだろう」
「ああ、じゃあそんな昔から景勝地だったってことか」
 その通り、と言う興味深い事実に、伸も一言言わずにいられなかった。
「面白いよね、千年近く前に既に名所だったからこそ、僕らの力もそこに脈々と続いて来たのかな、と思うよ」
 考えてみれば五人に縁の土地は、皆和歌に導かれて判明したものだ。迦雄須や阿羅醐の時代から、現在へと形を変えずに存在できる何か、天然の何かの中にこそ、後世に伝えたいものが込められていたに違いない。伸はそんな考察を、百人一首を通して知り得たようだった。
 すると秀は言った。
「なーるほど。じゃあ俺は全く新しい力だったんだな」
 確かに秀だけは特殊な立場だと、今改めて浮き彫りになったような形だ。だがそれを、
「北海道は日本じゃなかったし、渡来人としてはそれらしいんじゃね?」
「横浜も秀らしい」
 当麻と征士はそう話した。成程そうかも知れない。古来の日本文化だけでは補えないものを持って、彼はここに会しているのかも知れない。
「確かに!」
 最後に遼が酷く腑に落ちたように言って、遊びの筈が何とも有意義な時間となっていた。だから、何にしても古典に触れるのは面白い。我々の源流となるものが見えて来るからだ。そしてこれからも、過去を深く知れば知るほどに、己の何たるかが知れて行くのは愉しいことだと思う。



 その後、十五分も経った頃には大広間は、
「御垣…」
「はい!」「はい!」
「村…」
「はいっ!」「はい!」「はい!」
 心地よい緊張を感じさせる戦場と化していた。残る札が五十枚前後になって来ると、流石に熟練者達の手が早くなって行く。
「うーん…、すげぇ!」
 秀はその静かであり、鋭くもある攻防を見て思わずそう漏らした。当麻と征士の対戦は昨年見たが、そこに伸も加わり、また何処へ手が伸びるか判らないばら撒きの面白さがあり、例え取れなくても充分場を楽しめているようだ。
「こうなると俺等全然ダメだな」
 と、隣から遼も言ったが、彼もまた明るく笑っていた。一句目の、それも出だしだけで札を取ることは、実は勉強の仕方によっては難しくない。その謎が解けて来ると、ふたりは恐らく、今よりもっとかるたを楽しめるようになる筈だ。百人一首にはそんな、謎めいた仕掛けが色々隠されているからだ。
 そして毎年少しずつ、こうして歌を楽しみながら、仲間への理解がより深まって行けば良い。遊びの中からも人間は、様々な機微を学ぶことができる、高等生物としてのプライドを持たなくては。

 さて、全員参加のかるたの勝敗は適当についた。一番多く札を取ったのは征士で、次が当麻、伸の順番だ。だが数的結果はともかく。
「今日は勝ち敗けよりも、歌や歴史について色んな話ができて楽しかったわ♪」
 とナスティの言う通り、かるたをすることでそんな場を作れると気付き、これからの年始の習慣になりそうな流れだった。勿論嫌がる者は誰も居ないので、当面の間、来年も再来年もと続いて行くことだろう。ナスティの教養講座が初めて実を結んだ今年、それが何より彼女には嬉しい結果だった。
 すると伸も、
「そうだよね、ちょっと勉強してくれるだけで、全員で同じ話ができるしいいことだよ」
 にこやかな様子でナスティに賛同した。何より仲間の和を大切にする伸には、こんなちょっとした遊びの結果も、自身の喜びへと転換できるものらしい。それを見て秀が調子に乗り気味に言う。
「おっ、それ俺等をほめてくれてんの?」
「勿論!」
「じゃあまた来年もやろうな!」
 最後に遼が言って、秀の背中をトンと叩くと、尚更「和」と言う雰囲気が伝わって来るようだった。面白いもので、日本風のことを「和」と言うことと、日本の国民の「和」の意識は一致している。つまり和歌とは元々、人同士を和ませ調和を計る為のもの、なのかも知れないと伸は思った。
 この世は会者定離とは言うけれど。

 ひとつの場がお開きになると、部屋の隅に寄せられた椅子に着いて、お茶を啜る征士と当麻が話していた。
「まずは満足な結果だった。好きな札も取れたし」
 征士はほんのニ枚差だが、ばら撒き戦に勝って上機嫌のようだ。なのでそんな時こそ弾みそうな話を当麻は、
「ちなみに何だい?」
 と尋ねた。かるた中に伸の好きな札の話は出て来た。その他にナスティが、「かささぎの渡せる橋におく霜の」で始まる大伴家持の歌が、美しい情景を想像させて好きだと言った。
 昨年の対戦も含めこれまでに、何が好きかと言う話は全く出なかったので、こうして相手の嗜好を聞き出すのも面白い。すると征士が詠み出した上の句に、
「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆえに、」
「乱れ初めにし我ならなくに。河原左大臣か、おまえらしいな」
 当麻は下の句を続けてそう言った。
 河原左大臣の名は源融(みなもとのとおる)。そう、光源氏のモデルと言われるあの人物だ。恋多き貴族の中でも殊更知られた、そんな人物に共感する点があると言うのは、やはり征士の表面と内面は違うのだと考えざるを得ない。否、当麻にはそんなことはもう解っているのだが。
 そして征士も尋ね返す。
「そう言う当麻が一番好きな歌は?」
 すると暫し考えた後に、
「そうだなぁ…何がいいか…。人も惜し人も恨めしあじきなく」
 世を思う故にもの思う身は、と続く政治的な苦悩の一首を当麻は挙げた。通し番号では九十九番目の歌だ。
「後鳥羽院だな、それもまたおまえらしい」
「ハハハ」
 上皇ながら隠岐の島に流された後鳥羽院。やはり、伸の選んだ札のような淋しさや苦悩の趣きが、心を打つ一首と言うところだろうか。ただ結局のところ流罪になる皇族、貴族達は皆ひとかどの人物で、優れているからこそ悩み刃向かうのだと、歴史が教えてくれていることを知る。
「悩みが尽きないことが人間の証だ、と思うもんでね」
 当麻は好きな理由をそう締め括った。我々は、数合わせに集められた羊の集団ではない。悩む頭があるからこそ前へ進めるのだと。
 そしてこれからも、「和」と言う知性を通して成長して行く、五人でひとつの体となれば良い。









コメント)何やら、書いて行く内に秀がメインみたいになっちゃったけど、一応五人の出会いをテーマにしてるんですよ、これでも(^ ^;
と言う訳で、去年書いた『金葉』の一年後の話です。前は結構征伸だったのに、今回はほぼその要素がなくてすみませんm(_ _)m。それも書いて行く内にあれあれあれ…と、何もないまま終わっちゃったんです(苦笑)。
まあお正月らしい話を書きたかっただけなので、征伸は次作までお待ち下さいませっ。



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