競う当秀
中学生日記
CUPID & PSYCHE
キューピッド & サイケ



 その日、秀麗黄はとても困った問題に直面していた。
 つい先日のこと、今年の冬休みはほとんど大した予定も入れられず、彼は奇跡とも思えるほど長時間、毎日机に向かって勉強をしていた。学校の勉強などは概ね、つまらない作業のルーチンワークのような部分があるが、例え秀にしても、関心のある物事には熱心に取り組むこともできる。もしそれさえ不可能とすれば、教育の方が問題だと言い換えて良いだろう。

 とにかく今は受験勉強である。勿論これまでさぼっていたのが一番悪い。

 目下の仲間達なら、落第したくらいで縁が切れる訳でもないが、できる限り揃って、この関門を突破したいものだった。いや、そうでなければ立場が悪い。特に純などに蔑まれたらおしまいだと思う。しかし、ただでさえ頭が切れる(キレてるだけかも知れない)当麻や、普段から勉強する習慣になっている伸や征士、彼等と同等の立場で居ようと思ったら、今頃慌てても仕方のないことだ。本来は。
 唯一肩を並べて来た遼も、今年の始めからは柳生邸に住み込んでいる為、恐らくこの一年はナスティに監督してもらっている。幾分、いや大分差を付けられていてもおかしくない。仲間達の中で、秀だけが落ちこぼれる可能性は充分にあった。
 そこで彼は冬休みの間の数日、恥を忍んで頼みの綱に来てもらうことにした。彼にはこれまで、何度か勉強を見てもらった経緯もあり、自分の状況についても把握し易いだろうと思われた。その上彼は、特に受験用の勉強はしないとも言っていた。彼自身の予定の邪魔にならないなら、これ以上の好条件があるだろうか。

 その彼に電話で頼んでみると、考える間もなく即座に了解してくれた。聞けば同居している彼の父が、今現在何かの学会に出席する為海外に滞在中で、そのまま年明けまで帰らないとのことだった。頼んだタイミングも実に良かったと言えよう。
 こうして当麻は終業式が終わった日から、正月三日までを秀家で過ごすことになった。

 さてその間、秀は真面目に勉強できていただろうか。
 普段なら柳生邸に集まった際は、ファミコン大会やら麻雀大会やら、はたまたプロレスごっこやら、当麻と秀は大概が率先して遊ぶメンバーなのだ。また、ふたりがタッグを組む時の行動は目を見張るものがある(悪企みとも言う)。ふたりが揃うと何かが起こるような、期待感を周囲に抱かせる程になっていた。そんな彼等だから多少心配でもあった。
 だがしかし、今回ばかりはそうはならなかった。秀の意志と言うよりむしろ、当麻の厳しさが優先された結果だった。このままでは本気でヤバい、と感じた到着初日の様子から、彼は非情な教育者となって、以降は只管要点を叩き込む行動に出た。無論それは「一人で遅れを取らないように」、との当麻の親切心である。今だけは他の楽しむことを一切切り捨て、自分も努力しようと考えてくれた訳だ。
 そう、元来の当麻は特に面倒見の良い人間ではないし、素晴らしく協調的な性質でもない。なのに何故だろう、これと言った共通点のない秀に対して、今までに最も世話を焼いて来た感がある。思い返すと、新宿での最初の戦いの時からそうだった。
 それはもしかしたら、勉強や知的活動とは別の所で、秀の実力を認めているという意味かも知れない。反対の場所に居る者だからこそ、相手の価値が解ることもあるだろう。人生の大きな流れの中の、たかが高校受験だと捉えることもできるが、秀が先に進みたいと思っているなら、それに協力してやるのが筋だと当麻は考えていた。
 だからその十日程の間、信じ難いペースで、恐ろしい程に集中して勉強をしていた。時期的に年末の大掃除だの、大晦日に集まって蕎麦を食べるの、元旦は親戚も交えて日本式のお節料理を囲むの、行われる行事には一応参加しながら、実際秀ひとりでするより、何十倍も効率良く学習できていた。この場合はひとりよりふたり、が何より功を奏したようだった。恐らくふたり居れば、投げ出すまでの時間も遠くなるだろうから。

 そんなこんなで、秀家で三が日を過ごした後、当麻は渋々といった様子で自宅に戻って行った。何故なら、今特別に父親に会いたい理由もなく、いつ戻ろうと大差がないことを思うと、冬休みいっぱいまで秀の勉強に付き合いたい気持だった。けれど秀は、当麻の家庭の事情を多少なりとも知っているので、やはり家族を優先した方が良いと当麻には薦めた。
 この後は、聞きたいことが出て来たら電話を掛ける、という約束をして。

 そうして各学校では第三学期が始まった。秀は「我ながらどうしたことだ」と思える程、気力が充分に続いている状態で過ごしていた。二月の頭には、中華街で賑やかな旧正月の行事が行われるが、今年はちらっと見るだけで我慢することになりそうだ。まあ来年も再来年も続く伝統の祭だから、誰にでもこんな年があるものだろう。
 とにかくもう少しの我慢だ…。



 そして問題の当日はやって来た。
 普段から騒々しい秀家ではあるが、試験の当日まであと僅かという日、普段のそれとは違った意味での「耳障りな音」がしていた。正確に言えば隣の部屋、妹のリンフィの部屋からガサガサと、紙だかセロハンだかを鳴らす音が切りなく聞こえて来るのだ。不審に思う訳ではないが、これまであまり耳にしたことのない生活音だった。秀は少々それが気になっている。
 どうせ大したことではないだろう、しかしこのままにしておくのもスッキリしない。ここは思い切って一言声を掛けてみるか。
 秀は手にしていた参考書を置くと、部屋を仕切る襖の前に立って言った。
「おい、さっきから何してんだリンフィ?。兄ちゃん、ちょっとばっかり気が散るんだよな」
 すると、彼女の部屋からは特に慌てた様子もなく、
「あ、ごめーん」
 との声が聞こえ、自ら出て来て襖を開けてくれた。
「もうすぐだから、準備なの、ホラ」
 彼の妹はそう続けると、部屋の真ん中に広げられた色とりどりの包みを指差した。彼女の机の上には筒に丸まった包装紙の数々、重ねられた幾つかのリボン巻、それと市販品のチョコレートが袋に入っていた。そう、すっかり忘れていたが、数日後は世に言うバレンタインデーだ。まあ秀の過去の記憶から言えば、特に良い日でも嫌な日でもないので、忘れてもどうと言うことはない。
 それにしても、
「そぉっかー。でも何でまたこんなに沢山…?」
 部屋に敷かれた風呂敷のような布の上に、それこそ「店で配るんじゃ?」と思える数の包みが散乱している。買って来るだけで結構な金額だとも思う。すると妹はこんな説明をした。
「クラスのみんなで決めたんだよ、今年はお金出し合ってみんなに配ろって。あたし委員になっちゃったから、五十個作るのがノルマなの」
「ほえ〜〜〜」
 何と言うボランティアをしてるんだか、と秀は腹の底で笑っていたが、
「そんで?、俺にはくれないのか?」
 と一応質問をしてみた。しっかり者のリンフィのことだから、兄貴をいい加減な待遇にはしないだろう。加えて言えば、食べ物に関するイベントで、彼を抜きにするのはこの家にしてもタブーだった。
 案の定彼女の答はこうだった。
「これ『義理チョコ』だよー?、お兄ちゃんやお父さん達の分は明日買って来るもん」
 改めて出来の良い妹だと秀は関心した。
 実際はどちらにしても義理には違いない、このイベントの目的を考えれば明確なことだ。が、同じ義理でも程度の違いがある、という現実をよく現しているではないか。秀は仮にも義の戦士である。本来の義理とはこの場合、妹が自分に対して向けている気持の方だ。秀がよく理解している「義」の心を、家族から受け取れるのは嬉しいことだった。
 だからこの際、妹が何をくれても構わなかったが、
「んじゃっ、世界一旨いやつよろしくなっ!」
 と普段通りの調子で返した。
「またぁ!、アハハっ」
 余裕で笑いのひとつも取れなくては、秀麗黄の名が廃ると言うものだ。

 さて、事情が判明したところで、この後は頭をカチッと切り替え勉強しようと、秀は自室の勉強机に戻ろうとしていた。ところが、その時ふとある考えが頭に浮かんだ。
『そう言えばバレンタインってのは…』
 バレンタインってのは。日本では女性から男性に、しかもチョコレートと言う特定の食品に、何故か限定されたイベントとして定着して来た。それは元々洋菓子会社が売上げを伸ばす為、海外から輸入したプレゼントの習慣を、お菓子に絡めて広めたものだと当麻が話していた。関西人の当麻だけに、神戸から発祥したと言う話は信憑性があると思う。
 つまり本来は、男だろうが女だろうが贈り物をする日であり、物は何でも良くて、それが告白行事でなくても構わない筈なのだ。それなら「使える」日として考えることもできる。
「そーだぜそーだぜ。…おいっ、リンフィ!」
 開けたままになっている襖を振り返り、秀は妹にひとつ頼み事をすることにした。
「明日買いに行くって言ったな?。あのなぁ、悪ィんだが、俺にもプレゼント用にひとつ見繕って来てほしいんだ。予算はそうだな、千円くらいでいい。横浜らしい感じのやつな」
 しかしまだ中学一年生のリンフィには、兄の考えがひどく異質なものに感じたらしい。
「えー…?、お兄ちゃんが誰がにあげるの??」
「おいおい!、バレンタインって意味じゃねーんだよっ。ちょっとお礼をしなきゃなんねー奴がいてな、でも今のんびり買い物してる暇ねーだろ?」
 そう説明しても、妹はまだ腑に落ちない顔をしていた。
「いいけど、後でお金返してね」
「わかってるよっ」
 腑に落ちないながらも、一応秀の依頼は引き受けてくれたようだ。
 あえて説明するまでもないが、秀がお礼をしようという相手は当麻である。無論秀が今かなり充実して机に向かっていられるのは、彼の助力が大きいと考えられるからだ。
 そして、くどいようだが秀は義の戦士である。受けた恩義を返すことを決して忘れない。そして都合の良いことに、バレンタインと言えばチョコレートだ。好きな食べ物を贈る分には絶対文句が出ない奴、と当麻については重々解っている。
 まあ、半分はギャグのつもりだったが。



 海の青と、風を受けて進むヨットの、陽に透ける帆を思わせる白。
 妹が選んでくれた贈り物用のチョコレートは、横浜の地元の店だけで売られている、他所ではまず見られない商品だった。よってその包装にもこだわりを感じる青と白。しかし港町と言えば何処でも、大体こんなイメージを使っているような気がする。それはまあいい。
 こうして翌日には立派なお返しを用意できたのだが、秀は再び困った問題に突き当たっていた。果たしてこれをどう渡せばいいだろうか?。机の上に鎮座する包みを眺めながら、秀は暫しの休息中、腕組をして酷く考え込んでいた。
 発送、という方法はどうもつまらない気がする。目の前で何かをやらかした方が絶対に面白い。合格発表の後は卒業式までほぼ休みになるから、三月頭にはみんなに会うことが可能だ。「生もの」とは書かれていないし、その位は冷蔵庫に入れておけば大丈夫だろう。バレンタインから時間差が生じることからしても、意表を突いた演出ができそうなものだった。
 チョコレートをもらうというシチュエーションが、面白ければ面白いほど、この場合は贈る価値がある。
 その時また秀の頭にある記憶が蘇った。
『そういやあいつ!、伸の奴はどうなってんだろ?』
 どうなってんだ、とは。つまり伸と征士がしていた「ごっこ遊び」のことである。当麻が提案したおかしな遊び(?)によって、嫌々女役を引き受けることになった伸だが、意地になって「完璧を目指す」とほざいていた筈だ。ならば当然このような行事を見過ごす訳がない。ここはまず伸の予定を聞いた上で考えよう、と秀は思った。
 思うが早いか、彼は電話に向かって一直線に廊下を突き進んでいた。

 小一時間もすれば夕食という頃、そろそろ秀の腹の虫が鳴き始める時間だが、他のことで頭が一杯の状態なら、案外忘れて居られたりするらしい。
 電話口に伸が呼び出されると、秀はいきなり用件を話していた。
「なあ、伸、もうすぐバレンタインだろ?、おまえ何すんのかなーと思ってんだけど?」
『はあ?、…何すんのって、何かするの?』
 唐突な秀の切り出しに、流石の伸もその意図が汲み取れなかった。
 否、伸の現在が秀の思う通りの状況なら、伸には思い当たることがあった筈なのだ。しかし、彼はおうむ返しのような応答しかしなかった。
「何言ってんだよぉ!、まさかと思うが忘れてるんじゃねーだろうな?、おまえ去年からずっと、せっせと女の子になり切ってたじゃんか!」
『…ああ、あれ。ハハハ…』
 奇妙に気の抜けたそんな返事は、些か悪い予感を秀に与えた。そう、伸に取っては今はもう、思い出以外の何でもない過去の話。
「どうかしたのか…?」
『んー、ご期待に添えなくて悪いけど、実はもうやめちゃったんだ』
「何ィィィィィ!?」
 途端に予定が狂ってしまった。
 今さっき廊下を歩きながら思い付いたのは、伸は必ず征士にやるだろうから、自分はその後、蚊屋の外で可哀想な当麻君に『義理』でくれてやろう、という形を算段していたのだ。これぞ楽しい余興!という想定だったのだが。
『何だよ、そんなに驚くことないだろ?。元々遊びだし、わざわざみんなに報告する訳ないよ。…ところでそれが何なのさ?、バレンタインに何かやるつもり?』
「いやっ…別にっ。ちょっと聞いてみたかっただけだ、ぜ?」
 伸に何故、と聞いたところで最早意味はなかった。聞きたいことが全くないとも言えなかったせいで、歯切れの悪い返事をしてしまうと、
『ちゃんと勉強してんのかなぁ?』
 と、うっかり釘を差されてしまった。
「やってるっての!。…あーあ、そんじゃなっ!」
 秀は結局、何の説明もせずに電話を切ってしまった。
 些か不躾な別れ際。しかし秀にはしばしばこんな時があると、伸は知っていたので再びかけ直すことはしなかった。彼には悪意や企みがある訳ではない、ただ全体的に行動が乱暴なのだと。それより、秀が何を考えているのか知らないが、伸にはあまり触れてほしくない話題だった。早く切り上げてくれて良かった、と思う気持の方がむしろ強かった。

 と、そんなこともあって、秀は他の方法を色々考えてみたのだが、やはり郵送する他にないという結論に至ってしまった。みんなが集合した場で特に策も無く、自分だけがプレゼントなぞしたら変に目立ってしまうだろう。何も自ら恥をかこうとは思わない。
 だから仕方なくだが、彼は一筆添えて、その小さな荷物を送り出すことにした。
『断っとくが愛の告白なんかじゃねーぞ!』
 それを読んだ当麻の顔を見てみたいものだ、と思いながら。



 三月某日。
 そんな経過を経た後四人は、とりあえず揃って高校に進学できていた。それらの情報が逐一集まる柳生邸では、早速お祝いをしようと話が持ち上がっていた。まあ、元々心配のなかった者は祝う側だ。皆が気に掛けていた約二名の為のお祝い、という趣向である。
 誰もかも、卒業式までにはまだ十日程の間があった。ならば正規の休みを待たずに集まってしまおう、という暴挙が許されるのも、特殊な立場である彼等の特権だった。早速各々連絡を取り合い都合を確認すると、その翌々日には、柳生邸にいつもの面子が顔を揃えていた。これもまたチームワークと言えるかも知れない。

 まだ桜の季節にはやや早い、屋外の空気は冬の寒さに限りなく近い頃。しかし肌寒さなどすっかり忘れる程に、五人は久し振りの再会を心から楽しんでいた。例え運命を背負った鎧戦士であっても、社会的には何の優遇措置もされない。裏口入学が許される筈もなく、体面的にも出歩くことを自粛していたこの半年。漸く羽を延ばせる時が来たことを、秀は試験に合格したことより喜んでいた。
「もうこりごりだぜっ」
 ナスティの用意した春色の食卓。既にその殆どは胃袋に消えていたが、まだ皿に残っているオードブル類を口にしながら秀は言った。
「普段の授業を聞いてないのが悪いんだろ?」
 横から伸はそう挟んで溜め息を吐いている。
「一回聞いたくらいじゃわからないさ。俺達伸みたいに頭の出来が良くないもんな!」
 笑いながら遼が明るく言うと、
「そんなつもりで言ったんじゃないよ!?」
 伸は慌てて訂正を始めた。秀に愚痴ったことを全て、遼に自分のことと受け取られてはたまらない。しかし秀はその辺りの伸の弱味を心得ていて、
「そーだそーだ!、言ってやれ遼」
「調子に乗るんじゃないよ、秀!」
 たちまち形勢は逆転してしまった。これがごく当たり前のやりとり、柳生邸での日常茶飯事だ。
「あれ?、それはいいが…」
 そのふたりの前で遼はやや表情を変えた。
「伸は何で休みなんだ?。俺達とは出席日が違うだろ?」
 そう、それまで誰も気に留めなかったが、伸にはまだ通常の授業さえ残っていそうな時期だ。何食わぬ顔をして仲間達に紛れているので、よもやという心配を挟む隙も無い。
 すると伸は恐ろしいことを口走った。
「ああ、今日から期末試験なんだよね」
 一瞬その場に居た全員が言葉に詰まる。
「おっ、おいっ、それはまずいだろ?、いくら何でも…」
「何で言わなかったんだよ!?、日にちは調整できたんだぜ!」
 遼と秀は口々にそう言って慌てたが、遼の向こうに座る当麻と征士のふたりは、意外と冷静にその成り行きを見ていた。誰がどう言おうと、伸には彼独特の優先順位の付け方がある。それを客観的に理解できるのは、伸から最も遠い所に居るふたり、なのかも知れない。誰しも自己が属する領域については、客観的判断はし難いものだ。
『少なくとも自分より、遼と秀は伸に近い』
 それを悔しいと、誰が思ったことか。
「別にいいんだよ♪、追試受ければ問題ないし。風邪で休んだことになってるからね」
 しかし、さも愉快そうに伸が説明すると、食器を下げようと席を立ったナスティが小声で笑いながら、
「追試の意味が違うのよ伸、ふたりにはわからないと思うわ」
 と微妙な補足をしてくれた。
 言われてみれば確かに。同じ追試でも進んで選ぶのと、受けさせられるのとでは全く意味が違う。恐らく後者の場合は「後がない」という危機感だ。無論伸にはそんな緊張感などなく、綱渡り的な経験をした記憶もなかった。けれどナスティの指摘通り、
「もう俺達のことはいいから、頑張ってくれよな伸!」
「悪かったな、俺達の為にそんなことまで…」
 ふたりは勘違いに気付かないまま、一生懸命伸を励ましていた。勿論、そんなだから彼等はいい仲間達なのだが。
「よせよせ、ふたり共」
 ところがそこへ、当麻はあっさりと言ってのけた。
「本試験を蹴っても、追試で通る自信があるってことだろ。ほとんどイヤミだぞ」
 まあそれは事実だが、しかしそんな物言いをされれば伸も反撃に出る。
「君にそんなこと言われたくないなぁ?。まともに勉強しなくても、有名進学校に入れる君とはレベルが違う話だよ」
「フン…そうだとしても、授業態度から、生活態度から何でも合格点とはご立派だよ。頭が下がるね」
「どういう意味だい…?」
 何故だか急に怪しい雲行きを感じた。これらの会話の方向性が、正直なところ秀と遼のふたりにはよく解らなかった。しかし当麻の横で話を聞く征士には、ひとつだけはっきり判ったことがあった。それは当麻の態度について、
「八つ当たりはよせ…」
 と、そんな簡単な征士の一言で黙った所を見ると、当麻はどうも何かが気に入らないらしいのだ。が、伸にその理由は知る由もない。
「変な奴だなー?」
 そう告げただけで伸は、別段怒りも感じなかったようだが。

 そうして、いつまでも昼食の続きのように、大広間のテーブルを囲んで過ごしている内、ナスティがお茶の支度をしようと立ち上がった。時計を見ればもう二時半を過ぎていた。楽しい時はとかく時間の経過が早いものだ。
 そして秀の待望の時もやって来た、と言っても過言ではなかった。何故なら特別な集まりの時には大抵、ナスティがそれに合わせたおやつを用意しているからだ。パーティに参加する目的のひとつは正にそれ。変わらず単純明快な秀だった。
 ところが今日、この時間を待ちに待っていたのは秀だけではなかった。
 まずはお茶のセットを運んで来たナスティ、後から沸いたばかりのお湯の入ったポットを持って、伸も同じ広間へと戻って来る。今ここには全員が揃っている、という所を見計らって、
「そうだ、俺渡す物があったんだ」
 と、当麻はさも思い出したように言った。椅子の背に掛けてあったリュックを取り、みんなが注目する中、勿体振るようにその中身を探り出す。そして彼が取り出した白い小さな箱。御丁寧に金のリボンがかけてある。それを、
「これはお返しだ」
 と秀の前に進めて、当麻はしたり顔で笑うのだった。

『やられたーーーーー!!!』

 と、秀が青褪めるのも無理はなかった。そもそも秀こそがこれをやりたかったのだから。
「何なんだ当麻?」
 何の疑念も含まない遼の問い掛けに、
「ま、一週間程早いんだが」
 わざとアピールするように当麻は話す。無論即座に反応するのは遼以外の者だ。
「えー?、じゃあ、当麻はチョコレートをもらったの?」
 ナスティが小気味良い声色で彼に振れば、『よくぞ聞いてくれました!』と、両手を叩いて喜びたい気持を押さえながら、
「まあね」
 とだけ彼は答えた。
「…面白い事をするな?、秀は」
「・・・・・・・・」
 はたと気付けば、秀は自分に妙な視線が集中しているのに気付く。慌てて弁解を始めた彼だが、どうにもオーバーアクションで、傍目からしても落ち着きがなかった。
「違うっ!、違うんだって!。冬休みの間に勉強を見に来てもらったんだ!。そのお礼だってちゃんと書いたんだぜっ!。たまたま思い付いたのが、妹がバレンタインだ何だって言ってる時だったんだ!!」
「フーン…」
 本当の所どうかなのかを疑うまでも、秀の様子を見れば「してやったり当麻」な状況は確かだった。
 以前からこのふたりと来たら、そんな下らない「落とし合い」を競っているのだ。いつから、何から始まったのかは知らないないが、今はほとんど習慣的になっていた。出会った頃には全く相似点がなかったふたりの、ひとつの共通語として続く行動なら、それはそれで微笑ましいことかも知れない。正に小学生並みのアプローチ、相手の関心を惹こうとしているに違いないからだ。
 恥をかこうが、かかされようが、彼等がそれで良いならいいんだろう。
 しかし、
『まったくもう…』
 秀からは妙な電話を受け、今日は当麻に不可解な厭味を言われ、最も飛ばっちりを受けた伸にも、その結果としてこの状況なら辻褄が合うと思えた。例え仲が良いのは他の仲間だとしても、彼等はただ何かの形で関わっていたいのだ。伸にはそんな風に受け取ることができた。でなければ、何でわざわざバレンタインなんだか判らない。
 人には、無意識にやってしまう行動が必ずあるものだ。伸は自分も含めてそう思った。
 起こった事の整合性が、正しくそれを訴えているではないか。



 ナスティがテーブルの上の、自分で焼いたチョコレートケーキを切り分けていた。つまりこっちは三週間遅れのプレゼント、という訳だ。ところでその前から、秀は当麻からの贈り物の箱を早速開けて、小振りなガトータイプのチーズケーキをバクバク食っていた。
「食い物に罪はなし!」
 横で笑っている遼があんまり楽しそうなので、伸も「呆れた」という表情は表にできなかった。しかし勿論のこと、本日最も楽しい思いをしたのは羽柴当麻その人であった。

 その横で、征士だけは暗かったそうだ。









コメント)なーんて愉快な小説なんでしょ。書いてる本人がそう思うんだから、やっぱり当秀はこういう乗りが似合うわ!、って所がきっと伝わったと思います〜。サイト作品では始めての当秀らしい作品だけど、もっと書きたいという意欲が沸いて来たので、今後必ず書きますねっ!。(BDの頃は要チェック。それとパラレルには結構出て来るんですが)
ところで当麻の人格って、今更ながら不思議よねぇ。ひとりで行動したがる割には、誰かに構ってほしいと思ってたりして。困った奴だ。(当麻に限った事じゃないけど)



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