淡い光
THE DEATH
#2
One Solution to All



 その後、見る物も何も無い地平を、先導する者の後を追って歩き続けていた。
 ここには本当に、面白さと言うものが存在しない。
 地球では砂漠等のことを「不毛の地」と呼ぶが、砂が在るだけで上出来だと戦士達は思う。風が紋を描き、波打つ砂山は思いも寄らぬ造型を現す。そして刻々と姿を変えて行くのだ。地球の自然環境が見せる芸術は、そのダイナミズムを広大なキャンバスに示している。
 正に巨大な力、測り知れない時間の経過、想像を超えた領域からやって来るものは皆、人の目を耳を、感覚や思考をも楽しませてくれる。日頃見慣れた風景の中にも、常にそんな何かが隠されているからこそ、人の住む四次元世界は楽しく美しい。
 けれど、この鎧世界はその内でありながら、正しく不毛の地として成立している。時の流れも感じられず、何らかの力に拠る啓示も見られない。生物も居なければ、生物の欲する物も持ち合わせない世界。存在理由に不思議さは感じても、面白いものは何も内包していない。
 そんな所に突如現れた幻影だったので、考えるより先に、追ってみようと彼等の心は動いた。
 そして今はそれぞれに、己の感じている気持を確かめていた。
『見返りのない仕事なんてねぇ筈なんだ』
 と秀は、ここに至る前の話題を思い出し、胸の内でそう繰り返していた。
 例えボランティアのような活動でも、広義では己に還されるものが何かしらあるからだ。己を取り巻く世界を平和に保てるなら、当然己も平和の中に生きられる。厚く感謝をされることもあれば、己の行動に満足感も得られるだろう。秀が言い出したのはその意味であって、安易に対価を要求しているのではない。対価と言うならもう、新しい鎧として貰った後なのだ。
 ただ、鎧の代金は結果で払うのが筋として、その中に居る人間は無視されている。どうもそんな気がしてならない、と言うのが彼の考えだった。否、すずなぎにしても、鎧に関わる仏や神にしても、鎧は機械でなく人が着る物だと判っている筈だ。だから現状に納得できないでいた。
 真面目に取組む自分の気持を誰も、何も受け止めてくれていないように感じて。
 また、その後ろを歩く当麻は、
『他に選べる道は無かった。後悔している訳でもない』
 と、現在に繋がる事の始まりを振り返っていた。
 再び鎧を手にする選択をしたことは、決して誤りではなかった。少なくともすずなぎが新宿に現れた時点では、双方の思考の接点を見い出した後は、良心の導きに従うのが正しいやり方だった。何故なら人間である鎧戦士が、同じ人間の味方でなくては、鎧の存在意義も失われるからだ。
 しかしそんな優しい契約の仕方には、思わぬ盲点も発生していた。嘗て迦雄須がしたように、鎧を身に着ける者を取り巻く環境や素質について、ひとりひとりを導く行動がすずなぎにはできない。本来彼女は戦に関わる者ではない為、自ら作り出した鎧が何であるかも恐らく知らない。それを預けられ、見知らぬ場所に飛ばされて、自ら理解して任務を果たせと言うことになってしまっている。
 無論、そんな困難に立ち向かうこと自体が、新しい鎧戦士に架せられた義務なのかも知れない。だがそれにしては厳し過ぎる、と当麻は感じているようだった。
 頭の良い彼であるだけに、人間の知覚がそう大したものでないことも知っている。自ら感じ取り、この頭で考えられる事のみでは立ち行かないと、広い世界に出て痛感するからだった。何故誰も、何も必要な情報を与えてくれないのか、と。
 そして征士は、
『我々は憎悪や悪意を受け継ぐのではない』
 と、ここ暫く身を置いている環境について考えている。
 そもそも鎧戦士の活動を再開した目的は何か。太古から流れ来る残虐で陰惨な戦いの歴史、それに虐げられて来た人間の歪んだ心、悲しみばかりで先に進めぬ人の思念を救う、新たな道を切り開いて行くことだ。言い換えれば即ち、現代の平和の裏に忘れ去られた過去の不幸を、ひとつも残さず見つけること、慈愛に拠ってその怨恨を断ち切ることだと征士は考えている。
 その為に選ばれ、ここへとやって来た。これまでにそれなりの活動もできていると思う。
 但し、そうしている内に己の不幸も見えて来た。彼等が触れられるのは、過去の亡霊が抱える悲愴感ばかりで、造り出そうとしている未来の希望ではない。ここに居る限り、過去ばかりを見詰めて生きることになるだろう。如何なる物事にも、裏方的な作業は存在するが、鎧戦士達は抜け出せない空間の中で、未来永劫表の平和を支える部品となった、ように征士には感じられていた。
 もしそうであったら、ともすれば自らの運命を呪い兼ねない。すずなぎを恨み兼ねない。そして何れ役割も果たせなくなるだろう。未来を創ろうと働くことが同時に、過去に縛られる意味を持つのでは。
 誰も、何もこの不条理を予測しなかったのだろうか。それとも我々なら堪え得ると?。
 それから、
『秀の言う通り、このままの活動を続けても、願うようにはならない気がする』
 と伸は、自分達の存在には気付かないらしき、無邪気な少女の幻を見ていた。
 彼女の願いに通じる活動をしている、その自負が無い訳ではないが、戦士達の中に確かにそうだと言える者は居ない。自らの判断力を試されている、そう考えられなくもないが、もし間違った方向に進んでいるとしたら、それを正しい軌道に戻せるのかどうか、と伸は不安に思っているようだった。
 人間だから失敗もある。この鎧世界が、或いはこの鎧に関わる契約が、失敗を許してくれる寛容なものかどうかも知らない。ただ失敗に終わるだけならまだ良い。それに拠って戦士達がどうなるか、残された地球世界はどうなるのか、考えれば恐ろしい結末さえ想像できた。
 すずなぎが彼等にどんな配慮をしていたか、新しい鎧の行く末に何を案じたか、後々誰かに聞くことができるだろうか?。或いは何らかの記録から、明確にそれを知ることはできるだろうか?。否、残念ながら難しいだろう。可哀想な彼女を悪く言いたくはないが、そこまで綿密な計算をしていたとは考え難い。何故なら戦士達の現状は、唐突で不用意な出来事ばかりなのだ。
 現実問題として、誰も、何も戦士達の現状を支えていない。こんな状態で突き進むのは恐い。と、伸は最近になって見えて来た不安を思う。
 けれど、四人が四様の窮状を訴えているのに対し、
『俺達は結局大した事はできない』
 遼だけは違った向きの言葉を、少女の小さな背中に語り掛けていた。
 不安や不満に思う数々の事情は、彼女のはしゃいで遊ぶ様を見ている内に、心の何処か、奥の方へと引いてしまった。その理由を本人は思い付かなかったが、先を案ずることなく過ごせている子供の姿に、何かしら共感を覚えているようだった。
 恐らく、最後に母親を呼んだすずなぎの様子が、彼の心に強く残っていたからだった。幼い内に母親を亡くす事は、ある種類の愛情が見えなくなる意味だと、遼には解るからに違いない。
 その悲しみの為に、鎧戦士として何かが出来たら良いと思う。彼女を救うと同時に、恐らく自らも救われることになるだろう。けれど現状は、今になって己の無力を感じるばかりで、申し訳ないと遼は感じていた。
『だが、君の帰る所に、必ず愛ある世界が広がっていることを祈る…』
 そう念じて、後は無となって歩き続けていた。何処までも、優しい幻が消えて居なくなるまで、見詰めて歩いて行こうと彼は思っていた。

 望まれぬものは存在しないとも言う。
 ならばこの不毛の空間には、神も仏も無いかも知れない。
 戦士達の切なる願いは通じるだろうか。否、誰が、何がそれを聞き届けてくれるだろうか。

 五人はそれから、どれ程の距離を歩いただろうか。
 否、子供の歩みの後を着いて来たのだから、普通に彼等が歩くより短い距離だった筈だ。しかし感覚的には、随分遠くまでやって来たような気分だった。こんな時ばかりは景色の無さが有難い、ほんの僅かの距離に多くの時間を費やした事実は、知らぬ方が良いこともある。
 ただ、どれ程の時間が経過したかは、ある程度の予想が付けられた。それに拠りすずなぎの幻影が、正に幻影であることも戦士達は理解する。何故なら一度の休憩も取らずに、長時間鞠遊びを続けながら歩いているのだ。生きていた当時の映像なら、まず有り得ない状態だと思う。編集されたように同じ場面が繰り返される訳でもない。説明のつかない幻だからこそ、彼女は延々とひとりで遊んでいるのだろう。
 無論それでも、何故そんな状態の彼女がここに居るのかは、解明できなかった。「答を求めている」と言った当麻にしても、まず現状の答が出せないでいた。
『君は何処から来て、何をしている。誰が、何が君を呼んだ…』
 ところが、五人がすずなぎの幻の不思議さに集中していると、彼女はそこで初めて立ち止まった。それまで周囲の誰にも気付かず、試しに一度秀が呼んでみたが、無反応に終わったことを思うと妙な様子だった。彼女は何か、前方に現れた物を見ているようだが、戦士達の目には何も映っていないのだ。
 こんな考え方もできる。すずなぎの幻は別の次元に居て、戦士達とは違う場所を歩いていると。それがただ見えているだけかも知れない、だから話し掛けても聞こえないし、前に居ても気付かないのだと。
 だが、そんな仮説もほんの数分の内に色褪せていた。
「あ…」
 変わらず何も無い前方を見て、伸が何かを察して声を上げた。
 他の四人は彼の様子を見ていたが、暫し時が経過する内に、まず警戒が必要な相手ではないことが判った。伸は酷く驚いている。しかし恐怖感は感じていないようなのだ。
 そして伸が感じ取っているものを、当麻は必死で目に捉えようとしていた。が、それは結局無駄な努力に終わってしまった。相手は物理法則を無視して、突然彼等のすぐ近くに現れていた。
 現れるなり、その強烈な存在感が辺りを圧倒する。
「お、おいっ、ありゃ…」
 声を上げた秀だけでなく、誰もが「何故ここに?」と言う一様の反応をする。それは夕闇のような暗い光を放ち、墨色のざんばらな翼を翻しながら、分厚い鋼鉄の鎧の上に長い白髪の首を持つ、迦雄須一族の神だった。
 但し、
「…形相が変わってないか?」
 と当麻が、些か青褪めた様子で征士に話し掛け、
「確かに…」
 と答えた征士も、体の端々に走る緊張を感じていた。前に妖邪界で見た天つ神の姿とは、かなり外見が違って見えたのだ。
 即ち死人のように冷たく静かだった、霊的なものを感じさせる状態とは違い、今ここに現れた姿はまるで、赤い血の通った生物のように力強く在った。眉ひとつ動かさなかった凍り付いた表情が、今は獲物を見据える獣のようだ。否、顔だけでなく全身に躍動感が感じられた。取り巻く光さえ物理的な圧力に感じる、人間以上の生物と捉えられる状態だった。
 そう言えば悪奴弥守は躊躇いもせず言った、あれは死神だと。
 変貌した天つ神を前にし、遼がふとそれを思い出したのは、今は酷く殺気に満ちた気を帯びる神の背から、禍々しさを主張する刃の煌めきを見た時だった。そして、天つ神は後ろ手にそれを取ろうとしていた。
「何をするんだ…」
 と、遼の口からは、思わずそんな言葉が出ていた。否もう、尋ねなくとも彼には解っていたが、言葉にせずには居られなかったのだろう。無論死神は、本来の仕事である狩りをしにやって来たのだ。ここに居る誰か、何かを見付けてやって来た…。
 鋼の板に包まれた手に、大振りな三日月鎌を持つ神がそれを翳して見せると、その絵は正によく見られる西洋の、死神のイメージにぴたりと嵌まっていた。否もしかしたら、西洋のイメージが後なのかも知れない。天つ神がいつから存在するのか知らないが、その可能性は大いにあった。
 普遍的なイメージとして語り継がれる、生と死を操る神…。
「!!」
 まだ何も知らぬと言って良い、幼い子供であるすずなぎが、時を止めたような顔をして天つ神を見上げていた。
『やめろーーー!』
 だが流石に遼も、神に対してそう声にすることはできなかった。無駄な動作は一切せず、無情に振り下ろされた鎌の鋭い一撃で、すずなぎの首は音も無く飛んでいた。
 ただ、正確には幻を斬っただけだ。
 その行為に如何なる意味があるのか、今の五人に理解できる筈もなかった。寧ろ彼等に取って重要だったのは、その光景を見て、たまらない、悲しみと憤りと遣り切れなさの入り混じる感情を、神と言う存在に向けざるを得なくなる、恐ろしい心境に至ったことだった。
 これが迦雄須一族の神なのか?。
 この無慈悲を受け入れて良いのか?。
 例え幻だったとしても、彼女が幸福だった時代の記憶まで、何故刈り取らなければならない…?。
 けれど、鎧戦士達の戸惑いも何れ腑に落ちる時が来るだろう。

 首を失ったすずなぎの映像は、その後すぐに掻き消えてしまった。遠く飛ばされた頭部も最早見当たらなかった。辺りは元の静寂を取り戻し、天つ神を前に、五人の戦士達は何もすることができないでいた。突然の事態が齎す渾沌とした心情を抱え、誰もが立ち止まったままでいた。
 しかし程無くして、戦士達の耳には声が聞こえて来た。
『えっ…えっ…』
 泣いている。いつか見せてくれたすずなぎの、過去の記憶の姿が思い出される泣き声だった。燃え盛る家屋を一面に見て、彼女は母親を探して泣いていた。
 けれど姿が見えない。何処かにまた幻が現れただろうか?、と、遼は首だけを捻って周囲を見渡している。その時、ふと視界に入った天つ神が、岩と化すような仕種で片膝を着いたのが見えた。そして無言の内に、その重厚な鉄の腕を広げて見せる。
 呼んでいる。
 すると何処からともなく現れた、泣き続けるすずなぎの幻は真直ぐに、天つ神の元へと走って行った。否、彼女にそう認識できているかは知らない。ただ呼び掛けられる方へ向かっただけかも知れない。それでも足に迷いは無かった。迷い無く神の懐へと飛び込もうとしていた。
『母上様…、母上様ー!』
 すずなぎは呼んだ。天つ神がそう見えるのか、他の幻を見ているのかも知れなかった。そして、求めるものへと一心に走り寄る、すずなぎを抱き留めるようにして、神の腕が御身の前に交差すると、その幻も消えて無くなってしまった。否、神の体に吸い込まれて行ったと、戦士達の目には見えていた。
 そうしてまた、何もなくなっていた。
 それと同時に、一時昂った感情も不思議と落ち着いたことを、残された五人は考えていた。この場に於いて、少なくとも天つ神は何かをしたのだ。すずなぎに取って不快でない何かを。着いて歩くことしかできない自分達に比べ、破格に偉大な力を持つ存在であることが、否応なく知れる。
 神の理屈は全く解らないにせよ、それが見せる物事には圧倒されるばかりだと。
 否、他を圧倒する事象を神と呼ぶのかも知れない。
「今のは…、一体どう言う」
 事ですか?、と、控え目に尋ねようとした遼だったが。
「なっ…!」
「うわぁっ!!」
 短い文句すら言い終わらない内に、次の予期せぬ事態が起こっていた。
 只管安定を欠くことのなかった、靄の流れる大地が突然、戦士達の足許で割れて行った。その下には何があるのか?、と、以前は考えたこともあったけれど、それを想像する暇も、抵抗する間も与えられず、五人は虚無の空間へと落ちてしまった。
 本当に、神のする事は解らない、と皆が思ったに違いない。



「…?」
 さわさわと草を揺らす風の音がした。
 気付くとそこには、草木の茂みから覗く何処かで見たような夜空があった。夜、夜空、そんなものの優しさを知ったのは、つい最近のことだと遼は微睡みながら思う。夜の無い世界は病のように、徐々に心を蝕んで行くと知ったからだ。
「また妖邪界なのか…?」
 草むらの中から半身を起こして遼は言った。すると横で、地面の砂利の上に膝を着いた当麻が、
「いや、地上のようだ」
 と返した。
「地上?、地球に戻ったのか?」
 遼は当麻の返事を、俄には信じられない様子だった。確かに見慣れた感じの植物と、違和感の無い空気に囲まれてはいるけれど。空に浮かぶ月の模様さえ、古代から変わらぬ言い伝え通りのものだったけれど。
 先に立ち上がって辺りを見回していた征士は、
「あの辺りは新宿だろう」
 と、ある方向に見える光を指して言った。細かな粒を集めたような、人工的な光の群がりがその一帯をぼんやり、闇に浮き上がらせている副都心の遠景。言われて目を向けるなり、秀も些か懐かしがる様子で同意していた。
「おお、確かに!。この絵は神奈川方向からの眺めだぜ」
 天体、大気、植物、記憶にある景色、これだけの条件が揃っていれば、ここが地球であることは疑いがないようだった。
「川の音が聞こえるし、多摩川の河川敷か何かじゃないの?」
 最後に伸が、辺りの様子から考えられる意見を出すと、
「そうらしいな」
 当麻も特に反論せず答えていた。
 何がどうなったのか、何処をどう通って来たのかは判らない。現時点で戻って良いかも判断が付かない状況だが、取り敢えずここが地上であることを知ると、ホッと溜息が出るようだった。それは紛れもなく、ここが彼等のホームであると言う意味なのだろう。全てはここから始まり、最後には戻って来る場所だと意識している、だからこそ無闇な充足感も生まれていた。
「そうか、戻って来たのか…」
 遼がその場を立ち上がろうとすると、征士がその腕を取って助けながら言った。
「戻ったと言うより落とされたのだ」
「そうだったな。全員無事で居るところを見ると、お咎めを受けた訳じゃなさそうだが」
 そして徐々に直前の記憶も鮮明になって行く。
「ああ、だが、」
 遼に答えた征士の、台詞の先を遼は答えられていた。
「困ったな…」
 全員が揃っていること、地上に居ることには喜べても、この事態の収拾をどうつけるかには、ほとほと困ってしまう状況だった。何故なら次に当麻の言う通り、
「何も解決しない内に放り出されちまった。さて、これからどうする、大将?」
「う〜ん…」
 まず、何故こんな仕打ちに遇ったのかを知りたいところだ。と、判断を待つ四人に囲まれて、遼はひとり頭を抱えていた。まあ、今は一刻を争う時でもない、誰もがのんびり構えて待っていられたけれど。
 その時、ふと思い付いたように秀が勢い良く話し出した。
「それにしてもよ!、天つ神だったよな、あれ。マジで鬼みてぇだったぜ?」
「・・・・・・・・」
 ただ、誰もがそう思っていても、素直に肯定することはできない話題だった。今に至って増々、彼等は自身の見方が「地球人の」「日本人の」見方でしかないことを、強く感じているようだった。
 地球人が死神と呼んでいるものが、日本人が鬼と呼んでいるものが、果たして伝承されるイメージ通りのものなのか、と、今は自身の固定観念を疑う気分になっている。付けられた呼び名は呼び名でしかない、他の視点に立って見る時、それは全く違う存在に見えるかも知れない。でなければ何故、天つ神は迦雄須一族に崇められて来たのだろう、と思うからだ。
 まだ彼等は、迦雄須程の見識を持つに至っていない。まだ彼等の触れられる世界は僅かな領界に限られる。だから判らない。そのことを今は謙虚に受け止めるべきだと、少なくとも秀以外は思っているようだった。遼がすずなぎに対し、「大した事はできない」と言った通りの状況だと。
 しかし暫しの沈黙の後に、
「そうとも限らん」
 当麻が一言だけ秀に返すと、場の雰囲気を察してか、或いは自分でも迷ったのか、
「そりゃ、最後にはすずなぎから寄ってったけどよ」
 と彼は付け加えていた。鬼だとしてもそれだけじゃない、と言う感覚は得られているのだろう。そして、今考えられる限りの解説を当麻は、ご親切にも話して聞かせるのだった。
「『死神』には命の再生の意味もあるんだ。生まれたものはいつか死ぬが、それに拠ってまた別の何かが生まれる。終わりの後には必ず始まりが来る。栄枯盛衰の繰り返しがこの世界だ」
 すると伸も、前に見たような嬉しそうな様子で言った。
「僕もそう思う。それに関わる神なんだよ、多分」
 見えない物を感じられる彼には、他の面々よりもほんの少しばかり、天つ神の見た目と違うイメージが捉えられている、のかも知れなかった。
「そうだな、そうに違いない」
 何故だか、話の輪に参加していなかった遼が答えていた。

 誰であれ、何であれ、印象の悪い物を悪く言うのは簡単だ。
 それで全てが済むなら、人の世界とは単純で詰まらないものだ。
 決してそうではないことを、人間としての希望に変えられたらいい。









コメント)予定通りと言うか、もっと短く済むかと思ったら、それなりに字数を喰っちゃったけど、この部分の話は充分書けたと思います。この後の話1本で、「偉大なる哲学」に繋がるので頑張ろう…。
 あ、いや、厳密に言うと、時間的には「偉大なる哲学」の前に辿り着くけど、トルーパーズが得る過去の記憶の部分が、別建ての話になっているので、それが終わらないと不完全なのです。勿論このまま続けて書きますので、待っていて下さると嬉しいです(^ ^)。




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