議論する当秀
高校生日記
バビロンの流れのほとりに
Prisonner's Child



 帰路の為の一本道はどこまでも遠く、長く続いてるように見えた。
 一度親しんだ土地を離れる淋しさと、懐かしい故郷に戻れる喜びとを比べ、どちらの方が勝っているかは人それぞれ、或いは状況に拠って違うだろうけれど。

 鶸(ひわ)色の野山が続くサファリロードを、ナスティが手配したガイド付きの車で越境した、当麻、秀、純、ナスティの四人は、ケニアのナイロビ空港に再び到着した。そこまでの道程も丸一日程かかったが、更に飛行機でエジプトのカイロへ飛び、乗り継いで日本へ戻ることになっている。まだアフリカ大陸内を移動する飛行機に、漸く辿り着けたと言うところだった。
 広大なアフリカの大地を飛び立つ一機の旅客機。見慣れている飛行機の機体も、ここでは些か異質な物のように感じられる。否、ナイロビは日本の街に負けない程の大都市だが、それまで長く眺めて来た、未開の土地の風景の方がより強く印象に残っていた。
 つい数日前まで滞在していた原住民の集落は、現代の機械文明からは掛け離れた、原始的な生活形態を今も尚守り続けていた。例えそれでも、本当の原始生活とは大きく隔たりがあるのだろう。人間本来の姿を保とうとすることは、意外と難しいのではないかと感じる。
 何故なら生命は、絶えず変化して行くように作られたのだから。
「変な話、俺は人間じゃねぇのかも知れん」
 空港のやや白んだ空を抜け、窓の外に雲の波ばかりが広がった頃、秀は何かに後ろ髪を引かれるような口調で言った。
「前から知ってるさ」
 隣の席に座っていた当麻が、いつもの調子で軽口を挟むと、更にその隣で眠そうな目を擦りながら、純がクスクスと笑っているのが聞こえた。子供の体力ではハードな旅だったろう、帰路に就いてから寝たり起きたりを繰り返す彼を、ナスティ以下のふたりは注意深く見守っていた。
「そういう意味じゃねーんだよっ」
「そういう意味でも通じるって話だ」
 例え何があったとしても、彼らの間に飛び交う会話は何ら変わらないようだが。
「シリアスな顔して感想を一言、なんてまるで似合わんぞ?」
 当麻がそう嗜めると、秀はわざわざ怒り顔作って返す。
「わりかったなっ!」
 そうして周囲の者達が笑うことを今では、大事な活動のように捉えられなくなかった。「笑う」と言う行動は健康にも良いと言うし、そんな意味での奉仕ならいくらでもできる。と、秀は胸に思いながら、しかし何処かに空虚さをも感じていた。この場には本来居るべき三人が居ない。
「どう言う意味なの、秀?、私は興味があるわ」
 するとナスティは至極真面目な顔で、秀のつぶやきについて尋ねていた。
「いやその…、そう改まって聞かれると、大したことじゃねーかもなぁ…」
 面と向かって質問されると、まだ纏まった考えに至らない自分の疑問に、秀は言葉を詰まらせてしまった。普段、仲間内での会話なら、適当にニュアンスを汲んでくれる者が必ず居るが、この場は何とか言葉を捻り出すしかなさそうだ。当麻の今の様子からは、助け船を出してくれそうな気配は感じられない。
 言葉を探るような調子で辿々しく秀は話した。
「っと、そうだなぁ、どんなもんでも太古の昔から、全っ然変わらねぇってことはないんだろ?。人間は誕生してから五百万年も経ってるって言うし、もう、最初に『人間』って決まった時からは、相当変わっちまってるんじゃねぇかと思ったんだ。あいつら、タウラギ族とかの生活を見てるとよ、何かそんな風に感じるんだよな」
「うーん、そうねぇ…」
 取り敢えず思い付くことを並べてみたが、それに対して真摯に考える様子のナスティには、何だか済まない気さえしていた秀。レベルの低い話に関心を持った私が馬鹿でした、と言う態度を取られたら、如何にお笑い担当の秀だとしても切ない。けれど、
「『人間』って言い方は語学的な表現だから、言葉では区別できないと思うけど、ホモサピエンスとしてなら変わってるかも知れないわね」
 ナスティはそんな風に、彼の疑問の要点を整理してくれた。成程、語彙の足りなさから、秀の話には自ら意味を消失している部分がありそうだ。人、人間、学名は霊長目ヒト科ホモサピエンス。さて自分は一体何について考えているのだろう?、と秀は新たに頭を悩ませ始めている。
「ふーむ…」
「それが何だよ?」
 振っておいてそれだけで途切れてしまった会話に、苛立つように当麻が横から問い詰める。
「いや、だから…、どこら辺で区別すんだろうな?」
 しかし考え込んでいた割に、やはり言葉足らずの返答しかできなかった。これで果たして秀の疑問は解明されるだろうか…?。
 否、始めから知的議論をしようと思わない彼に、的確な回答が齎される可能性は低かった。無論秀に知性を期待する者は居ないが、更に彼は根本的な理屈を知らない。難しい事柄を砕いた言葉で表現するのは、知的議論をするより遥かに困難なのだ。だからこの時点で、答を他人に求めるのは無駄だった。秀自身にもあやふやな考えは、他の誰にも全く伝わっていない。
 すると、
「それはな…」
 勿体振った調子で前置きして、当麻は楽しそうに皮肉を口走った。
「現代人と古代人とでは、俺と秀ほどの差があるってことだ」
 勿論それは秀の知りたいことでも、正しい答である筈もなかった。
「まともに答えろよぉ!」
「まともに答えたところでおまえに理解できるのかよ?」
「む…」
 そしてそう言われてしまうと、自信を持って返す言葉は見付からなかった。もしかしたら自分は、誰の手にも負えない高度な問題に、知らずに触れてしまい、自ら墓穴を掘っているだけじゃないかと、秀には段々思えて来たところだ。
 案の定、当麻は立て板に水といった様子で続ける。
「簡単に言えば、環境から来る精神構造の違いだ。情報量が増える程に大脳は発達し、神経系と複雑な交信を始め、意識は階層化され、脳下垂体の機能が増大して行く。それにより脳内に放出される物質が変化するってことだ。生物の進化の基礎はそこにある。…わからないだろう?」
「う、う〜ん…」
 言われる通り、当麻の解説は秀にはちんぷんかんぷんだった。確か冒頭で「簡単に」と言った筈なのに、それすら解らないと馬鹿にされそうな…。
「意地悪ばっかり言ったら可哀相よ、当麻」
 けれど笑いながらナスティがそう挟む通り、決して親切な説明とは言えないものだったようだ。「簡単に」と言ったのは、「易しく」の意味ではなく「簡潔に」の意味だった。それを少々意地悪な言い方だとナスティは笑っている。
 まあ、そんな言葉の綾は秀の気にするところではない。ナスティの応援(?)のお陰で、漸く本来の調子を取り戻せたように秀は反撃を始める。
「そーだそーだっ、聞いてるのは俺だけじゃねぇんだぜ?、純にもわかるように説明してくんなきゃなぁ?」
 今は体を丸め横になっているが、純が完全に眠っていないのを秀は知っていた。
「うん…」
 そして彼も秀に同意するように、顔を上げてニッと笑って見せるのだった。
 意外と、相手の立場を悪くする方法は心得ている。上手く周囲を取り込んだ秀に対し、三対一では勝ち目がないと諦めたのか、当麻は渋々「易しい」説明をさせられる羽目になった。純ほどではないが、当麻もそろそろ眠りに就きたい欲求を持っていたが…。
「そうだな…、人間はとにかく何をするにも脳が必要だ、それはわかるだろ?。猿に近かった頃は、体を制御する為だけに脳は使われていたが、新しい発見をしたり、新しい行動をしたりする度、それ以外の脳の使い方が発達したんだ。発達とはただ脳の量が増えるって意味じゃない。複雑な感情を持つことも、深く考えることもみんな、脳と脳神経の発達によってできるようになった。
 今人間に最も近い類人猿は、チンパンジーとオランウータンだと言うが、それらと原人の決定的な違いは、完全な二足歩行をするかどうかにある。恐らく過去の類人猿が何かを考え、『二足で歩くと良い』と発見したから、次の種類に進めたんだろう。それが脳の発達の原点なのさ。だが、結局原人は不完全な進化で終わった訳だ」
「…何で?」
 ナスティと、半分眠っている純は何も言わなかったが、秀はそこで素直に質問を返していた。ところが、
「今この世界には原人らしい生物なんていないだろうが。それともおまえか?」
「どういう意味だっての!」
 それにしても当麻の発言はいちいち癇に触る。原人は何故不完全なのかを聞いただけで、気に触る質問とは思えないのだが。疲れているからか、どうも当麻の態度はおかしいと秀は首を捻っている。まあ、進化説についてはナスティが話してくれた。
「秀、原人は私達の祖先じゃないのよ」
「へ…?」
 そしてナスティの親切に吊られるように、結局当麻がその先を説明した。
「原人って種はみんな絶滅したんだよ。今の俺達のルーツらしき生物がいるとしたら、まあ、タウラギ族なんかはわかり易かったな」
「えー?、あいつらー…??」
 実はこれまで、秀は自分の祖先を北京原人だと思っていたのだ。確かにその「他地域進化説」が、七十年代までは世界中に広く信じられていた。つまりアジア人のルーツは、北京原人かジャワ原人と言うことになる。単純にして判り易い説ではあった。
 しかし判り易ければ良いと言うものではない。最新の研究から導き出された推察に拠ると、原人の遺伝子を人は受け継いでいないと言う。そしてアジア人からは文化も人種的にも、殆ど共通性の感じられないアフリカ人が全ての起源、と言うことに落ち着いているそうだ。秀が即座にそれを呑み込めなくても、別段不思議ではない話だった。
 その「単一起源説」について、科学雑誌の記事から知識を得たナスティは言った。
「現代人の起源は全てアフリカだって説が今は有力なの。そこから色んな地域に人が移動して行ったんですって。アフリカにはあまり他所の地域と交流のない、少数部族がまだ多くいるでしょう?。だから古代からの変化が少ない人が多く残ってるのよ」
「ふーん…?」
 つまり、便宜上同じ人間であっても、特殊な環境に閉鎖的に暮らす少数部族などは、同じ経緯を持った現代人とは言えないようだ。
 アフリカに限らず世界各地に暮らす、差別されることの多い原住民族達。彼ら古代的な人々は、今も尚古代的な生活をしていると言うだけだ。現代の生活から見れば正に異質に感じられ、それが差別の対象になってはいるが、実際は現代の誰もが通って来た過去の生活なのだろう。そして彼らにしてみれば古の世界こそが日常だと、何となく理解はできた。
 即ちそれは自然と共に暮らしていた頃の生き方、と言う意味だ。現代人からは徹底的に失われてしまった文化を、彼らは残そうとしているに過ぎない。
「古い人種だと言っても、そう大して変わらなかっただろ、タウラギ族は」
「…まあな」
「まだ区別ができる程人類は変わってないってことさ」
 当麻は「変わっていない」と、一連の話を締め括っていた。
 秀はと言えば、確かにそうかも知れないと思う反面、心情的にはまるですっきりしないままだった。あの原住民族が暮らす場所で、自分と彼等に感じた隔たりとは、これまで話されていた人類史的な意味とは、別のものかも知れないと気付き始めていた。
 当麻は諦め顔のまま、再び黙ってしまう秀の頭を手の甲で小突く。
「どうもわかってくれないらしいな、この頭は」
「んー…。俺が知りたいこととはちょっと違うんだよな」
 秀は一応申し訳なさそうな態度を示して返すが、
「だったら説明させんな!」
「しょーがねーじゃんよ、わかんねぇんだから。違うってことがわかったからいいんだ!」
 結局何の理解も得られないまま振り出しに戻ってしまった。
「ったく」
 小さくそう吐き捨てた当麻を見ていると、自分の疑問よりもこいつの態度の方が疑問だ、と秀には思えていた。いつから不機嫌になったのか知らないが、こう引っ掛かる物言いばかりされては、我慢できる限界をいつか超えてしまいそうだ。他国の飛行機内で暴れたくはないところだが。
 当麻は何を考えているのだろう…?。



 カイロ空港に到着するまでまだ一時間は猶にあった。
 当麻が既に眠り始めた様子を横で見ていると、眠気が伝染して頭を鈍らせて行くのが、秀には刻々と感じられるようだった。まあ、今無理に考えようとしなくてもいいだろうと、秀は思考するのを止め、ポケットに押し込んでいたアイマスクを広げ出す。
 装着すれば、窓の隙間から差し込む日射しも気にならないだろう。閉じた瞼の下にはいつも通りの、眠りの入口とも言える穏やかな闇が感じられた。
 闇、暗闇。
 黒、黒い空間、黒い輝煌帝。
 悪い方へ傾いた輝煌帝はもうなくなったが、これで良かったんだろうか?。仲間全員で、これまでずっと必死ンなって戦って来たんだぜ?、輝煌帝はいつも一番大事なもんだった筈だ。こんな結果で、本当に良かったのかなぁ、おい…。
 あーあ、みんなどうしてっかなー、今頃…。

「おい、当麻!、」
 暫し大人しくしていた秀が突然また口を開いた。と、同時にアイマスクを毟り取って、横に居る当麻を揺り起こそうとする。今ならまだ本格的に眠ってはいない筈だと、秀は必死に声を掛け続けた。
「起きろってばよぉ!」
「…何だよ」
 元々の不機嫌の上に、更に不快な状態の当麻は流石に座った目をして答えたが、構わず秀は思い付いた言葉を捲し立てる。
「な、タウラギ族を古代的って言うなら、俺達はどこが現代的って言うんだ?」
「まだ言ってんのかよー…」
 いい加減に無駄な議論は止めてほしい、と思いつつも、秀の何らかの閃きには力が感じられた。今度こそ彼の答が見付かるかも知れない。と当麻は思い、
「…古代的、現代的って、何について言ってるんだ?」
 何とか頭を回転させようと、呂律を整えながらそう返事した。すると秀は先程よりも、もう少し明確に説明することができたのだ。自分がアフリカの原住民の生活から感じたこと、更にそれと自分達を比較して感じた、表現の難しい不一致について。
「んーと、あの集落では何て言うかよ、集団で居ることを守ろうとしてるって言うか、同じ考えでいることを守ろうとしてる感じだったよな?。古い宗教みてぇなもんだろうけど、もしかして、そういうのが古代的なのか…?」
 そして今度は、当麻にも的確な回答を出すことができたようだ。
「個を個として認めない社会は、中世以降は古いと考えるようになったんだよ。訳の分からないことをみんな神の仕業にする時代もな」
「あー…、やっぱりそうなのか…」
 けれど納得した様子をしながらも、秀は嬉しそうでもない口調で呟く。そしてぽつりと言った。
「つまんねぇな」
「ああ?」
 秀の言葉遣いは、前途の通り語彙の少なさから、その真意を理解し難い時がままあった。今も丁度そんな状態だと思えるが、まずその前に、秀が考える題材としては難しい話なのも確かだ。誰にしても遠い過去から現在に至る、人間の進化の過程を見て知っている訳ではない。その中に何からの真理があるとしても、あくまで憶測の真理と言う他にないだろう。
 それで秀が納得するのだろうか?、と当麻は案じながら考えている。事実かどうか判らないことを『正道』とするのは、義の心に反しているのではないかと思う。残念ながらそれが学問と言うものだけれど。
 ところが、
「おんなじことをみんなで信じられりゃ、幸せなのにな、と思ったんだよ」
 秀のその言葉を聞いて、何故か当麻はまた臍を曲げてしまった。
「…馬鹿馬鹿しい。俺は寝るぞ」
「何なんだよっ!?」
 一体何が気に触ったのか、秀にしてみれば人類最大の願いとも思える、最も尊い平和思想を論じたつもりだったが。
 否、秀の気持を逆撫でするつもりはなく、当麻はそれが理想論でしかないことを知っている。何故なら、過去のそうした思想を切り捨てた上に現代は在り、そんな現代世界を守る者として自分達が居る。五人の鎧戦士として選ばれた過程と共に、今ここに、自分と秀と言うふたつの駒が揃って居るのだ。その事実を軽んじてはいけない、と当麻は反発しているのだ。
 人は進化の過程で、集団で生きる生物と言う枠から離れつつある。人間がいつまでも、羊飼いの後を着いて歩く羊ではいけないと、それぞれが主張し始めてからの短い歴史。まだその発達は全く不完全なものだが、過去のある時にそれが、『良いと思える発見』だったのは確かだ。
 無論真に良い発見かどうかなど判らない。或いは姿を消した原人達のように、この種が死に絶える理由にもなるかも知れない。けれど時間を前に戻すことができない限り、現代人は流れに乗って行くしかない。この、誰もが自由に生きられる今を捨て、思想も行動も縛り付けられた、完全な階級社会に戻りたいと誰が思うだろうか?。
 例え珠玉のように素晴しく見える過去が在っても、遡ってはいけない。この先により良い道があるかも知れないと、ささやかな希望に縋って生きるしかないのだ。人間は自ら個の独立を選択した時から、孤独とも手を結ぶ結果を生み出した。けれどだから、生きている自分以外の者を、より大切に思えることもあるだろう。
 己に異を唱える者にさえ、愛着を感じることもあるだろう…。

「やっぱり心配だな、遼達。あんな山ン中に置いて来ちまって…」
 秀は薄目で窓の外を眺めながら、広がる雲の下の何処かに居るだろう、他の三人の仲間の身を案じ続けている。時には思いを違えることがあっても、仲間達がこんな形で離れているのは初めてのことだ。それがずっと心苦しいアフリカ滞在だった。
「よく平気で寝てられるぜ!」
「うるせぇ」
「フン、友達甲斐のねぇ野郎だなっ!」
 そして当麻に対する不服を口にした途端。固く閉じられていた瞳をカッと見開いて、当麻は思わず怒鳴るように反論していた。
「だったら、少しは俺のことを考えてくれてもいいだろ!」
「・・・・・・・・」
 何だそりゃ。
 と、秀の頭に言葉が浮かぶ頃には、当麻は元の姿勢に座り直し、静かな休息状態に戻ってしまっていた。それにしても、一体何を言い出すのかと思えば…。
「それで不機嫌だったのか?、さっきから」
「…勝手な憶測をするな」
 勿論正直に答えはしないだろうが、答えなくとも秀に解らないことではなかった。
 確かに昨日辺りから、あのタウラギ族の集落から離れて行く度、残して来た三人への思いが強くなって行った。重要な事件の後でもある、どちらかと言えば同行している三人より、事件に苦しまされた三人の方に、気持が向いている時間が長かった。今も、離れていることが気掛かりでならない。しかしそんな自分の様子が、当麻には嫌と言う程はっきり感じられたに違いない。居ない人間のことばかり考えていると…。
 だからと言って、
『こんな態度で示されてもなぁ…』
 秀は敢えて「子供みてぇ」とは言わない代わりに、
「あっそ。当麻の心配なんかいつだってしてねぇよ」
 と、憎まれ口に聞こえる返事で対抗する。けれど付け加えて、
「いつも俺が傍についてるからな!」
 と陽気な声で笑っていた。
「ふざけんな…」

『通じてんだか通じてないんだか』
 どちらが思ったのか知れない。否どちらも思っているかも知れない。けれど完全に相手を理解することより、完全に一致した意識を持つことより、もっと根本的に大事なことがあると気付いた。
 解らなくても一緒に居る、掛け離れていても目の前に居る、ただ傍に居ることができれば満足だと思う気持も、人間には確かに存在すると思えた。それが長い進化の後に辿り着いた、本当の意味での尊い思想なのかも知れないと。



 嘗てバビロンを下った民は正に迷える小羊だった。
 けれど人は善かれと思う意思の下に努力し、いつしか世界中に散らばる言葉や文化への、理解を可能にさえした。
 願わくば、己が如何なる変化をしても、いつも同じ気持でいられるように。
 一時は遠く離れていても、誰もが必ずまた近付けると。









コメント)このシリーズの当秀では、初めてちょっとばかりシリアスな話にまとまりました。自分は楽しんで書けましたが、言いたい事がちゃんと伝わるように書けたかな〜?と、少し不安な気もするのです。と言うのは、当麻のおしゃべりってやっぱり、あんまりレベルの低いものにはできないので、インテリな話題を使うと今度は、小説を読む方に通じるだろうか?って心配が出て来て。いや今回はそこまでインテリジェントでもないけど、ああ、IQ250の扱いは難しいよなぁ(笑)。
そんな訳で、これで高校生日記のシリーズもほぼ完了です。うーん、終わってしまうと何だか淋しいですね。また何か、こういった形の連作シリーズを思い付いたらいいなーと思ってます。ネタは色々あるんだ…。




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