大花月
朝日のような
夕陽を連れて
大花月シリーズ8
The New Sunset



 妖邪界での騒動、もとい、親睦の宴が開かれてから二日が経った。

 夕方には各々自宅に戻る、と言う春休みも終わりに近付いたその朝は、花冷えと言う言葉が相応しい肌寒さを感じた。
「どうしたの?」
 と、朝食後のダイニングテーブルに集う顔を見回して、ナスティが声を掛けた相手は、少しばかり強張った表情で答える。
「もう一枚シャツ持って来るんだっだ。春と言っても寒い日は寒いな」
 言いながら遼は軽く鼻を啜っていた。本格的に風邪を引いた感じでもないが、うっかり寝冷えでもしたのかも知れない。
 三月も中盤となると、冬枯れの寒々しい景色が日に日に変容し、生命の明るい輝きが増して来るようになる。春の日射しを待つ樹木や草花が一斉に、新しい年を迎える準備を始める。そんな様子を日々、見るともなく見て過ごしている人間達だが、知らず知らずそれに乗せられてしまうこともあるだろう。
 植物には隆盛を間近に控える季節でも、人間にはまだ上着が必要な三月。しかも柳生邸の建つ山中湖周辺は、決して温暖とは言えない地域だ。
 気分の高揚から衣服の判断を誤った。春先にはよくある出来事だが、
「年寄りみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!」
 秀は努めて場を明るくするように、思いきり笑い飛ばしていた。まあ、程よく脂肪の付いた彼なら、微妙な気温変化は気にならないかも知れないが。
「そう言う問題じゃないだろ?」
「不思議と遼は寒がりねぇ」
 そんなふたりの遣り取りを見て、ナスティは春の気を思わせるように笑った。
 柳生邸の広いダイニングの窓からは、朝方の爽やかな風に揺れる桜の枝が、若葉と花の蕾をざわめかせているのが見えた。今朝はこの通り冷え込んだので、少年達が帰るまでに花を見ることはできないだろう。春休みはまだ残っているけれど、彼等もそうそう暇ではない。鎧を中心に据えた活動が終われば終わったで、単なる人間としての義務も果たして行かねばならない。
 本当はもっと、この桜の木を眺めていたいけれど。
 けれど幾度かの春の記憶、満開の桜の下の喜びも悲しみも分かち合った、これまでの記憶はいつでも思い出すことができる。誰に取っても鮮烈に残る、苦悩と悔恨と歓喜の入り混じる少年時代の思い出は、忘れようにも忘れられない。だから一時の別れは悲しいことではなかった。
「ま、新年度を迎える前に、色々片付いて良かったじゃないか」
 と、当麻が窓の外を眺めながら言うと、
「ああノ、そうだな」
 その意味を噛み締めるように遼は答えた。
 一戦士としての道程は既に、去年の夏に区切りを付けていたけれど、ここに来てそれに関わるもうひとつの集団とも、良い形で渡りをつけることができた。これでもう、日頃から鎧だの戦いだのと、不穏な事が頭にチラつくことはなくなるだろう。一部の責任を負ってくれる仲間が他に居ると、信じられれば無闇に悩む必要もなくなった。
 何もかもこれまでの数年があってのことだ。と、遼は今一度己を振り返って、
「本当に色々あったな」
 感慨深い様子で微笑んでいた。今度は秀も茶化すことなく、
「これでホントに『卒業』って感じだな!」
 と、遼に目配せをして返した。
 仲間達の何気ない日常の遣り取り、今は当たり前になった光景。単純計算なら短い、人の一生の内の僅か二、三年の期間だが、その濃密な時間を共有した者だけに通じる、何らかのサインを交換しているようにも見える。バラバラだった当初を思い出すと、今は考えられないくらい通じていると、最も如実に感じているのはナスティだったろう。
 すると彼女はそこで、
「卒業かぁノ。私達は確かにそんな感じだけど、妖邪界の今後については何となく、まだ不安が残る気がしない?」
 敢えてそんな話を続けた。彼女は煩悩京の宴より戻った面々から、現在の妖邪界の様子を知り、最早斜陽の土地と化したその住人、鎧戦士の隣人達の行く末を案じているようだった。正に色々あったけれど、迷惑に感じる事も多々あったけれど、五人が彼等を大切に思えばこそだった。
 しかし、
「いーや!、そんな心配することもねぇ。地球侵略とか?、デカい事件を起こすこともねぇだろうし」
「フフ、それはそうだけどノ」
 秀の軽々しい口調には、あまり乗れない様子で笑ったナスティ。そして、
「ん?」
 彼女の視線に気付くと、正しい意見を求められた当麻はこう言った。
「俺達に取っては秀の言う通りなんじゃないか?。魔将達については、今の日本に居るよりずっと人間らしく暮らせているさ」
 言葉の何処にも深刻な響きはなかった。それだけ安心できる状況になったと言う証しだろうか。
 続けて遼も話した。
「今の妖邪界に行って、特別何かをした訳じゃないが、相手への信用ってのは他愛無い事から、自然に出来上がるもんだと知った気がする。俺は今、これまでになく安心してるんだ。魔将達と話し合えて本当に良かったと思う」
 今はなんて穏やかなんだろう。
 事の切っ掛けはともかく、魔将達の招待に応じたお陰で、五人は漸く鎧にまつわる大半のことから解放された。既に鎧は手元を離れたのに、そこに到るまでに少々時間を要していた。理由はいくつかある、双方が腹を割って話し合うには、少年達が若過ぎたこともあるだろう。魔将達がまだ深い負い目を感じていたこともあるだろう。
 けれど時が経過した今、彼等の命運の上にこんな機会が用意されていたことは、誰もが心から喜べているようだ。それを確認するとナスティは、自分も余計な心配は止めようと覚るのだった。
 彼等の新しい旅立ちに水を差したい訳じゃない。ただ、
「随分奴等の株が上がったなァ?」
 秀は少しばかり納得行かない態度を見せ、清々しく語った遼を横目に見ていた。
「え?、何でノ」
「あー、朱天は真面目過ぎるくらいの奴だしなぁノ。俺の持ってる奴等のイメージとは違うのかも知んねぇなぁノ」
「???」
 確かに、遼が触れて来た魔将達の態度と、主に秀に寄り付いて来る魔将の態度には違いがある。秀は仕方なく大目に見ているだけで、遼のように手放しで信頼を寄せる訳ではなかった。否、遼以外の誰もが、魔将達は今でも癖のある連中だと認識している。恐らく彼等も人を見て話すだろうから、常に真摯な遼には悪い印象を残さないのだろう。
 秀でなくとも、個々に温度差を感じるのは致し方ない。
 まあそれでも、
「ともかく、鎧がなくなった不安を補ってくれる程度に、魔将達を信用できるようになったなら素晴しいことよ?」
 ナスティが全体の意見を纏めると、
「うん。そう思う」
 遼が力強く頷いた後は、否定的な言葉を続けない秀だった。
「まあその辺は頼むしかねぇんだけどな!」
「頼まれてくれたから俺達が楽になった。それには感謝しないとな」
 当麻がそう補足しながら、調子の良い秀の頭をポンと叩くと、ナスティはいつものように穏やかに笑う。
「フフフフ」
 今の平穏な状態を考える時、戦いが世界を平和にしたのではない、それはひとつの過程だったと改めて気付いた。平和を望む人々の繋がりがなければ、今こうして笑い合える現実もないと、魔将達との会合を通して感じている元鎧戦士達。

 これからは、立場に縛り付けられた状態を少しばかり忘れ、それぞれ社会の一員としての成長を望めるだろう。この柳生邸に集う度に感じる緊張感も、いつしか懐かしいものになって行く筈だ。誰もがそんな希望を確と見出せた、今だった。

「ノあんなこと言ってるけど、僕にはとても安心なんてできないよ」
 ところで、朝食の片付けをしていた伸はキッチンで、聞かれない程度の声でボヤき続けていた。寝覚めのようなすっきりした顔をして、理想的な信頼関係を語り合う仲間達が、今の伸にはどう映っているのやら。するとそれに対して、
「当麻の言う『俺達』には、私達は含まれていないのだ」
 と、手伝いをしていた征士が同様に、芳しくない口調で続けた。どうやら同じ立場の戦士と言っても、このふたりと他の三人には意識の隔たりがあるようだ。無論彼等にだけ特殊な問題が残された所為でノ。
「含まれないって随分じゃないか」
「まあ確かに当麻達には関係ないからな」
 上辺ではそんな会話を続けながら、どちらも心に何を思っているかは知れない。否、何も考えないようにしているのかも知れない。上の空と言っても過言でない言葉を交しながら、手は機械的に片付け作業をしていた。まあ、元々微妙な間柄であったのに、尚やり難くなったと感じていて然り、故に無機質を装う他なくなったようだ。
 そんな中、ふと思い出したように征士は言う。
「当麻は色々と、私達のことも気付いているようで、何やかやと助言いただいた」
「ノお節介だな」
「全くだ」
 すると淡々と話しながらも、迷惑そうな心情が色濃く声に現れて来た。
 何故なら助言と言いつつ、半ば面白がって介入しているのが判るからだ。結局何だかんだ言っても、当事者以外は大して深刻に感じていない。勿論あの偽鎧が大厄と化すとは想像し難いが、だからと言って、冷やかし半分に口を出されるのは、事実が発覚して二日経った現在既に、うんざりと言う心境のふたりだった。
 今はそっとしておいてほしいのに、偽鎧達の異色さが強く残り過ぎている。
「からかわれるのはもうご免だよ。僕らだって偽鎧のことは知らないのに、憶測で助言されてもさ。それに僕らがどう行動したって、魔将達が手を焼いてる事実は変わんないよ」
 と伸が、解消されない悩みの種を指摘すると、
「全く、そうだなノ」
 関与しない事に振り回されている現状に、征士は溜息を吐いた。
 そもそも、自分達の関係を端的に表現する言葉はない。
 元よりふたりの間には、判り易い特定の感情があった訳ではない。起点となる出来事はあったが、特殊な環境の中で様々な過程を経る内に、迷いながら選択して来た結果が今のふたりだった。つまり助言を受ける以前に、本人達が整理すべき問題とも言えた。
 私達は、僕らは何なのだろう?。何かでなくてはいけないだろうか?。
 これからどうなりたいのだろう?。明確な理想を持たなくては駄目だろうか?。
 皮肉なことに、偽者達の奔放な態度を見せ付けられたことで、漸く正面から考える気になったところだ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
 曖昧なままでいるのはまずいだろうか?。これまでは何かにつけ、折に触れ仲間達が集合する機会があったけれど、そんな習慣に何処かで甘えていたかも知れない。大した出来事はなくとも、これと言って意思表示をしなくとも、次にまた会えることは確定事項だったからだ。
 何も進展しなくていいと、本気で思っていた訳ではないけれど。
 そしてこれ以降はどうなるか知れない。
 懸案は妖邪界に在り。されど一番の問題は自分達かも知れない。
 と、暫く黙って食器を片していた伸が、そこで初めて手を止めて言った。
「僕の考えでは、誰がどんな思いをしようと、くっ付きたければくっ付けばいいと思うよ。それ自体が危険な訳じゃないし、迷惑を感じるのはごく僅かな人間だけだ。僕らは僕らだ。偽者は偽者だ」
 伸はそれまでの態度を変えて、至って真剣な眼差しを窓の外に向けていた。彼の視線の先にあるのは恐らく、雲の上の世界で幸福に暮らしている、同じ顔をした別人達だったろう。己の立場からはどう理解するか難しい相手だが、彼は彼なりに答を出したようだ。もうそれについては悩まないと。
 ところが征士は、ままあって予想しない言葉を返した。
「どっちの話なんだ」
「えノ?」
 暫しの沈黙。
 途端、伸は素に戻ったように発した言葉を思い出し、確かにどちらに言っているのか判らないと思った。そんなつもりはなかったが、何故か主語を欠いて話していた。これでは言葉足らずで誤解を招くと、随分間を置いた後で焦り始めた。
 また、さらりと言い間違いで済ませられれば良かったが、振り返ると征士は多少困ったような、或いは笑い出しそうな微妙な表情を見せていた。事が事だけに下手な言い訳をしたら、大笑いされるか変に深読みされるか、とにかく恥ずかしいことになると伸は感じる。思うともなく思っている、本心を見透かされるような恥はかきたくないノ。
 と思って、
「今のはナシ!」
 伸は一言強く訴えると、胸の上に両手を交差して『バツ』を作って見せた。彼にしては珍しい行動だが、お陰で何も突っ込まれまいと必死なことは、充分に征士にも伝わっていた。
「ふ?んノ」
 ただ少し面白くない。例え言葉足らずだったとしても、これまで忌み嫌っていた偽水滸と、目の毒と言える偽者達に寛大に考えられるようになったのは何故か、と尋ねたかった。恐らく伸はそれも話したくないのだ、と理解する他にない。自分のことではないにせよ、話せば話すほどボロが出るとでも思っているのだろう。
 何故頑に本音を隠すのか。何故偽鎧に関与したくないのか。
 否、その点は征士にしても相違なかった。如何に相手を思っていても口には出さない。直接的な言葉は使わない。まるで条件縛りのゲームのように、必殺技を出さずにもどかしい駆け引きを続けるのが習慣だからだ。アクシデントはあったけれど、これまでのペースを乱されたくないだけだ。
 そして、
「少なくとも、妖邪界のふたりを否定はしないと言うことか」
 征士が表面上の話にそう返すと、
「彼等には彼等の自由があって当然だよ。ただ僕に問題が振り掛かって来るのが嫌なんだ。それがなければどうでもいいよ、そうだろ?」
 伸は他人事のように冷静にそう答えた。そう、他人と考えなければやっていられない。こうして普通を装って話す愉しさなど、出て来たばかりの偽者達には解らないだろうから。
 最初からそうだった訳ではない。
 とっくに双方の思うことは知れているけれど、いつの間にか何もかも隠し通すことが、ふたりの暗黙の了解になっていた。否、いつまでも曖昧で謎めいているからこそ、長く関心を逸らさずにいられるのかも知れない。きっと、彼等はできる限り長く不確かなものを見詰めていたいと、望んでいるのだろう。
 世の中には思いも拠らない事実が存在するが、まあ本人達が良いならそれで良いのだ。
「どうでもいいか」
 と征士が言うと、
「どうでもいいよ」
 と、伸は即座に切り返した。だが彼の根底にある優しさが、ルール違反を厭わないフォローもしていた。
「どうせ何があっても変わりようがないだろ。土台が僕らなんだから」

 何故こんなにも相手を見詰め続けていられるのだろう?。と思ったら、偽者達に何故と問うのが馬鹿馬鹿しくなる。本当は、明から様に仲の良い彼等よりずっと、互いに想い合っていることに自負があった。
 だからこそ本音を明かせない。表に出してしまったら、その他全てについてどうでも良くなってしまうと考える。つまり本人達が、オリジナルも偽者も大差ないと最も認めている、理解者であり被害者だった。

 しかし、
「う?んノ歯痒い」
 上辺だけを観察する分には、何とももどかしいふたりなのは間違いない。
「遠回しな話ばかりしているな?」
 と、経験的記憶の少ない偽光輪でさえ指摘していた。
「多分遊びなんだよ」
「遊び?」
「遊びってね、高等生物だけにできることなんだって、那唖挫に聞いた」
 偽水滸はそんな風に受け取ったようだが、恐らく事実は違うのだろう。それをぼんやり覚っている悪奴弥守が、ふたりの背後から声を掛けた。
「お前らいい加減にしたらどうだ、覗き見など。ノそう言うやり方は螺呪羅のようで俺は好かん」
 そう、偽者達は螺呪羅から借りた小道具を縁側に据え、ふたりして地上の様子を眺め見ていた。昨日も今日も、彼等はほぼ一日中寄り添って過ごし、目に余るほど仲が良かった。彼等が主に過ごす家の主人、即ち悪奴弥守には気の毒なことだった。
 更に、視界に触るだけならまだしも、
「その螺呪羅にさんざん怒られたじゃないか」
 偽水滸はお構いなしに嫌味を言う。偽光輪の方はともかく、口の減らない偽水滸に悪奴弥守はやられっ放しなのだ。この点については、元である水滸が怒り狂うのも理解できた。少なくとも本物はここまで失礼ではないだろう、仮にも家主に対して、と。
 だがそれでも、悪奴弥守は根気良く相手をしているようだ。自ら招いた醜悪な結果だから、責任を持って見守るつもりなのだろう。まあ彼は元々犬やら馬やら、動物の世話をすることには慣れているけれど。
「前の件で怒られるは必定、俺に非があったのは確かだ。しかし、」
 しかしと言って、悪奴弥守は覗き見にも非があることを示そうとしたが、
「手を出さずに見守ってればいいんだろ。だからそうしてる」
 その前に偽水滸が勝手な理屈を唱えていた。
 全く、自ら撒いた種ではあるけれど、信用されない立場とは辛いものだ。今回は問題にならなかったにせよ、螺呪羅の行いにも突っ込み所は多くあると言うのにノ。
「奴が全面的に正しい訳ではない!」
 声高になって悪奴弥守が反論すると、今度は偽光輪が冷めた様子で返した。
「あんたは一々反応し過ぎだ。落ち着いて考えれば失敗は減るだろう」
「あのなノ」
 確かにそれはそうだけれども。意外に偽光輪は人をよく見ている、それ自体は嬉しい事実だけれども。ただ、話くらいはまともに聞いてもらいたい、そればかりか、
「でも悪奴弥守がそう言う人で僕は良かったよ?。ね?」
 人の欠点を喜ばれている現状に、悪奴弥守は言葉を続けられなくなっていた。
「・・・・・・・・」
 妖邪界は、人間界で言う昨日から夜に入っている。
 夕暮れから始まった建立祭の賑わいも今は静まり、街路から時折祭り帰りの、人の足音や話声が聞こえる程度になった。これからの時間帯は、妖邪界の暗く長い夜に只管堪える期間だ。煌々と屋敷の庭を照らす月だけが、辛うじて暗闇に面白味を与えていた。
 お気楽な偽者達の寄り添う縁側に出て、そんな夜空を庭の上に眺めていると、ああそうだ、と悪奴弥守は思い出していた。光も闇も、単一の存在となっては何の意味もないこと。双方が存在するからこそ価値が生まれると、鎧での戦いを通して彼は知った。どちらかが弱められたり、どちらかが勝り過ぎるのも理想的ではない。
 それを思うと、奇妙なことだが、偽光輪が現れたのは自然な流れだったのかも、とも考えられた。
 この妖邪界はまだまだ、長く続いた悪徳の伝統から抜け切れていない。そしてその時代に作られた偽水滸も、元のモデルに比べ随分悪賢いと感じる。新たに生まれた存在、つまり偽水滸とのバランスを取る為に、那唖挫ですら無理だと言った偽光輪が出現した、のかも知れない。思惑の外で何かが働いたのかも知れないと。
 そしてそれならば、彼等の今後についてはそこまで、気を揉む必要はないのかも知れない。今はまだ未熟な偽光輪だが、段々と今とは反対に、偽水滸の思考に影響するようになるかも知れない。例え人間ではなくとも、善悪が吊り合ってこそ生物は輝く。
 光にはそう導く力がある筈だ。
 と、悪奴弥守は信じることを天に祈るように思った。この度のことは皆身から出た錆ではあるが、結果的に他の何かの為になるなら、今の苦労も無駄ではないとノ。
 さて、それにしても、
「でもやっぱりノ、もうちょっと近寄った方がいい気がするなぁノ」
「いつも人ひとり分離れている」
 悪奴弥守が心静かに考える横で、偽者達は相変わらず無責任な様子で、螺呪羅の貸してくれた水晶玉を眺め続けている。すると偽光輪が、
「何か理由があるのだろうか?。聞いてみたいな」
 彼の目にも不思議に映る行動を本人に、直接聞きたがるような仕種を見せた。今はまだ偽水滸の入知恵で動いているらしい、などと感じられる様子を見て、
「人間界に降りることは禁止だぞ!?、これ以上問題を起こされたら堪らぬわ!」
 悪奴弥守は故意に声を荒げて言った。
「問題なんて起こさないよ、みんなが幸福になる為だ」
「誰がっ!」
 勿論偽水滸の弁などまともに受け取れない。少なくとも地上のふたりが迷惑すれば、己は幸福から遠ざかるのだから。
 するとその時、偶然表を通り掛かった者が垣根越しに怒鳴っていた。
「夜中に煩せぇぞ!、貴様が遊ばれてるのが分からんのか?」
 ほんの少し、通りがけに聞こえた会話だけで那唖挫は、そんな状況を見抜いてしまったようだ。流石に偽水滸の性質は把握している。彼は人をおちょくるのが好きなのだ。そして、
「アハハハハ!」
 手を叩いて笑い出した偽水滸に目を遣ると、嘗ては四魔将のひとりとして、恐れられた時代もあったことを酷く遠く感じる悪奴弥守だった。
 忌むべき過去は遠くなりにけり。それ故我が思いはそのまま希望となりける。
 今日も遣り込められている、明日もこの調子だろう、まだそれは遠い道程だけれども、いつかこの偽鎧達も調和してくれると思う。我々の意志で再建しているこの世界に。



 祭の後に、静まり返った本堂の祭壇には花とお神酒が置かれていた。
 まだ御神体となる物は設置されていない。と言うより何を置くかも決まっていない。迦遊羅が崇める迦雄須一族の神は、妖邪界、人間界を含め現存するどの宗教とも違う為、過去の文献が失われた今は、どんな形式を取るかがひとつの悩みだった。
 何れ煩悩京の民の意見を集め、彼等が望む物を設置しようと迦遊羅は考えている。
 それが正式なやり方ではないけれど、正式でないから認めないと言う神が居るとしたら、随分狭量なことだと思う。否、人が存在しなければ神の価値もないのだから、妖邪界流があっても良いのではないか、と彼女は考えていた。何より人々の為にならなければ意味がない。
 蝋燭の明かりの前に手を合わせ、迦遊羅と共に本堂には朱天童子が残っていた。
「この妖邪界に、漸く夜明けが来たような気がします」
 祭の夜の賑わい、日を追って明るくなっていく人々の表情、地上の同志達の理解も含め、煩悩京の再興計画が漸く実を結んで来たと、今は自然に感じられるようになった。迦遊羅はそれを夜明けだと言った。
 但し夜明けと言っても、妖邪界は土地として既に衰えを見せている。創造主である阿羅醐が失われた後、どれだけ存続できるかは誰にも判らない。ともすれば明日から急速に縮小するかも知れない。不安は尽きない状況だった。
 けれどそれでも、残された時間の内に人々が安寧に暮らせる時代を作りたい。計画を主導する彼等にはそんな意志があった。
 人間界を去って久しく、争いしか知らないこの土地を故郷と呼ばざるを得ない、全ての住人の荒んだ心を労りたかった。それ故迦遊羅と魔将達は、時には不平を言い、時にはさぼりつつも、どうにか団結し奔走して来られた。今思えばそれも大事な収穫だった。昔の彼等は協力し合うことなどなかったのだから。
 そして朱天は、
『長かったなノ』
 と、数百年の苦い記憶を振り返り、呟いた。

 再建の課題はまだ山積みだ。人々の記憶からも、まだ過去の歪んだ幻影が消えた訳ではない。迦遊羅もまだ充分な指導力は身に着いていない。魔将達もまだ望ましい形で纏まってはいない。度々事件を起こす者も居れば、勝手に地上に降りてしまう者も居る。そして人の意志とは関係なく現れた、人間外の住人も加わった。
 今はそんな混沌とした状態だけれども。
 何れ迦遊羅を始めとした正しい人々の夢が叶うよう、地上の戦士達も見守っている筈だった。









コメント)ライトで明るい内容にしようと思ったのに、結局予定と違ってしまった。まあいいか。そんな訳で大花月シリーズの大団円として、妖邪界の話をシメに書きました。そう、お忘れの方もいると思うけど、このシリーズは妖邪界の再生の話でもあるのでノ。
 他のシリーズでは滅多に書けない設定なので、書いてて楽しかったです。
 偽鎧ネタも同様ですが、これまでなかなか書けなかったことを作品にできて、私自身はかなり満足してますが、読者さん的にはどうなんだろう(苦笑)。
 征伸としては最後まで煮え切らなかったけどね(^ ^;。まあこれはこれってことで。
 最後に、この話のタイトルは言わずもがな第三舞台です。昔の当麻関係の同人誌には、「宇宙で眠る為の方法について」がよく使われてたけど、なんてぴったり来るタイトルだろう、と今でも思います(笑)。




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