幽霊のようなもの
ANOTHER DOOR
アナザードア



 私達の地球は、日本は、東京は何も変わりなく動いている。
 それが不思議でならない時がある。
 本来居るべき人が居なくなったと言うのに。まだ問題は解決していないのに。
 彼等は何処へ行ってしまったんだろう。何処で何をしているのだろう。



 1994年のある日、柳生邸に一本の電話があった。
「柳生様のお宅ですか…?」
「はい、あ…」
 聞き覚えのある声に、ナスティはすぐ声色を改めて返す。その女性はいつも、多少緊張感を感じさせる相手だった。
「伊達の母です。御無沙汰しておりますが、そちらはお変わりありませんか?」
「ええ、私の方は何も…」
 そんな決まりきった会話に始まり、時候の挨拶など、これと言って意図のない話は暫く続いた。
 無論、何の意図もなく電話をすることはないだろう。ごく親しい友人なら、用はなくとも連絡を取ることはあるが、流石にそんな間柄ではない。他の四人の家族と比べ、より親しいと言う訳でもない。なので、突然の電話にナスティは多少戸惑っていた。
 鎧戦士達が、永遠にとは言わないが、この世界から姿を消して二年少々経過していた。その間彼等に関わる人々が、何事も無く流れる時間をどう感じながら、どう納得して生活しているかは計り知れない。誰も、年始などの挨拶以外は、特に連絡を取り合うことがなかったからだ。運命を嘆いても無駄だと知って、敢えて口に出したくなかったのかも知れない。
 この二年ほどの間、ナスティは彼女なりの空白感を抱いていたし、五人の家族達は不安と我慢の日々だっただろう。双方に何かしらの共感はあるものの、立場の違いから、ナスティは電話の相手をどう気遣うべきか、話しながら迷っていた。
 そして、伝えるべきか否か考えていた、つい先日の出来事を話してみることにした。少なくとも嫌な話ではないだろうと思った。
「あの、近い内にお伝えしようと思っていたんですが、少し前に彼等に会ったんですよ。五人揃って、私の家に二、三日滞在していたんです」
 すると、受話器の向こうから一瞬、息を飲むような沈黙が伝わり、その後は弾けるように言葉が繋がり出した。
「まあ、まあ、そうだったんですか。どんな様子でした?」
「そうですね、不思議とみんな全然変わらない印象でした。居なくなった頃そのままで、私よりも余程元気そうでしたよ」
「それは何より、幸いです」
 明らかに喜ばれていると判ると、やはりこの話は各家庭に伝えた方がいい、と、判断できてナスティも幸いだったようだ。最も身近な家族を差し置いて、自分の所にやって来た五人のことを、こちらからは何となく伝え辛かったけれど、偶然こんな機会に恵まれたというもの。
 なので彼女は親切心から、もう少し詳しい状況を話して続けた。
「今はまた、何か新しい局面に差し掛かった様子なんです。与えられる難題に取組む彼等は、多少悩んでもいましたが、同時に支えてくれる新しい力を見付けたような、そんな話をしていましたね。まだ何が最終的な到達点なのか、見えるどころか探している途中だと思いますが、」
 ところが、
「そうですか…」
 相手の思わぬ溜息を耳に、ナスティはハッと我に返る。気を付けていたつもりが失敗していた。自分が鎧戦士達の未来を信じ、それぞれの更なる成長に希望を抱くようには、親の立場からは考えられないかも知れない。それ以前に家族達は彼等の戦いも、鎧の何たるかも詳しく知らないのだ。未来の展望など考える余裕がある筈もなかった。
 うっかり、道まだ遠しと受け取れることを口にしてしまった。彼女は慌てて前言をフォローするように話す。
「あの、普通では考えられない事態ですから、日々心配が尽きない状況は私も同じです。ましてご家族の皆様には、まだ暫く戻れない様子なのは、大変な心労だとお察しします。今は彼等を信じて待つしかないのが、辛いところですね…」
 けれど、酷く神経を使ったナスティの言葉に対し、征士の母親は何故か、穏やかに反発してこう切り返していた。
「ええ…。ですがナスティさん、聞いていただけます?」
「はい?」
 よもやこれが電話の本題ではないか?、と、感覚的に察したナスティは、受話器の声に意識を集中させるように、それを握る手に力を込める。そしてその通り、相手は予想外な話を彼女に聞かせていた。
「一昨日のことですが、窓ガラスにチラチラと光るものが見えたんですよ。夜中でしたので、外を走る車のライトか何かだと普通は思いますでしょう?。なのにどうした訳か、私はすぐ征士だと思ったんですよ。おかしな話なんです」
「はあ…」
 おかしな、と言うより、大丈夫かな?とナスティは途端に不安を感じる。心理的ストレスから、幻覚や幻聴が起こることは知られているし、既にそこまで心が疲弊しているなら、もう誰が見ても危ない状態だろうと。
 ただ、話す様子からはそんな異常性は感じられなかった。
「私もそこまで、一分一秒を置かず息子のことばかり考えておりませんから、何事かと思いましたの。そんなことがあった後、他の皆様はどうされているだろうと、思い出したところなんですよ」
 異常どころか、至って整然と話しているようだった。つまりそれは事実だと言うことか?。
「ああ、成程…。それは不思議ですね」
「でしょう?。私も不思議でならないのです」
 ナスティは相槌を打ちながら考えている。一昨日のことだと言うから、この柳生邸に五人が現れた後のことだ。それまでは誰も、こんな報告をして来る者は居なかった。勿論自分の身の上にも起こらなかった。その状況が変化したとしたら、五人の状況も変化したと考えられるだろうか…?。
 そこまでを思って、
「この数日、どなたとも連絡はしていませんから、これからそれぞれのお宅にそのお話してみます。もしかしたらみんな、何らかのメッセージを伝えているのかも知れませんね」
 ナスティはそう話を纏めることにした。
「ええ、そう言うこともあるかも知れません」
 そして電話の相手の気持が、自身の悲しみではなく、同様の立場に居る他の人々を励ますものだと知ると、ナスティは言い出したことを早速実行しよう、と意欲的にもなっていた。そう、もしかしたら他の家族にも、彼等からのメッセージが届いているかも知れない。今は無くともその内感じられるかも知れない。

「…びっくりした」
 受話器を置いて、ナスティはひとまず息を漏らした。一時はとんでもない状況を思い慌てたが、
『心労でおかしくなっちゃったのかと思ったけど…』
 取り越し苦労に終わればそれで幸いだった。
『そんなか細い神経じゃ、鎧戦士の家族は務まらないわよね!』
 と、彼女が最後に結論したように、既に過去にも地球上から消えていた時期があれば、不明の怪我を負って家に帰ることもあったが、それでも口を出さず見守って来た家族達だ。今更心配することではなかったかも知れない。強き人間は、それに見合う強き土壌から生まれ来るのだろうから。
 そして気持の整理がついたナスティは、
「チラチラ光る…、光、光ね。征士の場合は確かにそれでいいんだわ」
 頭を切り替え、今起こっている謎の出来事に取組もうとしていた。



 その後ナスティが各家庭に連絡すると、秀の家では庭の石灯籠が、数日前から頻りに鳴っていると言う。雨も降っていないのに、何故か露が付いて落ちると言うのだ。当麻の父親は、部屋の中に居るのにしばしば風を感じると言った。自分の神経がおかしいのかと、病気を疑っていたとも言っていた。
 遼の家族には連絡が取れなかったが、夜になって帰宅した伸の家族には、更に驚くべきことを聞いた。
「やっぱりあったんですか」
「最初は気味が悪くて、幽霊か何かだと思ったのよ」
 と、電話に出た彼の姉、小夜子が話してくれた。
「天井からポタポタ水が落ちて来るのと、同時に何かの気配も感じられたから。暫く雨はないのに雨漏りとも思えないし、屋根に動物が入ったにしては静かだし。と思ったら、三日前にはっきり聞き取れる言葉が聞こえたんです」
「ホントですか…?、何て言ってました?」
「『信じて進むしかないよ』って」
「・・・・・・・・」
 その言葉の意味は、流石にナスティにも伸の家族にも解らない。何かメッセージを伝えていると考えていたが、どうやらそうではないらしい。
「昨日は『もう嫌だ』って音をあげてるみたいだったけど、独り言かしらね?」
 続けてそんな話を聞くと、この怪現象が何なのか、ナスティには少しずつ見えて来たようだった。独り言と言うより、伸が実際に話す声が聞こえて来るのではないかと。そう、この二年は地上の現在と繋がれない場所に居たけれど、今は他の場所に移動できるようになった。そして今現在の五人が、ここに何らかの影響を及ぼせる場所に居ることを、これで証明できているのではないかと。
 彼等は生きている。
 ただそれだけのことが伝われば、充分満足に感じる者も居るだろう。否、戦士達の家族はそれぞれ心の強い人々なので…。
 すると小夜子は、
「今、何処で何をしてるのか判らないけど、何処かで生き生きと生きてるのかな?、と思ったのよ」
 ナスティが考えを話す前に、既に状況を把握したように言った。やはり、自分が余計な気を回す必要はなかったかも知れない。流石鎧戦士の家族だな、と、今更ながら感心してナスティは答えた。
「そうです、きっとそうだと思います」
 またそれだけでなく、
「ええ、お陰で母の容体も落ち着いたので」
「あ…、今、ご病気をされていたんですか?」
 少し心配な話題が出ると、それについても良い傾向だと小夜子は話した。
「元々ある持病なので、時折具合が悪くなるんですけど、伸もそれを気に掛けてるのかも知れません。声が聞こえるようになってから、家の何処かにあの子が居るような気がして、母の意識もしっかりして来ました」
 母親が伏せていることは、本人は知らないだろうが、彼が家族を思う気持が偶然の結果を齎したのだろう。それについてナスティが、
「本当にそうかも知れませんね。声が聞こえると言うのは、他の御家族からは聞かれなかったことなんです。それだけ、お母様への意識が強いのかも知れないですね」
 と話すと、クスッと小さな笑い声の後に、
「あの子らしいことだわ」
 多少優し過ぎる嫌いもある、弟をよく知る姉らしい言葉が続いた。全く本当に、今一番苦労しているのは彼等だろうと思うのに、変わらず人の心配ばかりしているのだろうか。
 けれどもそれが伝わることが、伸にも家族にも幸福なのだ。

「天井から水か…」
 その日最後の電話を終え、多少草臥れた様子のナスティだったが、心は寧ろ晴れやかになってそう呟いていた。征士の母親の話を聞いた時、凶事を知らせるサインかも知れないと、一応疑ってもいたのだ。だがそうではなかったと確認できて、彼女自身もすっかり安心したところだった。
 そして、気持が落ち着くと頭も整理され、ふと面白い類似性を思い付く。
 伸の姉は「幽霊か何かだと思った」と言ったが、確かにそれっぽい現れ方だと。考えてみれば聞いたどの話も、心霊現象のように思えなくない。窓に映る光、石に付く謎の露、密室の中の風、もしかしたらどの家族も最初は、気味の悪い現象と捉えたかも知れないと、今は笑い話になったことを感じた。
 まあ、未知なるものに対しては誰でも、怖い、気持悪いと感じるものだけれど。
 などと、他愛無いことを思いつつ、ナスティが二階への階段を上り始めたその時。頭上のやや遠く、二階の廊下から、ギシッ、ギシッと床を踏み締めるような音が聞こえた。
 人が歩いているにしては軽い。ただの木の軋みにしては規則的に、その音は彼女の耳に響き続けている。
『ラップ音…?』
 所謂霊現象として知られる、前兆的な音ではないかと、ナスティは恐る恐る階段を昇って行った。そして二階の踊り場から、音の聞こえる方向の廊下を覗くと…。そこには何処からやって来たのか、穏やかな顔をした白炎が佇んでいた。
「何だぁ…。どうしたの白炎?」
 途端に緊張感が緩み、ホッと息を吐いてそう尋ねると、ナスティは彼のすぐ傍へと寄って行く。白炎については、五人が居なくなる以前から、突然現れたり消えたりする存在だった為、今更それを不思議がることもない。
 そして、習慣的にその頭を撫でようとすると、触れた途端、あらゆる音、あらゆる言葉、あらゆる映像が、ナスティの頭の中に流れ込んで来た。
 明るい空、雑踏、大歓声と拍手、古い石畳の街道、城壁の町、賑やかな石造りの町並み、大きな古代都市、太古の王国と集落、白いピラミッド、沙漠、海、川、大河、水に浮かぶ帆船、働く奴隷達と戦う奴隷達、集まる群集、権力を纏った祭司の演説、オルガンと合唱、生け贄と炎、十字架と三日月、古代文明、古い神々、ワインの壷、革のサンダル、剣と矢尻、屈強な兵隊達、蛮族の襲来、豊かで享楽的な国民、列を成して歩く人々、少年達…。
 その、見慣れた五人の少年達が話している。
『信じて進むしかないよ』と伸が明るい顔で言う。
『俺達は騙されていたんだ。子供だと思って』と当麻は苦い顔をしている。
『俺は必ずここを脱出してみせるぜ!』と秀は怒っている。
『何故殺さなければならないのだ』と征士は悩んでいる。
『ああ、また、訳の判らない記憶が増えて行く…』と、遼は次々変わって行く状況に、考えが追い付かないでいるようだった。
 記憶が増えるとはどう言うことか。無論一日過ぎる度、一日分の新たな記憶が増えて行くけれど。そしてふと、ナスティは前に聞いた夢の話を思い出し、「彼等は今正に過去を旅してるんだ」と気付いた。当麻の話では、過去に隆盛を極めた外国の夢、とのことだったが、鎧戦士達は新宿を始点に点々と、過去の場面を遡っているのだろうか?、と思う。
 それが何になるのか、彼等に必要なことなのかどうかは判らない。傍観者的に見る夢なのか、当事者として経験することかも判らない。ただもし、歴史的に栄えた場所に何らかの共通点があるとすれば、五人は一貫した同じ働きをする筈だ。繁栄の裏に忘れられた別の歴史、影で犠牲となった人々の魂、それらがある時表に噴出し、世界を覆うことを食い止めてくれるだろう…。
 ナスティは、きっと大丈夫、と強く念じるように瞳を閉じた。
 そして次に目を開くと、前に居た筈の白炎の姿が消えていた。
 何も居ない、今は他に誰も居ない廊下を呆然と見詰める。白炎自体が幻だったのか?。けれど、ナスティは「いいえ」と思う。
 五人の家にそれぞれの現れ方をしているように、この柳生邸には白炎の姿で現れるのかも知れない。そして彼女は、思い出し笑いのようにクスッと笑った。やっぱり、それも幽霊みたいなものだと思った。

 過去の何かが感じられる現象、それが霊なのだとすれば、ただ自分が過去を感じていると言うだけで、何ら怖いことではない。それは新たに出来たドアを開けるようなものだ。そしてドア一枚を隔てたすぐ傍に、よく知る人々が存在している。
 今、戦士達はすぐ傍に居る。時間の壁は、物理的な距離よりずっと薄いかも知れない。怖いと思う前に嬉しいことではないか。
 しかし、それにしても。
 城壁の町、大きな古代都市、白いピラミッドとは、彼等は一体何処に居るのだろう?。気持の落ち着いたナスティは、今さっき受け取った多数の情報に思い巡らせている。ひとつの同じ時間と場所ではなく、複数の場面が交じっているようだった。人間は誰もが本来は、ひとつの時間の中にしか居られないものだが、多数の時間を生きることができたら、どれ程生物として飛躍できるだろう、と思う。
 彼等の帰りが待ち遠しい。
 それは、このどん詰まりとも言える人類の展望を変える、何らかの礎になるだろうとナスティは感じた。

 新たに動き始めた五つの要素。彼等がこれから開いて行く未来を、私は見ることはできないかも知れないけれど、それも本当は、すぐ隣の部屋に広がる身近な世界なのかも知れない。
 今も、この先も、戦士達は傍に居るのかも知れない。









コメント)予告なく突然原作シリーズを書いたりして。ホント勝手なサイトだわ(笑)。
元々の執筆予定にもない話だし、短い内容ですが、ふと待ってる側の人のことを書きたくなって書きました。いや、他の話の何処かで、こう言うエピソードを入れるつもりだったけど、考えるとこの後何処で入れていいか難しくて、単独の話にしちゃった訳ですが。
ああ…、とにかく話の続きを書かなくては…、と言う現状が辛いところです(^ ^;。他の予定に押されてなかなか手を付けられません…。
それと、カットには白炎の絵が入るんですが、プリンタ/スキャナ複合機のインク切れで、スキャナも使えなくなってしまい、背景だけupする羽目に(> <)。次の更新で完全なカットにしますんで、どうかお許しを〜!
尚、タイトルは高橋幸宏さんの曲。シングルのカップリング曲だったと思う。



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