征士の部屋にて
Sense of Wonder
#2
大花月シリーズ1
センス・オブ・ワンダー



 煩悩京の外れ、人気のない草むらが広がる一帯に、三魔将はそれぞれの鎧を身に纏い、集まっていた。
 地上へと渡るには今のところ、鎧に残された力を使う以外に道がないので、普段は封印することに決めた鎧も、こうしてすぐに持ち出された。
 しかし、折角得られた気分転換を前に、
「くそぅ…」
 悪奴弥守の口は不満そうに呟いている。それを見て那唖挫は、
「迦遊羅に当たっても仕方あるまい、妖邪界が荒れ放題なのも事実」
 と言ったが、却って神経に触った様子で悪奴弥守は、
「貴様はそれで良かろう!、奇跡を一人占めしたようなものだ、頭に来るわ!」
 そう怒鳴って返していた。迦遊羅の命令が気に食わないのかと思えば、ただ那唖挫の境遇を羨ましく感じているようだった。即ち、彼にだけ『偽水滸』が現れたことを。
 だが那唖挫に言わせれば、そこまで羨まれる程の、理想的な状況になっている訳でもなかった。悪奴弥守は知らないことだが、姿ばかりで内容を伴わない偽者は、多分に呆れさせる面も持っている。同志とはとても呼べない、手の掛かる子供のような鎧の副産物。まあそれでも、ある程度の慰めを与える存在ではあった。
 だが今この場で、詳細を説明するのは面倒に感じたらしく、
「まあまあ…。何事も思うようにならぬ故、こうして手間を食ってるんだろうが」
 那唖挫はそう返すに留めていた。どうせ連れ戻した後には、誰もが事実を思い知るだろうから。
「それで、行先の見当は付いているのか?」
 ふたりの遣り取りが済んだのを見て、螺呪羅は「出掛けよう」と言う代わりに、そんな言葉を那唖挫に向ける。そして鎧の力を引き出す、意識の集中を始める仕種を見せると、
「さあ、皆目判らんが、それは偽水滸にしても同じ。だとすれば自ずと行先は絞れる」
 那唖挫はそう答えながら、そして悪奴弥守も、人間界へと降りる力を一点に集め始めた。
「そうだな…」
 最後に螺呪羅が含みのある様子で呟いた後、三魔将とその鎧は怪し気な光を放って、その場所から消えて行った。彼等は時間の存在しない空間を経て、彼等の望む、別の次元の世界へと辿り着くこととなる…。

 ところで鎧の力に拠る移動は、超能力的な瞬間移動とはやや性質が異なる。ある程度の移動感覚や、移動中の道程が感じられるもののようだ。何故なら嘗て迦雄須が造った架け橋も、螺旋状のエネルギーの流れが道を構成し、少なくとも大気や電磁波の、物理的な運動が認められるものだった。
 故に、移動した後にはその分の疲労感も残る。それがどう言う仕組なのかは、今は誰も説明できないが。
「ここは…」
 三魔将は、元居た草むらと似たような草地に降り立っていた。
 但し妖邪界とは日射しが違う。生える草の葉の色味も違う。遠目には湖面の光がチラチラと瞬き、別の方向には見覚えのある赤い屋根が、林の中から覗いている様が判った。
 そう、那唖挫は偽水滸に、地上に存在する鎧戦士の話を聞かせていたので、彼等が今居る場所以外に、偽水滸の行先などないだろうと考えていた。そして、
「お、あれは…?」
 早速結果が出たと言うように、辺りを見回していた螺呪羅が、視界に何かを見付けて指差して見せた。草むらの緑一色に紛れて、人為的な朱と紫の配色が見隠れしている。着物の染めのようだが、さほど丈の高くない草の下に見えるとは、横になっているのだろうか?、それとも?。
 と思い、三人が草を分けてそこへ近付くと、
「間違いない、昨日まで着ていた単だ」
 那唖挫はそこに横たわる人を見て言った。続けて螺呪羅は、
「何故こんな所に寝ているのやら」
 と、現場の不思議な状況を考え始めている。
 まあ、もしかすると既に遊び疲れた後なのかも知れない。或いは鎧の力で移動した我々と違い、単身で移動すると大変な消耗をさせられるのかも知れない。など、考えられる条件は様々に思い付いた。
「寝ているのか?、倒れていると言う感じだが」
 悪奴弥守は横たわる人物を、食い入るように見詰めながら言った。確かに、と軽く頷くと那唖挫は、
「何があったか知らぬが、ここに留まっていたなら良い。下手に動き回られては、地上に悪しき影響をし兼ねんからな。早々に連れ帰ろう」
 まだ何も起こっていなさそうなことに安堵して、深い溜息を吐いていた。
 別段、偽水滸が勝手気ままに過ごしている事実は、那唖挫には構わないが、それは妖邪界の中だけに限られることだった。人間とは隔たる存在である彼が人間界に降りた時、何が起こるか予想も保障もできない。もう人間界に悪影響をしてはならぬと、残る者それぞれが誓った限り、怪しい火種は消して回らなければならなかった。
 故に、思い掛けず楽な捜索に終わったのは幸いだった。
「しかし…、まことに瓜二つだな…」
「見た目だけはな」
 話し掛けても、揺り動かしても反応しない体を那唖挫が抱え上げると、悪奴弥守は漸くそこから視線を外して、しかし今度はあらぬ思案に耽り始める。
「ふ〜む…」
「・・・・・・・・」
 少し離れて立っていた螺呪羅は、赤い屋根の見える方を向いたまま黙っていた。
「・・・・・・・・」
 暫しの間誰もが、心地良い地球の風を感じながら、黙ってそこに立っていた。
「後ろ髪を引かれるようだが、戻るぞ」
「ああ…」
 ここに留まりたいと言う願いは、決して叶えられることはない。誰もが解っているから、あまりその気持を強くさせない内に帰らねばならない…。



 そろそろ陽が傾き始める頃の柳生邸、その静まり返った二階の一室で今、
「どうかしているな…」
 征士は床に仰向けになって、自分の上にほぼ乗っている人に問い掛けた。
 勿論プロレスごっこでも、指圧を受けている訳でもない。遼や秀とは違い、特に抵抗せず様子を見ている征士は、伸が興味深そうに自分に触れて、骨格や体の形を確かめているのをかなり、否、酷く不思議な気持で眺めていた。と言うのは、どちらかと言うと伸は、そうした戯れは嫌がる奴だと認識していた。
 昼食後、すぐにこの部屋へ移動した征士は、普段からそうしているように、十分ほどの間黙して正座をしていた。その後読みかけていた本の続きを読んでいると、伸が部屋を覗きに来て、何故か突然こんな事態になってしまった。経緯を説明しようにも、大した話もプロセスもなかった。ただ、「ちょっとそこに横になってよ」と言われただけなのだ。
 伸は征士の質問に対し、
「そうかい?、僕はもっとよく知りたいだけだよ、君はどんな人間なのかと」
 と、やはり理由を掴み難い態度で答える。シャツの袷をはだけられた、裸の皮膚の上に遊ぶ伸の手は、人間の内面を探ると言うより、人間と言う生き物を測っているように感じられる。これが伸ではなく、宇宙人なら理解できる行為だと征士は思う。
「どんな人間とは…。今更何を知ろうと言うのか」
「そりゃ、知らないことは色々あるだろ?。君はどの位の早さで鼓動を打つ?、どの位体温が上がる?、何処に触れたらどう反応する?」
 すると、伸にそのつもりがあったかは知らないが、意外に話が艶っぽい内容になったので、
「ふ〜ん…」
 それまで何もせず、ただ伸の行動を見ていた征士が、漸く意図を以って自らの手を動かした。
 顔のすぐ近くにある伸の頭に手を掛けると、これまで触れたことのない耳や頬、顎から首の周りの形をなぞるように、伸の真似をするように征士は遊び始める。
「ん?」
 気付いて顔を上げた伸に、
「そう言う意味なら、知らないことは多いかも知れん」
 征士はそう言うと、自分に向けられた表情と同程度に、愉快そうな顔をして返した。「何故」と言う疑問は置いておいて、今を単純に面白い遊びと受け取ったようだった。そしてそうなると、
「あっそうか」
 伸は征士の迎合的な態度を覚り、こう続けた。
「僕だけが知ろうとするのは不公平だね。そうだね、ちょっと待ってよ…」
 軽く体重を乗せていた姿勢から、徐に立ち上がると伸は、口から出た言葉の勢いとは裏腹に、妙に不慣れな様子で服を脱ぎ始めた。
 恥ずかしい、などと思っている風でもないのに、伸のぎこちない動作が征士には気になった。いちいち衣服の状態を確認しているような…、と、奇妙な場面を眺めている内に、伸は惜し気もなく、着ていた物を全て取り払って戻って来る。
「・・・・・・・・」
 そして何事もなかったように、それまでと同じ姿勢に座ると、
「これでいいだろ?、好きなように触ってくれていいよ?」
 と、伸は裏のない様子で笑っていた。
『有り得ないだろこれは…』
 いくら何でも、例えそれなりに好意を持っていたとしても、これは平常の伸の行動とは思えない。否、商売をしている訳でもないだろうに…。と、征士が絶句して当たり前の異常事態だった。

 その頃階下では、
「あっ、当麻っ!」
 まるで空き巣の如く、静かに恐る恐る玄関ドアを開けた遼と、偶然廊下を通り掛かった当麻が顔を合わせていた。そして、
「…どうしたんだ…?」
 難しい顔をした遼を見るなり、何かあったらしきことには気付いたが、
「しっ、伸はどうした?、何処にいる?。あいつホントにおかしくなってるみたいだぞ」
 との遼の訴えには、当麻は少々不思議そうな顔を見せた。「伸がおかしい」と言う話題で、そこまで怯えたりコソコソする必要があるのかと。無論鎧を纏う程の事件ではなさそうだと、感覚的に判っている現在の状況だ。なので、当麻は努めて冷静な態度を示して、質問には丁寧に説明した。
「そうなのか、どんな風に?。伸ならさっき二階に上がってくのを見たが、多分征士と部屋に居ると思う、まずいのか?」
 するとそれを聞くや否や、遼の背中から現れた秀が噛み付くように返す。
「まずいに決まってんだろ!、ホントは俺らもう、伸には近付きたくねぇんだが、どうにかしようってんで戻って来たんだ!」
 そんな話を聞くと、意外に危機的な状況らしいと当麻の頭も切り替わった。
 だが、秀は勢い良く出た割に、
「みんなが嫌な思いをする前にとっ捕まえて…、あ?、でも、そんなに慌てなくていいか?」
 と自ら疑問符を打つ。その意味は遼には解らなかった。
「何で落ち着いてんだよ!?」
「いや、征士はよ、俺らとは違う態度に出るかも知んねぇじゃん?。何考えてんだか分かんねぇ奴だし」
「何言ってんだよっ、誰だって困るに決まってるだろ!?」
 そして結局当麻にも、危険な状況なのかどうでも良いのか、判断できなくなってしまった。
「おい、どう言う話なんだよ?。とにかく、何がどうなるとまずいのか聞かせてくれ」
 混沌とした言葉が飛び交う中、当麻が改めてふたりにそう質問すると、
「あ、ああ…、それが…、…」
「…ちょっと…、あんま口に出したくねぇんだけどよぉ…」
 本来なら当事者以外に知られたくもない、と言う意思を見せつつ、秀は耳打ちするように小声になって話した。勿論当麻の方は、そんなふたりの様子を見れば、俄に興味津々になって心を踊らせていた。一体どんな話が出て来るだろうと。
 そして大体の事を聞き終えると、
「…プ」
「ムカッ」
 話した秀は何となく予感していたが、当麻は腹を抱えて笑い出していた。
「ハッハハハハッ…!。…ああ、そう、そう言う類の事ね…」
「笑いごっちゃねーよ!」
 だがまあ確実に、ふたりの困惑を当麻は理解できたようだった。秀が「慌てなくていい」と考えた理由も判る、相手がどう出ようと、毅然として居られるか居られないかの違いが、征士とふたりの間にはあると思えた。これまでの戦いの中での性質を見ても、それは確かだと思った。
 だから、慌てなくていいのは確かだが、伸の様子をよく観察できるのも今だと当麻は思い付く。
「俺らの事はともかく!、伸があのまんまじゃ結局みんな困ることになる。伸は多分、後で事実を知ったら落ち込むだろうし」
 漸く落ち着いた口調で遼が言うと、
「そうだな。見た目の変化はなかったと思うが…、何かに取り憑かれているか、それこそ変な物を食わされたとか、そんなところかな」
 ここまで来たら流石に、当麻もまともな意見で返した。
「うん。あれは伸じゃないと思う、俺は」
「そうかなァ…?」
「分かった。取り敢えず準備をして、俺が様子を見に行って来る」
 すると当麻の言葉にキョトンとして、
「準備??」
 遼と秀の口が同時に開く。奇襲を仕掛ける訳でもあるまい、何を準備すると言うんだか…。

 そして十分程経過した後、当麻は自分と征士が寝泊まりする部屋の前に居た。
 何故だかとても慎重にドアノブに手を掛け、ひとつ深呼吸をすると、彼は思い切ってそのドアを開ける。すると、
「…当麻…」
 変わらず仰向けになっていた征士が、そこに立っている人物をすぐに見付けた。しかし、何か弁解を続けようとして、それ以上何も言えなくなっていた。目を点にして固まっている征士に気付いたかどうか、続けて伸が顔を上げると、当麻は主に問題の人物に向けて、
「そ、そこまでだ」
 と言った。するとやはり伸も固まってしまった。
 今がどんな現場かと言えば。
 まず当麻は多少怯んでいた。ある程度想像できた光景とは言え、実物を見るのと聞くのとではインパクトが違う。凡そこれまでの柳生邸には、有りそうもない淫靡な雰囲気の絵面には、自ずと身が引けてしまうようだ。しかし何故伸だけ全裸なんだ?、遼と秀から聞いた話と違わないか?、何故横にベッドがあるのに床の上なんだ?、と、同時に不自然な様子も気になっている。
 そして征士と伸の方はと言うと、
「…どうかしたの??、何かすごい格好だね?」
「お前までおかしくなったのか…?」
 と続けられた通りだ。当麻の出で立ちがあまりにも常軌を逸していた。
 即ち頭の左右に火の点いた蝋燭を縛り付け、キッチンに下げてあったニンニクの袋を首から下げ、腰にお守り袋、片手に数珠を持ってそこに立っていた。そして彼は、自分に注目しているふたりの前に、背中に回していたもう一方の手を出した。
 手にはナスティの部屋から拝借した、木製の十字架が握られいた。
「悪霊退散!!」
 当麻は絞り出すような声で言った。
「…はい?」
 と、一言伸が答えて、それから暫く部屋は静寂に包まれいた。否、静寂と言うより明らかに白けていた。
 程なくして、
「悪霊って、もしかして僕のことかい?。アッハハ、随分な言われ様だな」
 そう話した、何ら変わらない様子の伸を見ている当麻。
『違ったか…?』
 馬鹿馬鹿しい事をしていながらも、彼はまだ冷静に考えているようだった。「取り憑かれている説」でないのなら、「怪し気な物を含んだ」説かも知れない。そうとなればどうするか…。
 すると、十字架を出したまま止まっていた当麻に、伸は軽く溜息を吐いて言った。
「ああ、そうか当麻…、仲間外れにされてるのが不満なんだ?」
「あ?」
 突然思いも拠らぬことを聞かされて、珍しく当麻の思考が止まる。
「そんな所に突っ立ってないで、こっちにおいでよ、一緒に遊ぼうよ」
「・・・・・・・・」
 そしてそう言われると、決して乗り気ではないが、何となく興味をそそられてしまう。これが遼や秀なら断固拒否するだろうが、何事にも分け隔てなく関心を寄せる当麻の、それは美点でも欠点でもあった。
 無論その場に加わってみれば、最も確かなことが解るだろう。
「あ、その前にその色んなアクセサリーと、服は脱いで来てよ」
「・・・・・・・・」
 どうする?、問題解決の為に誘いに乗るか?、それともミイラ捕りがミイラになるか…?。
 と、当麻が決断を迷っていたその時だった。

 ---ガッシャーン!!!---

 突然西側の窓のガラスが割れ、部屋に突発的な爆風が吹き込んだ。と同時に、
「何をやってるんだ貴様ーーーーー!!」
 悪魔の如く窓から入って来たのは、恐ろしい気を漂わせた水滸だった。これまで、未だ嘗て、水滸の鎧をそこまで恐ろしいと感じたことはなかった。それ故、見ればすぐに当麻と征士も理解した。
『あ、本物だ』
 そして水滸の伸は、飛び込んで来た勢いそのままに、迷惑な偽者を首尾良く捕まえていた。捕まえられた方はと言うと、
「あーあ、見付かっちゃった」
 と、特に悪びれもせず、「敵」と言う感じにも思えない様子だった。
 一体何がどうなっているんだ?、と戸惑う当麻と征士の前に、
「申し訳ございませぬ」
「迦遊羅!?」
 水滸を追って来た者が到着すると、これで漸く事が解決しそうだと、安堵する気持にはなれたふたりだった。まあどの道、深刻な被害が出そうな問題でもないので、何故伸がふたり居るのかを、慌てて聞き出す必要もなかった。



「え、偽水滸って、これが…?」
「そうなんだよっ!、買物から帰って来たら突然襲って来て、僕と入れ替わったんだ!。その後こいつと間違えられて妖邪界に連れてかれちゃうし、戻ってみたらこいつは変な行動してるし、もう散々だよ!。僕に恥をかかせないでくれ!」
 今は既に服も取り替えさせて、広間のテーブルを囲む面々の中に居る偽水滸。大人しく紛れて居る分には、本物の伸とも特に違わないように見えている。しかし彼は、
「恥…?」
 伸が怒鳴って訴える意味を、あまり理解できないようだった。
「まことに申し訳こざいません…」
 意外な結末に胸を撫で下ろしている戦士達に、迦遊羅が改めて頭を下げると、
「ああ、いや迦遊羅のせいじゃ…」
 遼は流石に、そこまで謝られる程の事じゃない、と言う心境になっていた。実害と言う実害もなく、本物の伸も無事に戻って来た。それに偽水滸と言えば、那唖挫が作った偽鎧だと聞いている。ならば原因が迦遊羅にある筈もないと。
 ただ偽鎧の他に、人間の姿をした偽水滸が居るとは知らなかった。
「でも何でこんな…」
 と、続けて遼が尋ねると、
「私にもよく判りませんの、那唖挫が納戸に置いていた偽水滸の鎧の中に、いつの間にか出来ていたそうです」
 残念ながら迦遊羅にも、誰にも、人型の偽水滸が出来た理由は判らないようだった。
「出来ていた、なんて言うんじゃ無生物みたいだな。鎧の力が結晶化したとか?」
「どうでしょう、妖邪界から阿羅醐の力が消えると、代わりに出て来たようだと那唖挫は言います。基本的には水滸の鎧と同じ物ですから、同程度の中身が無いと安定しないのかも知れません」
 更に迦遊羅の話を聞くと、質問した当麻は「成程」と言うように頷いて、それなりに納得の行く説だと皆に示していた。迦雄須の作った鎧は、身に着ける者と一心同体の存在なのだ。空のままでは維持できないのかも知れないと。
 しかし、伸本人だけは理屈では納得できなかった。
「僕はこんな馬鹿じゃないよ」
「そう言う意味じゃないだろ、衝撃実験のマネキン同様、単なる人型だ」
「ええ、全く、お人形のようなものだそうです」
 きちんと解説している当麻と迦遊羅が、どう説明しても心情的に納得できない伸の気持は、当事者でなければ解らないことかも知れない。実際最もよく偽水滸を知ってしまった征士は、
『道理で反応がない訳だ』
 と、人間との明らかな違いに気付いている。全員がそんな風に双方の違いを知れば、本物の伸と偽水滸を混同することもなくなり、以降に問題を残すこともないだろう。伸は何がそんなに気に入らないのだろう?、と思う。
「人形じゃないよ、僕は水滸だよ?」
 すると「人形」と言われるのは不満だと、そこで偽水滸が口を挟んだ。
「黙れ!!」
「だって何から何までそっくりじゃないか、毛の生え方や尻の穴の形まで同じだよ?」
 訂正。自分と違うからこそ伸は納得できないようだ。
『見た目だけだな、ホント…』
 と誰もが更に納得した。伸ならそんな下品な例は挙げないだろう。
「教育が悪過ぎるだろ!?」
「それはもう何とも…。最初は何も判らなかったところへ、那唖挫が色々教えたようですが、三魔将の皆様はあの通り、多分に人間が擦れた者達ですから…」
 これについては平謝りするしかない、と、迦遊羅は溜息を吐きながら言った。今は悪しき性質を増幅させる者は消えたが、生きて来た環境と年数が違う分、魔将達からは普通の人間社会の常識が失われている。その傍に現れた偽水滸だから、上品さに欠けるのはどうしようもないことだった。
 けれど迦遊羅は続けてこう言った。
「ただ、鎧や皆様方の話をしたら、とても興味を示していたそうです。妖邪界を抜け出したのも恐らく、地上に居る皆様を知りたかっただけなのでしょう」
 つまりある意味では、幼い子供のようなものかも知れない。だから何でも知りたがるし、知りたがる行動には悪意も、深い意味も持たないのだろう。彼はただ自分のオリジナルと、その仲間に会いに来ただけだと、笑って許せるような事件だったようだ。
 迦遊羅の話を聞き終えた秀が、
「ああ…そりゃ判る、そんな感じだったぜ、確かに」
 物干し場での場面を思い出しながら言うと、偽水滸はやはり、何も気に咎めていない様子で返した。
「あ、秀はいい奴だな♪」
「愛想を振り撒くな!」
 結局最初から最後まで、怒っているのは伸だけだった。

「それでは皆様御機嫌よう」
 その後迦遊羅は、確と偽水滸の手を掴んで妖邪界へと戻って行った。事情を知ってしまえば、その様子はまるで幼稚園児を連れたお母さんに見えた。
「またね〜!」
「二度と来るな!!」
 しかし変わらずきつい口調で、偽水滸を牽制し続ける伸を見て、他の四人は些か偽水滸が不憫にも感じる。別段悪い存在でもなさそうだし、そこまで忌み嫌うこともなかろうに、と。
 だが四人は知らない。伸に取って忌わしき『空白の二時間』が存在することを。
『腹立たしいったらありゃしない…。僕が気を失ってる間に何があった!?、何で僕が偽者に悪戯されなきゃならないんだよーっ!?』
 その事実が、偽水滸に「自分とそっくり」だと言わせた理由だった。



「そうか、始末が着いたか…」
 妖邪界に戻った迦遊羅が、最初に煩悩京の入口で見付けたのは螺呪羅だった。彼は迦遊羅の後ろを着いて来た偽水滸を見て、言葉を発する前から、事件の収拾が着いたことには気付いていたが、
「あんた螺呪羅だろ?、那唖挫は『陰険ペテン師』って呼んでるけど、アハハ」
 と、何を気にすることなく偽水滸が言うので、迦遊羅に労いの言葉のひとつも言おうか、と思う気持を削がれてしまった。
「可愛げがねえなぁ」
「そうかい?、お互い様だね、まあ宜しく」
「・・・・・・・・」
 螺呪羅からしても、本物の水滸とは違う存在だと判る有り様。
 だが、失われた物は戻って来ないので、嘗ての賑わいや活気がこの妖邪界に、全く同じに戻って来ることもないので、単純に「新しい物が増えた」意味では、歓迎すべき変化かも知れなかった。本当に、全く気休め的な考えではあるが、これから出来て来る新しい妖邪界の為に。
 こんな小事にまで希望を見い出さなくてはならないとは、情けない現状だけれど。
「はあ…、それでまた、皆様は腑抜けに戻られるのですか?。大概にして下さいな」
 螺呪羅が黙ってしまったのを見て、迦遊羅もまた、魔将達が振り出しに戻った現状を嘆いている。今はまだ変化の途中で、誰もが過去から離れ切れていない時なので、前だけを見ようとしてもふと、過去の記憶に捕われる時間があるのは仕方がないと思う。ここに住む者が持つ共通の心理状況だった。
 けれど、苦悩が永遠に続くことはない。長い悪夢も遂に覚めたのだから、
「目先の事が片付いた後には、平和的に交流できる日も来ましょう…」
 と、彼女は殊に優しい言葉で纏めた。
「ああ…。そうだな」
 その為に、出来る限り早く時間を進めなければならない。改めて螺呪羅も、迦遊羅の正しい考え方を受けてそう答えていた。

「ところで那唖挫はどちらに?」
「庵に戻っていると思うが?」
 それから迦遊羅は、偽水滸の持ち主、否、保護者である那唖挫の所へ向かおうとしていたが、今、彼の庵には長々と居座る先客が居た。
「頼む!、後生だ!、俺に鎧の作り方を教えてくれ!!」
「だから、もう作れぬし、思う程良い物でもないと言うのに…」
 果たして、偽水滸に対面した上でまだ、悪奴弥守はそう言い続けられるだろうか…。









コメント)ああ…、今更ですがやっぱり一度に上下共upしたかったです。過ぎた事を言ってもしょうがないけど、こういうバカ話は一気に読んでもらわないと、乗りが途切れちゃいますね(^_^;。
 と言う訳ですが、このシリーズの次の話は1話完結の予定です。珍しく魔将だけの話ですが、読む気のある方はそれなりに楽しみにしてて下さいませ…。



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