年末の買い出し
月下の一群
The Mellow Fellow



 冬空の町には、夏場の活気とは違う空気が感じられたけれど、彼等の間には変わらず同じ何かがあった。何かと言うのは、言葉では表現し難いけれど。

 クリスマス、忘年会、正月の準備、年末特需に明るく振舞う店の店員と、目を引く華やかな飾り付け等で、町が賑やかな様子に溢れ出す十二月。何処からともなく聞こえるクリスマスソングと、そんな町中を歩く若者の足が、自然とリズムを合わせるように弾んでいた。身の上に大きな不安も、さしたる心配事も持たない者には、寒さを忘れられる雰囲気こそ重要なのかも知れない。
 けれど、そうして毎年繰り返される季節の喧噪には、年の瀬の慌ただしさにお疲れ気味の人も、鬱陶しそうにマスクで咳き込む者も、必ずひとりやふたり紛れている筈だった。誰もかもが同じ景色を見ている訳ではない、ならばあまり浮かれるべきでもない、と当麻は考えている。
 しかしどうしても、自然に顔が弛んでしまうのを感じていた。
 今はまだ学生と言う気楽な身分で、単なる友達以上に理解し合える仲間が、今日はすぐ傍に居て一緒に歩いている状況。今は特に頭を悩ませる問題も持たない。だから、皮膚が痛いようなビル風に吹かれていても、そう辛く感じていなかった。科学的には誰もが同じ条件を持ちながら、思い方ひとつで個々に差が生じる人間の不思議。不可能を可能にする人間の意志は、見えないけれど確かに存在する力だ。
 それを彼が真の意味で理解したのは、やはり仲間達のお陰だった。殊に、思考力に於いては格差がある筈の誰かが、結局己と変わらない事を成し遂げている事実。選択手段が違うだけで、後の結果から言えばどちらでも良かったことになる。理解せざるを得ないだろう、人間の優劣は知性のあるなしではない、優れた意志の力にこそあるのだと。
 そして、負けを認めれば楽な立場になれることも、当麻は知ったようだった。

「そんで?、遼に何を頼まれたって?」
 横浜のショッピングビルへ向かう道の途中、秀は買い物の内容を確認するように尋ねた。
「ああ、忘れてた」
 聞かれれば途端に当麻の脳裏に、特別な言づてが思い出されていた。正月用の買い物ついでに、遼に用事を頼まれたことは以前、電話で秀にも伝えてあったが、本来なら自ら説明するべき話だった。どうも今日は頭のネジが弛んでいるらしい、と当麻は自ら感じている。
「ナスティに御歳暮を贈るつもりらしい。近所で買うとバレるから、何か適当に選んで来てくれってさ」
「へぇ、義理堅いこった」
「まあまあ、遼は毎日世話になってるんだからな」
 そう、十二月の最初の日曜日であるこの日、当麻が横浜に、秀の買い物に付き合いに来たのは、幾つかの理由がある。ひとつは遼に頼まれた用事、もうひとつはナスティが秀に頼んだ正月用品の、選択が誤っていないかをチェックする為。そしてもうひとつは、ただ秀に会いたかったからだ。
 昨年度までは、かなり頻繁に仲間達が集合していたように思う。けれど今年に入ってめっきりその機会は少なくなった。よく学校でクラス替えがあると、以前のクラスメートとは急に疎遠になることがあるが、例え戦士として繋がっていた仲間でも、そんな時期が来るんだろうかと当麻は考え始めている。秀と遼には十月に一度会っているが、それでも皆が何かにかこつけて行き来していた、一、二年前と明らかに違って来ていた。
 変化を悲しむのは良くない、進化を嫌うのは愚かだと、彼は熟知している筈なのだが。
「そうだなぁ、でもよ?、ホントに適当でいいのか!?」
 しかし秀は常に良い意味で、当麻のマイナス思考などお構いなしだった。彼の頭には今、柳生邸で暮らす遼とナスティのイメージしかないのだ。そして勿論、自分には家族のようなふたりだから、真面目に何を贈り物にしようか考えている。そんな真直ぐな秀の様子を見せられる度、余計なことを考えて不幸になっている己に、当麻はいつも空しく笑うしかなかった。
 まあそれが無意識に、彼のひとつの「心の健康法」になっているのだろう。だから大した期間を置かず会いたがるのではないか。
「予算は三千円くらいで」
「う〜ん…」
 さて、もうひとつの条件を当麻は付け加えていた。幾ら大切な相手だからと言って、見境なく高価な商品を贈る訳にいかない。
「三千円クラスと言うと、相場は石鹸、缶詰め、サラダ油だ」
 更に当麻が話す通り、確かに最低ラインの御歳暮とはそんな顔触れだ。受取った側は大喜びでもないが、生活消耗品なら邪魔にならず、嫌がられることもあまりない。但し、
「あのなぁ、いくら何でもマジじゃねぇよな?、今の」
「相場と言った筈だ」
「家族の居る家ならそれでいーけどよ」
 秀の言う通り、ナスティ個人に贈る物としては、あまりにも世帯じみている。当麻はお茶を濁してみただけのようだ。
「あとはコーヒーや菓子類ってところか」
 続けてそう意見すると、恐らく本命として食い付いて来るだろう秀が、
「うん!、まぁそんなところだな!。正月までもつもんを探すとすっか」
 と言い淀みなく元気に答えていた。予想通りの展開を見て当麻は思わず苦笑い。
「クックッ…」
「何だよ?」
「その意気込みは、自分の口に入ることを考慮する意味だな」
 十中八九、否ほぼ百%そう考えているに違いなかった。何故ならナスティの行動として、戴き物の箱詰め菓子などは、人が集まる時に開けると予想が付くからだ。食べ物には目敏かった秀が、彼女のそんな習慣的行動を知らない筈もない。ここは自分の好きな物を選ぶのが得だ、とでも思っているに違いないのだ。
 無論当麻の指摘ははずれていなかった。
「人のことを言えんのか?、おい。どんなもんでもいいって?」
 だが考えてみれば、柳生邸の台所には寄り付かなかった当麻が、それを知っていることの方が妙かも知れない。端から観察するだけで理解したなら、それは余程の関心事だったことだろう。秀にしても当麻にしても、部分的には同じ穴の狢なのだ。
「まあ任せるよ」
 拠って、否定も肯定もしないが、穏やかに容認する言葉を返した当麻。
「そうだぞ?、食い物のことは任しとけ。自分がおいしいと思うものを贈るのがスジってもんだ!」
「確かに」
 そして秀が悪びれもせず、昔のまま無邪気な子供のように笑うので、そう、ナスティの前ではまだ多少は子供で居られるだろうと、何故だか安堵の息が漏れた当麻だった。彼女の居る場所は、即ち少年達の集合場所でもあった。だから今もその頃の安心感を忘れない。



「これだけだったか?」
 横浜駅近くのデパートには、十二月に入るとすぐ正月用品の売場が設けられた。新聞広告でそれを知っていた秀は、この辺りで最も売場面積の広いここに、頼まれた買い物をしに行こうと計画していた。
「ああ。足りない物があれば、伸か征士に持って来させればいいさ」
 ざっとメモの項目を見回して、当麻は秀の問い掛けにそう答えた。実は正月用品と言っても、そう特別な物は無かった。何故なら大概のものは小田原周辺で買える筈だろう。ナスティが頼んだのは地元で手に入り難い物、高級なスモークサーモンやチーズなどの西洋食材、純度の高い葛粉など。そして集まる彼等が飲むアルコール類は、好みでどうぞと言う訳だった。
「それはそうなんだが…、やっぱり一本じゃ足りねぇような気も…」
 そのアルコールについて、秀は去年と同様に日本酒の一升瓶を選んだのだが、
「止めとけって、またナスティに怒られるだろ」
 当麻はそう言って釘を差した。どうせ自分はろく飲めないのだから、全体の量がどれだけあろうと関係ないのだ。迷惑になるなら押さえた方が良いに決まっている、と彼なら全く冷めた思考で居られる。しかし秀には一大事だった。
「だってよぉ、正月ったら家族で酒を酌み交わして祝うんだぜ?。その酒が足りないと来たら、みんなが調子狂うじゃねぇか」
 勿論秀の家でのお正月は、日本人のそれとはかなり趣向が違うものだろう。家族、血族の結束が固い華僑一族なら、全ての人員が平等に儀式に参加する意味で、子供の内から酒宴に親しむのかも知れない。だが今は柳生邸でのマナーの話だ。
「それは秀の家だけの習慣だ」
「そんなことねぇよ!、征士の家もそうだって聞いたぞ」
 まあ日本でも、寒い土地にはそんな習慣が残る地域もあるだろう。
「じゃあおまえ達だけでやるんだな」
「あーっ、早く大人になりてーなー!」
 取り敢えず来年は今年の量を上回らずに、それより酒の席で良い態度を示す方が先決だと、当麻は考えながら財布を開いていた。ふたりが議論している間に、カウンターの店員はてきぱきとレジ打ちを続け、丁度買い物かごの中身が全てなくなったところだった。
「お客様、当店のレシートを他にお持ちですか?」
 すると不意に、レジの店員がそう声を掛けて来た。
「いや、まだ」
「そうですか、…こちらは抽選券になっております、七階の抽選会場で、一枚につき一回抽選を受けられますので、御参加下さいませ」
 返された釣り銭、レシートと共に、当麻の手には赤い文字で印刷された、「年末プレゼントセール」の抽選券が渡されていた。そう言えばデパートの入口にポスターがあったと、遅ればせながら思い出していた。
「おお福引きかー?、丁度二枚あるぜ」
 レジのカウンターからやや離れた所で、秀はその抽選券を覗き込んで言った。券に書かれた名称は違うが、デパート等で「一枚につき一回」の抽選と来れば、まず八角形の朱色の抽選箱を思い出すものだ。恐らくそれで間違いないだろう。
「三千円で一枚とある、まだ遼の買い物もあるし、ここで食事をすればあと二枚追加できるな」
「よっし!、それで行こう!」
 すると前に増して力強く歩き出す、秀の様子はすっかり目的意識に漲っていた。単純な奴、と言ってしまえばそれまでだが。
 しかし秀は以前宝くじで高額当選をしたことがある。その時は仲間達が随分助けられた記憶も残っている。賭博運や懸賞的な運とは、その者が持って生まれたものだと言われるし、一度当選した経験がある者程、二回、三回が起こり易いとも言う。山っ気を起こすなとは、彼にはあまり言えないような気がした。
 加えて言えば、秀が秀らしい勢いで臨もうとしていることを、当麻はなるべく制したくなかった。少なくとも喧嘩や犯罪でないのなら。



 それから二時間程の間に、ふたりは遼が贈る御歳暮として、横浜では有名なパティスリーの菓子セットを選び、またそのショッピングビルの中で、充分な昼食を済ませてここにやって来た。ビルの七階には一部の飲食店と、美容院、旅行代理店、小さなギャラリー等が入っているが、抽選会場である催事場が最も賑わっているのは、予想の範囲内だった。何故なら秀は滅多にこの階へは来ない、恐らく誰もがそうだろうと思えた。
 エレベーターを降りると、催事場から戻って来たらしき買い物客が、入れ替えにエレベーターに入って行った。どれだけ買い物をしたのだろうか、抽選会専用の手提げ袋を三つも四つも抱えて、歩き難そうにしながらもにこやかな御夫人方。ちらと目を遣った後、目の前の会場に向かいながら、
「来たぜ来たぜ、宝くじを当てた強運の俺様が!」
 と秀は意気込みを表していた。まだ賞品が何であるかもわからない内から。否、この際何でも良かったのかも知れない、ただ己の引きの強さを証明できれば。
「さぁて、いつもツキがあるとは限らない」
 しかし当麻は、秀のくじ運をまだそこまで信用してはいない。
「水を差すなよなー。見てろ、俺は必ずいい賞品を出してみせるぜ!」
「へいへい」
 宝くじなら、都心部の方が出回る数が多い分、当選数も多くなると当麻は知っているようだ。まず秀は横浜か東京のエリアで宝くじを購入しただろう。つまりそれだけで巡り合わせの効率が良く、必ずしも彼の運だけとは考えない。またビギナーズラックと言う言葉もあると当麻は考えていた。
 そして今回の場合は地の利がない。商業サービスのくじ引きとは大体、ある一定の確率を保つように調整するもので、日によって当たりの数は増減されている。偶然確率の低い日にやって来たら、運が強くても一等を出せないこともある。それでももし、秀の勢いそのままに当たりを引くことができたら、文句なく「当選確率の高い人物」と認められるだろう。秀にはそんな才能がある、と認めてやって良いと当麻は軽く思っていた。
 何故なら人の才能に『運』を入れてしまうなど、非科学的で笑えたからだ。PCゲームにはそんな物もあったけれど。
「お次の方どうぞ」
 前に並んでいた客がすごすごと引き上げると、秀はカウンターの上に抽選券を二枚置いた。もらえた四枚の抽選券をふたりで分けて、運試し勝負をしようと言う訳だった。係の店員がそれを確認して促すように声を掛ける。
「はい、では二回どうぞ。なるべくゆっくり回して下さい」
 そして運試しの時はやって来た。
「よぉしっ!」
 と、彼は一言気合を入れるように拳を握った。どうやら、今の秀はこれ以上にない集中をしているようだ。その動作、瞳孔の動き等からありありと伝わって来る。その集中力を勉強に回せないものかと思える光景。まあ、端で当麻が何を考えていようと、秀の運が変わることはないだろう、と思う。
 ザラザラザラ…
 秀が抽選箱のハンドルを回し始めた。最初の一回転、何も出て来なかった。そしてもう一回…
「あ、青です!、おめでとうございます!。三等『手打ち蕎麦セット』が当たりました」
「よっしゃー!」
 大物ではないにしろ、彼は宣言通りそこそこの賞品を当てていた。否、賞品見本を見る限りで、この手打ち蕎麦セットは十食分は入っているらしい。今年は日本式に年越し蕎麦を食べようと、家族で楽しむ計画が早速秀の頭を巡っていた。だから額面以上に嬉しい賞品だったかも知れない。
 更に続けて転がり出た玉を見て、
「黄色、四等です、『五百円分の商品券』になります。お客様ハズレなしでしたね!」
 店員がにこかやに言う。たった二回の抽選にしては、相当良い結果だったと伝えていた。
「見ろ!、俺の実力を!」
「実力って言うのか…」
 喜々とした秀の様子に対して、当麻の脱力したような返事。それは言葉についての疑問もあったけれど、ただただ脱帽と言う心情でもあった。もし思うように運を使えるとしたら、それは本当にひとつの才能だと思える。金剛にはそんな力が秘められていたのだろうか?。
 そして、自分も何かを出さないと格好が付かない。当麻の辛いところはそれだった。
「わっはは、ありがとうございまーすっ!」
 先程羨ましく見送った、抽選会用の紙袋をもらって秀は上機嫌だ。
「こういう奴の後って嫌な感じだよ」
 待っている間に得られた情報、一等は大型テレビとビデオ、サラウンドシステム一式、二等はマウンテンバイク又は高級海の幸セット。受付を済ませながら、さて、秀を超える賞品は当たらない気がする当麻だったが。
 ザラザラザラ…
「赤ですね、五等残念賞です」
 案の定ポケットティッシュをもらってしまった日には。
「………代わってくれ秀」
 少し考えて、残りの一回を少しでも目のある方に譲る、それが得策だと当麻は冷静に判断できた。
 もし、これが二、三年前なら意地でもあと一回にこだわっただろう。遊びでも勝負と決めたからには、男として引く訳に行かないと考えただろう。けれど今は、例え負けを認めることになっても、自ら譲ることは構わなくなっていた。結果的に自分にも幸運があれば良い、自分も楽しめれば良いのだから。今の当麻にはそう考えられていた。
 何故なら秀は仲間に優しい人間だからだ。彼に与えられる幸福は必ず周囲に分配されるだろう。鎧戦士にはそれぞれの天賦の才があり、持たざる者が勝負を挑むのは誤っている。むしろ彼の御利益に肖るべきなのだ。そして、負け犬の安楽を覚えてしまうと、心は酷く穏やかになるものだった。
 今はだから、そんなポジションをも甘んじて受け入れる。秀に対しては。
「んじゃっ、最後の一個に運を願うとするかっ!。一等か二等来いっ!」
 そんな当麻の気持を知ってか知らずか、秀はからっと頼もしい返事をして見せて、再び抽選箱の前に立つのだった。
 しかし今度は責任重大、ふたり分の運を左右する一回だった。掌には薄く汗が滲み出て来る。秀は運命のハンドルを回した。

 カランカランカラン…
 催事場のざわめきがどよめきに変わった。
「出ましたーっ!!、本日ふたり目の特等『ペア四泊五日ハワイ旅行』が出ました!。おめでとうございますー!」
「いいーーーっ!?」
 パチパチパチ…

「困ったなぁ、よぉ…」
 見知らぬ買い物客や店員に、見送られるように催事場を後にした秀が、最初に言った言葉だった。実は催事場の賞品表示のせいで、ふたりは一等の上に特等があることに気付かないでいたのだ。まあだからと言って、特に何等を狙って回した訳でもなかったが、これが金剛と天空の協力した結果なら、まるで予想外の賞品がやって来て御愛嬌、と言うところだった。
 それより、
「何でさ?、五日くらい休めないことないだろ?」
 困ったと言うばかりで、殆ど喜んでいない秀を当麻は疑問に感じていた。期間は正月を除く一月の間を自由に選べる、高級リゾートホテルで食事も朝夕付いて来る。空港からの送り迎えと現地案内、現地のイベントやレクリエーションに参加する手続き等、何でも世話をしてくれると言う、到れり尽くせりの豪華ツアーなのだが。ついでに同行人もここに居るから困らない筈。
 けれど、目下は何の問題も抱えていない当麻には、今がどんな時かをうっかり忘れたようだ。
「おい、俺ら受験生だぞ!?」
「ん…?」
「ああもうっ、おまえは五日くらい出掛けても関係ねぇだろうが、俺には大問題なんだ!。何で一月中に限ってあんだよ畜生、運がいいのか悪いのかわかんねぇよ!」
 全く、秀には最高にして運の悪い賞品だったかも知れない。
「…そうだなぁ、悪かった」
 当麻にも流石に「大丈夫だ」とは言えなかった。秀の学力を最もよく知る友人として。まず秀が受験をしくじることになれば、悪運を引いた今日を必ず思い返すことになるだろう。自分を厄病神と思われるのもたまらない。そう、秀の言う通り浮かれてハワイに出掛けるより、その時期は五日でも一ヶ月でも、缶詰めになって勉強するべきだった。
「あーあ、誰かに譲るしかねーなー。…まっ!、それで喜んでもらえりゃいーかっ!」
 そうして、彼が引き当てた幸運はやはり、他の誰かに分配されることになった。
「…受験までは駄目でも、いつでも行けるだろ、ハワイくらい」
 当麻は空元気に変わった秀の気持を組んで、そう答えていた。
「そーだそーだ!、いいこと言うな当麻!。じゃあ…、折角だから御歳暮に持って行くか!」
 そこで新たにふたりは、誰にプレゼントするのが良いか思案を始める。秀は遼の思い付きを真似て、正月の集まりに持って行こうと考えていた。ナスティならこの程度の贈り物をしても、おかしくない相手だと思えたからだ。しかし当麻はひとつ助言を返す。
「ナスティに…?。うーん、いい案だとは思うが、どうかな。ナスティはあれで結構忙しい立場なんだ、突然持って行って都合が付くかどうか…」
 彼女に譲るつもりなら、前以って連絡を入れなければなるまい。又それでは御歳暮として失礼な上、相手を驚かす楽しみもなくなってしまうことになる。どうしたものか。
「待て、当麻、今名案を思い付いた」
 ところが秀はすぐに切り返して来た。そして何を思い付いたのか、心なしか口の端がニヤけている。これは余程面白いアイディアに違いない、と当麻が勘取るのに時間は掛からなかった。秀はやや勿体付けるように手招きをして、近寄った当麻の耳にこそこそとその内容を話した。この場では誰に聞かれようと構わない話でも、何故だか大事な話は小声になるものだった。
「…クッ、クククク…!」
 聞けば、当麻の口からは自然に笑いが漏れていた。やはり彼の予想通り、それは珠玉のアイディアと思えるものだったらしい。殊に自分達が楽しめる意味での。
「いいっ!、そうしよう、おまえにしちゃ出来過ぎだ!」
「へっへへ、じゃあ明日にでも送ってやろ〜!」
 当たりを引いておきながら、行けない悔しさを持った彼等のことだから、どうせ悪巧みの類のことだろうけれど。
 いつも、ふたりで居る時が最高に楽しければ良かった。
「盛大に見送ってやりたいもんだ」
「ギャッハハハ、紙吹雪だぜ!」
 一度当選した経験がある者程、二回、三回が起こり易いと言うから、今度は世界一周旅行でも当てる夢を見よう。



 その後、ペアのハワイ旅行券は熨斗袋に入れられ、征士の実家に到着していた。









コメント)あはは、これは去年の最後に書いた話の続きだって、憶えてました?。それなら何故征士の家に、熨斗袋が送られたのかわかりますよね??。まあそれはいいとして(続きは更に次の作品に…)、原作シリーズでかなり完全な当秀話を書いたの、初めてだったんですね、実は。少し大人に近付いてるふたりでも、やっぱり楽しい話になって良かったなぁ〜。と言うかこういう乗りの当秀しか書けないんじゃないかと、最近思い始めてます(苦笑)。


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