なんとなく余裕の征士
Promisses
プロミセス



 奇妙な日食の光
 天は地となり、地は天となり、どちらでもあるような逆転の世界
 以心伝心
 君の希望は僕のもの、僕の不安は君のもの、どちらであっても構わない



 愈々決戦の時が来る。
 僕らはただ無心に体を動かして、たったひとつのことだけに集中していた。目指して来た終着点に、もう手が足が掛かっている。僕らはこの時の為に戦って来た。僕らの命も、ここに集結した意味も、全てはこの時の為に用意された台本の一部、と言って過言ではなかった。
 全体的な、広く大きな意味での平和の価値が、個人に取ってどれ程のものであるかは知れない。或いは幻想の様な不確かな概念であって、命を掛けて戦ったとしても、いずれまた端から脆く崩れて行くものかも知れない。現に戦う僕らの中にさえも、平和を求めれば求める程現実に傷つけられる、そんな場面を繰り返してやって来た。
 けれど謀略を以って出て来るものと戦う、その意志は消えない。例え儚い和平の束の間の夢でも、挑もうとする気持ちは捨てない。それは僕らの前を行った先人達、この鎧に脈々と受け継がれた意志だ。そして迦雄須が望んだ、長きに渡る因縁への決着を着ける時を待っていた。
 僕らに何の価値があるかなど判らない。否、価値などなくても僕らには戦う義務が、あった。

 妖邪界の一角、小さな社に閉じ篭ったまま、物言わぬ石の様に動かない朱天童子の様子を窺っている。嘗て敵として戦った彼が、今は彼等の行動に同調して動いている。それは確かに、五人の歩んで来た道が間違いではなかったと、証明するような出来事だったけれど。
「迦雄須の意志が見えるまで、私が動くことはない」
 彼と少年達の立場は違う。迦雄須が導く「真実」を直に受け止める役目は、彼等には与えられていなかった。常に迦雄須の導きを仰ぐことは、最早彼等にはできない。それでも必ず正しい流れに進むものとして、鎧戦士の命運を信じて迦雄須は去ったのだ。つまりそれだけ彼等は迷う。自からこれと思うものを選択して、結果を出して行かなければならない。
 信用している。だからこそ彼等に後を託した。けれど彼等はまだ全く未熟だった。
「朱天、僕らの力には…?」
 伸はそう尋ねたが、彼は黙ったまま何も答えなかった。
「ヘンッ、折角俺達を助けてくれようとしたって言うから、期待してたのによっ」
 憎まれ口を叩いた秀の、煮え切らない朱天の態度に対する苛立ちは、即ち朱天の「未だ理解できずにいる己」への苛立ちだっただろう。今この場で、迦雄須の意志を明確に伝えることができれば、この期に及んで不審の目を向けられることもなかった。死人に口無し、この場では敢えて適用できない理屈。それを求められている朱天に掛かる重圧は、些か気の毒に感じられないこともなかった。
 けれど、相手を思えば言い出し難いことをさらりと、口に出した者が居た。
「朱天、これだけは言っておく、私達の前に再び迦遊羅が立ちはだかれば…容赦はしない」
 背を向けて板の上に座る朱天の、両の肩がぴくりと反応した。
 最大の懸案は正にそれに尽きている。迦雄須の意志が隠された錫杖が、何故迦遊羅と争うことを嫌がるのか。勝手な予想では動けない、確信できる答が見出せなければ、終結に向かいつつあるこの戦いを終わらせる、真の意味をさえ失いかねない。
 選ばれてここに居る鎧戦士達に、そして己に架せられた迦雄須の課題を朱天は、それぞれ別の問題だと受け止めて、彼等には「止めろ」とは言わなかった。来るべきものは、来るべき時に来る。そう成るべきことは、必ず迦雄須の意志が働くだろうと考えられた。だから己はこの錫杖に忠実でなければ、と朱天は改めて意を強くする他はなかった。

 答を見出せぬ者、釈然とせずに居る者、迷える者。望んでいる結末だけは同じだと知っている。しかしただそれだけの繋がりで、人は固く結び合っていられる。
「ナスティと純を頼む、朱天」
 去り際に、後ろ髪を引かれるようにそう言って、遼はナスティに目配せをして見せた。その意味は言葉でなくても解る、彼を信じているとの意志表示だろう。
 これまで幾度か自分を助けてくれた朱天に、遼は既に絶対的な信頼を置いていたのだ。けれど不審に思う仲間の居る前では、敢えてそれを声には出さず、黙って『仁』の心を預けることにした。不器用な遼にしては冴えたやり方だったと思う。
 そして自分に疑う気持はないとした遼に、これまで朱天と共に行動していたナスティと純も、救われたような思いで笑顔を返した。やはり遼は、彼等の要であるべき存在なのだと。
「私達のことは心配しないで、勾玉が守ってくれるわ…」
 努めて平静を装おうナスティにしても、朱天と彼等の行く場所が同じであることを信じたい、そう確信を持てたらと願っているに過ぎない。実際どんな形で真実が現れるかは誰も知り得ない、未曾有の物語の最終章が始まろうとしていた。
「みんな、行くぞ」
 遼の一声で他の四人はそれぞれ、信じる方向へと歩き出した。雑兵が跋扈する坩堝へと、自らの意志で進んで戦いに行く。平和とは何か、力とは何か、どんな時にも答を欲しがっていた。万全の体制で漸く目標に取り付いた彼等は、その答を得た時何を思うのだろうか。
 願わくば世界に、そして彼等の心に静穏が訪れんことを。



「さっきのはひどいよ秀」
 伸の呟きを耳に、
「何だよ?」
 あっけらかんと答えた本人は、全く悪気はなかったという風だ。
「朱天は多分、自分も動きたい気持を押さえて、何もできずにいるんだ。それをあんな風にさ」
 柔らかく批判する伸に同意したのは当麻だった。
「朱天は直接迦雄須の命を受けているのさ、だからあの錫杖を扱う。俺達とは違う面で関わっているんだ。そんなこと位わかってやれよ」
 しかし理路整然と説明されても、秀には元々理屈があって発した言葉ではない。
「そんなまどろっこしいこと考えてらんねぇよ、ただ味方の戦力が増えりゃ万々歳だって、そう思ってたからムカついたんだ!」
 秀が素直に答えると、何故だかそれに同調するように征士は言った。
「朱天の行動が理解できないのは確かだ」
「そんなに不信感を持たなくてもいいと、俺は思うんだが…?」
 些か妙な展開に当麻が口を挟むと、けれど征士は特に気を害された様子もなく、
「否、だから気に留める必要はないと言うのだ。我々の行動とは別個のものなら、朱天のことは計算に入れなくて良い。そう考えた方が分かり易い」
 と自分の考えを説明した。
「あの迦遊羅は一筋縄ではいかない。また錫杖に阻止されるくらいなら、むしろ朱天は居ない方が良い」
 すると、
「そーだよな!」
 秀はよくよく納得したと言うように、首を大きく縦に振って見せている。しかしそのやり取りを聞いていた当麻と伸は、酷く腑に落ちないものを感じていた。まさか人見知りでもあるまいに、疑わしく思うことを止められないふたりは、ある意味苦労性とも思えてならない。信用できる者がひとり増えたことを、単純に喜べば良いものを。
 伸を含め鬼面堂に吊るされていた三人は、寝返ってからの朱天に余り触れていないのは確かだ。伸と秀はその後、三魔将の罠から救ってもらう経験をしたが、征士に関しては信頼を感じる程の行動を、朱天に見い出した記憶が無いから仕方がない。けれど、仕方がないと言って切り捨ててしまうのでは、密かに尽力してくれた彼に済まない気がする。
 そんなことをぼんやり考えながら歩いていた伸と当麻。すると前を行く遼がふたりを振り返って、意味あり気にフッと笑い掛けた。
『それも、わかっている』
 恐らく遼はそう言いたかったのではないか。考えてもみよ、朱天は彼等より遥かに長い年月を過ごして来た、大人なのだ。自分達のまだまだ稚拙な理解力や表現に、彼が本当の意味で惑わされることはないのだろう。そして遼はそれを理解している。
『そうか』
 当麻と伸は、同様に表情だけで遼に返した。
 以心伝心。
 思うことが手に取る様に解るから、彼等は安心して戦えるようになった。同じ気持を分け合える仲間が居ること、それは何にも代えられない。

「来た来た、妖邪兵のお出ましだぜ」
 秀は言うなり、背中の三節棍に力強く手を掛けた。
「まったく凝りねぇ奴らだぜ!」
 閑散と開けた場所の向こう、城下町と呼べそうな住居群の影から次々躍り出る、妖邪兵は増殖するかのように、あっという間に大軍になって押し寄せて来た。今更雑魚の大軍に恐れを為す者は居ないが、これを突破するのは少々骨が折れそうだ。
「俺達の目標は迦遊羅か三魔将だ、無駄に戦うんじゃないぞ」
 遼はそう檄を飛ばして、自らは妖邪兵の大軍の真ん中へと、悠然と飛び込んで行った。それに続いて四方へと散った四人も、呼吸をするように、自然体で戦いに身を投じて行く。
 ひとりの戦士として、充分に慣らされたことをする余裕が、誰の姿にも感じられていた。これまでのどの場面よりも、身も心も軽く、最後の時を楽しみに待ち受けていられる、この過酷な運命を初めて喜ぶような、不思議な心境を感じている。
 恐らくこれが、最後の戦いであることを誰もが予感していた。



「どうした?」
 五人が散じた場所から南東の方向に進んだ、そこには倒れた妖邪兵の残骸と、佇む伸以外の姿は無かった。戦闘の渦中から逃れてひっそりとしている様は、怪我を負っているのでは、と心配させるに余りある光景だ。けれど、慌てて駆け寄って来る征士を言葉で制止させるように、
「何でもないよ、ちょっと休んでただけだ」
 と伸は笑いながら告げた。ところが征士は、明から様に『嘘だ』と疑う視線を向けて、
「こんな時にその言い訳はないだろう」
 と走りのままに伸の前へと詰めて来る。確かにそれが真実ではなかったけれど、
「いや…ほんと、大したことじゃないんだってば…」
 伸がそう言い切る前に、征士はもう彼のすぐ前に来て立ち止まっていた。
 聞けばがっかりするだろう些細なこと、大した意味のないこと。なのにわざわざ来させてしまった。これは正直に説明したところで、納得して貰えるかは怪しいと伸には思えた。けれど仕方がない、と渋々辺りに広がる景色を指差して、溜め息交じりに伸は話を始めた。
「これ、どう見ても家だよね」
 彼等の目前に広がる人気の無い町の様子。漆喰の白壁は傷みを露に煤けている、朱塗りの柱や装飾は所々朽ちかけ剥げている。無情に長い時間に晒された家々の成れの果て。だが、日本の平均的な住居に比べれば立派過ぎる程の、広く豪勢な趣の建造物と言えた。
 ふたりは暫しの間それを眺め見ていたが、それが何だと言うのだろう。まるで見当が付かない征士に、伸は密やかな口調で続けた。
「妖邪も僕らみたいに、普通に生活してる時もあるんだろうか。魔将達や迦遊羅は、元々人間だからわからなくもないけど、それ以外に誰が居るんだろうね。想像つかないなって」
「・・・・・・・・」
 黙ってしまった征士を見て、呆れられたかな、と思うと同時に、「こんな時に」呑気な思考をしている自分に、自分で呆れて伸は改めて笑い声を立てる。何故この局面でこんなことを考えているのか、考えていられるのかが自分で解らない。
 ただ『同じだ』と感じられたことに、心の何処かで安堵していた。
 戦いには必ず苦痛を伴う、それは自分達だけのことではないと。この妖邪界がここまで荒んでしまう前に、ここに居た筈の住人達は恐らく、今の地上の人々と同じ立場だったと想像できる。たったひとつの、巨大に膨れ上がった野望の為に、その痛みとして消えて行った幾多の魂。掲げる名目が何であれ、虐げられるのはいつも力を持たない、小さな存在であること。
 何もかも同じだ。これを繰り返してはいけないと囁き掛けていた。だから一時の苦痛なら敢えて受け入れようと、彼等は努力して来たのだ。
 間違ってはいないと、もう一度確かめられた安心感。
 すると征士は、場を読んだ訳ではないが、何故か丁度良く収まる言葉を発した。
「…良かったな」
 耳を掠めた思わぬ一言。
「…何が?」
 またいつもの唐突癖だろうか?、と思いつつ伸はきちんと問い返してみる。
「戦闘中に不真面目だとは思うよ、でも何か気になったんだ。実は僕らあんまり、敵のことを知らないんじゃないかと思って…」
 征士には無論、伸の思考までを察することはできない。彼はただ自分の目に見えることを、伸に伝えたいとと思ったに過ぎなかった。
「私が知る限り、伸はいつも戦うことに躊躇いながら、必死の形相で皆に合わせていた。勝利しても何処か歯切れが悪く、過ぎたことの良し悪しをいつまでも考えて、自分には小さな誤りさえ許せない風だった。…今は、随分楽に構えられているようだ」
 人から「戦士としての自分」を客観的に聞かされた、伸に取っては初めての機会だった。
 そして確かにそうだと思えた。際立つ才能を持って選ばれた仲間の中に在って、自分に何ができるかを考えた時から、目立たなくていい、地味な行動でいいから、信頼を裏切ることだけはすまいと肝に命じた。それが己の役割であり、最後の砦でもあると思った。だからいつも、これより後の無い断崖に立つ思いで、キリキリと痛むような緊張感の中に、僕の戦士としての命は存在していたけれど。
「うん…そうだね。それだけでも、ここまで来た甲斐はあったよ」
 今はきっと、これまでの中で最も満足している時だった。
「謙虚なことだ」
 それが本心かどうか解らない征士はそう返したが、
「いや、本当のことさ」
 伸は至って穏やかな様子で答えていた。
 生まれ変わったと言う程の、大きな変革があった訳でもない。ただ己が為すべき事に於いて、己の実力以上を望んではいけないと知った。虚勢を張りながら無理をして戦うことで、返って仲間の信用を失うことにも気付いた。己がどれだけのものかを正しく、仲間達に見せていない罪を犯していたこと。
 鎧戦士の一員に名を列ねながら、大したことはできない、こんな自分は嫌だとずっと考え続けていた。けれど今は、そう感じるままに生きていることを、皆には理解して欲しくなった。
 僕は僕だ、これと言って取り柄の無い小さな人間だ。けれどこの立場から考える意見も、割合大事なものだと思えるようになった。僕にできることと言ったら精々、皆が充分に力を発揮できるように、この場を守ることくらいだろう。僕はそれでいい、それでいいんだと考えられた時から、自然にしていられるようになったのだから。
「私は…」
 何処か吹っ切れたような微笑みを呈している、伸の顔を見ていた征士は何かを言おうとして、咄嗟に口籠った。その方を振り向いた伸は、珍しく言葉を詰まらせている彼の、はにかむような妙な表情を興味深く見詰めている。明瞭な変化を見せない征士の、困窮している様を見たのも初めてだった。
「…?」
 なので伸はその続きを催促するように黙っていた。一体何が飛び出すのかを楽しむ気持で。
 すると、
「笑っている顔の方が、伸の本当の姿だと思う」
 征士はそんなことを言って、フイと目線を逸らせてしまった。
 聞きようによっては突然の告白にも思えたが、伸は知らない、最初に彼等が出逢った時、征士が何を思っていたのかを。もしそれを伸が知っていたなら、彼自身の能力について、思い違いをして悩むことはなかったかも知れないが。少なくとも征士は、本来の伸の在り方を理解していた。戦闘に必要なものが、必ずしも強さであり力であるとは限らないと。
 最初に伸に会った時から、征士はその輪郭だけは捉えられていた筈だった。しかしそこまで踏み込んだ話もできなかったのだ。次々と畳み掛ける戦いに追い立てられ、そんな時間は無かったとするのも事実。そしてそれ以上に、他の仲間達とは違い「特別」に思える気持が、征士には自分で理解できなかった。それによって、妙な誤解をされたくもなかった。
「…ふーん」
 誤解を、与えていなければいいのだが。
「何だ」
 故意に顔を近付けて威圧して来る伸に、何でもない振りをして征士は答えた。普段通りの態度でないことは伸にも、充分感じ取れた上での演技的な行動。そして伸はわざとらしく作り笑いをすると、
「じゃあひとつ、僕にも言わせてもらうよ」
 この時ばかりと敢えて釘を差す、大切な思いを征士には語った。
「朱天を疑っちゃ駄目だ、迦雄須に反目するのと同じことだよ。僕らの鎧が元は阿羅醐の物だったように、信じられるものに変わることは、いくらだってあるんだ。魔将達だって、迦遊羅だってきっと同じさ、君の言うことは冷たすぎるよ」
 自分には優しい言葉を使ってくれる君が、 見誤ってはいけないと思った。
「考えが違う者を敵と言うなら、僕だって君の敵だ」
 今そうでないとも限らない。いずれそうならないとも限らない。僕はどっち着かずのまま揺れているから、迦雄須にも、魔将達にも通じる何かを感じている。僕はそう言うものだって、君は知っているのだろうか。知っているとしたら、君はそれを許せるだろうかと思う。
 賭けのようなものだ。
 君は歩み寄れるのか?。
 光は真直ぐに進むけれど、水は決まった形を持たない。

 僕はここに居てもいいだろうか。

「…解った、そう恐い顔をするな」
 一度眉間に皺を寄せた征士だが、すぐにその態度は引っ込められていた。
 今見える、厳しさと優しさは裏腹であり同一のもの。常に問題は『正義』の所在ではなく、自らが『正義』の内に在ることだった。それに附随するその他の事実を争っても意味がない。ならば自分以外のものには寛容であっても、構わなかったのだ。征士にはそう結論付けることができた。だから我を張り続けることは止めた。
「そ、分かってくれたならいいよ」
 そして険しい表情に変えていた伸も、改めて征士の言う「本当の顔」をして笑った。『これは交換条件だ』とでも言うように。

 彼等には沢山の約束事があった。
 それば知らず知らずの内に増えていった。
 常に対岸に居る、遠い存在だからこそ解ること。足りないものを見詰め合えること。隔たり無くして全身を映し出せない鏡の様に、ふたりは在り続けたのだ。問いかければ問い返す谺、動は反動に正しく自分に戻って来る。こんなに大事な半身をみすみす手放す訳がない。多くの条約を結んで、いつも同じ距離で居られるように守って来た。自分を高めてくれるだろう、戦士としての繋がりを。
 だから希望を失わずに居られた。
 だから、勝ち続けることにこだわれたのではなかったか。
 彼等の戦いは。



「戻るぞ」
 暫し立ち話に興じて、こんなことをしている場合ではないと、遠くからこちらへ寄せて来る群集のざわめきに気付く。妖邪兵の流れがこちらに向かっているようだ。その中に、幽かな地鳴りの響きが混じって聞こえている。恐らく秀が居るのだろう。僅かの間閑散としていたこの場所も、また黒々とした大軍に呑み込まれる時を迎える。
 この流れを断ち切らなければ、この戦いを終わらせなければどの道、鎧戦士の価値など問えるものではないと、ふたりは前を向いている。これが終りであり、始まりであることを信じたかった。戦いの中で得た全てのことが、無駄ではなかったと言えるように。
 征士は地面に差していた光輪剣を抜き取ると、片手では器用に扱えない重量のそれを、まるで時代劇の立ち回りのように、右手で大きく八の字を描いてから、いつものように肩の上に乗せて見せた。大振りな造りの剣と、伸より少し背の高い征士の雄大な振舞いに、辺りの空気が動かされるように感じられた。
 しばしば征士はそんなパフォーマンスをすることがあるが、
「…あのさあ…」
 見ていた伸は呆気に取られていた。何故なら、
「何でそうやって、いちいちカッコ付けるのかな君は。誰も見てないよ?、妖邪兵だってまだここに来てないのにさぁ」
 とのことだった。しかし征士は一言で答えていた。
「伸が居るだろう」
「あ?、僕?」
 一旦意味を取り兼ねた伸だが、すぐに脱力した調子で切り返す。征士のユーモアはとかく理解に苦しむものだと、伸だけでなく、皆に共通の見解だったけれど。
「何の意味があるんだよ」
 すると征士はさらりと返した。
「伸が笑うからだ」
 もしかしたら、それだけの為にずっとそんなことをしていたのだろうか?。だとしたら…
「そりゃどうも…」
「どう致しまして」
 冗談の続きのように、作って丁寧にそう言いながらも、征士の視線はもうはっきり姿を捉えられた、妖邪兵の一群へと移っていた。

 だとしたら、君には一番誠実でいなければならないだろう。

 幾度見て来たか知れないくすんだ鋼の集団。淀んだ空に巻き上がる砂埃は、その武具を一層鈍く曇らせて見せている。研ぎ出された刃さえ、冴えない鼠色に沈んで艶がない。世界がこんな配色に覆われることを誰も望みはしない。
 奇妙な日食の光。
 天は地となり、地は天となり、どちらでもあるような逆転の世界。
 正しく光のある世界には、より煌めく色彩に溢れているものだ。
 煌めきを与えるもの、彼等が導き出した輝煌帝。
 間違ってはいないと、幾度でも繰り返し確かめたかった結論。
 後は天に任せるのみ。

 以心伝心。
 君の希望は僕のもの、僕の不安は君のもの、どちらであっても構わない。
 違う心を持っていながら、同じことを考え続ける人が居る。
 違う何かを追っていながら、同じ場所に落ち合える人が居る。
 僕らに安息を与えてくれたのは、違うと言う事実そのもの。
 後にもきっと、続いて行く。

「僕は笑えているかい?」
 先にその場を走り出した伸が言うと、
「そうでなければ困るよ」
 と、征士は連ねるようにそう返していた。



 戦いとは何だろう。誰かの為、何かの為、正義と言う理を守る為。否、この小さな肉体の中で鬩ぎ合う全ての、具現化した善悪の世界を僕らは歩いて来た。
 まだ大したことは何も知らない。知らないけれど前に進むことはできた。僕らは今こんな場所に辿り着いている。理解できない筈のことが、僕にも君にも、当たり前の符合になっていく過程を見て来た。
 極限の緊迫に研ぎ澄まされて来た心。
 依るべき物の少ない中で培われた繋がり。
 それが僕に取っての戦いの意味だと、今は受け止めていた。









コメント/TVシリーズの最後の話なので、第一話(FLASHBACK)に還元されるように書いてます、ウフフ。ちょっと、観念的な主題なので、お話としてはわかりにくい文ですけど、とりあえず「TVシリーズではここまで進んだ征伸」という所を書きたかっただけで(笑)。



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