灰色の空を見上げる
普遍的な愛について
The Affection



 視界に開けた灰色の空には、土煙と幽かな硝煙の匂いが漂っていた。
 気付けば仰向けになって、土砂の中に埋もれるように寝転んでいた。
 先刻の爆発はいつのことだったのだろう。
 つい今し方のことか、それとも意識を失っていた時間が経過しているのか。
 或いはもう肉体を放棄した魂だけの感覚なのか。
 そんなことを朧げな頭の内で考えていた時、
「…気が付いた、遼?」
 視界の端に、見憶えのある茶色の髪が靡いていた。

 俺は何故かその時見上げていた景色が忘れられない。

 光や影の動く気配、踏み締められる土砂の音、そして己の顔を覗き込んだのはやはり、身に水色を纏った彼だった。衝撃を吸収して力が消耗したのか、自分も彼も既に武装が解かれていた。殺伐とした敵地の真ん中に在って、鎧を着けていない事実は心許なく感じる。けれど、己を見詰めている彼の目はいつもあまり変わらない。談笑していても、戦闘の最中でも、楽しいのか苦しいのか、意欲的なのか怠惰なのか、彼の心理を見抜くことは容易ではない、といつも感じていた。
 ただひとつだけ解っていたのは、彼が誰よりも先ず一番に、己の許に駆け寄って来ることだった。何故そうなのかは、その頃の自分に推し量れることではなかった。
 まだ彼のことをあまりよく知らなかった頃。敵を前にしても緊張感の薄いような、朗らかで柔らかい態度の彼を見て、どう理解して良いか迷っていたのを憶えている。だがそんな始まりも、時間の経過と共に単なる思い出と化してしまうものだ。相手を深く理解することより先に、俺達には果たさなければならない使命があったからだ。
 出会うまで顔も名前も知らされなかったが、俺には共に戦う仲間が存在した。そして互いに支え合う仲間のひとりが、その時も、腑甲斐無さに溜息を吐く己を呼び戻してくれた。それこそが何より重要だった。人智を越えた戦場を駆け巡る現実に、まだ己が生きていられることを覚る。俺はまだ生きている。彼もまた生きている。少なくともふたりは生き残っていると知る。
 例え最後の一兵となっても、この戦いに勝つことを諦めはしないが、他の誰かがまだ残っているなら、より充分に戦えるだろう…。

「てっ…。どうなってる?、ここは?」
 土砂を払いながら上体を起こした遼は、鈍い痛みを全身に感じながらも、現状を把握しようと言葉を捻り出していた。彼にしては緩慢な動作、体を支える腕には些かの震えが見て取れた。そんな痛々しい様子では、無論即座の行動など求められはしない。
「無理しなくていいよ、みんな吹っ飛ばされたけど、そう遠くへは散っていない。僕が様子見に出るから、君はここで待機して」
 伸はそう言って、遼には暫し休むよう伝えた。
 爆風に飛ばされた先には、幸い身を潜めるのに丁度良い岩場があり、一緒に運ばれて来た土砂や瓦礫と共に、伸と遼はそこへ辿り着いていた。住み慣れた地球上とは違う戦場故、正確な距離や方角は掴み難かったが、遠目に見える特徴的な建造物等から、伸は大方の目安を既に把握していたようだ。
 今優先させるべき事は、仲間達が生きて全員揃うことだ。敵もそれを恐れていたのだから。
 先に目を覚ましていた伸は、そんなことを考えながら遼が気付くのを待っていた。そして今に至って、もう一度慎重に周囲の様子を確かめると、不意に遼の方へ振り返って、
「うわっ…」
「何だよ?」
「いや…、な、何でもない、気をつけろよ」
 何事も無かったように、軽やかに岩場を抜けて出て行った。
 否、伸に取っては何事も無かった。彼には取り沙汰するような行動ではないのだろう。ただ残る者の無事を願うように、或いは何かを約束するように、立ち上がったついでに遼の顳かみにキスをした、と言うだけだ。しかしそれを当人がどう感じるかまでは、憶測しなかったようだ。
『おい、何考えてんだおまえは』
 伸はよく解らない人物だった。いつの時も、真面目にやってるんだかやってないんだか。
 それでも自分を一番に考えてくれるのは嬉しかった。
 俺は何故そう感じていたのだろうか。



 最初の戦いを終えた後、戦場とは違う環境で初めて、学校の友達同士のような合宿生活を始めた。
 御存知の通り、それぞれの個性が際立って来たのもこの時からだ。意見の合う者、合わない者、集団生活に馴染もうとしない者、始めの内は予想外のトラブルも起こった。しかし、ここに集う誰もが最終的には、どうにか折り合いを付けなければならなかった。それが暗黙の了解だったから、決定的な亀裂を生む事態にもならなかった。
 誰もがまだひとりの人間としては未完成で、戦士としても未熟な状態を晒していたけれど、恐らく、課せられた責任については各々肌身に感じながら、それなりにうまくやれていたのだと思う。齢十四にしては出来過ぎだったと、今は安堵して振り返れる程に。
「ちょっと遠出してみようかな〜」
 ある日の午後、食事の買い出しに出ようとしていたナスティが、買い物ついでに少し遠くまで足を伸ばそうと、思い立ったままに口走った。彼女が眺める窓の外には、遠くまで晴れ渡った夏の空が広がっていた。蒸し暑い最中とは言え、屋外で体を動かすことが大好きな者もここには居る。そのアイディアを耳にするや否や、
「俺も行くっ!、ナスティ!」
 退屈していた風でもないのだが、秀は元気良くそう答えていた。それまで弄んでいた水撒き用のホースを投げ捨てると、ばたばた慌ただしく玄関へ向かおうとする。そんな忙しない行動を「秀らしい」と感じられる程度に、皆が馴染んで来た頃だった。同居生活を始めて一週間ほどだったが、秀の単純明解な思考なら、既に仲間達には大方の予想もできた。
「よしとけよー、おまえが行くと余計な食いもんばっか買わされて、ナスティが困るだろ」
 と早速口を挟んだのは、夏の間に読破しようと持参した、分厚い幾何学の専門書を捲っていた当麻。
「おまえ人のこと言えんのかよっ?、えぇ?」
 しかし秀の方も最早、このパターンには慣れて来たところだ。一瞬の躊躇いもなく言葉を返すと、後はお決まりの詰り合いになっていた。
「食う事しか考えてないおまえよりマシだね」
「他の事だって考えてるっつーの」
「食ってるか、寝てるか、遊んでるかだ。おまえは動物か?」
「当麻〜〜〜、おまえなぁ〜〜〜!」
 そして、低レベルな口争いに苦笑しながら、ナスティも決まり事のように言った。
「はあ〜、ふたりともやめなさい。一応お年頃なんだから、もうちょっと色っぽい話でもしたらどうなの?」
 まあ、まだ子供と言って良い年令の集団ではあるが、今日日の小学生でも、盛り上がる話題が『食べ物』と言うことはない。ナスティが呆れる通り、一般に笑われても仕方がない状況だった。しかし、
「無理無理、期待しない方が良い」
 高見の見物を決め込んでいた征士が言うと、
「こいつと一緒にすんなよ!」
 秀は当麻を指して、派手なアクションで憤慨して見せた。思い掛けない彼の反論に、最も驚いたのは指を指された当麻だった。
「なっ、何だ貴様、自分は経験的に大人だとでも言うんか?」
 冗談をやっているようには見えない、揺るぎない態度に見える秀に、多少なりとも戸惑いを見せながら当麻は返すと、彼は更に衝撃的な場面を目にすることとなった。振り返った秀の顔は勝ち誇ったような、やや意地悪な笑みに満ちている。そしてこう言った。
「そりゃそーだろ?、だっておまえなんか一日中家ん中に篭ってそうだし?。俺はこれでもよく女友達と遊びに出掛けるぜ?」
「・・・・・・・・」
 その真偽はどうなのかを考える前に。まず秀が自慢気に当麻に話せることがある、と言う事実に誰もが二の句を告げなくなってしまった。同時に、意外な所で当麻は弱点を晒してしまったようだ。大人びた印象を保とうとしていた当時の彼には、急転直下の大失態だっただろう。
「…黙っちゃったね」
 秀の味方をするような口調で伸が呟くと、
「ぷぷっ、お子様当麻君、留守番よろしくぅ〜!」
 大いに調子に乗って秀はそう続けた。すると、
「うるせーな、勝手にすりゃあいい」
「も〜、ほんとに、子供みたいよ〜?」
 癇に触ったのか、これ以上恥をかくまいと思ったのか、当麻はすっかり拗ねたように塞いでしまった。知識や思考の上ではナスティも一目置く彼だが、こんな時は他の四人よりも幼く感じられた。やはり、世界を救う為に特別に選び出された、それぞれ秀でた所のある人物だとしても、まだまだ年相応の少年なのだと改めて示していた。
 だからこそナスティも、自ら世話を焼こうと言う気になったのだが。
 そうして秀が玄関へと向かうと、外から戻ったばかりの遼が白炎の足を拭いていた。ダイニングで暫し繰り広げられていた、コントのようなやり取りを遼は聞いていて、
「秀だけで大丈夫か?、俺も行こうか?」
 と靴紐を結ぶ彼に話し掛けた。この家の買い出しは現在、普通の家庭なら一週間分の食材が、三日ともたない状況になっている。ナスティひとりに任せることはできない、誰かが必ず荷物持ちに付いて行くことになっていた。
「だいじょーぶ、待ってろよ!。俺がふたり分働いて、もうひとりの座席分積んで来れる方がいいだろ?」
 しかし秀の言い分に納得した遼は、無理に着いて行こうとはしなかった。確かに秀の力ならふたり分の労働力にはなるし、出掛ける人数が少ない方が、車に多く物を乗せられるだろう。そして当麻と彼のやり取りについては、何も言わなかった。

 ナスティと秀が出て行った後、柳生邸のダイニングでは前の話を引き継いで、珍しい流れの会話が続いていた。
「クックックッ…」
「今頃笑うな」
 手近にあった新聞に手を伸ばしながら、思い出し笑いをする征士に、当麻は本を読みながらも恨めしそうに言った。
「当麻があんまり正直なのでな」
 征士が続けて的を射た発言をすると、
「あっはっはっ…」
 キッチンの方に居た伸も聞こえる声で笑い出していた。
「笑うなっつってんだよ!」
 やや声を荒げて返したのは、からかわれている現状への苛立ちと、離れた所に居る伸に聞こえるようにとの配慮、どちらの意味でもあっただろう。だがそんな当麻の態度など気にする風でもなく、
「も、今更何言っても、繕えないよ、多分」
 伸は途切れ途切れに答えながら笑うばかりだった。征士はともかく、全体の中での年長者である伸は、学年がひとつ上であることから、皆それなりの態度で接していた。特に彼はナスティと共に、仲間達の世話を焼いてくれる面があるので、こんな場合、当麻としてはあまり強く言えない現実があった。だからこの嫌な流れを止められなかったのだ。
 前途の通り、今のところ柳生邸ではナスティの言うような、「色っぽい話題」と言うものが出たことがなかった。否、個人対個人のレベルでなら、しばしばそんな話をするメンバーも居るが、恐らく、まだ相手の反応が掴めないでいる時期には、切り出し難い話題と認識されているのだろう。何も気にしていないような秀でさえ、そんな分別を働かせて生活している。
 特にこうして、ほぼ全員が顔を揃える場での会話は、まだまだ緊張感が抜け切らないものだった。
「…ったく、ナスティがあんなこと言い出さなきゃ」
 当麻がそうぼやくように、思わぬ事で恥をかいたり、相手の気を悪くすることもあるだろうから。
 するとその時、
「な、遼。何でこいつら、人のこと馬鹿にし腐って笑うんだろうな?」
 場の空気を気にせず横に座った遼に、当麻は何気なしにそう話し掛けた。普段からよく話す相手とは言えないふたりだが、立場の悪い時こそ頼りたくなる人物、だからこそリーダーなのかも知れないと、当麻は俄にそんなことを感じていた。
「馬鹿にした訳では」
 そして遼が間に入ったからか、征士はすぐに言葉を付け加えて来た。無論当麻ならウィットを理解するだろうが、真面目な遼に人間性を誤解されてはまずい、と暗に考えているのだろう。
 そんな風に、誰もが遼には一目置いて気遣っていた。先の戦いから彼をリーダーとして認め、大切な存在に思うからこそだったが、しかし、本人に取ってそれは嬉しい気遣いだっただろうか?、とも後になってみれば考えられる。頂点に立つ者は、ある意味で誰からも一歩引かれた立場かも知れない。かしずかれる者は皆そうでなくてはならない。ただ、それで彼の孤独な心は満足だっただろうか?、と。
 けれどこの時はまだ、誰もがそんな配慮まではできなかった。
「んー、俺にはよく解らん。その手の話は」
 遼が何の躊躇いもなくそう答えると、そこに居た面々はひとり残らず、
『遼は一番縁遠いだろうからなぁ』
 と、悪気でなく考えていた。誰もがただ有りの侭の烈火を受け入れられている、そんなところだった。続けて彼は、
「別にそれが悪いってことでもないだろ」
 と、遼は簡単に一連の話を結んで見せた。考えた結果なのか、思い付きなのか、一貫した彼の意思なのかは判らないが、そう言われてはもう話が続けられなかった。当麻に取っては幸いだった。
「そうだ、聞いたかおまえ達」
 遼の潔い発言を耳にして、形勢を逆転したかのように態度を変える当麻。
「誰も悪いなどと言っていない」
 征士は補足的な言葉しか返せないでいた。このままでは当麻が、一連の話題での勝者になってしまうと思うと、些か癪に感じられる状況だった。が、人の数が多い程意外な筋道が増して行くものだ。一旦終った筈の話題を容易に復活させる者が居た。
「そうだよ、当麻が自分で恥ずかしいと思ってるだけじゃないの?」
 彼等の傍に寄って来た伸が、ここぞとばかり核心を突いて見せた。
「なっ」
「もっと頭のいい答え方をすればいいのに、何で言葉に詰まってんだろって。だから笑ってるんじゃないか」
 そうなのだ、仮にも智将と言うポジションに立つ者にしては、随分と不様な様子ではないか。伸も、恐らくその他の誰もがそれを言いたかったに違いない。他愛の無い話の上では別段、誰が優位だろうが結束に水を差すものではない。ならば己に素直に、遼のように悠然と返せば済むことだった。技巧的な話し方をしない秀にからかわれるようでは、天空も未だ青いと取られて仕方がないところだ。
「…う〜ん」
 言葉遣いや声色は優しいものの、伸は意外にズケズケと物を言う。まあ、当たり障りのない事しか言わないよりは、ずっと戦士らしいと言うものだった。
「修行が足りないな」
 再び口を噤んでしまった当麻に征士がそう言うと、
「…そうだとしても、じゃあおまえは俺に物を言えるくらいの事は経験している、と言うんだな?」
 よせばいいのに、何やら諦めの付かない様子で当麻は問い返した。この場合は下手な知識欲が墓穴を掘っていた。
「そうだろうな、その様子では」
「ムッ」
 結果は案の定だ。想定していた売言葉に買い言葉では、増々自身の傷を深くするばかりだった。挙げ句の果てに、征士にお節介を言わせる余裕まで与えてしまうとは、全く智将らしからぬことだった。
「教えてほしい事があるなら遠慮なく聞いてくれ、私に判ることは何でも教えよう」
「誰が聞くか」
 場の雰囲気がどうやら、遼がここに来る前の状態に戻ってしまったようだ。背を向けた伸は声を立てずに、しかし頻りに肩で笑っている。
「いつまでも笑ってるなよ」
「だってさ…」
 もう憤慨する気にもならない、と当麻は漸く己の間抜けさを反省して、
「もうおまえらとは話したくない。俺はリーダーに付いて行くぞ」
 遂にそんな事を言い出したのだった。
「ハハハハ」
 遼はそれを聞いて、ただ普通の様子で笑っただけだったが。彼は恐らく、仲間外れにされたひとりが逃げて来た、程度の事に解釈していたのだろう。だが、果たしてそうだったのだろうか?。
「おい、当麻」
 征士が呼び掛けるが、当麻は最早聞く耳を持たないといった態度を示した。
「俺は聞こえないからな」
「遼が同類だと思っていると痛い目に遭うぞ」
「あぁ?」
 しかし聞かされた妙な助言に、やや関心を覚えて一応尋ねてみると、
「話したがらないだけかも知れないだろう」
 と征士は更に当麻を嗾けた。征士にしてみれば、それは親切な助言でもあって、新たな言葉遊びのネタでもあった。秀ではないが、征士もまた当麻がその回り過ぎる頭を駆使して、人の欠点を揚げつらう言動をすることに、しばしばカチンと来る事があったので、仕返しをしているに過ぎなかった。そして彼が思い謀った通りに、当麻は遼にその真偽を尋ねていた。
「…そうなのか?」
「えっ、別に、話すような事は何もないさ」
 遼がやや言葉を濁したのは、突然自分に話を振られたからだったが、
「ほー、遼にしては歯切れの悪い」
 征士は故意に疑うような言葉を発する。これで当麻の拠り所はなくなってしまった。
「・・・・・・・・」
 何処か腑に落ちないような、或いは真実がどれかを探っているような面持ちで、当麻は黙って遼の横顔を見詰めていた。見られている遼の方は、そんな彼をどうして良いか困っていただろう。しかしそんな時は、必ず誰かが助け船を出してくれた。
「虐めるなよー、困ってるだろ?」
 伸が当麻の耳に向けてそう言うと、
「てめえ、何で遼だけ庇うんだよ」
 当麻もまた伸の方に顔を向け直して言った。彼には常々面白くない事情だったからだ。
 仲間達は戦いを離れた場に於いては、同等に話し、同等に騒いだり笑ったりしているが、窮地に立たされた時の救援に関しては、全く平等とは言えなかった。否、最も人に気を回していると見える伸が、何故か遼にしか手を差し出さないからだ。そんな不満も込めて当麻は言ったのだが、伸は、
「君より遼の方が好きだからだよ。当たり前じゃないか」
 簡潔にそう言って切り捨ててしまった。それが優しさのか、優しさでないのかは誰にも解らなかった。
「あっさり言うなよ」
「辛いところだな当麻、孤軍奮闘して」
 そのやり取りに対し、征士がさも愉快そうに口を挟むと、
「何でこうなるんだよ…」
 これ以上周囲の期待通りにからかわれるのは、流石に嫌だと思ったのだろう、当麻はそそくさと居間の方へ逃げてしまい、後には穏やかな午後の静寂だけが残った。

 すっかり拗ねてしまった当麻について、遼は多分に気に掛けながら、もうひとつ頭に残った言葉について考えていた。
『君より遼の方が好きだからだよ』
 伸は何故そんなことを言えるのだろう?。仲間達に対して、平等に接していないことを咎めるべきなのだろうか?。それとも考えあってのことだろうか?。無神経、などと言う言葉は、凡そ彼には似つかわしくないものだと考える。
 一定の時が過ぎても、伸はよく解らない人物だった。



「気が付いたか?」
 闇の中に炎が揺らめいていた。
 松明だ。松明の明かりが見える。それは酷く原始的な様式の照明、そして照らされている天井の屋根までもが、一気に二千年の時を越えたような情景に見えた。空気が違う。耳に触れる音が違う。ここは何処だ。何故ここに遼が居る?。
「ああ…。僕はどうしたんだ?」
「疲れてたんだろう、時空を越えてここに来て、みんなを回復させて戦った後だ。俺達と違って、休む間もなかったからな」
 遼の説明を聞き終えると、これまでの経過を伸は瞬時に思い出していた。誰からも離れて日本に残っていたが、自力でどうにかアフリカまでやって来たのだ。何がどうなって、と理屈や手法を説明することはできない。ただ鎧の力に因ってここに辿り着いたことが、同時に重要な意味を持つと、今は揺るぎなく信じられるだけだった。
 しかし伸が自分で思っていたより、ここに着いてからの疲労は大きかったらしい。衰弱していた仲間達を助け、ナスティなどから現在の事情を聞くと、いつの間にか眠りに就いていた。
「ただ寝てただけか」
 親愛なる仲間達に、更に迷惑を掛けた訳ではないと知って、伸は明ら様な安堵を見せて答えた。
「そうだ」
「ならいいけど…」
 そして今はもう伸より快活に言葉を連ねている、心配する必要もない遼の様子を見て、伸は改めて、ここに来たのは間違いではないと思えたようだ。戦いの始まりにも終わりにも、全てを包含する鎧を身に纏う者、遼が自らその場に立ち会わなければいけない。何故なら彼が、仲間達と世界の命運を全て握っているのだ。望んでそうなった訳ではないが、今となっては考えなければならない。
 即ち己に力を与え、己を力強く守り、他の何をも捨てられる結束を生んだ鎧と言う存在に、決別しなければならないと言うこと。
「…ん、何だい?」
 半身を起こして、伸が心の内に様々な考えを巡らせている、その様子を遼は横でずっと見ていた。
「前にもこんな事があったと思ってさ。あの時は立場が逆だったが」
「・・・・・・・・」
 遼は話しながら思い出している、妖邪界の灰色の空に流れていた煙の帯は、己を焼き尽した火葬の跡の様に感じられていた。がむしゃらにぶつかって行っては跳ね返される、その繰り返しで、あの頃はまるで考え無しに戦っていた。良い言い方をすれば、ひとつひとつの対戦をより刹那的に迎えていたのだろう。まだ三年も経っていない過去だが、遼には酷く懐かしく感じられていた。
 そう言えば、その時の伸には驚かされたのだが、
「もう忘れてくれないか」
 遼が穏やかに思い出す過去の回想を、伸は否定するような言葉で停止させた。
「え?、どうして」
 自ら振った話に、思い掛けない反応をされて遼は驚いている。けれど、
「不快な思いをさせたかも知れないって、ずっと気になってたんだよ」
 伸がそう説明したので、彼がそれを否定したがっている意思だけは把握できた。だが、遼にしてみれば今更な話だった。考えてもみよ、子供の大らかさで受け止められる過去の出来事に、そこまでこだわる必要があるのだろうか。なので遼は疑問に思うままに返した。
「何でそんな事を言うのか、俺には解らないな」
 すると、伸の方も酷く気に咎めている様子ではなく、
「意外と、世間知らずなところもあったんだよ、僕は」
 自らの過去をそう語り、笑った。
「僕の家は知ってる通り旧家だけど、割と西洋的な気風の家だからさ、変な意味じゃなくて、好きな人や大事な人に、愛情表現することが普通だと思ってたんだ。でも後々人に気味悪がられることがあったりして、日本では馴染みのない風習なんだ、と判って来たところでさ」
 聞いてみれば、容易に想像できそうな話だったが。
 聞かなくとも遼には理解できていたことだった。何故ならその後の伸の態度を見ていれば、自ずと解ることだったからだ。最初のその時は、幼さ故に理解が及ばなかったとしても。
「それで最近はやめたのか」
「うん…。だから謝っとくよ。一応付け足すけど、妙な感情を持ってたりしないからね、僕」
 ただ、そんな些細な事をいつまでも忘れずに、小さな思い出をいつまでも大事に抱えている様子は、記憶の中の誰かに似ていると思っていた。否、それは記憶に描いた理想像なのかも知れない。
 誰もが何となしに忘れてしまう、密かな感情の揺らめく場面をいつまでも、記憶に留めていてくれる人が存在する。
「そうか…。それはちょっと淋しいな」
 だから遼はそう言って、
「?」
「!!」
 既にはっきりと目覚めている伸の額にキスをした。
「俺はあれから考えて、やっと伸の気持が解って来たところなのに」
 そう言って、屈託のない表情を見せる遼を目にして、伸もまたその言葉を間違わずに受け止められただろう。
「ふーん。僕の気持ってどんな?」
「うん、言うと怒るかも知れないから言えない。だが、誰にでもある気持だ」
 言葉の上では何も判らないままだったが、確かに彼らの間には、ふたりだけが理解できる言葉が交されていたようだった。恐らくそうなる為に、これまでの過程があったのではないだろうか。
「成長したなぁ、遼」
 そして、感慨深くそう言って笑顔を向けた伸を見て、変わらず「嬉しい」と感じている自分を遼は認めた。人にはそれぞれ違った才覚があるものだが、伸は不思議な能力で人の望みを見抜いている、そんなことも理解できて来たところだ。そうでなければ、己にも気付けなかった心の空白を的確に埋めて行く、そんな芸当ができる筈もない。
 これまでの人生の中で何が最も悲しかったか。
 自分が何を求めて来たのか。
 そして伸の行動は正しかったと思う。
 今己が正しく鎧戦士を束ねる立場に居ることが、何よりその証だと遼は素直に考えていた。

 普遍的な愛について考えることは、悲しみの数を数えるより余程簡単なことなのだと。









コメント)キリ番リクエスト22222番のリクエスト内容を戴いた後、私が勘違いをして、遼伸らしきものを書こうとした結果がこれなのです。でも結局伸遼だか遼伸だか、と言う話になっちゃってますね。そして実はカップリング物と言えるかどうかも怪しいです(苦笑)。いや私としては、私の理想的な伸と遼の関係を書いた作品なので、その意味では充分成功なのですが。
 はあそれにしても、穏やかに信頼を寄せる伸遼っていいですね。私はそういう彼等が好きなので、間違っても801にはできないんですが、じゃあ伸と征士って何なんだ、と考えると、人の繋がりはひとつの面や要素だけで成り立ってるものじゃないな、と改めて面白く思ったりしてます…。




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