考える当麻
少年達の青写真
大花月シリーズ6
Blue-prints Men Have



 柳生邸の周辺では、既に秋風が肌に冷たく感じる季節になった。
「えっ!、あなたは…」
 その日、連休を利用して集まっていた少年達の所に、珍しい来客があった。
「ナスティさん、突然お伺いして済みません…。あの…」
 玄関口に現れた驚き顔を見上げ、迦遊羅は口籠った様子で挨拶を始める。前の螺呪羅の件に関して、妖邪界に起こった問題を説明しようとやって来たのだが、それがなかなか言い出し難い事だった為、上手く言葉を続けられないでいた。
「実は今日は…、お話ししなければならない事があり、こうして参りましたが…」
 すると、今日はまともに玄関からやって来た相手に、ナスティは良心的な配慮を示す。
「とにかく中に入ったら?、こんな所じゃ寒いでしょう?」
 急を要する態度でもなし、立ち話では話し難い内容なのかも、と考えての提案だった。それを聞くと迦遊羅は少しホッとした様子を見せて、素直にナスティに従うことにした。迦遊羅の謝罪計画としては、申し訳なく思う相手の顔を見て話そう、との考えがあったので、良い展開になったと喜ぶところだけれど。
 ただ、面と向かって話せるかどうか自信はなかった。

「あれ、迦遊羅じゃないか、何かあったの?」
 玄関を入ると、丁度廊下に出ていた伸がそう声を掛ける。
「いいえっ、本日は事件や騒動はございません」
「そう、それならいいんだけど」
 伸の表情に一瞬の緊張が走るのを見て、迦遊羅は慌てて返事をした。しかし、今は落ち着いた状態にせよ、過去に起こった問題は「事件」でも「騒動」でもあるかも知れない。と思うと、咄嗟に出てしまった詭弁を心苦しく感じる迦遊羅だった。
 更にナスティが、
「良かったわ〜、たまには普通に訪ねて来てほしいと思ってたのよ?。いつも何かがあって突然現れるじゃない?」
 と、悪意はないが、多少困らされていた事情を話すので、迦遊羅は謝るしかなくなっていた。
「本当に、いつも申し訳ございません…」
 確かにそうなのだ。これまで迦遊羅が現れる時と言えば、五人に取って有難くない知らせを携え、突然現れるのが通例だった。彼女に原因がある訳ではない、寧ろ嫌な知らせを伝えねばならない役回りは、現在の混沌とした(或いは自由な)妖邪界の、最も損な立場だとも言えた。
 監督者に選ばれてしまったからには、あらゆる事の始末を付けなければならない。そんなも背景あり、来る度悪いイメージを抱かれても仕方がないと、迦遊羅は大方の印象を諦めていた。惜しむらくは、三魔将がもう少し大人しくしていてくれれば、と言うところ…。
「そんなに恐縮しなくてもいいんじゃない?、今日はさ」
 けれど伸は、落ち込んでいる様子の迦遊羅に対し、既に普段と変わらぬ様子に戻ってそう言った。そしてナスティも、
「丁度お茶の時間だったのよ、迦遊羅も好きな場所にどうぞ?」
 と言って、珍しい訪問者に笑顔しながら、皆が集まるリビングのドアを指し示す。まるで何事も無かったような日常の続き。そんな穏やかなふたりの態度が、迦遊羅の予想とはやや違っていたので、
「はあ…、あの…」
 と答えたまま、彼女は暫し固まってしまった。
『どうしましょう…』
 どちらかと言えば、迷惑そうな顔をしてくれた方が話し易かった。「またか」「いつもの事か」と一蹴してくれれば、己の立場は恥ずかしくとも、相手を思って辛くなることはない。恐らく呆れられるであろう事情を直訴しに、意を決してやって来たと言うのに、増々話し難くなってしまった…。
「誰かと思えば、こうして見るのは初めてだな」
 居間のドアの近くに座っていた征士が、現れた迦遊羅を見るなりそう言った。彼が多少なりとも驚いたのは、普通に床に足を着いて歩いたことだった。否、それが普通だが。
「御機嫌よう、皆様」
「向こうのみんなは元気か?」
 征士の隣に居た遼は、彼女の落ち着いた挨拶を耳にすると、文字通り屈託のない表情を向けて尋ねる。けれど、
「烈火殿、その節はありがとうございました。螺呪羅から話を聞きましたが…」
 迦遊羅が前の螺呪羅の行動に際し、遼に口止めを頼んだ事実を話し出すと、途端に彼は激しい動揺を見せる。
「ああ、その事は…。もういいんだ、本当に」
「はい…」
 なので迦遊羅も気付いた。まだ前の出来事が、ここでは解決していないのだと。恐らく遼は未だ誰にも秘密にしていて、誰もが多少不審に思いつつも黙っている状態なのだと。
 遼にそんな気苦労をさせていると知れば、一刻も早く現状を整理しなければならない、とは思うけれど…。
「そう言えばあれは何だったのだ?」
「いやっ!、本当に何でもないんだ。気にしないでくれ」
 思い出したように尋ねる征士に、遼は慌てふためくように言って、身振り手振りの勢いのまま立ち上がっていた。以前指摘された通り、嘘を吐くと振りが大きくなる癖は確かなようだ。
「そんな態度で気にするなと言われても…」
 征士がそう返すのも無理はない。とにかく遼は誤魔化すことが下手だ。そしてそんな善良さを見せられると、迦遊羅はどうして良いか解らなくなって行った。
『もしかしたら、話さない方がいいのかも知れない。彼等には聞くに堪えない話かも知れない…』

 ナスティと伸が、来客用のティーセットとお菓子を運んで来た。バツが悪い様子で立っていた遼は、これ幸いとその場から退いて、ダイニングの方へと移動してしまった。柳生邸のティータイムはほぼ終わったところで、当麻と秀は先程から、ダイニングで喧々囂々と言い合いをしている。何が原因かは知らないが、その声は居間にもはっきり聞こえていた。
 煩いな、と思いつつ、こんな状況にもすっかり慣れている面々。殊に優雅な動作でポットの紅茶を注ぐ伸と、お気に入りの店で買って来たお菓子を勧める、ナスティの至って朗らかな様子は称賛に値する。と、端で見ている征士は思った。
「どう?、お口に合うかしら?」
 恐らく、否まず食べたことはないだろう、ナスティの好きなプティシャポー。ホイップクリームの上に、花型の帽子のようなサクサクのフィユタージュ。シンプルで小振りだからこそ、好き嫌いなく誰にも食べられる。とは言え、迦遊羅がどんな反応をするか多少不安はあったけれど。
「…美味しいです」
 装飾的な洋菓子に目を丸くしながらも、彼女がそう答えると、
「やっぱり女の子は、みんなこういうお菓子好きだよね」
 ナスティより先に伸が安心したように言って、漸くソファに腰掛けた。伸でさえそれだけ気に掛けていたのだから、ナスティの安堵感は彼以上だった。
「良かったわー、秀に内緒で残しておいて。…って聞いてないみたいだけど」
 そう、ナスティはこのお菓子を十五個ほど買って来たが、放っておけば半分以上が秀と当麻の胃袋に消えると思い、始めからふたつばかり避けておいた。後に自分で食べるつもりだったが、勧めるのに丁度良いお客様が現れたので、実に帳尻良くまとまった感じである。
 また迦遊羅が、偽りなく美味しそうに食べている様を見て、尚更喜ばしい気持にもなっていた。
 ところで、何故食べ物の話題を秀が嗅ぎ付けなかったのかは、
「だったら勝負だ!、勝負しろ!」
「この期に及んでよくそんなことを言えるな?、ほとんどのモンで負けてるくせに」
「だから!、対等に勝負できるモンでだ!」
 先程から続く言い合いに、余程エキサイトしているらしいのだ。秀はまるで喧嘩腰で、当麻の顔の前に拳を翳して見せている。しかしそれを冷静に、且つ鬱陶しそうに除けると、
「対等ってなぁ…、あと何が残ってるんだ…?」
 と、当麻は溜息を混じえながらそう告げた。
 何が切っ掛けかは判らない。今日も何が原因なのか判らないが、柳生邸ではしばしば当麻と秀が競うゲームが行われる。他の者は一緒になって遊ぶだけだが、このふたりは何かに付け競い合うのだ。大体は秀が馬鹿にされたと感じると、何か別の事で優位に立とうと考えるからだろう。
 だがしかし、そろそろネタが尽きて来た。
 体力勝負では圧倒的に秀が有利、知力勝負では圧倒的に当麻が有利。歌唱力で秀が勝るのと、テレビゲームは当麻の方が強いことは、過去に既に実証済みだった。そう書くと五分五分のようだが、広いスペースを必要としない事や、すぐにできる事と言う制約の上では、実は当麻の方が有利な競技が多かった。単純に紙飛行機の飛距離を競っても、理屈を知っている当麻が勝つからだ。
 けれど、例えば食べる量などでは、勝ったとしても大したステータスにならない。芸術分野の勝負となると、判定基準でもめることになりそうだ。そんな競争では始めからやる気がしない。さて、残されている勝敗が判り易いゲームはあるだろうか…。
 するとその時、慣れないフォークを持つ手を止めて迦遊羅が言った。
「まあ…。対等に勝負だなんて、良ろしいのですか?」
「え?、どう言う意味??」
 思わぬ反応に伸が問い返すと、彼女は些か不安げな様子を見せている。これから不穏な事が起こりそうだと予感するように。
 それを見てナスティはこんな説明をした。
「ああ…、別に仲違いしてる訳じゃないのよ、男の子は何でも競争するのが好きなのね」
 そして「確かにそんな面もある」と、ナスティの話を把握した伸も続けて、
「アハハ、そう言うことか。なにも斬り合う訳じゃないし、色んな事で格付けして遊んでるだけだよ」
 と、かなり的確な補足をした。地球の日常的な風景の中では、全く珍しい事ではないが、迦遊羅の住む世界では常識ではないのかも知れない、と思って。
「そう言うものですか…」
 答えた迦遊羅は確かに、ふたりの回答に驚いているようだった。
「こうして普段の皆様を見てみないと、分からないこともあるのですね。私の周囲は大人ばかりですから」
 その意味では、同世代の人の輪に居られない彼女は、とても可哀想な面がある。男女の差が目立たない子供の内なら、誰もが何かで一番になろうと、或いは何かを一番多く得ようと、競い合った経験を持っていると思う。それを知っていれば、擬似的な戦争を繰り返すことは、有り触れた成長過程だと解る筈だった。多産系の動物の子供が皆そうであるように。
 そして、女はその後社会的な立場もあり、争うことを好まなくなる傾向が出て来るが、男は意外といつまでも競争好きだったりする。社会的な格にこだわる気持ち。それが男の持ち物なら、まだそこまで達していない少年達のゲームは、そのシミュレーションなのだろう。
 迦遊羅が初めて触れる不思議な出来事。競い合う彼等に取っては真剣勝負だが、例えばナスティが観覧する分には、微笑ましいばかりの権力闘争だ。
「そうねぇ、魔将達はもう、遊びで競う年じゃないのかも知れないわね」
 迦遊羅の話に対してナスティが答えると、
「成程…」
 それまで黙って聞くばかりだった征士が、妙に納得したように呟いていた。

 さて、ダイニングの壁際に据えられた、アンティークソファにひっそり座っていた遼だが、今は難題を吹っ掛けられて困っている。
「対等に勝負って、またそんな事やってるのか?」
「またで悪かったな!」
 と、恨めしそうな顔を突き付けられると、ここは秀の肩を持ってやらないと可哀想だ、と言う気分にもなった。何しろこれまで、秀が勝って喜ぶ姿を見た記憶は少ない。当麻が悪い訳ではないが、彼等の気の済むようにしてやるのも友情か、と遼は考え始める。
「そう言われてもなぁ、もう色々やったしなぁ…」
 しかし、協力しようとの気持はあれど、彼は一分程思考して音を上げていた。そこへ入って来た征士も、
「今すぐには思い付かん。私もさっきから考えているが」
 秀の態度を諭すようにそう続けた。まあ、前に挙げた紙飛行機などは、その場の話題や行動から思い付いた事だ。何も無い状態から発案しろと言うのは、難しい要求かも知れない。例えば、
「前にテレビで観たんだが、クロスカントリーの合間にライフルを撃つやつなんか、結構いい勝負だと思うんだけどな」
 と、遼が記憶の隅から何とか思い出した競技。
「バイアスロンか。確かにな」
 それには当麻も納得した様子で頷く。元々寒冷地の軍隊の演習だったと言う、体力と正確な射撃力が必要な競技だ。流石に射撃は別のものに替えるとして、運動会並のセッティングができれば可能ではある。が、
「それをここでどうすんだよ〜?」
 秀のぼやく通り、この場ではどうすることもできない。そこまで大掛かりな設営をするのも馬鹿馬鹿しい。まあ、思い付くだけで良いなら色々、あるにはあるのだけれど…。
 すると、話し合う四人からは見えない所で声がした。
「麻雀でいいんじゃない?」
 そしてその一声を耳にすると、途端に秀は色めき立っていた。
「お!、そう言や勝負としてはまだやってねーな?」
 意外なことだが、確かにこれまで麻雀で勝負したことはなかった。何故こんなポピュラーなゲームをやらなかったかは、
「前は人数が揃わなかったけど、今はみんなそれなりに打てるだろ?」
 と、ダイニングに姿を現した伸が話すように、麻雀はプレーヤーが四人居ないとできないからだった。これまで秀と当麻の他は、伸が人数合わせに参加できるくらいで、他の三人(ナスティ含む)は殆ど知識を持たなかった。まあ中学生の当時では仕方がない。ポンジャンやドンジャラ程度の知識で参加されても、他のプレーヤーに迷惑だったからである。
 しかし今は違う。知識のなかった三人は、秀や当麻がしばしば、テレビゲームで麻雀をするのを見て関心を持ち始めた。征士などは、大人が会席でよくする遊びだと知ると、早速勉強を始め、最近はそれなりに打てるようなっていた。遼はまだ打てるとは言えない程度だが、ナスティも今は数合わせ程度に参加できる。研究熱心な性格が幸いしているようだ。
 そんな訳で、各人の実力の程はともかく、今は柳生邸でも普通にできるゲームとなっている。
「フン…、まあいいだろ」
 既に勝ったような秀の喜び様を横目に、当麻は言葉少なに承諾した。
「何だよその返事?。よし決まりだ!、言っとくが麻雀には自信あっからな!、後で泣きを見ても知らねぇぞ?」
「さあどうかな?」
 決して当麻も、秀に勝てないと思っている訳ではなさそうだった。

 そうと決まると、わざわざ屋敷の裏の物置から、本来はカードゲームに使うテーブルを運び出して来た。柳生邸のダイニングテーブルは縦長の為、そこではできないからだ。丁度良い具合に緑のフェルトが張ってある、雀卓に見立てたそれを囲んで、ルールは食いタンあり、裏ドラなし、その他は一般的に適用されているルール、と言うことにした。
 さいころを振って、まずは気楽に席決め・親決めを開始する。
「よし、親は征士、俺南家、伸は西家、当麻は北家な」
 否、気楽そうに装っているだけで、場を仕切っている秀も、黙っている当麻も、既に戦略プランを練り始めていたが。
「最初に親とは困ったな…」
 席に着くなり征士は一言そう呟く。まだ勉強途中の征士と、憶え始めたばかりの遼は連合チームだが、遼には何故最初が親だと不都合かも判らなかった。征士はまだ自分が下手だと認めるので、様子見の時間がほしかったのだが。
 征士が賽を投げ、数の該当する対面の伸が更に賽を投げると、伸は牌山を分けて遼に取るように促した。
「あ、何か特別な事すんだっけ?」
「別に何もないよ?、最後の牌の取り方が少し違うだけ」
 伸は、秀と当麻の邪魔にならないよう、不慣れなプレーヤーのサポートを買って出ていた。別段彼等の勝負がどう決着しようと、伸には関係のないことだが、集まると度々行われるふたりの真剣勝負は、傍観者の彼にも面白い行事のようだ。否寧ろ、傍観者の方が気楽で楽しいのかも知れない。
「何もないってさ」
 と遼は、伸の返事を聞くと安心して牌を取り始める。だが、
「それは分かっている」
 征士の方は、その程度の事は聞くまでもなかったようだ。恐らくこの先も、主にプレーするのは征士なのだろう。
 そうして全員が牌を取り終えた。
『トイツみっつとリャンカンがあるな、あとはドラ1と。どうにかなりそうだな』
 秀はアンコ系もピンフ系も狙えそうなので、手の作り易さを考え、序盤はタンヤオ寄りに打つことにしたようだ。対して当麻の手牌は、
『ワンズが多目だな。ペンター、カンター、中、東、北…。う〜ん』
 まずホンイツ絡みにするだろうが、役牌も揃って来ればかなり高く上がれそうだ。双方とも配牌の時点では、そこそこ見通しが良さそうな状況だった。
 征士・遼組が、場に最初の一枚の牌を捨てると、南家の秀が牌山から一枚取って、殆ど見もせずに言う。
「ほい『地和』〜!。なんつって」
 普段なら、場を明るくするだけの御愛嬌で済むところだが、
「下らん冗談はよせ」
「マジに怒るなよぉ〜!」
 今日は冷めた調子で突っ込まれていた。まあそこまで真剣になることもないと思うが…。

 ところで、暫く居間で話していた迦遊羅とナスティも、少し経つとダイニングルームの、少年達の激戦場に現れていた。ナスティはともかく、迦遊羅はこの手の遊びを見るのは初めてだったので、かなり関心を持ったようだ。特に、チャカチャカと牌の鳴る音が珍しかったらしい。
 なのでふたりは、卓から離れた見易い場所に椅子を据え、邪魔にならない程度に声を落として、観戦しながら話を続けることにした。
「これで格付けを決められるのですか?」
「誰が一番得点を稼ぐか競う遊びなのよ。元々中国のゲームだから、確かに秀と当麻が対等にできるかも知れないわね」
 ナスティがそう説明すると、迦遊羅は目を凝らして、成程、漢字と漢数字が書いてあるな、程度のことは認識できた。しかし暫く眺めていても、
「何をしているのかよく分かりません…」
 と言うところだった。
「ウフフ。私もまだ分からない所があるくらいで、ルールがかなり複雑なのよ」
 首を傾げている迦遊羅に、ナスティはそう話したけれど。
 実は、迦遊羅は当麻の手牌を見ていた為に、ゲームの形を把握し難かったようだ。彼女らが居る場所は、北家の当麻と東家の征士・遼組の間で、迦遊羅は当麻寄りに座っていた。故に当麻の手牌が最も見易かったのだが、この場合下手な者を見る方が、何をしているかは判り易かった。まだゲームは序盤なので、当麻は殆ど手らしい手を作っていないのだ。
 因みにナスティの位置からは、征士・遼組の方が見易かった。彼等は既に9ワンのアンコ、234のシュンツを揃えていたので、こちらを見た方が良かったかも知れない。
 余談だが、ポンジャン・ドンジャラと麻雀の差は、あがり役に関するルールの複雑さだ。役によってあがり方が限定されていたり、チー・ポンをすると成立しない役があるなど、最低限覚えておくルールが多くある。また役に付いている翻(はん)と言う数が、チー・ポンをすると下がることもあり、役と翻数を熟知することがまず第一の関門である。
 そして実際に、人同志で勝負できるようになるには、相手に対する読みもさることながら、点数計算が第二の関門と言える。役、翻の他に符と呼ばれる基礎点があり、親と子、あがり方、どんな牌を持っているかで点数が変わる。数えられる人が居ればいい、と言う考えでは、ある程度以上には上達しないものだ。
 それはともかく、
「それでは…、こう言っては何ですが、金剛殿には不利じゃありません?」
 ナスティが「複雑だ」と言うので、迦遊羅は早速そんな疑問を抱いたようだ。既に彼等五人の特徴について、充分理解しているからそう言うのだが、ナスティの答はそれ以上に納得させるものだった。
「それがそうでもないの。秀は家族ぐるみで長くやって来たから、誰より慣れてるのよ。少なくとも伸や征士達より強いわよ?」
「まあ…」
 何しろ、中国では人が集まる度に麻雀をすると言う。結婚式の必須行事となっている地方もあるくらいだ。経験の差が頭脳の差を埋めることも当然あるだろう。迦遊羅は秀の面白い一面を知って、この勝負をより楽しめるようになっていた。

 そして、東一局は意外な結果で終了した。
「あ、ツモっちゃったよ」
 そう言った伸も予定外と言う顔をしていた。もう少し手牌を弄るつもりで、リーチを掛けていなかったからだ。秀は気の抜ける展開に「あ〜あ」と言う顔をして、
「バカヤロ、伸が上がっちゃ勝負になんねぇだろっ!」
 と文句を付けたが、
「上がっちゃったもんはしょうがないじゃん。はい、ツモ、タンヤオ、ドラ1で2600点だよ」
 まあ、ゲームはあがらない者が駄目なのだから仕方ない。伸が小気味良く手牌を倒すのを見て、
「北持ってたのおまえかよ…、安く上がりやがって…」
 当麻もこの場はボヤくしかなかった。
 彼は配牌後の引きが良かったので、ホンイツを目指す内にイーペーコーも作っていたが、北と1ワンのシャンポンがなかなか入らず、イーシャンテンまでに終わった。北は伸が頭にしていたので、二枚ずつ持ち持ちになっていた。持ち合い状態に気付いた場合、切り捨ててしまうこともできるが、秀が既にトイトイ系で鳴いていた為、振り込みを警戒して捨てられなかった。
 その秀は逆にツモがあまり良くなかった。結局トイトイ役牌ドラ1でテンパイになり、あがればそれなりの手だったが、あがれなかった。
 そんな過程を経て、東一局の彼等は引き分けに終わった。
「まいっか、700点ずつマイナスならまだ対等だな!」
 秀が言う意味でも正に引き分けだった。2600の四分の一は650だが、切り上げて当麻と秀は700点ずつ支払う。そして、
「君達は1300点だよ」
 伸はにこやかに、点棒を数えていた遼に手を差し出す。
「え…?。あ、親だからか」
「だから最初に親は困ると言ったのに…」
 この時点で、征士と遼の組だけは一歩後退した結果だった。征士の考え通り、経験の浅いふたりに最初に親が回るのは、やや不運だったかも知れない。尚、東一局は誰もリーチをかけなかったので、点棒の移動は伸の得点分のみだ。
「よっしゃ!、次は俺が親だぜ〜!」
 ダブ東の場が終了し、次局の親である秀は揚々と牌を掻き混ぜ始めた。

「水滸殿が勝ったようですよ?」
 主に当麻の手牌を見ていた迦遊羅が、牌の組合せを揃えて行くゲームだと、大体気付いた所で勝敗は決まった。ナスティは征士・遼組と当麻の成り行きを見て、もうあと一、二手でリーチをかけそうだと思っていたが、彼女にしても、伸のツモ申告は唐突な展開だったようだ。伸の手配は見えないが、彼もそれ程芳しい表情ではなかったのだ。実際大したあがり役じゃない。
 なので、
「そう、このゲームの面白い所は、運に左右される面もあることなのよ」
 とナスティは迦遊羅に話した。だがそれでは当然、
「え…?。それじゃ勝負にならないのでは?」
 との疑問を感じるだろう。実力以外の何かが関与する遊びで、格付けを競うとはこれ如何に?。
「まあね。でも何度も勝負を繰り返す内に、段々実力差が出て来るものなの」
「それで…良ろしいのですか??」
「それが不思議な所ね。碁や将棋だと明らかに格差が出るけど、運に左右されるゲームの方が熱中し易いみたいよ。多分ねぇ…」
 そしてナスティは、自分が麻雀を学習してみて感じたことを話した。
「人の人生に似ているからだと思うわ。ね?」
 それは一般にゲームよりも、ギャンブルの例えとして語られることだが。何かに長けた者が必ず勝つ訳でもなく、慣れた者が必ず勝つ訳でもなく、金持ちが必ず勝つとも言えない状態。人の一生にも運のある時ない時があるものだが、このゲームはその縮図のように感じられる面がある、と言うナスティの印象。
 事実麻雀は、巧い者が勝つと言うより、巧い者は負けないと言う方が正しいゲームだ。どんなプレーヤーにもその日のツキや対戦の相性がある。それに堪えることが実力なのだろう。
 すると迦遊羅はニコっと笑って、
「面白いですね」
 と返した。彼女なりにナスティの解釈は理解できたようだ。人の世は平穏無事が好ましいが、時には運を天に任せて行動せねばならない時もある。国を統率する指導者なら尚のこと、それは解り易い理屈かも知れない。
「命運を乗り越える人が本当の勝者と言う訳ですね」
「フフフフ、大袈裟に言うとね」
 尚、ナスティは知っていることだが、麻雀の方位を「風」と言い、牌が積まれている並びを「山」と言い、中央の空いているスペースを「河」と言う。また一番最後にツモる牌のことを「海底(ハイテイ)」牌と言い、最後まで使わない十四枚を「王(ワン)」牌と言う。それらのネーミングから言っても、国士が世界を巡って命運を争うゲーム、と言う成立ちが見えて来る。
 小さなテーブルの上の小さな世界で、正に人生のシミュレーションをしている元鎧戦士達。そうと知れば、観戦する側も俄然面白く感じる筈だった。



 ゲーム開始から二時間少々が経過した。半荘の最終南四局。
 当麻が引いた2ワンをそのまま捨てた時だった。
「ロンだ!」
 と申告する声があった。
「なっ、こんなの当たるかよっ!?、チョンボじゃないだろうな!?」
「ない!」
 ロンを宣言したのは、ここまで一度も上がれなかった征士だった。慣れていないこともあり、遼とふたりで毎局考えに考えていた為、ここに辿り着く二時間あまりの道程は酷く長かった。
「やっとアガれた〜…」
 手牌を公開する征士の横で、遼は疲れ切ったように言うと、ドッと椅子の背に凭れ掛かる。ある意味当麻と秀よりも真剣だったかも知れない。全く以ってお疲れ様だ。
 そして征士・遼組の結果は、
「メンゼンのタンヤオ、ドラ3だ」
「・・・・・・・・」
 引き攣った当麻の正面で秀は大笑い。
「だっはは!、やっぱりタンキでやんの。降りて正解だったぜ」
 つまり、征士・遼組はドラを多く抱えていた為、とにかく早くあがりたかったが、最終的に頭が決まらなかったようだ。タンキとは頭を残して待つ形のことで、特殊な手を作る時以外は、かなり下手な待ち方だから笑われたのだ。
 秀はふたりが、端の牌を何度も入れ替えるのを見、捨てる牌に関連がないのを見てタンキを読んでいた。更に手を急ぐ様子を見て、早くから高い役が出来ていると見ていた。これで最終局だから、大きく振り込むのは絶対に避けたい。この場は秀が振り込むか、当麻があがるかでふたりの勝負が決した為、秀は安全策を取って手を崩し、当たらない牌を捨て続けた。
 対して、当麻も大体同様に読んではいたのだが、彼はこの時点で秀に2500点ほど負けていた為、降りる訳には行かなかった。結局勝負に出て、リーチをかけたのが徒となってしまった。
 こうして、彼等の本日の格付けは決定した。
「あ〜今日は駄目だ、この席ツイてねぇー」
 と、頭を抱えた当麻の感想としては、今日は高い手が作れる流れはあったものの、あと数手が入って来ない、悩ましい運気だったと言うところだ。結果的に秀に一万点以上負けてしまった。
「ヤッホーゥ!、勝ったぜーーー!!」
 既に勝ち誇って騒いでいる秀の方は、終始引きが良くなかった中で、良くないなりに巧くやった結果だった。判定員的に他の仲間達も交え、正々堂々と勝負したのだから、彼の喜びようは誰もが理解できた。理解できたけれども、
「ハハハ。って言うか伸が勝ったんだけどな」
 遼が笑いながら言う通り、今日のゲームに於いて、本当の勝者は伸だった。
「今日はツキがあったね〜♪、でも君達の勝負は秀の勝ちだね」
 と言う伸は東一局、二局に続き、東場親の時に満貫、南場でも一度あがって、五万点近い総合優勝となった。満貫以外は大した役ではなかったが、今日は良いタイミングであがれる運があったようだ。
 その他の結果。秀も大物役は作れなかったものの、トータル三勝で二位。因みに麻雀の勝敗は、最初の持ち点に五千点を加えた、三万点以上を稼いで「勝ち」と言う。秀はほんの点棒一本分勝っただけだった。
 三位は当麻一勝、ドベは連合チームの一勝だった。勝ち数は当麻と並ぶものの、征士・遼組は振り込み三回、ノーテン一回で南四局はハコテン寸前だった。持ち点が千点を割っていた為に、リーチを掛けられなかったくらいだ。本当なら、何も役が無くともリーチのみであがれるが、無駄にタンヤオを作ることになった最終局。
 だが、そんな征士と遼にしても今日は今日だ。これから回を重ねる毎に、段々と上達して行くことだろう。恐らく彼等は、次は相手に対する読みに力を入れて来る筈だ。
 そして当麻と秀の麻雀対決も、時が経ってどんな結果が出ているか、今のところ誰にも判らない。
「見たか俺様の実力を!」
「今日は!、だ。次も同じ結果とは限らん」
「へへ〜ん?」
 今は当麻の弁が負け惜しみに聞こえても、秀も決して侮っている訳ではなかった。相手の能力を認めるからこそ勝つのが楽しい、それはふたりとも同じだ。

 今日は今日、真剣勝負の時間も既に過去となった。
 だが珍しく、隠し切れない悔しさを漂わせている当麻を見て、迦遊羅は声に出さずに笑っていた。それもまた、彼女の知らなかった天空の一面だからだろう。戦いに対峙していた時は、如何に劣勢でも感情的にならない彼が、ゲームに負けただけで只ならないご様子…。
 牌を片付けていた当麻が、背後の迦遊羅の様子に気付くと、
「面白かったか?」
 と振り返って尋ねた。遊んでいる者はともかく、見ていて面白いかどうかは個人差があると思う。すると彼女は満面の笑顔を見せて、
「はい。今度皆様にお会いした時に、どなたが一番勝っているかとても楽しみです」
 と言った。続けてキッチンの方からナスティの笑い声。
「フッフフフフ…!」
「ん…?」
 まさか、麻雀をネタに自分達が品定めされているなど、少年達は思いもしないだろう。男はいつの時代も己の格を得ることに必死だが、女はそれを選ぶだけだから気楽なものだった。



 柳生邸の面々に取っても、迦遊羅に取ってもその日は特別な日となった。ただ、
『結局言えなかったわ…』
 本来の目的は何も果たせないまま、迦遊羅は帰ることになったけれど。









コメント)珍しくノマカプ風味のお話でした。私は本来は当ナス好きですが、当カユも嫌いじゃないので、ちょっとそんな雰囲気も書いてみたかった。
それとは別に、何処かで麻雀をする話を書こうと思っていて、原作シリーズの方に入れられなかったので、今頃になって書きました。途中経過や説明をバッサリ切って、すっきりしたのはいいけど、かなり不親切な内容ですみません(^ ^;。ルールや進行を細かく書くと、どんどん長くなっちゃうし、物語としてどうなの?的な感じになってしまうので…。
それにしても、以前チャットでゲームソフトの話をしていた時に、トルーパーキャラの麻雀ゲームがほしい、と思ったけど作ってくれないよね…。ショボン。勝ったらキャラが服を脱ぐとか、そんなのはなくていいですから(笑)。



一応半荘の結果。
東一局 勝者・伸 ツモタンヤオドラ1 2,600点(ツモ切り上げ2700点)
東二局 勝者・秀(親) リーチピンフイーペー 7,700点(振り込み当麻)
    点棒+1,000点(当麻)
東二局(一本場) 流局 
    据え置き点棒1,000点(秀)
東二局(二本場) 勝者・伸 リーチタンピン 3,900点(振り込み征士/遼)
    二本場+600点(征士/遼)+点棒+1,000点(秀)+前場点棒+1,000点 
東三局 勝者・伸(親) リーチチャンタ役牌ドラ1 満貫12,000点(振り込み征士/遼)
    点棒+1,000点(当麻)
東三局(一本場) 勝者・当麻 小三元 満貫8,000点(振り込み秀)
    一本場+300点(秀) 据え置き点棒1,000点(秀)
東四局 勝者・秀 リーチタンピン 3,900点(振り込み伸)
    点棒+1,000点(伸)+前場点棒+1,000点
南一局 流局  ノーテン(征士/遼)他三人+1,000点
    据え置き点棒2,000点(伸、当麻)
南二局(親流れ一本場) 勝者・伸 リーチピンフドラ1 5,200点(振り込み秀)
    一本場+300点(秀)+点棒+1,000点(秀)+前場点棒+2,000点
南三局 勝者・秀 食いホンイツ役牌 3,900点(振り込み征士/遼)
    据え置き点棒1,000点(伸)
南四局 勝者・征士/遼 タンヤオドラ3 7,700点(振り込み当麻)
    据え置き点棒1,000点(当麻)
最終持ち点 伸49,800 秀26,000 当麻14,200 征士・遼8,000



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