花をもらった
Flower Traveling
フラワー・トラベリング



 その日征士が帰宅して居間に入ると、見慣れぬ植物の鉢が彼を出迎えていた。
 岡本太郎の太陽の塔を思い出す不思議な葉の形、鮮やかな緑の上に走る黄色の葉脈、明らかに新入りと判るその鉢を眺めながら、
「また増えたな」
 と征士は言った。すると伸は、気付いてくれたことを嬉しそうに返した。
「そう、わかる?」
 植物趣味と言えば、征士も盆栽の鉢を幾つか持っているが、それらは全てベランダに置かれていた。部屋の中の緑は専ら伸の選んだ観葉植物だ。そして、数で言えば伸の世話する鉢の方が大勢力だった。
 そこに更に加わった新しい植物。
「これさっき買って来たばっかりのホコバクロトン」
 と伸が話すと、征士は今一度その形状を眺め、酷く腑に落ちたようにこう答えた。
「ホコバ…、ああなるほど、確かに槍の先に似てるな」
「だろ?、それで気に入って買って来ちゃった」
 そう、トウダイグサ科のクロトンの一種である、この木の葉は丁度三又槍に似ている為、「矛刃」と言う呼び名になった。槍を使う伸が、一目で気に入るのは当たり前かも知れないと、話を聞いた征士は充分に納得したようだ。
 ただ、買った理由には納得したものの、これ以上まだ鉢を増やす気かと気になってもいる。このリビングダイニングとキッチンの繋がった部屋に、これで四つの観葉植物が配置されることとなった。いくら好きだからと言っても、大きくなりそうな木は後々邪魔になるのでは、と言う考えも浮かんで来る。そんな気持を征士は、
「あまり増やすと世話が大変だろう」
 と言い換え尋ねていた。
 尚、現在のこのマンションの様子は、玄関にサトイモ科のバタフライ、洗面所にはマザーファーン、トイレにはポトスの一種マーブルクイーン、伸の個室にはヤシ科のセイフリジー、征士の個室にはユリ科のティーリーフ、キッチンにはアスパラガスの園芸種メーリー、テーブルにはアジアンタム、リビングの窓辺にはドラセナのフラグランス、そして新たにもうひとつ加わったと言う状況だ。
 まあ、伸は柳生邸時代から、鉢の水やりなどを率先して行って来た。それより狭いマンション内の植物の世話など、どうと言うこともないだろう。案の定、
「別に、ひとつふたつならそう感じるかも知れないけど、七つも八つもそう変わらないよ」
 極めて楽しそうに彼が返すと、
「そうかも知れないが…」
 征士はそう答えるしかなかった。それだけでなく、思いもしなかった言葉を続けて耳にした。
「それに!、君は緑の物に囲まれてる方が落ち着くだろ?」
「…私の為に増やしているのか?」
 これまで毎日何気なく見て来た部屋の植物に、そんな理由が込められていたかと思うと、何だかその見え方も変わって来るようだ。確かに自分は植物の緑が好きだと征士は思う。そしてそれ以上に、そんな自分を認めてくれる人を大切に思っている。その相手が、こんな形で気持を見せてくれていたとは知らなかった。何と幸福な日常を過ごして来たのかと思う。
 私は何と幸福だろう、と、征士は今一度ホコバクロトンの鉢をしげしげと眺めた。
 しかし、
「えへへ、まあ半分はね」
 征士の感動はやや横滑りした。無論彼を思ってのことでもあるが、半分は自分の趣味だと伸は笑っている。まあそれでも、言葉にした思いは嘘ではないだろうから、
「では半分感謝しよう」
 征士もまた笑って返した。
「そこは半分じゃなくていいんだよ?」

 前途の通り、部屋の中の観葉植物の他にも、ベランダに出してある征士の松と木瓜の盆栽がある。またプランターには料理に使う為の、ミントとスイートバジルが植えてある。新たな植物を買って来る以前に既に、この家は植物に溢れていた。
 そして、居間のソファに腰掛けた征士はテレビの脇を見て、
「花も買ったのか」
 と思わず呟いた。そこには昨日まで無かった黒の花瓶と、紫と赤の鮮やかな花が三本飾られていた。それについては伸曰く、
「そう、三月に入ったし、部屋の中では十分に春を感じようと思ってさ」
 とのことだった。随分な気の入れようだが、そうして気分を盛り上げて行くのは悪くないと征士も思う。漸く寒い冬が終わり、彼等に取って最も重要で、最も美しい季節がやって来るのだから。
 すると伸は、キッチンで夕食を温めながらこう声を掛けた。
「その花何だか知ってる?」
「アネモネだろう」
「あれ?、流石に知ってたか」
「有名なものだけはな、まあまあ知っている」
 そこはやはり、ある程度植物の知識がある征士らしい返事だった。秀のような「花より団子」のタイプではない。だがそれ以上のことは知らないだろうと、伸は更に話を続けた。
「どうでもいいけど、花言葉は『はかない恋』って言うんだよ」
 するとそこで、征士が学校コントのように手を挙げて言う。
「はい、質問」
「何?」
「花言葉とは誰が何処で決めているんだ」
 もしこれが、本当に学校の先生との遣り取りだったとしても、明確な回答が得られる質問ではないだろう。伸もまさかそんなことを聞かれるとは、と言う思いで笑うしかなかった。
「僕が知る訳ないだろ!。ただ、アネモネの場合はギリシャ神話が元になってるんだよ」
「ギリシャ神話?」
 征士がそこに関心を持ったようなので、伸はもう少しその例を挙げてみせた。
「そう、元々花の名前がギリシャ神話の登場人物から付いてるんだ。アネモネもそうだけど、あとアイリスとかヒヤシンスとか、ナルキッソスとか」
 人物が先に居たのか、花が先にあったのかは、問われるとまた答えられない疑問だったが、幸い征士はそこには注目しなかった。代わりに、
「ナルキッソス。聞いたことがあるな」
 と、不思議な響きのある単語をそう繰り返して言った。現代日本の中でもまあ、哲学的な話の中でごくたまに出て来る名称だ。何処かで耳にしていたとしてもおかしくない。そして、
「水仙のことだよ、ナルシストの語源だ」
「水仙が何故ナルシストなんだ」
「水辺で下を向いた花を付けるだろ?。水鏡に映る自分を見てるみたいだからさ!」
 伸が楽し気にそう説明すると、水辺に咲く水仙の姿を充分想像できたと言うように、征士は感嘆の溜息を漏らした。
「なるほど…」
 因みに、征士は知らないだろうが、ナルキッソスとは男性である。ギリシャ神話には美しい少年、青年が数多く登場し、絵画や彫刻の題材にも多く使われて来た。もし今、「水辺のナルキッソス」を絵にしようと思うなら、正に征士はお誂え向きのモデルだと思う。が、本人にはあまりナルシストの面がないのも、また面白いことだと伸はこっそり笑っている。
 また、伸はアネモネについても詳しい説話を続けて聞かせた。
「アネモネの方はね、花の女神フローラの侍女だったんだけど、フローラの夫のゼピュロスって言う、西風の神と恋仲になって、怒ったフローラが彼女を花に変えたっていう話でさ」
「随分、短絡的な話だ」
「結構そんなのばっかりだよ、ギリシャ神話は。いや、古事記だって似たようなもんだろ?」
 すると確かに伸の言う通りかも知れないと、征士も日本の古代史を思い返してみる。自身の得意分野だけにイメージはし易かった。
「言われてみればそうか。太古の昔は単純な世の中だったのだ」
「そうそう。神の権限は絶対だから、気に入らない奴は排除するだけさ」
 神と人間が共存していた時代が存在する。と、書物には伝えられているが、その真偽はともかく、一部の権力者の圧倒的な力の支配があれば、世界は非常にスマートなものになるようだ。それに比べ現代は、烏合の衆とも言える地球上の有り様だが、遅々として物事が進まない状態こそ平和、と言うのも不思議なことである。
 果たして、生まれた甲斐もなく花となった人物は、それで幸福だっただろうか?。
 無力な人間の地道な歴史を思いながら、征士は、
「だが命までは取らずに、こうして花として生き続けているのだな」
 と返した。すると伸も、
「あ!、それは面白い着眼点だね」
 閃いたようにすぐに話に乗って来た。成程そう考えると、オカルティックでもありメルヘンでもあり、広く楽しい捉え方ができると言うもの。
「確かに名立たる神々はみんな、オリンポス山と共にいなくなっちゃったのに、花に変えられた人は今も残ってるんだよね。他に月桂樹に変えられた人の話もあったっけ」
「怒っていても神は慈悲深い、と言うところか」
「そうかも知れない」
 ふたりの間でそんな結論が出ると、過去に消えた神々も、現代まで残る神々も、総じて人間を愛してくれる存在だと、何となく感じられた。人間が滅びる時代が来ようとも、植物はまだもう暫く先まで生存できるだろう。その時こそ、花や木となった人間に、真の幸福が齎されるのかも知れない。



 それから数日後の夕方、征士は仕事で四ッ谷の町に出向いていた。その日は取引先の企業に書類を渡し、必要な登記の内容を説明すると、そこから家に直帰することになっていた。
 春まだ浅い三月の始め。お堀端の桜並木は多少赤く色付いているものの、まだ蕾は小さく固く縮こまった印象だ。その淋しい枝を眺めながら、
『もうあと二、三週間と言うところか』
 やがて来る桜満開の季節を征士は思い出していた。
 嘗て、我々が出会った時の戦いは、この四ッ谷界隈から更に先まで戦場が広がっていた。あの時は花を眺めている余裕など全くなかったが、季節がら何らかの花は咲いていたのだろう。戦闘が一段落した時の桜ばかりが印象に残り、その他の記憶が無いのは幸か不幸か。
 私達の思い出は、とにかく何もかも桜に集約されている。苦悩も喜びも、多くの日本人の感傷と共に桜の下に在る。故に桜の開花を待つこの時期は、何とも言えぬ微妙な空気を感じてしまうのだ。と、征士は今現在の自分をそう評した。
 自分がそうであるように、伸もまた桜の開花に向け何処となく落ち着きがない。彼の場合はその前に、誕生日を控えていることもあるが、それを差し引いても必要以上に春を意識していることが、生活の端々から感じられていた。
 確かにそうだ、と思った時、
『桜…、花と言えば』
 征士はふと足元に、この数日で見慣れた花があるのに気付いた。そこは花屋の店先で、赤、ピンク、紫のアネモネが鮮やかな色彩を主張していた。
 そう言えば、テレビの横のアネモネはもう萎れかけている。そろそろ別の花に替えていい頃だった。無論それをするのは伸だろうが、別段誰の役目と決まっている訳ではない。ならこの偶然の機会に私が買ってみようか、と、仕事帰りの思い付きを楽しむ余裕が、今の征士には充分存在した。
 それだけ現在の世の中が平和で、自身の生活に於いても穏やかだと言える状況だった。花を飾ると言う行為自体が、一種の贅沢でありゆとりであり、心の豊かさを示す一面であることからも、現状の自分等が如何なる状態か、計り知れるから面白かった。
 過去に苦労をしておいて良かった、と征士は微笑みながら思った。
 店の前に並べられたスチールの筒には、アネモネの他にスプレーバラ、ストック、早生の桜などの切り花が並べられていた。そしてよく見ると、それぞれの値札に花言葉が記されていた。先日の伸の話を思い出した征士は、それを見ると花よりも、寧ろ文字を読む方に熱心に見入ってしまった。
「いらっしゃいませ、贈り物ですか?」
 そこへ店の店員が出て来てそう言った。
「あ、ああ…。少し見させてくれ」
「はい、お決まりになりましたら声を掛けて下さい」
 若い女性の店員は、しつこく話し掛けずにいてくれたので、征士はひと安心してまた値札を読む行為に戻っていた。丁度その時、面白いことにバラは色によって花言葉が違うと知った。贈り物にされる機会が多い花だけに、その意味付けにも特別感があるようだと。
 そして、白バラの奥には白いチューリップがあった。花言葉は「魅惑」と書かれていたが、
『そんなイメージはないなぁ』
 と征士は首を傾げた。何故なら一般的にチューリップと言えば、子供が幼稚園で絵に描く花と言うイメージだ。赤、白、黄色、シンプルで単純な形が子供にも憶え易い。魅惑、などと言う色気のある印象はなかった。
 何故魅惑なんだろう?。
 と征士が思っていると、先程の店員が店の中から今一度顔を出し、
「チューリップでしたら、店内に色んな品種を揃えてますよ」
 そう教えてくれた。他のチューリップを見ればその謎が解けるかも知れない、と、征士は促されるまま店内に入って行った。
 店員の言う通り、店内に入ると沢山のチューリップらしき花が、所狭しと犇めき合っていた。恐らくこの店で今現在、最も多く揃えているのがチューリップなのだろう。丁度その季節であるから、チューリップ屋敷と化した花屋は他にもあると思う。
 そして征士は、その様々な色と形に目を見張った。自分のイメージとはかなり違った、大人の美観に合う品種が多くあるではないか、と。鮮やかな赤の刺々しい花弁を持つ「アラジン」、フリンジのある薄ピンクの花「ファンシーフリル」、ビールではないが黄金色の「アルフレッドハイネケン」など、何れも個性的で芸術品のようだった。
 またその中のひとつ、捩じれるように花が開く「フレミングパーロット」と言う品種を見ていると、
『確かにこれなら「魅惑」と言う風情だ』
 と納得もできた。詳しく見てみないと判らないこともあるものだと、征士はよくよく感心してしまった。植物には多少の知識がある征士でも、数多くある交配種までは把握していない。人間はこうして人知れず、様々な美を生み出しているんだなと感じられる、花屋でのひと時が酷く有意義なものとなった。
 絵画や彫刻などの芸術も良いが、生きているからこその美しさはまた格別だと。
「こちらになさいますか?」
 その時、丁度征士が眺めていた花の前で店員が言った。彼は素直にそれに従い、
「ああ、そうだな、五、六本もらおうか」
 と返した。オレンジ色でスマートな「バレリーナ」と言う品種だ。
「ご自宅用ですね?、かしこまりました」
 そして店員は、てきぱきとその花を数本取り上げると、手際良く束ねてレジの方へ歩いて行った。それに着いて征士も店の奥へと移動して行った。
 レジで包装を待つ間、手持ち無沙汰を感じたこともあり、征士は常に気になっていたことを口にする。
「そのチューリップだが、花言葉に『魅惑』と書いてあった。何か謂れがあるのだろうか?」
 すると店員は明るい顔をしてこう返した。
「はい、お客様ギリシャ・ローマ神話を御存知ですか?」
 またギリシャ神話か、と思いつつ征士は話に耳を傾ける。
「ああ」
「チューリップと言う名の美しい少女が居りまして、秋の神であるヴェルツータが彼女に恋して、どこまでもどこまでも追い掛け回したと言うんですよ」
「それだけ『魅惑的な』少女だったと?」
「ええ、ただ、好きな女性に贈るなら、本当に誠実な気持でないといけません」
 店員はそこまで話すと、多少相手を嗜めるような仕種で笑って見せた。それがどんな意味なのか、また、誠実な気持とは何のことなのか、大いに興味が沸いた征士は続けて尋ねる。
「何故かな?」
 すると店員は、征士にと言うより男性全般に是非知ってほしい、と言わんばかりの様子でこう話した。
「チューリップは遂に追い詰められ、必死の思いで月の女神ディアナに助けを求めました。すると相手に押さえ込まれた瞬間花に変わったそうです」
「怒りを買った話ではないのか」
「そうですね、ディアナは貞操の神ですから、この場合はチューリップの、女性としての尊厳を守ってくれたんですよ。ですからお遊びで贈る花ではないんですよ?」
 チューリップとはつまり、殊に魅力的でありながら、浮ついた気持で触れてはいけない存在なのだろう。確かに崇高な美しさを持つものは、そんな存在になり得ると何処となく理解もできる。
 だがもっと身近にも、そんな例はあると征士は笑った。何より魅力的だからこそ、その扱いを最上級に考えなくてはならない、そんな現実のことだ。
「ふむ、心得た」
 と、話に頷いて見せた征士に、店員は好感を持ったようで、
「フフフ、奥様が羨ましいですね」
 真直ぐ征士を見ながらそう言った。言いながらチューリップの花束を手渡されたので、その間違いを訂正することはできなかったが、
『奥様とは…』
 考えると、贈り物でないなら、一人者の男が買うのは仏壇の花くらいだろうから、勘違いされても仕方がないと思った。そして、
『まあ奥様と言われても伸は怒らないだろうが』
 今はそんな暮し振りであることを、征士は甘く噛み締めながら帰路に就いた。



「お帰り〜!」
 いつものように征士を出迎えた伸は、その手に握られたお土産にすぐ気付いた。
「何それ?、チューリップじゃないか。ユリ咲きって奴だ」
 そしてバレリーナと言う品種の特徴をすぐに言い当てていた。流石に、自ら植物を飾る気のある伸だけに、近年人気の品種くらいは知っているようだ。それなら、これを選んだ甲斐もあると征士は、素直に買物理由を話した。
「枯れて来たアネモネの代わりに買って来た」
「あれ〜?、珍しく気が利いてるじゃないか君」
 伸は花束を受け取りながらそう言ったが、実は意外でもないことに薄々気付いている。征士が、
「三月だからだろう?」
 と言うと、思った通りだと言うように伸は笑った。
「あはは、それだけ僕のこと考えてくれてるってことかな?」
「無論そうだ」
 伸の誕生日までにはまだあと一週間程ある。故にこれが本命のプレゼントと言う訳ではないが、春を迎える準備と共に、その記念日への心の準備もまた、徐々に盛り上がっている証しなのだろう。
 ふたりに取って、この時期は何と楽しみ多き季節だろう。
 更に征士は、やや芝居掛かった調子でこんなことを言った。
「どこまでもどこまでも追い掛けて、やっと捕まえられたのだからな」
 そしてキスした。
「ん…?」
 行動としては普段と何ら変わらないのだが、伸はその直前の言葉に引っ掛かっている。仕事帰りの帰宅直後に、普通そんな台詞を言うだろうか?と。恐らく何かあったに違いない。そう思った伸は唇が離れると、
「それ何かの文句?」
 と早速尋ねた。すると特に隠そうともせず征士は笑って言った。
「ハハハ、チューリップの逸話だそうだ」
「あ!、何だ〜、花屋さんで聞いて来たんだね?」
 謎が解けたところで、伸の表情も自然な喜びに綻んでいた。
「ああ、神話に出て来る花は、罰や戒めばかりではないんだと」
「そうだよ、話さなかったけど、チューリップや月桂樹は身を守る為に変わったんだし」
 花屋の店員の話は、伸もそうだと認めているように、それなりに有名なエピソードとして知られているようだ。そう知ると征士は、ギリシャの神々を始め創世神話の面白さが、徐々に味わい深く感じられて来た。
 現在まで続いている宗教は何れも、神とは非人間的な完全さを示すものだが、太古の神は人間的な情を持つ存在だったと言う。その解釈を、神が人間的だったとするか、権力ある人間を神と呼んだか、どちらが正しいとは言えないままだが、少なくとも太古の神々はより身近な存在だった、とは言えるだろう。
 つまり、神が人間を見初めて恋したり、それを拒絶して花となったり、太古は現代よりずっと面白い世界だった筈なのだ。その名残りが今は、花や木、逸話として残るだけだが、それに触れると不思議とそんな、自由奔放な世界を恋しく感じたりもする。
 恋も人生も、すぐ隣で神が見ている。そこには相反するスリルと安心感が存在する。現代人はもうそんな経験はできなくなった訳だが、本来恋の駆け引きとはそんなものではないかと征士は思った。
「私が思うに、やはりギリシャの神々は、必要最低限の願いは叶えてくれる存在なのだ」
「必要最低限?。必要以上はないってこと?」
「つまり私が許されているのは、伸が必要最低限だからだ」
「プッ…、そりゃ面白い」
 征士の彼なりの勝手な解釈に伸は吹き出したが、
「何故なら、伸は花に変わらないだろう?」
 と言われると、成程、確かにそうかも知れないと思える面もあった。己の中の神は拒絶しなかったので、僕と君はこうしていつも傍に居られる。伸はそう納得して、けれど照れくさかったので、
「どうだろうねぇ…?」
 そう曖昧に返しておいた。
 もし自分が花に変わることを望む時があったら、それは寧ろ君を失う時だと思った。何の痛みも苦しみも感じずにいることを望む未来は、平和ではあっても淋しいかも知れない。









コメント)お誕生日とは直接関係ないけど、実に春らしい話題のお話です。
今年も花粉症に苦しむ私ですが(^ ^;、過去はこんな風に春の訪れをウキウキ待つような気持でいたな、と、懐かしいような切ないような気持で書きました。ちょっと、集中力を欠いて誤字や脱字があったりするかも知れませんが、後で直しますので御容赦を。
ちなみに私も、観葉植物に凝ってた時期があるんですが、今は殆どなくなってしまった。常にきれいにしておくには割と手間がかかるんですよねー。



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