歩いて行く
360°
Fill the all digrees



 雲の天井を駆け抜ける、一筋の光の軌跡を見る。
 今は旅立つも、いずれ戻って来るのだろうと見送る。
 地球の子らよ。



 正に、その雲の上に立っているような気がした。
「『まずは五つ』なーんて、カッコ良く出たはいいが…」
 見渡す限り分厚い雲の大地と、年中昼間のような白々とした空を見渡して、秀はやや退屈そうに言った。
「こんなとこで、何をすりゃいいんだか」
 彼がそう言い出すのも無理は無い。歩く地面と、ぼんやり明るい空以外は何ひとつ見えないのだ。つい先程まで雑多なビルと人々の犇めき合う、新宿の町を悠々と見下ろしていた筈だ。その街に属するひとりの人間に過ぎなかった。
 しかも、新たに与えられた鎧を身に着けていた筈なのに、今は皆それぞれに好きな服を着ている。秀は一番お気に入りの長袖Tシャツに、先日買ったばかりのショートブーツを履いていた。当麻は以前からよく見掛けた、黒のラム革のブルゾンを着ている。恐らく誰もがそんな感じで、自分の最も好きな服を着ているんじゃないか?、と秀は感じていた。
 確か、これからまたサムライトルーパーとしてやって行こう、と言う場面だった筈なのだ。過去の戦いとは違う意味での戦いが、これから始まると言う時だったが、場面は急に違和感の残る変化をした。
 しかし誰もがそう感じながら、口に出したのは秀ひとりだった。
「お前は余程闘争したいらしいな。例え武器を与えられようと、これからは戦いに行くんじゃない、敵を鎮めに行くんだ。判ってるのか?」
「わーってるよ!」
 先頭を行く秀の後を歩いていた、当麻が嗜めるように言うと、秀はそう来るだろうと予想していたらしく、相手の言葉の途中で返事していた。文句を付けられると知っていて、何故わざわざ言わなければならなかったのか。秀の理由なら単純明快だ。誰もが言い出し難い、正直な感想を代弁しているだけだった。それ程に、この空虚な空間の異様な静けさは、気の遠くなる先行きを感じさせている。
 ここは一体何処なのか。今のところそれすら判らない場所だった。
 ただ、すずなぎから受け取った新たな鎧が、彼女の解放された意識を受けると、一度新宿の空に高く舞い上がった後、導かれるようにしてここに着いた。つまり彼女の望む歴史の流れを創る為に、送られた場所だとは判っていた。ただそれだけだった。
 まだ何も現れない今の段階では、憶測の方向性すらも定まらなかった。
「でもよぉ…」
 一度嗜められながらも、秀はまだ何かを言いたそうに呟いていた。すると、
「こう何も見えぬと、些か拍子抜けではあるな」
 当麻の後を歩いていた征士が、珍しく秀の気持を汲むように言った。否、彼にしても単調な景色の連続に、既に飽きが来ていたところだった。しかも、ここに着いてからした事と言えば、ただ一方向に歩き進んで来ただけだ。何ら目欲しいものも見付けられず。
「そうだよなーっ!、折角やってやろうって気持になってんのに、来てみりゃ何にもねぇんだぜ?」
 思い掛けない賛同に、秀は勢い良く口を開く。
「何かに出会わなければ、何も始まらぬのは確かだ」
 意味には若干違いがあるものの、征士が同意しているのは間違いなさそうだった。この状態があまり長く続くようなら、こちらから何らかの行動を起こすべきだ、とでも言いたいのだろう。個々の安穏たる生活を捨ててまで、事の真理を得る為の成長に賭けた。その決心が揺らぐとまでは言わないが、一時高まった感情も時と共に色褪せて行くと、彼は予見しているようだった。
 終わりの見えぬ長い期間、淡々と同じ気持を維持することは難しいだろうと。
 すると、
「はあ…」
 そんなふたりの様子を見て、当麻は大きな溜息を吐いてみせる。
「どうした?」
 と、征士の後ろを歩く遼が声を掛ける。当麻の様子が多分に芝居掛かっていたので、尋ねた遼の表情は明るかった。そして、
「またこう言う、答を急ぐ奴等と一緒に行動すると思うと、気が滅入るよ俺は」
 案の定彼はそんな事を言って、ある意味では場を和ませたのだった。
「何だよっ!、今までそんな事言わなかったじゃねーか!」
 早速噛み付くような秀の声が飛んで来た。これまでの数年間は、年に数回会うくらいの付き合いだった筈だが、彼等の呼吸は全く変わっていないようだった。更に続けて、
「今までは!、みんな人間的に未熟な年だと思って我慢できたんだ」
「貴様はそんな事言える立場かよっ!?」
 最早耳に懐かしいとさえ感じる、定義付けと感情論のお決まりの掛け合いになると、遼は当麻の肩を掴んで、
「まあまあ、今はそのくらいにしておけよ。まだ何もかも始まったばかりだ、喧嘩のネタもすぐ尽きちまうぞ」
 と仲裁に入っていた。遼の落ち着いた口調と、話す内容が全く腑に落ちたので、当麻はそれ切り口を噤む。時には怒りに己を失うこともあるが、穏やかな状態の遼は最近、本当に風格が出て来たなと思っている当麻。全体の纏め役である彼の立場を、蔑ろにしようとは考えなかった。
「いいこと言うねぇ、遼」
 最後方を歩く伸が、遼の言い様に感心してそう伝えると、
「だなぁ…」
 先頭を歩く秀がそれに答えていた。かなりばらけた隊列で歩いているが、妙に声の届きの良い場所だった。反響する物も無く、一体何故そうなるのかはよく判らない。地球とは大気の成分が違うのではないか、と当麻は考えていたけれど。
 そうして一時の騒ぎが静まった後、
「答を急ぐなと言うが、その理由は何だ?」
 もうひとり、当麻の指摘に疑問を持つ征士が問い掛ける。すると当麻は少し考える仕種を見せ、
「俺はただ歩いてる訳じゃないってことさ」
 と、まず一言言うと、征士にはまともな説明を話して聞かせた。
「何も無いと言うが、まあ確かに山や川も無ければ、今のところ生物も見ない。薄ぼんやり全体は明るいが、太陽らしきものは見えない。この靄のような地面には植物も生えず、土や石ころも存在しない。つまり俺等がまともにここで生きようとしても、食料さえ無いと言う訳だ」
 そこまでを、歩く全員が耳にしていたが、そこで秀が、
「…ん?、そう言や俺…」
 と、今更ながら己に対する疑問に気付く。それを受け流すように当麻は先を続けた。
「なのに俺達は平気な顔をして、もう何時間も歩き続けている。大気のようなものはあるらしいが、何故俺達は何の養分も無く動いているのか?」
 無論、その疑問に答えられる者は誰も居なかった。
「・・・・・・・・」
 時計どころか陽の陰りも見られない為、あくまで推測でしかないが、五人はかれこれ四、五時間は歩き続けていた。秀が自分の腹の空かないことを、不思議に思って余りある時間が経過している。生活の面倒が無いとも言えるが、地球では考えられない異常事態だろう。勿論『死んでいる』訳でもない。
 また環境の所為なのか、自身の状態が変化したのか判らないが、これだけ歩いても汗の一滴すら出ない。とにかくとても奇妙な状態で生きて動いている、と当麻には感じられていた。確かに生きている、幽体などではないのだが、と。
「…その答は?」
 誰もが暫し黙って考えていた、沈黙を破って征士が問い返す。すると当麻は、直接その答ではなかったが、皆が納得する説明を続けた。
「つまり、俺達はここには幾らでも、好きなだけ居られるってことだ。時間は幾らでもあるから、充分にこの場所のことを知ってから、何かすればいいだろうと思うだけだ。まずこの妙な状態を理解しなければ、俺達に不利が生じる場面もあるだろう。地球上と違って、俺達に向いた場所じゃないかも知れない。それで先に動くのは尚早だと言ってるんだ」
 まだ当麻にも、何と断言できる状況ではないようだった。だからこそ今は今なりの、慎重な心構えが大切だと彼は言う。どの道先は長そうだ、慣れて来ればやり方を変える時も来るだろう。急いて行動した結果、託された使命を為し得なかった、或いは余計な時間が掛かってしまうのでは、選ばれた者としての自尊心にも障るだろう。彼はそんな事も言いたいようだった。
 全ては、この新たな課題が成功を収めるように。
 そして尋ねた征士も、
「成程。言われれば確かに、不確定な要素が多過ぎるな。これまで少しも疲労は感じないが、本当に疲労していないのか、或いは他の事をしたらどうなのかも判らん。それと、今は形を潜めているが、新しい鎧についても未知数だ」
 と、今度は当麻の意見に頷いていた。更に続けて遼が、
「何も判らない今は、起こる事を待つ方がいいってことだな」
「その通りだ」
 簡潔にまとめて言った言葉には、当麻は即答するように答えていた。
「一見何も無いようだが、全体を覆うような何かがあるのかも知れん…」
 突然与えられた新しい舞台。
 現実の時間なのか、違う次元に飛ばされたのかも判らない。
 結局のところ、早く実のある行動をしたいと望んでも、現段階では認識行動に暮れるしかないようだった。地図にも文献にも無いこの場所を、まず一から確かめて行くのが先決だった。次に、この場に於いての各自の役割に関する推察。各自の鎧が何を起こすかの確認だ。まあ、現状が判ったからと言って、退屈さが軽減される訳でもなかったが。
「しっかし、好きなだけ居られるってもねぇ…」
 定番のように出た秀のぼやきを聞くと、
「お腹が空かなくても、食べ物が無いとつまらない?」
 伸が昔と同じ調子で返した。この後何度こんな会話をするだろう、と笑いながら。
「別にそればっかじゃねぇけど、まあそうだな」
「アハハ」
「笑いごっちゃねぇぞ、伸!。好きなだけ居られても、好きなように出らんねぇんだぞ?」
 すると秀の主張を聞いて、面白そうな話題と思ったのか、
「よく分かったな?」
 と当麻が口を挟んで来る。
「それくらい誰でも分かるっての!」
 多少恨めしそうな顔をして答えた秀の、心情は誰にも判るところだったが、しかし当麻は何か別の事を話したいようだった。秀がすぐに向き直ってしまったので、その場では言わなかったけれど。


 我々は閉鎖された空間に閉じ込められ、再び苦難の道を進むのだろうか?。


「あーあ…、一体何処に行ったら敵らしいモンに会えるのかねぇ…」
 更に暫く、二、三時間は歩いただろうか。五人は今、何処とも言えない一地点に集まっていた。相変わらず広がる雲のような地面と、適度な明るさを保った空が広がるだけの、変わらぬ景色が視界に続いていた。
 ここに降り立ったばかりの内は、ある種の幻想的な、広大無辺な景色を見渡すのを壮観に感じたが、移動してみても何も変わらない、何も居ないと知ると、忽ち呆れるばかりの広さに映った。秀は「敵」と言ったが、目新しいものが見付かれば何でも構わなかった。それ程に彼は退屈していた。
 なので、
「お前はそれしか頭に無いのかよ?」
 と当麻に再度指摘されても、もう構わず遠くを見回すことばかりしていた。そんな秀には気付けなかったものが、最後尾に居た伸によって発見されていた。
「今のところ見付かったのは、この穴のようなものだけか」
 遼が遠巻きに覗き込んでいるのは、気体のように流れを持つ地面に空いた、極小さな径の空洞だった。恐らくビー玉がひとつ通る程度だろう、辛うじて指を差し込むことができる穴のようなもの。そこに常に雲が流れ込んでいる状態なので、その向こうを覗き見ることもできない。流れは排水口のように一方通行だった。伸はそこに何かを落としてみたかったが、丁度良さそうな物が見付からないでいた。
「この下には何かがあるのだろうか」
 遼と同様に覗き込んでいる征士が言うと、
「固形物ではなさそうだが、何も無いってこともないだろ…」
 一度詳細を確かめて離れた当麻が、今考えられる事を口にする。その途中で、
「音がする」
 最も近付いて観察していた伸が、僅かに耳を傾けながらそう言った。彼の行動を妨げぬように、一瞬取り巻く者達の会話も止まった。
「…何の音だ?」
 遼が伸を窺って尋ねるが、彼は一心にその音を捉えようとしていて、問い掛けには答えなかった。やや離れていた当麻が征士に、
「聞こえるか?」
 と聞くが、征士は首を横に振って見せる。
「いや。伸にだけ聞こえるようだ」
 余程近付いて聞かない限り、その音は拾えないのかも知れないが、当麻は征士の答で納得したようだった。何故なら自分が調べた時には、音など何も聞こえなかったからである。それは個々の持つ性質の違いかも知れないし、或いは新しい鎧の特性かも知れない、と当麻には考えられていた。とにかく何も判らない状態だから、あらゆる可能性を否定できない。
 そして、伸は聞くことに集中しながら言った。
「風の音みたいな音だ。この下は地球の空なのか、他の空間なのかも知れないけど、ほら、少し空気が吸われてる感じがするだろ?」
 と、横に居た征士の手を取って、その空洞の上に翳すように止める。征士は手の先に感じられる緩い流れを知ると、
「…確かに」
 一言その現実を伝えた。それだけで仲間達は、より多くの事が考えられる筈だった。
「ここは、独立した場所じゃないようだな」
 真剣な眼差しでそれを見詰めていた遼が言うと、当麻は前に言いそびれた事を漸く、ある程度の確証を持って話し出した。
「何処か他の空間と繋がっている可能性がある。と言うことは、」
「と言うことは?」
 と、暫し輪から離れていた秀も、議論の成り行きを耳にして戻って来る。もしかしたら多少希望のある答が導かれそうだと、彼は気付いて戻って来たのだろう。当麻は秀の入れる茶々には気にせず続けた。
「妖邪界と人間界のように、何かすれば行き来できるのかも知れないな」
 すると、極小さな穴を囲んでいた面々は、口にせずそれに同意する様子を見せていた。
 途方も無く広い場所の中に在って、あまりに小さな発見だったが、そこから繋がる先には可能性が見えた。ここで成すべき事も重要だが、ここが何と関わりを持って存在する世界なのか、それを理解できれば、物事はより進み易くなるだろうと思えた。人間に近い場所なのか、鎧に近い場所なのか、それとも全く違う何かを礎にしているのか。
 今は昔のように、突然現れた戦場の中に投げ出され、闇雲に武器を揮う時ではない。初めて遭遇する何かと手を結んで行こうと思うなら、万天に於ける共通理解が必要だろう。これからの戦士達は、そんなものを求めて行かなければならない。
 だから、小さな何かがひとつ見付かっただけで、皆に少しばかり安堵も感じられた。その詰み重ねが続けばいつかは、望む所に辿り着けるだろうから。
 ところで秀だけはまだ、しつこく当麻に詰め寄っていた。
「他の何処かがあるとして、どうすりゃ行き来できんだ?」
「そんなの知るか」
「それじゃしょーがねぇじゃん」
 けれど、今は判らなくとも、いずれ判るだろうと伸が言う。
「そんなことないよ、秀。多分ここは、僕らの居た所からそう遠くないんだ」
「えっ?、そうなのか?」
 最早秀以外の誰もが気付いているだろう事を、当麻は面倒臭そうに説明した。
「まだ判らんのか?、風の音が聞こえるとか、地面があって普通の重力があるってことは、地球の条件とよく似てるってことだろ?」
 そう、宇宙にはどれ程の星があるだろう。その全てを調べても、地球と全く同じ条件を持ち、全く同じような条件で生きる生物が居る、そんな場所は恐らく見付からないだろう。似たような条件のある星でも、人間のような生物が居る確率は低いだろう。地球上の有機生命の繁栄は、広大な宇宙から見れば奇跡のようなものだ。それを思えば、五人が特に不調を来さずに居られる場所は、地球圏に近いと言えるのではないだろうか。
 無論そこまで高度な推察をしなくとも、感覚的に解ることでもあった。状況には違和感があるが、雲や空を見たことがない訳ではない。既に知っている形状で構成された世界に、これまで通りの仲間達が居ることを思えば。
「ああ…そっか。理屈が似たような場所ってことか」
 すると漸く秀も、ここは妖邪界並みの一世界なのだと、理解するに至ったようだ。理解させるまでに時間は掛かったが、根底の部分が通じない彼ではないので、それだけで充分な説明になっていた。
 そして遼は、秀の返事に続けるように言った。
「そう思う。人間界から見たら、妖邪界と同じような平行空間なんだろう」
 更に征士が、前に聞いた言葉を思い出して加えた。
「『鎧世界』と呼んでいた場所だとすれば、恐らくその性質も似たようなものだろう。過去の人々の思念か、怨念に拠って生まれた世界なのだ」
「無論、だから俺達はここに送られて来た」
 続けて当麻が事の整合性を語ると、遼は纏めて、笑いながらその感想を言うのだった。
「そうだろうな。怨念から生まれたにしちゃ、天国みたいな場所だけどな」
 そうかも知れない、とそれぞれに密かな笑みが零れた。
 言われてみればこの景色は、西洋的なイメージで言う天国に似ているかも知れない。これに清らかな泉や美しい調べが加わり、子供の姿をした天使でも飛んでいれば完璧だ、と誰もが容易に想像できた。否、もし地上に戻ることができなければ、正に天国に成り得るだろうが、そうしたマイナス思考を避けようとし過ぎて、誰も皆、遼のような単純な発想ができないでいた。
 至極単純で当たり前のことができていない。それはまだ己の意識が過去の何かにこだわって、頑な所がある所為なのだと、遼の自然な様子を見て、他の者達は覚った。彼のようにもっと意識を前方へと開いて、新しくやって来るもの全てを受け止められる、大きな器にならなくてはならないと思った。いつの間に遼は、そんな成長を遂げていたのか知れないが。
 我々には明日しか無い。
 真にそれを理解するなら、自ずと意識は定まって来るのかも知れない。
 まだ始まったばかりだから、今気付いた未熟さは大目に見るとしても。
「やめてくれよぉ、まだ幸せに天国に行く年じゃねぇんだ」
 すると秀は真っ先に、こだわりを投げ捨てるように言った。少し前なら「縁起でも無い冗談」と怒られるところだ。けれど今は気にせずに言える。すると伸も、
「あれ?、立派なお墓が何とかって言ってなかったっけ?」
 と、ここに来る前に秀が、白炎に伝えたメッセージを思い出して笑った。
「あれはそう言う意味じゃねーんだよっ!」
「秀にしては随分潔いと感心したが」
 更に挙げ足を取るように征士が言うと、
「知ってて言ってねぇか!?、なぁ?」
 流石に秀も、人をからかい過ぎだと返していた。そして誰もがそれを見て笑えていたから、それで良いんだろうと誰もが思った。
 口に出し難い疑問や悩みはこうして、何でもないものに消化して行かなねばならない。嘗てのように導いてくれる者も無く、自ら答を探り出して行かねばならないのだから。我々にそれができるだろうか?。恐らく、いつかはできるようになるだろう。
 それを見込まれて、運命的に選ばれた戦士なのだから。
「天国か…」
 最後にそう呟いた伸は、何故だかとても幸福そうな笑顔をしていた。余計な怖れさえ持たなければ、何処であろうと幸福に生きられるかも知れない。運命と言う言葉を明るく感じられるのなら、誰も悩む必要はない。伸はそんな事を考えていた、だろうか。


 命は閉じているかも知れないが、思う事は常に広がって行くだろう。


 ここには風さえ吹かない。動く物と言えば煙のような地面のみだった。
 見付けられた一地点を基準にして、これからまた暫く、何も無い異界を歩き続けることになるだろう。どれだけ歩けば次の発見に会えるだろうか。一体どれだけ歩けば、この世界のことが見えて来るだろうか。今はまだ誰も知らない。
「天国だったら何なのだ」
「え?」
 黙々と歩き始めた隊列の中で、常に最後の方から着いて来る伸に、征士は歩きながら尋ねた。
「さっき何か嬉しそうな顔をしていただろう」
 遼がこの場所を形容した名詞について、本人は明るく他意の無い様子で話したが、果たして伸はどう思ったのかと。ともすれば、何かの為に命を投げ出すことを厭わない、そんな彼に取って天国とは、何を連想させるものだっただろうと、征士は考えている。
「ああ、そうだね」
 征士の問い掛けに伸は、しかし遼と同等の笑顔を見せて答えた。
「別に天国でも極楽浄土でもいいんだけど、善も悪も人から生まれるって言うだろ?。それならここは善の世界かも知れないって思うんだ」
 何を考えているかと思えば、それは少し意外な答だった。否、それだけでは理解に苦しむと言うか。
「何故?」
 と、征士が更に尋ねると、伸は自らもやや考え倦ねながら、こんな説明をした。
「何故って…、理論的に説明はできない。ただ、妖邪界は阿羅醐の怨念の世界だった。だからそれと釣り合いが取れるように、善の世界もなくちゃ駄目だと思うからさ。バランスの問題だ」
 伸の感覚は果たして正しいだろうか?。間違っているだろうか?。
 けれど、今彼等を守ってくれる鎧は、過去の鎧とは成り立ちが違うと知っている。阿羅醐の怨念を分割した『力』ではない。すずなぎを始め、過去と未来の流動的な事象を憂える、全ての者の希望から生まれたものなのだ。その意味では確かに、新しく降り立つ土地は対称的な世界かも知れない。
 これまでのように力に拠って導かれ、力に拠って切り開いて来た道程とは、反対を向いているかも知れないと考えることはできる。
 なので征士は、伸の言葉を肯定するように答えた。
「ああ…。ふたつの輝煌帝が存在したように」
「そうだ」
 善には悪が、白には黒が、右には左が常に対を成していた。世の道理とはそうして均衡を保つ、二元世界の中に在った。そして、
「突き詰めればどちらも善であり悪でもある。故にここは善の世界だが、内容は妖邪界と大差無い。と言うことだな」
 征士はもうひとつ知っていた。右からくるりと一周巡ると左に辿り着く。碾いては右も左も同じだと言うことを。善も悪も、本質的には変わらないと言うことを。また伸も穏やかにそれに同意していた。
「そうだよ。多分同じ舞台なんだ。…でも前の戦いとは違うことになるだろう。少なくとも僕は安心してる。だから天国でいいや、と思ったのさ」
 どうやら、こんなに充実している時があっただろうか、と伸は言っているようなのだ。未知なるものへの不安を差し置いて。
 否、昔は何も知らなかったが、今は鎧について、戦いについて知り得た理屈は数々存在する。それらが今、未知の世界に飛ばされて来た状況で、こんなにも己の役に立っている、気持を楽にしていると判るからだ。単に個人の成長とも言えるが、それ以上に、過去の年月が無駄ではなかったと感じている。過った戦いを続けて来たのでは、と考え込む前に、広がる先を見られるようになっていた。
 だからここが何処であっても良い。天国でも地獄でも良かった。己が確かに己として存在している、仲間達と共に存在している幸福だけを、今伸は見ているようだった。
 他に何も無いからこそ、際立って見えて来るものもあるのだと。
「フフ…」
 すると、言葉通り身の軽そうな伸を見て征士が笑う。
「何だい?」
 些か含みのある笑い方をするので、言葉だけでなく顔を向けて伸は尋ねる。すると、
「それなら退屈することもなさそうだ。伸に余裕が無いとなると、私は標的を見付ける以外にする事が無いからな」
 何を言い出すかと思えば、遊び相手がほしいのか?、と言う話の内容だったけれど。
 否、元々征士はこんな奴だっただろう、と伸は過去の戦闘の記憶を振り返っていた。端目からは判らないだけで、真剣に敵に対峙しているかと思えば、あまり関係のないことを考えていたりもする。そんな様子の彼にしばしば救われて来たことも、思い出していた。
 嘘でも余裕のある振りをしてくれることが有難かった。
 なので伸も、昔の調子に戻って答えることにした。
「僕は退屈凌ぎと言う訳かい?」
「何と言うことを…」
 すると酷く懐かしい、わざわざ見せるようにポーズを作って、全世界に宣言するように征士は言った。
「何処に居ようと、私は伸を一番愛しているぞ?」
「ハッハハハハ…!」
 途端に、何も無い空間に伸の大笑いする声が響く。と同時に、
「おまえらこんな時に何喋ってんだよっ!」
「ほっとけって」
 前方からは先程まで喧嘩ばかりしていた、秀と当麻の声が被って来た。こんな時だけはぴたりと意見が合うようだ。またそれに拠って、ここは遠くまで全方向に声の届く場所だと、改めて確認したようなものだった。話している内に征士と伸は、他の三人から相当離れていたのだ。
「…ここでは内緒話もできぬようだ」
 ただ、それはともかく、これで話が途切れるのは口惜しかった。征士は言いたい事の全てをまだ言っていないのだ。だが伸にはもう解っていただろう。征士が何故、突然場にそぐわない発言をするのか、理由は昔から変わらないだろうから。
 何処に居ても、心から笑えるなら安心だと。
「そうだねぇ、退屈しなくていいんじゃない、みんながさ」
 伸は引き続き笑いながらそう言った。きっと、その内ひとりひとりの思う事が、この世界から全てに満ちて行くのかも知れない。誰もが笑えている、誰もが穏やかで居られる思想が必要だ、と思いながら。
「余計なお世話だ!」
「ハハハ…」
 小さな不平は置いておくとして、誰の命も苦痛にならぬように。



 善も悪も同じだとするなら、君は僕であり、僕は君である。僕等は君等である。
 今は何も無いけれど、新しい世界も新しい鎧の力も、皆そこから始まるのだろう。









コメント)多分に説明的な話ですが、「Message」の後の舞台をまず説明してみました。同時にその後の彼等が、前とそんなに変わってない様子も書きましたが、何しろ新しい始まりの話なので、スポーンと抜けるような明るさが表現できれば成功です(^ ^)。

 ところで、今更の弁解なんですが、「Message」の時期は資料集等には一応、高校生だと書かれていますが、各OVAの時期はある程度自由に考えてよいとのことなので、私はもう1年遅らせて書いて来ました。何となく五人がバラバラッと、それぞれ独立している印象がしたので、「輝煌帝伝説」からはかなり経っている筈だ、と思ったので。
 それと、高校生らしからぬ服装の方もちらほらいたし(笑)、古い鎧での戦いは少年の日の思い出でいいけど、この後はそうではないから、心が大人になって行く彼等をもう少し書きたかった、と言う理由もありまして。まあ1年や2年違おうと、後の話には何ら影響しないので、以降も気にせず読んで下さいませ。

 もうひとつ、ラポートの「Message」ムックには、OVAのラストで「普通の少年に戻れたのだ」と言うキャプションが入ってたけど、あれはおかしいと思ってます(^_^;。じゃあすずなぎの鎧って何なのよ!?と。制作者のインタビューを色々載せていながら、御都合的な解釈だなぁと思ったので、私はこれからも普通の人でないトルーパーを書いて行きます!(言い方に語弊があるかも…)。
 そんなお話がお好きな方は、是非続きを読んでやって下さい♪。




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