納得できない様
フラクタルの窓
Known reasons / Unknown facts



 その時当麻は腕を水平に上げて、空に向けた掌の上に意識を集中していた。
 掌の上の一点に何かが集まって来るのを、確かに感じていた。そして彼がイメージした通りの、小さな竜巻きがそこに生まれ、徐々に周囲の大気を巻き込んで行く。目に見えた貝殻の様な形はやがてばらばらになり、彼の髪や服を掠めて散って行った。
「風だ…」
 どうすれば鎧の要素を形状化できるかは、先駆者である征士と伸に話を聞いていたが、特に手法や手順がある訳ではなかった。ただ思い描く形を明確に、意識を集中して念じると言うだけだ。しかしたったそれだけの事なら、これまでに様々な場面で、幾度もやって来ただろうと言う感じだった。
 実際に、この程度の集中で何かができるとは、当麻は考えなかったのだけれど。
「不思議だな」
 思わずシンプルな感想が彼の口から漏れた。
「まーだそんなこと言ってんのか?。鎧の要素は、ここでは鎧が見えなくても使えるって実証済みだろ?」
 当麻の呟きを耳に、秀は未だ納得し切れていない様子の彼を見る。否、納得できないと言うよりは、何かを不満に感じているような表情だった。
「・・・・・・・・」
 そしてそれきり黙ってしまった。疑問に対する答が出ないことに、自ら不満を生み出しているような妙な様子。こんな時には、幾ら秀でも安易に話し掛けるのを躊躇うところだが、当麻の様子を見ていなかった者は、
「何を考えてるんだい?」
 と、普通に声を掛けていた。すると尋ねられた当麻も普通に答えた。
「考えてるんじゃない。秀に話したところで判らんだろうと思うだけだ」
「悪かったなっ!」
 気を遣ってやればその態度か、と秀は弾かれたように憤慨したが、まあそれもいつもの遣り取りだろうと、伸は気に止めず話を続ける。
「じゃあ僕に話してよ」
 そう言って、伸の考えるところは、秀にも話を聞かせてやろうと言うのだろう。確かに話したい事がありそうなのに、このままでは当麻の考えも秀の気持も、何も発展しそうにないと思って。
 そんな伸の意向に気付いたのかどうか、当麻は明後日の方を向いたまま腕組みをして、漸く話をし始めるのだった。
「ふむ…。物理に於ける『四つの力』を習ったことがあると思うが」
「ああ、教養課程で習ったよ」
 伸は何気なく答えながら、成程その言葉は秀には通じないな、と仕方無さそうに笑った。意地悪で話さなかった訳ではないようだと。
 因みに当麻の言う『四つの力』とは、地球世界に存在する力の種類であり、力と呼ばれるものは皆そのどれかに属している。ひとつは電気的に引き合う力、ひとつは重力・引力と呼んでいる力、残りのふたつは原子以下の微細な世界だが、強い力、弱い力と呼ばれるふたつの力が存在する。簡単に言えば原子核の中身を結び付ける力が前者、陽子などの物質を壊して変化させる力が後者だ。
 この分類は素粒子物理の基本として、大学等では形だけ習うことが多い。無論その分野に進む者なら、より高度な知識を得て行くことになるが、当麻も流石にそのレベルでは話していなかった。
「それなら判ると思うが、例えばその四つの内、人間が故意に扱えそうなのは何だと思う?」
 しかし難しいレベルではないにせよ、そんな質問を振られると答に詰まるのは誰でも同じだろう。普段から力の分類を意識している人間は居まい。
「え?。…突然そう言われてもねぇ。うーん、『電磁気力』だけは既に使えてるんじゃないの?」
 伸は困りながらもそう答えていた。世の電気的性質を持つ力は、正式には彼の言う通り『電磁気力』と呼ばれる。そして、伸がそれなりに正しい見解を持っていると知ると、当麻は補足するように後を続けた。
「その通りだ。端的な意味では重力も使えているが、重力そのものを操れる訳じゃない。他のふたつは不明な点が多いから、今のところ論外としておくが、」
「うん…?」
 伸は一応相槌を打ったが、まだ当麻が何を話したいのか全く見えて来ないようだ。また伸の曖昧な声色を聞くと、しばしば当麻がする説明がちな話し方を覚って秀も、
「それが何だってんだよ?」
 と、要点を催促するように口を挟んだ。
「聞いてる振りをしなくてもいいんだぞ?」
「うるせぇ!、勝手だろ」
 また彼等のペースに持って行かれそうな場を、伸は話の腰を折らないように、
「まあまあ。それで何さ?」
 簡単に落ち着かせて切り返した。もう幾度もこうした状況には遭っている、処理も慣れたものだと得意に感じながら。
 まあこの場はそれで済んだので、当麻には大した心境の変化も無かっただろう。先程までと何ら変わらない調子で、今疑問に感じている事を話して聞かせた。それは伸に盲点を示す話題だった。
「今俺がやった事は、何の力を使った結果なんだ?、と思う訳だ。前の鎧ならそれを考えなくて良かった。東洋的な五大要素の思想が、今も存在するひとつの世界構造だと思えば、迦雄須の唱えた真言や呪詛に拠って、その気が集められると考えられたからだ。神憑りな力と言うのも、科学的ではないが存在するとしてだ。だが今は違う。過去と同じである筈がないんだ」
 確かに当麻らしい、現在に至る経過をよく分析した意見だと伸は知って、
「それはそうだね…」
 と、伸は肯定するしかなくなっていた。否、伸は鎧の力を使って何事かができる事実を、それ程深く考えてはいなかったので。ただ与えられた力を以前より、自由に使えるらしいと喜んでいただけだ。恐らく当麻は、それだけでは不十分だと言いたいのだろう、と伸は気付いていた。
「何が違うんだよ?」
 すると鎧の解説だけは、ある程度理解できた秀がそう尋ねる。この様子では当麻は答えないだろうと、伸が代わりに噛み砕いて説明する。
「すずなぎは別に、迦雄須みたいな知識を持ってる人じゃないし、元々あった鎧を改造した訳でもないんだ。新しい鎧は要素の引き出し方が、前とは違うみたいだって話してたろ?」
「ああ、周りに何にもねぇのに、何処から力を引っ張ってんだってやつ?」
 突然出された人名だったが、そのふたりの違いが鎧の違いであろうと言う、伸の説明は秀にも伝わっているようだった。
「そう、それ。前の鎧はさ、地球で使うことを前提に作った筈なんだよ。阿羅醐達の時代には、地球と違う環境があるなんて概念は無かったし、元々地球を支配する為の物だからさ」
 そして伸の語った続きには、幾ら教養の無い秀だとしても、気付かされるに充分な言葉が含まれていた。
 これまでは、現在の平和だけを考えていれば良かった。過去からの怨念だろうが、未来に影響を及ぼす鎧の暴走だろうが、今現在の地球上が全てを決定する場所だった。だからこそ古の時代から阿羅醐は現代に現れ、過去の鎧も現代へと持ち込まれて来た。全て現代を目標にしていたのだ。
 しかし新しい鎧は、それとは違う目的で作られている。
「あー…。ってことは?」
 そこまでに気付いて、秀が真面目に考える仕種を見せると、当麻はまた毒気付いた調子で、
「ってことは何だよ?」
 と答を急かす。どうせ答えられないだろう、と言う当麻の顔を恨めしそうに見上げながら、秀は苦し紛れのように言葉を捻り出した。
「…ここは確か…、妖邪界みてぇに地球っぽくなくて、だから地球っぽい力は使えねぇとか…」
 すると、
「残念ながら!。ほぼ当ってるな」
「何が残念なんだっ」
 当麻は簡単に答えて、秀の横槍は聞き流した。判っているなら余計なお喋りは尚更無用だった。
「話を戻すが、すずなぎが何らかの理論大系を得て、それに則った鎧を作った可能性もあるだろう。だがその可能性は低いと俺は見ている。すずなぎも、その背景に居る歴史に苦められた人々も、理論より感情的な思念を新しい鎧に込めた筈だと、考えられるからだ。広く万人を愛する平和思想だとか、力が支配する歴史を塗り替えたい意識だとか」
 彼の言う事は、これまでの流れから考えられる疑問について、全く無理の無い推論をしていると思えた。伸と秀は頷きながら話を聞いていた。
「そして実際にそうだった場合、鎧は過去のような力を含む存在ではない、と言うことになる。そもそもすずなぎはキリシタンだ、新しい鎧は五行五気などには関係ない可能性が高い。俺達が鎧の要素と思っているものは、着る者に合わせた形だけで、本質的には皆同じなのかも知れない。まあ、そこまではいいんだが…」
 そこまでを、聴き手のふたりは特に反意を感じることなく聞いたが、当麻の語尾は何故か迷いに濁される。それを、
「新しい鎧はどうやって特定の力を集めるかってこと?」
 伸はそう返して促したが、当麻はやや違う方向に答を導いていた。
「エネルギーは常に集積から放散に向かう。ある傾向を持ったエネルギーを集められるのは、今は鎧じゃなく自分自身の要素だと俺は思う」
 彼の出した答は、成程と思わせるものだった。
 鎧の要素とは元々、自己の持つ要素を力として強く、形骸化させる為の形式だった。迦雄須が手を加えなければ恐らく、秩序立った力の方向性など存在しない道具だった。ならば、過去のような鎧が無くなったとしても、生来の己を失わなければ、自己の持つ要素が失われることも無いだろう。何か手助けしてくれる物さえあれば、使える要素を引き出すことはいつでもできる、と言えるのかも知れない。
 ただ、
「そうだね、確かにそうかも知れない。…それで結論が出てるんじゃないの?」
 伸が言う通り、それについては既に当麻の中で、答が出ていると思えるのだが。それとも彼の疑問はそこではないのだろうか、と考えてしまうところだ。
「何なんだよ?」
 と、秀もまた伸に同意して一言挟んだ。すると当麻はまだその先に、本当の疑問点があることを話し始める。
「ただその場合、エネルギーを集めるのは、人間が扱える力でなくては不自然な気がするんだ。過去の鎧は阿羅醐や迦雄須に因って、特別な仕様を与えられていたが、本来は理屈も何も無く、闇雲に周囲のエネルギーを使える存在なんてのは、神以外に在ってはならないだろう?」
 つまり呪術性の無い鎧には、一般の理論からはみ出す力の引き出し方はできない、と当麻は考えているようだった。無論すずなぎや人々の祈り、苦悩から生まれた人々の意思は存在するとしても、それが過去のような戦う力になるとは思えない。そんな事は望まれていないのだから、と彼は言っているのだろう。
「神か悪魔か、超越した存在なら知らない力も使うだろうね。僕らはあくまで人間の枠組の中の存在だから、鎧もそこまでの物じゃないと考えるのが普通だよ」
 伸が同意してそう続けると、当麻は漸く最初に出した話題に戻ることができた。
「だから『四つの力』の例を出したんだ、俺達が扱えそうなのはその程度だろう。で、その内使えそうな『電磁気力』なんだが…」
 けれど再び言い難そうな様子になったのは、その内容の所為だったようだ。
「それなら元々征士が使っていると思うんだが…?」
「あっ、そうだね。…ん??」
 伸もすぐに同意しておきながら、その発想の異様さに気付いている。
「何だ?、征士が使ってたら何かマズいのか?」
 キョトンとしている秀に対して、伸は何とも不思議な状態であることを説明した。
「そうじゃないよ、秀。僕らは結局みんな同じ力を使ってるんじゃないか?、って話だよね」
 そう、伸は当麻の話の要点を正しく聞き取れていた。
 当麻がずっと疑問に感じていたのは、これまで征士の専売特許だった筈の要素が、他の者にも使えている点なのだ。電磁気力に拠って大気中の物質を引き寄せ、当麻が風を、伸が水滴を集めたように。勿論目に見える雷のような大きな現象が、誰にでも扱えるとは思えないが、過去のように、各自が個別の要素を占有した状態ではないのではないか、との推察だった。
 そしてひとりの要素がそうであるなら、全員に同じことが言えるのではないだろうか。これまでは各自の独立した要素だったものが、少しずつ他の要素を取り込んで、発展した技や力に変化させられるのではないか、とも考えられた。否むしろそうでなければ、新しい鎧戦士として何も進化できないだろう。過去のままの鎧、過去のままの定義では、新しい道を切り開くことは難しいだろう…。
 つまり当麻の疑問とは、未来へ繋がる筋道を探すことのようだが。
「どうも、そう言う答になっちまうんだよな」
 しかし当の本人は、何処と無く不満げにそう返すのだった。
「はぁ?。同じ力で何で違う要素ができんだよ?」
「だからおまえに話してもしょうがねぇっつってんだ!」
 最早秀の的外れな質問などには、気を取られている風でもないのだが、当麻の態度を解り兼ねている伸は取り敢えず、
「まあまあ…」
 と、先程と同様に場を諌めた。本当に、当麻の示した理論的盲点は、不安ではなく無限の可能性を示唆していると、伸は素直に感心できている。秀については、この程度の話では理解できないだろうと、当麻が最初から言っていた通りだ。今更不満には思わない筈だった。
 誰にも通じないと言う苦悩ではない。ならば当麻は何が気に入らないのだろう?。
「また言い合いになってるのか?」
 と、考えている伸の後方から、一際明るい呼び声が聞こえた。振り返って、伸はそれに合わせるように返事を返す。
「お帰り遼、実験はうまく行ったかい?」
 まだ米粒程しか姿は見えないけれど、洋々とした様子で歩いて来るふたりが、伸の目には捉えられた。測量等の作業から離れて、その時の遼と征士は別行動をしていた。その訳は、
「ああ、まだどうできるとも言えないが、方向性だけは分かった感じだ」
 と、徐々に近付きながら遼が説明した通り、新しい烈火をより上手く使えるように、征士がそれをサポートする試みをしているのだ。前途のように、故意に鎧や武器を出現させることはできないので、単純に力の集め方の実験と言うだけだが、言わずもがな当麻の提案に拠る事だった。
 そして、
「それは良かった、少しでも使える形を見い出して行かないとな」
 と声を掛けた仕掛け人も、満足そうな声色を彼等には聞かせている。
「そうだな。だが今の状況でも大した進歩だ」
 漸く表情が見えるくらいの距離に来ると、遼は当麻の期待に答えるように笑っていた。
 遼と征士の他の三人は、一区切りの測量作業を終えて、取り敢えず休憩しているところだった。取り敢えずと言うのは、特に疲れを感じないので、休む意味での区切りではないと言うことだ。当麻が測定結果を纏めたり、今後の方向を話し合ったりする為のブレイク、と言う感じだった。
 丁度そんな時だったので、集団は至極和やかに合流する筈だったが、
「何なのだその顔は…?」
「いや…」
 征士が三人の傍まで戻った時、何故か妙な表情を彼に向けている秀が居た。狼狽えるふたりの様子を見て、伸は笑いながら征士に嗾ける。
「ハハハ、秀の質問に答えてやってよ?」
「あ?、何だ?」
 何故自分なのかと、征士もまた妙な表情になって秀に返した。が、それに応対したのは当麻だった。
「全ての者が電磁気力を使っているのに、何故違う結果になるのかってことさ」
 まあ、当麻が口を出したのは、秀には簡潔に説明できないだろうと踏んでのことだ。恐らく秀には何が疑問の要点なのかも、見えていないだろうと考えて。そして征士は質問に答える。
「電磁気…?。何の話だ、私は科学分野には疎い方だぞ?」
「ハハハハハ!」
 答えた途端に伸の大笑いと、当麻の含み笑いが辺りを埋め尽くした。征士は笑われていると言うより、何が起こったのか判らない様子で、ただ眉を顰ているだけだった。
「どう言う話なんだ?」
 と、一頻りの笑い声が収まると、遼が関心を寄せてそのふたりに尋ねた。すると、
「ああ、新しい鎧についてなんだが…」
 当麻は俄に切り替え、これまで三人で、否、正しくはふたりで話していた内容をまとめて、遼に手短かに説明し始める。またそんな場の流れを見ると、
「私に答えられないと思ってわざと振ったのか」
 と、征士が事の真実を得ることもできた。
「まあそうなんだけどね」
「こいつら意地が悪ぃよなぁ〜」
 まだ微妙に笑っている伸の横で、秀は呆れた声を上げるばかりだった。そうした各人の性格も、これからは鎧の要素となるかと思うと、秀の立場からは些か迷惑な未来を感じなくもなかった。しかし征士はと言うと、
「…全ての者がと言っていたようだが」
 気にしていないのか、何も思っていないのか、当麻の質問にあったひとつの言葉を思い出して、全く平素な様子でそう言った。恐らく彼は秀ほど、ひとつひとつの発言を真面目に捉えていないのだろう。まともに受けようとするから頭に来る、それが秀の良い点でもあり悪い点でもある。勿論征士のような態度が良い時もあれば悪い時もある。人格の良し悪しとは判断が難しい。
 また、それらを全て良い要素へ纏めて行かねばならない、と言う新しい鎧の話なのだ。伸はそれを念頭に置きつつ説明を始めた。
「そうらしいって話なんだよ。当麻が言うには、君が君の要素を使うのも、僕が僕の要素を使うのも電磁気力じゃないかって。新しい鎧は力を生み出す物じゃないし、それくらいしか人間には制御できないからさ。まあそれで全ての要素は引き出せるみたいだけどね」
 征士はそこまでを聞くと、自らその説を裏付けようと、電気に関する知識を頭の中から探り始める。但し本人が言ったように、征士は科学分野には明るくない為、どうにも稚拙な記憶ばかりが掘り起こされていた。
「ああ…。電気を発生させる実験を、小学校でやった記憶があるな。電気の性質は扱い易いと言うことか」
 確かに間違った話ではないけれど、
「そうとも言えるね。小学校で扱えるくらいだから…、ああ、静電気を起こす実験はやったよね」
 と、伸が実験の内容を思い出して続けると、そんな話には食い付いて来る人物も居た。
「それ知ってるぜ!、下敷きを擦って髪の毛立たせたりしたやつ!」
「それは秀が勝手にやったんだろ?、僕は紙吹雪みたいなのを吸い付けた記憶があるよ?」
「え、そうだっけ?」
 こんな調子では話が筋道を外れてしまう、と懸念されるところだった。が、この時は何故だがそうはならなかった。
「風車の実験をした記憶がある」
 と、征士がまた別の話を始めると、
「あ、それもやったぜ!。風車が回ると豆電球が点くんだろ?」
 秀は実験キットを組み立てて作った、理科の授業をすぐさま思い出していた。この場合同意する者が居た方が、電気に関する話として成立するので、それで話が逸れなかったのかも知れない。そして、
「その他は、電流量か電気抵抗の計算を高校受験の時にしたな。電磁石と言うのもあった。その後は…、高校では電気分解の程度だな、記憶にあるのは」
 その辺りに来ると、流石に秀には言及できなくなったが、代わりに伸が、理解を促す為に最も重要な点を答える。
「そう、つまり電気分解なんだよ。簡単に言えば火が燃えるのも電気のせいなんだ。元素がみんな電子を持ってるからさ」
「…ああ…」
 今更ながら、征士は目の覚めるような答を得たのだった。
「・・・・・・・・」
 秀の方はチンプンカンプンだったが、しかし、前の話題の答だとは判ったようだった。何故同じ力が、違う要素を出現させられるのかについて。当麻は全く話そうとしてくれなかったが、伸のように話してくれれば、秀にも大まかに理解できることだったのに。
 何故当麻は話してくれなかったのだろう。
「そう言えば、元素周期表に電子の数と言うのがあったな。幾つだと不安定だとか」
 征士が更にもうひとつ、掘り起こせた過去の記憶を口にすると、
「そうです!。よく勉強していたね、君。だから本当はみんな何でもできる筈なんだよ、電子さえ存在すれば」
「それがつまり、ここであらゆる要素を引き出す為に、俺達は同じ力を使ってると言う話だ」
 伸に続いて、遼への説明を終えた当麻も答えていた。ひとまず征士の理解度については、問題なさそうだと結論されることになった。しかし、
「成程。つまり私は最も普遍的な要素を持っている、と言うことだな」
 と返した征士に対しては、当麻はやや言葉を詰まらせていた。
「…鎧の要素としてはそうだ」
「何故答に躊躇するのか」
 まあ、電気的な力は最も扱い易く、地球上で最もよく知られる力だとしても、鎧の要素イコールその人の在り方とは言えないので。
「ハハハハ」
 当麻の態度を見て再び伸が笑い声を発すると、征士は満足そうに口の端を上げた。そんな遣り取りを見せられると、やはり一般的な筋ではないと、当麻が感じざるを得なくなるのも確かだった。全く、使う力は有り触れたものでも、征士はその使い所が普通じゃないと。
 否、誰もがそうして自らの方向性を選択するから、それぞれに個性が生じるのだけれど。
「そうか、だから強化された感じがするんだな?」
 征士と当麻の会話は、一見他愛のない様子だったが、そこで遼がもうひとつ考えを進めていた。それに対して当麻は、
「ああ、電子の活動が活発になれば、結果の現象は規模が大きくなる。だからここでは一番の切り札と思える烈火を、征士が補助するのが良いと考えたのさ。『浄化』の意味合いも強くなるだろう」
 と、事の成り行きを説明した。遼と征士のふたりを今は作業から外して、烈火の成長に集中させたのはそうした理由だと、誰もが納得することができた。これまで話して来た科学的な理屈に於いても、魂の浄化と言う、ここで為すべき事に於いても有効であろうと。
「あ、そうだね。確かに今はそれだよ」
 伸はまた簡単に同意したが、当麻は誤解のないように、一応の補足を付け加えて続ける。
「実際は烈火に限らず、他の要素も同様に増幅できるだろうが、ここでの仕事に関係あるものを優先しなくてはな」
 すると遼は、
「当麻は、ここでは他の要素は意味が無いと考えているのか?」
 彼なりに引っ掛かる点について質問を返した。地球上とは違う環境ならば、全員が同等の力を発揮できないとしても、何ら不思議はないけれど。常に仲間達の和を思う遼には、あまり嬉しい状況でもなかったようだ。それぞれの能力が拮抗してこそ、集団として最高の結果を得られるのではないか、と遼は過去の経験からも考えている。
 けれど、当麻の様子を見た伸が、気転を利かせて遼の疑問に答えた。
「今の段階ではってことだよ。みんなが同じ力を基本に使うとなると、誰がどう使えるかは未知数だからさ。僕らはまだ経験が浅いから分からないんだ」
 その説明で正しいか、過っているか、当麻は何も言わなかったが、彼はまだ何かを考えているらしいと感じて、伸が代わったのだけれど。
「そうか…、伸や当麻は今までと違うやり方をしなきゃならないんだな?」
「俺もよーやく判ったぜ」
 遼と秀のふたりが、それぞれに的を射たと言う態度を見せたので、伸の説明に問題は無かったようだ。また神妙な顔付きで話を聞いていた征士には、
「良かったねぇ、君はすぐ役に立つ男で」
 伸はそう言って、ふざけるようにポンポンと頭を叩いた。
「はぁ?」
「何じゃそりゃ…?」
 秀は思わずそう口走ったけれど、十の事細かな説明より、何気ない一言から全てが判ることもあると、この世は不思議さを思っていた。
 待っていれば知れる事も多いのだから、自ら暴こうと急がなくても良いのではないか。



「フヒヒヒヒ…」
 再び三人に戻った後、秀は当麻の顔を見て笑い出していた。
「何だよ?」
「何か不機嫌だと思ってりゃ、そーゆう事だったのかぁ〜ってね」
「何がだよ!?」
 考えが足りない、物を知らないと日頃から指摘されはするものの、当麻の態度はどうも変だと思っていた秀が、漸くその理由を知った。
「まぁまぁ!、頭が良くても悪くても、使えねぇんじゃしょーがねぇよな!」
 そう、当麻は自ら言った筈だ。この場所で自分の要素はあまり役に立たないと。折角気持を新たにして、次の活動への礎を作らんとしている時に、遼の補佐にもなれない立場は惨い、と自らがっかりしていたようだ。別段己の価値が下がる訳でもないが、この最初の一歩である大事な時に、大した役に立てない現実は淋しかった。己を変えられない限り、解消しようのない当麻の不満。
 けれどそんな時は誰にもあった筈だ。
「一緒にすんな、落ち込むから」
 当麻は不貞腐れたようにそう返したが、思い返してもみよ、鎧戦士達の最初の戦いにしても、彼は長く戦線を離脱したままだった。今になって何を、と、秀と伸は内心呆れていたかも知れない。
 しかし、
「使えないってこともないんじゃないの?」
 と、伸は穏やかな様子で言った。
「お、励まさなくてもいいんだぞ?、こんな奴」
 秀は虐められたお返しとばかりに、伸にはそう返して笑顔する。それを、多少癇に触った様子で見ながら、当麻は伸に意見の続きを求めた。
「…で?」
「いや、確証がある訳じゃないけど、地球は元素の塊だし、人間だってそうだろ?。それで地球上には色んな要素が生まれたんだから、僕らが複数の要素を使えてもおかしくないと思っただけ」
 伸の返事は、先程までに話した内容をただ、別の言い方で表しただけのように聞こえた。過去のように各人が、鎧の持つ要素だけを使えるのと違い、自らの力で他の要素も取り込んで、違った技や力を編み出して行けるだろう、と言う未来の予想だ。それなので、
「それがさっき話した事とどう違う?」
 と当麻は単純に返した。伸の話し方は人への配慮の所為か、核心をオブラートに包んでいて、しばしば捉え難いことがあると当麻は知っている。だからこうして聞き続けていたが、
「僕らは意識して使おうとしてるけど、地球は意識して要素を生み出したんじゃないんじゃないの?。必要な物は自然に出て来るような気がするよ、僕は」
 伸は、当麻には意外だと思わせる事を話していた。
「おぉー!、そうかも知れねぇなっ!。それでこそ選ばれた戦士らしいぜ」
「珍しく楽観的な意見だな。おまえにしては」
 伸の発言に対する反応も、秀と当麻では相当な違いが現れていた。更に、伸は当麻に向けて続ける。
「だってさ、自然の力って凄いんだよ。さっき学校の理科の実験なんか思い出して、ふと思ったけどさ、目に見える現象はミクロからマクロまでが、一気に同時に動いてる事じゃないか。それが宇宙規模の運動だったら尚凄い事だろ?」
 そんな方向の話なら、当麻にはあまりにも容易にイメージすることができた。
 『弱い力』が水素の原子核に逆ベータ崩壊を起こし、陽子を重水素に変え、電子とニュートリノを放出し、更に陽子と核融合してガンマ線を放出し、更に重水素と融合してヘリウム原子核となり、放出された陽子がまた逆ベータ崩壊を起こし…。そうした活動から生まれるエネルギーが、陽光となって地球に到着し、地表では撒かれた種が芽吹き、葉や茎を伸ばしやがて実を結ぶ。
 ミクロからマクロまでが繋がっているからこそ、この世界だとも言えるし、微細な現象も全て驚きに満ちているとも言える。それを当麻は、
「凄いなんて言葉で表現するもんじゃない…」
 と嗜めたが、
「ハハ、そうだけど。でも根っこは単純な法則だったりするじゃないか、だから凄いんだ。君は僕より詳しい筈だね」
 伸は気にせずそう続けていた。彼の表現したいことは、表面的な形状が本質ではない、との意味だったのかも知れない。即ち目に見えている現実だけが、世界の全てではないと言うような。
「そーそー!、根っこは単純でいいんだ、根っこは」
 伸の話に合わせて、これ幸いと秀が茶々を入れると、伸はいつも通りに陽気で前向きな秀を見て、ひとつの例を挙げることができた。
「単純に増えてるだけで、複雑な結果になることもあるんだろ?」
 意識して作られる物よりも、自然に出来上がった物の方が遥かに多い。石ころを見て単純な物だと思う者も在れば、その組成を見て複雑さを知る者も居る。科学に詳しくなればなる程、自然の脅威を感じずに居られなくなる。役に立たない物など存在しない。伸も嘗ては考えた事だったけれど、科学に明るい当麻がそれを忘れているようでは、皆が困ってしまうだろう。
 とある数学理論を、そこで当麻は思い出すと、珍しく「降参」と言う仕種を見せてフッと笑った。
「単純な自己の増幅が複雑系か。言われてみりゃそうだな」
 無作為に育つ葉も、膨れ上がる入道雲も、頭蓋の中の脳味噌の皺ですら、同じ規則を持った単純な繰り返しから、生み出された複雑な形を獲得している。自らそうなったのではない、時と共に自然に複雑化するのだ。自分達にも同様の事があると考えても、何ら不自然ではなかった。
 自分でも思わぬ能力が、いつか勝手に出来上がっているかも知れない。
 そう思っても全く悪くはなかった。伸は楽観視している訳ではなかったのだ。途方も無い時間があるなら、自分達はまず、世界の中のひとつの要素として機能すれば良いと、彼なりの答を持っていたのだろう。伸らしい穏やかな発想だが、恐らく地球世界もそうして育って来た筈だった。
 答を急ぐことはない。
「だから自然にしてればいいんだよ、多分」
 伸は立ち上がりながらそう言うと、そろそろ話を止めて、次の観測地点へと出掛けようと促していた。既に立ち止まっていることに飽きて、ふたりの周囲をうろうろしている秀も、
「そーそー、伸ちゃんの言う通りだぞっと」
 と、多少投げ遺りな調子でそう言って、何処へ行くともなく歩き始めていた。そう、もしかしたら考え込んで止まる事こそ、進化を阻害する最悪の行為かも知れない、と当麻は我に返る。ならば今はとにかく進まなければならない、と漸く思考を切り替えられたのは幸いだったが。
「おまえは根っこどころかただの単細胞やろ」
「残念だな!、俺とおまえは大して変わんねぇんだよっ!、やーいやーい」
「ハハハハ…」
 逃げるように走り出した秀を追って、伸は笑いながら歩いて行く。
「何でそんな結論に…」
 と、考えることを止められない自分を見付けて、溜息を付いてしまった。他に比べて自己の目覚めが遅いのは、その所為だったのかと今更気付いたからだ。

 ただそれもまた、ひとつの大事な要素だと、今は科学的な理論を通して見えていた。









コメント)誰がどんな分野が得意か、と言う話を昔(トルーパー全盛の頃)はよくしていたんだけど、作品としてそういう内容を書いたことは、あんまりなかったですね。自分が学校や勉強から離れて久しいからかも(^ ^;。
 因みに当麻は言わずと知れた理系だけど、伸もどっちかというと理系で、征士はどっちかというと文系、と言う設定で書いてます。ところでタイトルは「カオス」でも良かったんですが、迦雄須と交じっちゃうのでフラクタルにしました。あ、判らない話だったら飛ばして結構です。




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